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(撮影 ハナシネマ)

 

人生って、輝いた方がいいじゃないですか。

なので、「輝」と書こうと決めました。

誰もが、すてーきな世界が、ひろがるなあと思って、書きました。

で、輝いてほしいし、

がんばらないで、あきらめないで、みんなで幸せになろうね!

っていうメッセージです。

ありがとうございます。


(雪上揮毫を終えたあとの福田房仙先生の言葉 ハナシネマ制作 映像作品より)

 

◆レジェンドを超えて

◆転ぶことができる幸福

◆万華鏡

 

***


◆レジェンドを超えて

 

一度きりなら伝説。

二度目を行えば、道になる。

 

今年も開催されることを知ったとき、房仙先生は、あの雪上揮毫を、伝説ではなく、道になさるのだと思った。

 

二つの点を結ぶとベクトルが生まれる。

二つ目の点が産声をあげる今年の雪上揮毫。

 

行くと決めた人が行ける場所。

受けとると決めた人が受けとれる場所。

 

選ばれた人しか行けないのではない。

決めれば誰でも行ける。

 

それが房仙イズム

 

ただ一度だけの伝説にするのではなく、米沢の雪の大地に、雪上揮毫という道を築くために、房仙先生とともに、各自ができることを活かして考動したのは、

昨年の五月に開校した房仙会米沢校で、書道を学び始めたばかりの人たち。

そのことに賛同する、地元米沢の人たち。

各地から駆けつけた、房仙会のメンバー。
 

このことが房仙イズム

 

私は、米沢に行くことができなかったので、朝から、パソコンの前にかじりつき、当日、現地入りする方々の速報を、フェイスブックでリアルタイムに読ませていただいた。

降りつもった雪の上を、おおぜいの人の足で踏みかためて整地するようすも、投稿の画像から、知らせていただいた。

 

現地にいるかたたちの投稿を追いかけ、臨場感あふれる文章を読み、画像を見せていただいていると、その場にいるみなさまの思い、笑顔、ひたむきさ、喜び、涙、想いが、静かに、深く、熱く、画面から止めようもなく、あふれだしているのを感じた。

 

そして、現地にいる人しか、体験できないものがあるというこを、想像することも及ばないだろうけれど、強く感じた。

リアルタイムに、大阪でパソコンの前にいたから、なおのこと。

 

そんな中で、ひときわ、強く胸に湧き起ってきた想いは、

 

〈雪上揮毫は、ひとりではできない〉

 

ということだった。

 

房仙先生が、どれほど偉大な書家であっても、ひとりで、雪の大地を踏みかためて整地し、場をつくり、墨の入れものを持って、筆を揮い、その姿を撮影することはできない。

 

どれだけ、おおぜいのかたたちが、この雪上揮毫に関わっているかを思った。

しかも、一流のかたたちばかりだ。

宿も一流。和太鼓も一流。写真も一流。映像も一流。おもてなしのお心づかいもすべて一流。

笑顔も、涙も、寄せる思いも、すべて一流。

 

雪の米沢で、なぜ、こんなにたくさんの人が集結して、こんなに素晴らしいイベントが実現したのか。

 

それは、房仙先生が、そのような生き方をされてきたからに、ほかならないと思った。

 

二十歳までは生きられないと告げられていた身が還暦を迎えた時、
これからの人生は、人のために生きると誓った
と、以前におっしゃっていた。

 

雪の舞い散る中、こんなに動いてくれる人たちがいるという生き方を、十年かけて、房仙先生は、なさってきたのだと感じる。

 

そして、この雪上揮毫もまた、ご自身のためではなく、関わった人たちが輝くための道〉として、房仙先生が築こうとされていることを、思う。

 

◆転ぶことができる幸福

 

房仙先生が揮毫のときに転んだことを知ったのは、フェイスブックのコメント欄だった。

 

~実は書き出して即転びました。
でも立ち上がって書いて。こんなできごと、体験したくても出来ないし、と開き直りました。
新聞記者のかたが、「転び方がいい」と褒めていただき嬉しかったです~

 

~すってんころりん と転んだ時
転んだんだ!
と認識し
やるっきゃない!
とスイッチ入りました。
その時、後悔する時間はないし。
終わった後も後悔する時間すらありません。~

 

転ぶことができる幸福、というものを思う。

転んですぐに起き上がることができる幸福、というものを思う。

転べないことの不幸についても。

 

十五年ほど前にも、同じようなことを考えたことがある。

江國香織さんの小説『ホリーガーデン』の中で、

 

「つまづく石でもあれば私はそこでころびたい」

 

というセリフを読んだとき、はじめて、〈転びたいのに転べないまま〉軌道を離れていく怖さを思った。

原典は、詩人の尾形亀之助さんの言葉だそうだ。

 

このたびの雪上揮毫の記録と発信のために、ハナシネマが制作した作品の中に、転んで起ちあがり、すぐに書き始める房仙先生の姿を観ることができる。

当初は外されていたのを、房仙先生が入れてほしいと希望されたそうだ。

 

転ぶことができる幸福。

転んですぐに起き上がることができる幸福。

転べないことの不幸。

 

房仙先生が身をもって教えてくださったことを、受けとり、人生に活かしたい。

 

◆万華鏡

 

墨の入れものを捧げ持つ益見さんが転んだら?

 

実は、昨年の雪の田んぼでの揮毫では、益見さんが転んだのだそうだ。

しかし、身体は転びながらも、墨の入れものは水平を保ち、奇跡のように墨をこぼさなかったそうだ。

素晴らしい責任感と身体能力。

 

でも。

こぼれてもいいのではないか? と、ふと思った。

まっしろな雪の上に、飛び散る墨の黒。

 

そのかたちは、きっと美しい。

そのかたちは、きっと調和する。

 

腹に響く、六郷地区 豊饒太鼓推進委員会のかたたちによる和太鼓の演奏とともに、ドローンによってとらえられた上空からの揮毫の映像を見ていると、万華鏡をのぞいているような気持ちになった。

 

雪上に浮かび上がる文字も、人の姿も、赤い毛氈も、木立も、和太鼓も、万華鏡の中の小さな欠片。

まわり、まわって、シャッフルされ、融合し、刻々と、奇跡のような世界を創り続ける。

 

「輝」

「がんばらない」

「あきらめない」

 

その場にいた人は、その美しい世界の一員だ。

そうと気づかずに、輝いている。

 

浜田えみな


◆関連リンク
 

福田房仙先生のブログ記事 → 

 


ハナシネマ制作 動画「書家 福田房仙の雪上揮毫 IN 米沢」 

 

筆が最初に雪の上にふるわれるまでの氣。

転んですぐに起き上がる房仙先生のお姿。

 

小雪が舞い散る雪上を縦横無尽に謳歌する懇親の揮毫。

画面を超えて身体に響き続ける六郷地区 豊饒太鼓推進委員会のメンバー和太鼓のリズム。

 

ドローン1台による空撮、地上ではメインカメラとしてハンディカム1台、サブカメラとして定点カメラ2台を駆使した映像作品だという。

 

特に上空からの映像は、万華鏡をのぞきこんでいるかのように感じる。

来年は、その美しい世界の一員になりませんか?  → ★★

 

こちらは、ハナシネマのホームページに掲載されたメイキング秘話

詳しい撮影状況や、房仙先生のお言葉も掲載されています。→ ★★★


こちらは、雪上揮毫で、墨のいれものを捧げて、師の動きを見ながら併走し、呼吸と間合いをはかりつつ、必要なときに最適な角度で、いれものを差し出すという大役を担われた、梶 益見さん編集のスライドショー作品です。

 

使用した写真と音源について、梶 益見さんより教えていただいたところ、下記のとおりとのことです。

〈撮影〉 

めぐる寫眞室 フォトグラファー かとう めぐみさん

福田房仙先生 黄木綾子さん(米沢校)渡邊賢次さん(三島校)青木美保さん(大阪校)  

〈太鼓の音〉 

斉藤嘉美さん(三島校)の動画より

設営のときから経過を追ってくださっています。

揮毫がはじまると、和太鼓が刻むリズムとともに、動画では、とらえることのできない美しい瞬間の数々が切り取られ、差し出され、静止しているのに躍動感にあふれています。

 

そして、笑顔のオンパレード! 声が聴こえてくるようです。 

房仙先生の笑顔。みなさんの笑顔の美しさと清らかさ、米沢の大自然に、心が洗われます。

 

万華鏡の中にひきこまれる作品です。→ ★★★★

 


こちらは、手塚貴之さん 動画 雪上揮毫ノーカット版

 

ハナシネマ制作の動画をユーチューブで観て、もっと長くぜんぶ観たい! と思っていたら、偶然、続いて始まったのが、この作品でした。

全貌がわかって、とても嬉しかったです。

ありがとうございます。→ ★★★★★