5月2
(撮影 向井美貴さん)
 

社中展作品は、みんなが「はじめて」に挑戦する。

(できる気がしない)ことを超える体験が、社中展作品。

師匠が見ている、山は、でかい。

 

◆師匠が見ている山はでかい

◆芋版

◆覚悟がぬるい

◆線を鍛える

◆伝える書を書く

***


◆師匠が見ている山はでかい

 

第20回房仙会書道展は、東京銀座にある鳩居堂画廊で開催される。

1年近く前から、決まっていた。

 

日本の画廊の4分の1が集まっているといわれる銀座で、創業三百年以上の歴史を持つ鳩居堂が有する画廊に、房仙会の作品が展示される。

それがどういうことなのか、その「価値」と「覚悟」を、房仙先生と同じくらいの重責を認識した生徒は、おそらくいなかったのではないかと、思う。

 

だけど、書道を始めて数年未満の初心者が出展できる場ではない、ということは、わかる。

場違いすぎて、身の程知らずすぎて、立っていても足元がすくわれていきそうな、心もとなさがよぎる。

 

(出展していいのだろうか?)

(出展できるレベルの作品を、書きあげることができるだろうか?)

 

それでも、少し前まで、なんの不安も感じなかった。

房仙先生がお手本を書いてくださるからだ。

房仙先生が、できることを信じてくださるなら、必ず書けると思った。

社中展作品を完成できなかった人は、これまでにいない。

だから、〈大丈夫〉という、根拠のない自信に支えられていた。

 

「思い恕す心」にしましょうと言われたときも、「ふるさとの山に向かひていふことなし……」という、石川啄木の短歌のお手本をいただいたときも、

 

(書きたい!)

(書ける!)

 

と思っていた。

でも、「故郷」のお手本が届いて、房仙先生の美しい線が、どこまでもどこまでも、途切れない波紋を、心の中に投げかけてくるのを感じたとき、

 

(大丈夫じゃないのでは?)

 

と、はじめて思った。

 

(無理)とか(できる気がしない)という気持ちを、声にしてしまったら、ことだまに引きずられるような気がしたし、私が指導する立場だったら、(書けない……)とうじうじしている生徒より、(書きたい!)という気持ちを、まっすぐに持っている生徒のほうを指導したいと感じるので、房仙先生の前では口にしないと決めたけれど、心の中では叫びまくっていた。

 

細い筆の扱い方がわからない。どうやって書くのかわからない。どれだけ練習すれば追いつけるのかわからない。想像もつかない。

 

でも、ふと思ったのだ。

 

(何十年も書の道を歩まれている房仙先生と、同じ線が書けるわけがない)

 

書けるわけがないのだ。

 

房仙会に入会して2年。

私が細筆を使ったことがないことは、房仙先生がいちばんご存じのはずだ。

その大前提の上での、このお手本。

 

社中展作品は、みんなが「はじめて」に挑戦する。

(できる気がしない)ことを、超える体験が、社中展作品。

師匠が見ている、山は、でかい。

自分にできることを、やるしかない。

 

◆芋版

 

石川啄木の短歌を練習するとき、最初は半紙に大きく書いてくださった。

なので、今回も、習熟度に合わせて練習を進めていけるよう、倍率を変えながら、最大200倍まで拡大したお手本コピーを、数種類用意した。

 

房仙先生のお手本の文字は、原寸だと一文字が1センチから2センチくらいの小さいものだが、どれだけ拡大しても、最初からその大きさで書いたように、すべての線が美しい。

毛量の少ない細筆であっても、穂先は全方向に動き、しなり、力をため、ぶつかり、伸び、どんな線も隅々まで、先の先まで、氣が通っていることがわかる。

 

5月のお稽古の1日目は、大きく書いて練習をしたので、ふだんのお稽古と変わりなかった。

ところが、2日目に、初めて細筆を使って、原寸で書きはじめると、一瞬で、悲愴な気持ちになった。

 

細筆を、どうやって使ったらいいかがわからない。

安定しない。ぶれる。にじむ。力が入らない。墨が足りなくなる。かすれる。思うような線が出ない。

先生の美しいお手本を見ながら書いているはずの文字は

 

(芋版?)

 

と言いたくなるほどのひどさで、連綿の美しさも、趣きも、リズムも、漂う世界観もなく、のっぺりとして奥行のない、へたくそな版画のようだった。

 

どのような練習をすれば、芋版から脱出できるのだろう?

そうなるまでには、いったいどのくらいの時間がかかるのか、想像もできなかった。

お稽古の時間は終わりに近づいている。

 

(大丈夫なのか?)

 

光孝先生は、房仙先生のお手本を手にとって、


「これは……、線質が大事だな」


と言ったまま、無言。

 

(そ、その〈間〉は???)


房仙先生は、教室を走り回って、生徒の手をとったり、手本を書いたり、声をかけたりされる途中で、私の書いたものを見て、


「これじゃ、鉛筆!」


という言葉をくださり、駆け抜けていく。

 

〈鉛筆!〉

 

「筆文字ではなく、鉛筆書きの線になっている」と言われたのだと理解したが、言葉ではなく、感覚で、その意味するところが、ものすごく腑に落ち、決定的にダメな状態だということを感じた。

 

(鉛筆から脱出したい!)

 

でも、どうやればいいのか、わからない。

わからないまま、2日目のお稽古は終わった。

 

自宅では、まず、それぞれの文字を、大きく、きちんと書けるようになることだと思い、細筆は持たず、中ぐらいの筆で、半紙に書く練習をした。

そこまではよかったが、細筆で、原寸大で書き始める段階になり、実際に書き始めてみると、

 

(書けるのだろうか?)

 

と、本気で心配になった。この字では、出展できない。

どれだけ書いても、今のままでは無理。だって、どうやって練習すればいいのかが、わからないままなのだから。

 

◆覚悟がぬるい

 

本名の私は、自分がやっていることについて、まわりの人に話していない。

本名の世界の人で、フェイスブックのアカウントを伝えたのは、ひとりだけだ。

私が書道を始めるきっかけになった、敬愛する友人。

 

年下だけど、あこがれの友人との会話のおかげで、自分の上に乗っていた「おもし」みたいなものが、ぶっとんだ。

ネガティブな思いばかりが、ぐるぐるしていたのが、すっきり消えた。

 

だって、彼女に、最初に言われたのが、

 

「筆は何本用意していますか?」

 

という言葉だったのだ。

 

(何本?)

 

複数の筆を使い分けて書くという意味で問われたと思い、「一本の筆で全部書く」と答えたけれど、彼女の質問の意味は、違っていた。

 

細筆は毛の量が少なく、書いているうちに穂先の毛が切れて短くなり、書きにくくなってくるので、

清書を書くときに使える筆が手元になく、困ったことにならないよう、あらかじめ用意しておいたほうがいい、というアドバイスだった。

 

(え、筆がダメになるの?)

 

そんなことは、想定していなかった。

彼女によれば、私が書こうとしている作品の場合、2~3本は必要と言われ、頭をがつんと殴られたような衝撃を感じた。

目が覚めた。

 

(展覧会にかける覚悟が、ぬるい)

 

新しい筆が必要になるくらい、練習が必要だなんて、思ってもみなかった。

想定していた練習量がちがいすぎる。

 

房仙先生の声が聴こえてくる。

通常20年かかる師範の資格を、房仙先生のご指導によって、5年で取得した生徒がいるという話を聞いたとき、御指導の内容にばかり意識が向いていたが、生徒に意識を向けてみると、5年で20年分の練習をこなしたから到達できたのだと気がつく。

 

房仙先生は、家でどのくらい練習をしたらいいかということは、一切おっしゃらない。

長い時間やったからいいというわけではなく、集中力と質が大事で、指導を受けなければ超えられない段階があり、我流でいくら書いても、おかしな癖がついてしまうだけだからだ。

 

でも、そこをはき違えてしまい、あまりに少なすぎる練習量で「無理」「できない」を連発していた自分を反省した。

 

友人の言葉は、ぬるい気持ちで書道をしていたことに気づかせる「喝!」であるとともに、踊るような嬉しさを運んでくれた。

 

作品を完成するために、数本の筆が必要だと言える彼女は、書くことが本当に好きなのだと感じられたし、そのような真摯な気持ちで書道を続けている友人を持つ自分は、なんて幸せなのだろうと思った。

 

そして、ネガティブの沼に沈みかけていた私を、一気に引き上げてくれたのは、


「線を鍛えてくださいね」


という、彼女の言葉だった。

 
〈鍛える!〉

 

この言葉で、いろんなものがほどけていった。

自分の線が、なぜダメなのか、先生の線は、なぜすごいのか。

それまで、もやもやしてわからなかったものが、くっきりと視えてきた。

最初は、感覚で。そして、イメージで。さらに文章で。もう止まらなかった。

 

私にとって、体感できること、イメージできること、それを言葉にできることは、何よりも元気の源だ。

 

◆線を鍛える

 

線を鍛える。

線の強さ。

 

細ければ細いほど、強い。

房仙先生のお手本の文字は、余白と線の堺がくっきりと際立っている。

力が抜けていない。


その強さと切れ味は、まっすぐ、地球の裏側まで通っているのではないかと思われるほどだ。

だから、作品をみたとき、書かれたものから発せられる波動が、心の深くまでとびこんできたのだ。

それは、氣がとぎれていないからだと思った。

 

そのことがわかると、細い線を書くときに、私は無意識に力を抜いていたかもしれないと気がつく。

 

力を抜いて線を細くしようとしていたから、たよりなく、ゆるんだ線になる。

余白との境がぼやけて、すっきりしない線になる。

だから、氣はゆるめないまま、線を細くする。

 

そのためには、どうすればいいのか。

 

発する波動はゆるめず、穂先と紙の距離だけを離せばよいのでは? と思った。

白羊の課題を書いているとき、ひじを上げたり、手首を使って、筆の軸を動かすことで、太細をつくったように。

 

ところが、細筆で書いていると、いつのまにか前かがみになり、筆を握りしめて縮こまっているため、軸を上下に動かせなくなり、太細がつけられないので、線が同じ太さになる。

このことを、〈鉛筆〉だと言われたのだと思う。

 

200倍に拡大したものを見るとよくわかるのだが、房仙先生の書かれたお手本は、ごま粒より小さな線でも、きちんと、始筆と送筆と終筆がある。

私の書いたものは、そのように書くという意識がなかったので、〈芋版〉なのだった。

 

なぜ、私はそれがやりにくいのだろう?

 

筆の持ち方が悪いのではないかと思った。

または、筆を持つ位置。

手首の使い方。

 

私は手首が固く、可動域が狭い上、何故か逆のくの字にロックされていることがよくあり、先生から何度も注意されているが、直っていなかった。

そのツケが、細筆で巡ってくるとは。

 

光孝先生は、毎月のお稽古では、いつも、太細のことをおっしゃっていた。

ムードを出して。色気を出してねと。

 

言われるままに、ひじをあげたり、筆をあげたりしながら、同時に、氣までゆるめていたのではないかと気がついた。

線に太細をつけることの意味が、わかっていなかった。

 

大きな筆だと、気がつきにくい。

 

細い筆は、その違いが歴然だ。

線を細くしようとして、同時に氣もゆるめてしまった線と。

氣をゆるめることなく、細く表現されている線と。

 

すると〈線質が大事〉と、光孝先生に言われた言葉が蘇ってくる。

あのときに言われていたのは、こういうことだったのだ。

房仙先生に〈鉛筆〉だと言われたのも、同様だ。

 

御指導を受けとる器を大きくすることが、どれほど大事かということを痛感する。

20年分を5年で指導するという房仙流は、自分の器も4倍に広げなければ、受けとり損ねてしまう。

 

〈太細を出す〉という言葉は、力の強弱のことだと、長いあいだ勘違いをしていた。

〈線を鍛える〉と言う言葉で、〈細い線は弱い線ではない〉ことが、わかった。

 

(房仙先生の線は、鍛え抜かれている)

(線を、鍛えよう)

 

◆伝える書を書く

 

わかったからといって、書けるわけではない。

 

一本の筆で何種類もの線が書けるようになり、それを、数ミリの線の中で自由自在に出せるようになり、さらに、ムードや色気を含んだ線を書けるようになり、それを、『故郷』の歌詞の中で表現する。

あと1週間で。

 

できることはなんだろう?

 

房仙会には法則がある。

ダメも無理もない。無理だと思えることを無理にしないのが房仙会だ。

 

先生は常におっしゃっているし、そのことを実践されている。奇跡のように思えることを、これまでに何度も観てきた。


5月3
(撮影 向井美貴さん)
 

だから、信じることができる。

先生が、生徒の力量を観て、お手本を用意してくださっていることも。

 

技術量と練習時間は、絶対的に足りない。

だとしたら、できることは一つしかないと思った。

 

〈伝える書を書くこと〉

 

~ハートで書いたものはハートに伝わる

頭で書いたものは頭に伝わる

魂で書いたものは魂に伝わる~

 

文章の先生から、そう教えていただいた。

そのときから、いつも心に留めている。

文章だけでなく、どんなものにも通じると思う。

 

手紙でも、作文でも、絵でも、歌でも、大人よりも幼稚園の子のほうが、胸を打つことがあるように、観に来てくださった人の足を、書道の技術を持たない初心者が、素通りさせずに止めるためには、心を伝えるか、魂を伝えるかだと感じる。

 

〈どうやって、書に、心や魂を宿すのか〉

 

房仙先生のお手本だから、できるとわかった。

生徒ひとりひとりのために、先生が書いてくださったお手本は「生徒の心や魂を宿すことができる憑代」のように思える。

 

自分の中から思いが引き出されていく。

それが房仙流のお手本。


だから、セラピーだと感じられたのだ。

 

点も、線も、はねも、丸いところもとがったところも、長いところも短いところも、太いところも細いところも、濃いところもかすれたところも、そのかたちのひとつひとつが、ぴったりと心のすきまに入っていくように思う。

 

いただいた「故郷」は2番まであり、文字数が多い。

どの字をみても、どの行を書いても、鍛え抜かれた線が、心を貫いていく感覚がある。

足りないところにしみていく。

 

(こんなに幸せな時間をいただいて、いいのだろうか?)


と、心の中で何度も叫んでしまう。

 

私は今まで、書いていて楽しいと思ったことは、ほとんどなかった。

書いても書いてもお手本どおりに書けなくて、終わりが見えずに苦しかった。

でも、書くことで、心が動いているのがわかる。

 

書道は、作品が大事なのではなく、作品に向き合っている過程が大事だと、実感できる。

 

特に、生徒ひとりひとりを想って、房仙先生が書いてくださるお手本と向き合うことができる社中展は、作品を書くための時間のすべてが〈お宝〉だと思う。

 

だから楽しんで

 

浜田えみな

 


◆第20回 房仙会書道展

 

日時:令和元年8月6(火)〜11(日) 11:00〜19:00

(8/10(土)は18時まで、最終日は17時まで)

会場:鳩居堂画廊 →