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(撮影 福田光孝先生)

日本人の心を、すみずみまで表現するために、生まれたひらがな。

自分の名前を、うつくしいひらがなで。

大切な人の名前を、うつくしいひらがなで。

うつくしいひらがなに、心を添えて。

 

***

 
米子より4人の新規受講者をお迎えして、大阪校で今年2度目の開催となった房仙流46文字ひらがな講座が、平成31年3月10日午後1時30分から始まった。

 

再受講したひらがな講座の最大の贈り物は、この講座が〈教えられるようになるための講座〉であることを再認識できたこと。

講座の最後に、よい字とは、率意のある字のこと〉だと教えていただいたこと。

 

〈率意〉とは、心のままであることだという。

 

心を添えることができるのが書道。

心を伝えることができるのが文字。

 

その感動が胸いっぱいに広がり、気がついた。

講座のあいだ、6時間近く書いていたものは、なんだったのだろうと。

 

心を伝えることができる、うつくしいひらがな。

 

でも、お手本どおりに書こうと、マス目を凝視し、余白を見つめ、角度や、長さや形にとらわれ、ただ、直線と曲線を、書いていただけだった。

練習用紙の中にあふれているのは、からっぽの線の残骸。

 

心を添えたい。

息をふきこむように。あたためるように。

心を添えた文字を書きたい。

覚えるためではなく、大切なことを伝えるために。

 

そうだ、教えてみよう。

世界で、ただひとつの、かけがえのない響きを。

 

〈名前の音は、ひらがなでできている〉

 

まずは、長女に。

そして、長男に。

子どもたちが、自分の名前をうつくしく書けるように。


あいうえお順とか、覚えやすい順番とかではなく、私にとって、かけがえのない、ひらがなの順番に。

 

(ぜったい、覚えられるやん、わたしって、天才!)

 

このことを思いついたのは、ひらがな講座の帰りの電車の中だった。

心を添えて書きたい名前。心をこめて呼びたい名前。

 

さっそく、ノートを出して、あ行~わ行まで46文字の表を書いた。


まずは、自分の名前。

次に、子どもたちの名前の音を、マルでかこんだ。夫の名前の音もマルでかこんだ。

両親、義父母、妹家族、会いたい友だち、尊敬する人……

どんどん、マルが増えていく。

すると、マルのないひらがなが浮き彫りになる。

 

(このひらがなにも、マルをつけたい!)

 

この音をもつ名前は何だろう?

思いつく名前をノートの端に書いてみる。

 

(知り合いにいるだろうか?)

 

不意に、小学校のクラスにいた子の顔が浮かんできたりする。

その子を探し出して会うというのは難しいとしても、連絡がとれる人には会いに行ける! などと思うと、現実味がなくても楽しい。

そうして、いくつかのひらがなにマルがついた。

 

残っているひらがなを眺める。

その字が含まれる名前を思う。

 

とくに、珍しい名前でもないのに、自分の身近にはいなかったのだとわかったり。

その音は、これまで呼んだことがないのだと、あらためて実感したり。

これから、出逢えたらうれしいなと思ったり。

 

日本は、ことだまのさきわう国。

音には、その音の持つ固有の力があると感じている。

名前の音には、その人を支える力があると思う。

だから、応援するときは、名前を呼ぶのだと思う。


房仙会では、必ず、下の名前で呼びあう。

その名前を、うつくしいひらがなで、書けるとしたら。

うつくしいひらがなに心を添えて、伝えることができるとしたら。


日本人の心を、すみずみまで表現するために、生まれたひらがな。

自分の名前を、うつくしいひらがなで。

大切な人の名前を、うつくしいひらがなで。

うつくしいひらがなに、心を添えて。


房仙流だから、それが叶う。

***
 

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(撮影 福田光孝先生)

房仙先生に御指導を受けるようになり、書道で大切なのは、作品ではなく、書いているときだと思うようになった。

 

どのような心で向き合っているのか。

 

人にうそはつけても、書にうそはつけない。

自分にうそはつけても、書にうそはつけない。

自分が書いた文字が、自分を支える房仙書道。

 

自分のための行動から、人のための行動へ踏み出す第一歩は、発信できるもの〉を持つことだと感じている。


房仙流だから、それが叶う。

浜田えみな