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何か特別なことが起こるのではなく、何か特別なことをしたのではなく、昨日までと同じ、いつもどおりの積み重ねの中で、昨日とは違う何かが目覚め、開かれていく。

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書道をしているから、心がいつも澄んでいるかというと、そんなことはなく、筆を持ちながらも、心中に渦巻くどろどろを激白していることがある。

 

気がゆるむと、思考がなだれこんでいて、迷ったり、悩んだり、へこんだり、怒ったり、言い訳したりしていて、収集のつかない想いがぐるぐる廻っている。

 

そんな気持ちで書く線が、清々しいはずもなく、余白に部分練習をしているうちに、半紙は真っ黒になる。


それは、つまり、心の中の風景と同じなのだと思う。

 

書いても書いても煮詰まっていく。何枚書いても、清書は書けない。

でも、添削の締切は近づいている。

 

そんな先日、気持ちを切り替えるために、いったん机から離れ、横になって目をとじてみた。

呼吸をくりかえす。

そうして、ふたたび、机に向かい、新しい半紙を下敷きの上に置き、まっすぐに文鎮をすべらせ、セットしたとき――――

 

その白が、胸に飛びこんできた。


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(なにもない、白)

(まっさらの、白)

(とらわれのない、白)

 

どんなに、ぐちゃぐちゃで、どろどろで、とんでもないくらい迷って、間違えて、浅はかで、傲慢で、妄想して、暴走して、ありえないことをやったり、想ったり、繰りかえしたりしていたとしても――――

 

(目の前の、白)

(向き合う、白)

 

その白に度胆を抜かれた。

 

(リセットする!)

(ひきずらない!)

 

どストライク。

真っ白の半紙。


もやもやが吹き飛んでいた。

 

書道を始めてから、数えきれないくらい繰りかえしてきた〈半紙をセットする〉という行為。

用意する半紙の白さも、何も書かれていないことも、当然なのに。

 

突然、今までにない感覚が起こる。

 

この白の感覚。

この清々しさ。

新しい一枚。

 

半紙に心が洗われる。

その白を、味わう。


禊のようだと思った。

 

真っ黒になった半紙を反故にして、新しい半紙をひろげるように、どんなことがあっても、どんな自分であっても、まっさらな気持ちで、人にも、ものごとにも、向き合うことを、書道は教えてくれていると感じた。

 

道とは、こういうことなのだと思う。

 

何か特別なことが起こるのではなく、何か特別なことをしたのではなく、昨日までと同じ、いつもどおりの積み重ねの中で、昨日とは違う何かが目覚め、開かれていく。


得ようと思って得るのではなく、気づけばその中にいる。

何をしていても、道の上にいる。

 

浜田えみな