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自分でそうと気づいていなくても、だれかの助けなしに、生きてはいない。

 

そのことを知り、いかに人に迷惑をかけずに生きていくかということよりも、さしのべられた手を受けとり、感謝の気持ちで生きるほうが、ずっと豊かで、あたたかさに満ちあふれていることを、三島での補講で学んだ。

 

***


〈房仙先生のご負担にならないように〉

 

それが、規定のお稽古の枠を超えて、添削をしていただくために、最優先に考えていたことだった。

 

先生のスケジュールを変更することなく、すきまの時間があれば、書いたものを見ていただき、清書を書くにあたっての留意点を、ご指導をしていただきたい。たとえわずかの時間でもよい。

そのように考えていた。

 

だけど、人は、自分でそうと気づいていなくても、だれかの助けなしに、生きてはいない。

 

そのことを知り、いかに人に迷惑をかけずに生きていくかということよりも、さしのべられた手を受けとり、感謝の気持ちで生きるほうが、ずっと豊かで、あたたかさに満ちあふれていることを、三島での補講で学んだ。

 

房仙先生が、ご指導のために予定してくださったのは、〈米沢校でのお稽古を終え、東京を経由し、三島に帰りつき、3時からの子どもたちのお稽古が始まるまで〉の時間帯だった。

 

早ければ、三島に1時頃帰るが、どうなるかわからないということだったので、先生のご都合がついた時に、すぐに見ていただけるよう、三島で待機しておこうと思った。

誰にもご迷惑をかけずにできると考えていた。

 

ところが、自分ひとりの力でできることは、何もなかった。

 

三島駅まで迎えに来てくださるという、どなたかの助けと、鍵をあけて準備をしてくださる、どなたかの助けが必要だった。

 

イレギュラーな補講のお願いをした私のわがままで、たくさんの人が動くことがわかった。

 

(どうしよう……)

 

でも、先生のご指導なしに、清書を仕上げることの限界を感じ、それを超えるためにできることを、可能な限りしたいと思ったので、遠く離れた大阪で、ずっと頭を下げていた。

 

その後、予定が変わり、東京から戻ってくる先生と、三島駅で待ち合わせて、一緒に教室に向かうことになった。

 

ところが、前日の夜、房仙先生からメッセージが届いていることに気がついた。

 

その日の午後、先生からの届いた添削に、新しいお手本が同封されていたので、翌日の三島校でのお稽古に備え、必死で書いているところだった。

 

タイムスタンプは22時42分。

早くお休みになる房仙先生からは、珍しく遅い時間帯だ。急いで開いた。

 

「今日は大幅に変更して三島へ今帰ってきました。

明日は北口に益見が迎えに行きます。

お待ちしています。

癖がつくと直しにくくなるので、何も書かずに来てください」

 

(ええーーーーーーーーーーっ)

 

〈三島に帰ってきた?〉

〈米沢でのお泊りは?〉

〈米沢の皆様との歓談の予定は?〉

〈東京でのご用事は?〉

〈予定変更が行われたのは、なぜ?〉

 

(まさか、私がお稽古に行くから?)

(それとも、別件?)

 

(まさか)

(それとも)

(まさか)

(それとも)

 

恐ろしすぎて、先生に聞けない。

 

(どうしよう……)

 

〈先生のご予定を変更しない範囲〉が、最優先事項だったのに、補講をしていただくためには、益見さんや、有里佳さんのお手を煩わせることがわかり、そのことでも恐縮していたのに、どうやら、米沢校の生徒さんにも、ご迷惑をかけてしまったという現実。

 

(こんなことになるなんて……)

(どうしよう……)

(ごめんなさい!)

 

しかも、まるで私の様子が見えているかのような癖がつくと直しにくくなるので、何も書かずに来てくださいというメッセージ。

 

あわてて、道具を片付けた。

心を無にして、動揺を鎮め、学びたいという気持ちを、御指導してくださる師の志に、まっすぐ合わせるように努めた。

 

しかし、誰にも迷惑をかけたくない〉と思えば思うほど、反作用が起こるという法則。

 

翌日、予定通り新幹線に乗り、あと三十分ほどで三島に到着という時間に、迎えに来てくれる予定の益見さんからメッセージが届いた。

 

「所用でお迎えに行けなくなってしまったので、光孝先生が迎えに行ってくださいます」

 

(えぇーーーーーーーーーーっ)

(み、光孝先生???)

(昨日、遅くに米沢から戻られたばかりの???)

 

ついに、光孝先生まで……

 

(どうして……)

(どうしよう……)

(こんなことになるなんて、思わなかった)

 

でも、もう、後戻りできないのです。

 

***

 

三島駅の北口で、光孝先生は待っていてくださった。

ご挨拶とお礼のあと、房仙先生には、メールで尋ねることができなかったことを、勇気出して、伺ってみる。こっそり。小さな声で。

 

「ご予定を変更されて、米沢にお泊りにならずに、三島にお戻りになったのは、何か、ご予定が……?(ごにょごにょ)」 

 

すると、光孝先生は、いたずらっぽい笑顔で、

 

「そりゃ、大阪から稽古に来るからだよ。せっかく来てくれるから、落ち着いて指導できるようにって、房仙が考えたんだと思うよ」

「…………(や、やっぱり)…………」

 

座りこんでしまいそうになった。

 

(ありがたすぎて)

 

光孝先生だけではない。


有里佳ちゃんと征太朗君にも、お世話になった。

初めての三島教室で、私が緊張せず、リラックスしてお稽古できるよう、房仙先生が、有里佳ちゃんを呼んでくださったからだ。

保育園に通っている征太郎くんのお迎えの時間を早めて、いっしょに来てくださった。

 

(きゃーーーっ)

 

帰りは、遠回りになるのに、三島駅まで車で送ってくださった。

 

(うわーーーっ)

 

誰にも迷惑をかけたくない、と思っても、ひとりだけでできることなんて、なにもない。


連打のように気づかされた。

人がひとり、動くということは、こんなにたくさんの人の手が動くということなんだ。

 

このように、想像を超えるほど、たくさんの人に影響が及ぶとわかっていたら、お稽古を受けたいと申し出ることは、とてもできなかったと思う。


でも、今はちがう。

 

申しわけないとか、ごめんなさいではなく、〈ありがとうございます〉と、心から御礼を言うことができる。

 

多くの人に支えられて生きていることを知り、謙虚な気持ちと感謝を忘れない生き方をすると宣言できる。


自分も、誰かを支えられる生き方をすると宣言できる。


支えていただいたことを歓びとして、歓びを循環していける生き方をすると宣言できる。

 

ご自身の生き方を持って、御指導してくださる房仙先生と、房仙先生を信頼して、学び続けている房仙会の皆様のおかげです。


ありがとうございます。

 

浜田えみな

 

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

メイキング(3)は、いよいよ三島校でのお稽古です。

 

***

 

房仙会書展は、東京銀座の鳩居堂画廊で、8月6日~11日まで開催します。

房仙先生の書と、ご指導により開花し続ける生徒たちの書を、体感していただきたいです(^^)

 

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