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(直感で生きている子に会ったよ)

 

直感で生きるということは、自分を信じているということだ。

直感で生きている人は、そうでない人より、自分を信じる回数が多い

自分を信じる回数が多いなんて、それだけで人生が変わってくる

 

直感で生きている人と、そうでない人とでは、人生のスピードがちがう。

 

◆筆が奏でる音

◆墨は生きている

◆直感で生きるとは

◆波動の授業

◆魂のセッション

 

***


◆筆が奏でる音

 

三島校でのお稽古には、いただいたばかりのお手本を、持ってきていた。

6月のお稽古のあとで提出した添削が、前日に戻ってきたのだ。

 

新しいお手本は、封をあけて、紙を開いたとたん、音がこぼれ出て、胸になだれこんできた。

びっくりした。

いったい、何が起こったのだろう。

 

(連弾だ)

 

そう思った。今までは、一人で弾いている音。それが、連弾になった。

装飾音符も、たくさんついて、力強い。

一気に太く厚くなって、共鳴している。

 

書道の文字から、音が聴こえるなんて…… と、思われるかもしれないけれど、今年、房仙先生からいただいた「故郷」のお手本は、ずっと音が聴こえている。

その音が、変わった。

 

(筆が変わったからだろうか)

 

きっと、そうだ。

最初の筆は、穂先がやや短く、毛の量も少ない筆で、房仙先生が、お手本を準備するために、命毛がなくなるほど書いてくださり、使えなくなった。

 

次に先生が選んでくださったのは「不如帰」という名前の、穂の長い、まっしろな筆だった。

穂が長いので、線の流れがとても美しい。

 

房仙先生が書いてくださったお手本の文字の、どの線を見ても、どの点を見ても、心のひだのすみずみにまで、ゆきわたるような至福が感じられて、練習をするたびに、なんて幸せなんだろう…… と、胸が高鳴っていた。

 

そして、新しいお手本からは、まったく別の楽曲が聴こえた。

 

同封されていた筆は、茶色い毛で、穂がぜんぶおろされている。

それまでの細筆は、根本は固めたまま、先だけをおろして書いていたので、すべてをおろした筆で、自分が細く繊細な線を書けるかどうか、不安になった。

 

(どうやって書くのだろう? 細い線が書けるだろうか?)

 

先生からは、どちらの筆がいいか、自分で考えて選びなさいというメールが届いていた。

 

書いてみなければわからないので、さっそく墨を摺った。

墨の香り。

心が落ち着く。


今年の社中展作品に向けてのお稽古で学んだことの一つ。

 

〈墨をすると心が落ち着く〉 


◆墨は生きている

 

墨を摺り、天然の膠がたっぷり入った墨液を使うようになると、墨が変化することを知った。


 

どんどん、墨の状態が変わる。すぐに固まる。一枚書いて、見直しをしていると、そのあいだに、もう細筆の先は固まっている!

 

練習していて、集中が途切れ、少し、休憩…… などと思って中断すると、あっというまに、筆がカチカチになっている!

 

それは、脅威であり、恐怖だった。

それをほぐして、再び書くのだが、ふと気づくと、穂先に墨のかたまりのようなモロモロがついていたり、動きが悪く感じるようになる。

 

(なにこれーーー)

 

夜遅く書いていて、筆を持ったまま、うとうとしてしまい、だいじな穂先を紙にぶつけてしまったことも、何度もある。

腰が折れたらどうしようと焦った。

うっかり、1時間くらい寝てしまい、筆をカチカチにしてしまったことも、一度や二度ではない。

 

筆を全部洗うことができないので、先についた墨を、濡らしたティッシュやスポンジで、ていねいにふきとる作業は、余裕があるときはいいのだが、眠くてたまらないときは、めんどうくさく感じることもあった。

どのくらいきれいにすればいいのかがわからず、筆をダメにしているのではないかと、常に不安があった。

 

だから、ぜんぶおろしてある筆を見たとき、ものすごく気持ちが楽になった。

思うぞんぶん、洗える! そう思った。

細い字であっても、このような筆で書くことができるのだと思った。

 

◆直感で生きるとは

 

(筆による表現のちがい)

 

今回のお手本を観たときに「連弾だ!」と感じたように、筆によって、違う調べを表現できることを、体験させていただいた。

 

さっそく、書いてみた。

穂をぜんぶおろしてあるとはいえ、腰が、ぐにゃぐにゃなわけではないので、そんなに不自由はなく、細い線も書けることに驚いた。

 

ただ、私の技術では、この筆で書く細い線のバリエーションに限界があり、細い線の中での太細を表現するためには、もっともっと練習が必要だと感じた。

 

(どちらが、書きやすいだろう……)

(どちらが、私の「故郷」に合うのだろう……)

 

双方の筆で清書を書いて、先生に見ていただこうと思い、練習していた時に、先生からメッセージが届いた。

 

「癖がつくと直しにくくなるので、何も書かずに来てください」

 

(えぇーーーーーーーーーーっ)

 

というわけで、道具を片付けてしまったので、その筆で書いた作品を、先生に見ていただくことができず、どちらの筆がよかったかを答えることもできないまま、「不如帰」の筆で書くことになった。

 

結論から言うと、先生に見ていただくために、それぞれの筆で清書を書いて、準備していくべきだった。

もしくは、どちらの筆で書きたいかを、直感に問い、答を用意しておくべきだった。

 

穂の長い細筆が、連れていってくれる、幽玄な表現の趣き。

穂をおろした細筆で、拓いていく、力強い世界。

 

どちらが書きたいかは、観た瞬間に、わかっているはずだ


でも、思考が割り込んでくる。

 

〈実際に書いてみて、嬉しくなるほうは、どちらの筆?〉

〈実際に書いてみて、うまく書けるほうは、どちらの筆?〉

 

私は、実際にやってみる時間が、いつも必要で、直感の優先順位は低い。

ゆっくり時間があるときはよいが、ないときはどうだろう?

決断が遅れ、房仙先生のご指導に追いつかない。

 

こうして、ブログを書いていると、わかってくるのだ。


直感で生きている人と、そうでない人とでは、人生のスピードがちがう。

 

直感で生きるということは、自分を信じているということだ。

直感で生きている人は、そうでない人より、自分を信じる回数が多い

自分を信じる回数が多いなんて、それだけで人生が変わってくる

 

すごい。

 

***


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直感のままに生きている子に会ったよ。

教室は2階にあるので、階段を登っているときから、近付いてくるのがわかった。

 

教室の床は、ぴかぴかに磨き上げられた板張り。

小さい人は、扉をあけて入ってくるなり、声をあげて、端から端まで、猛ダッシュしていく。はだしの足音が、何度も教室を往復していた。

 

(ナマ征太朗くん!)

 

墨のポットに手のひらをつっこんで、その手を、気持ちよさそうに、半紙につけて、ぺったんぺったん。

 

墨は生きている。

命あるものにふれると、魂は喜ぶ。

 

私の頭の中には、すぐに文章が浮かんでしまう。

無駄な思考のない征太朗くんは、なにをするときも、なんの迷いもなく、常に「」。止まっていることがない。

 

(墨が飛んできませんように……と、若干、恐怖です)

 

◆波動の授業

 

三島でのお稽古を始める前に、房仙先生は、誰もいない教室で、時間をとって、お話をしてくださった。

(そのことは、別の機会にブログで書きます)

 

三島の教室で体験させていただいたのは、お手本とはどういうものなのか、その正体というべき現象だった。

 

(お手本のライブ感)

(お手本のグルーブ感)

(一度きり)

(魂のセッション)

 

その体験とは。

 

補講の前日に届いたお手本は、最終のお手本だと思っていた。

そのお手本をしっかり書けるよう、補講をしていただくのだと思っていた。

 

ところが、手をとっていただき、一枚書くと、すぐに揮毫をしてくださった。

揮毫を見せてくださっているのだと思っていたら、新しいお手本だった。

それで書くようにと言われ、一枚書いたら、再び揮毫。

新しいお手本だ。

 

二度、三度、どんどん、お手本が変わっていく。

 

なぜ、お手本が変わるのか。

それは、私の魂がそのように反応していることを、房仙先生が感じとってくださったからだ。

 

「6月のお稽古の時に、こんなふうにしたかったのよ。でも、あなたの心が、ぜんぜん違っていたから、できなかった」

 

三島校だから、三島まで来たから、特別に起こったことではないと、先生は伝えてくださっているのだと、わかった。

 

6月のお稽古の時に、私の心の状態が閉じ、もしくは、そっぽを向いていたから、(そのような低い波動に合わせて)お手本を書くことができなかったと、先生はおっしゃっているのだ。

その意味がよくわかった。そんなお手本では、山の頂上に導くことができない。

 

このことは、社中展や昇級昇段試験に限らない。

毎月のお稽古の時間の中でも、添削による御指導でも、先生は、生徒にお手本を書いてくださっている。

書に表われる生徒の状態を観て、よりふさわしいお手本を書いてくださるのだ。

 

社中展や昇級昇段試験のお稽古の時は、生徒の波動が上がっているから、反応が早いのだと思う。

 

添削ではなく、新しい紙出して」という、先生の声が聴こえ、たちまち、揮毫がはじまっている。

書体が変わり、紙の大きさが変わることもある。

 

多くの生徒が、体験していることだと思う。

あまりにも普通に起こっているので、逆に忘れていた。

それがどういうことかということに。

 

◆魂のセッション

 

お手本は、先生と生徒の魂のセッションのかたちなのだ


どちらかだけでは成り立たない。

双方の波動がそろって共鳴が始まる。

 

お互いの波動が共鳴し、相乗すると、先生にも想像できなかった高い場所へ、どんどん上がっていく。

逆に、先生が、いくら手をさしのべてくださっても、生徒の波動が低すぎると、共鳴が起こらない。

 

だから、お稽古のときは、先生の波動を感じられるよう、チューニングしておかなければ、もったいない。それが「しすおかチャンネル」だ。

そのことを、体験し、学んだ。

 

「故郷」のお手本からは、いつも調べが聴こえると感じていた。

使う筆や、文字のかたち、行頭行尾の位置や、構成は、楽譜のように思えた。


お手本は、どのような表現で演奏するかという、無限のバリエーションの楽譜であり、揮毫は生演奏だと感じた。

 

さまざまなバリエーションのお手本を、私にわかりやすいように体感させてくださることで、筆と墨と紙による書道の「表現」の豊かな可能性を伝えてくださった。

 

筆による表現のちがい。

墨による表現のちがい。

文字のかたちによる表現のちがい。

筆の流れの方向による表現のちがい。

太細。濃淡。直線。曲線。緩急。間。

 

すべての過程が、最終的に、私自身の「故郷」を表現するための御指導であったことを感じる。

 

演奏に聴こえたのは、私の魂に伝わりやすいような波動に、房仙先生が翻訳してくださったのかもしれないと思う。

 

***

 

新幹線の時間の45分前になり、そろそろ片付け始めなければ…… と思っていたら、同じタイミングで時計を観た房仙先生の

「あと、20分あるね」

とつぶやきが聴こえた。

 

(先生!)

 

「光孝先生時計」では、すでに教室を出ていないといけない時間だが、最後の最後、ギリギリまで手をとって伝えてくださるお心。

 

最後の最後まで、手をとり、伝えてくださった。

細筆に、墨のダマがつくときの対処も教えてくださった。

墨はどんどん変化するので、すりたてがいいことも。

 

手をとっていただいているときに、先生が、つぶやいてくださる言葉が、とても心に残る。

それは、オノマトペ的な言葉だったり、ちょっとした書き方のコツだったりするのだが、その後、ひとりで書いているときに、いつも思い出すことができる。

 

「帰ったら、すぐ一枚書いて送る。清書用の紙でも一枚書いて送って」

 

そして、三島駅まで、心よく車で送ってくださった有里佳ちゃん。

車に乗り込むと、さらちゃんと征太朗くんが大はしゃぎ。

 

「家に来るの!?」

「行けたら楽しいだろうなあ。でも、今日は大阪に帰るから、またね。ありがとう!」

 

道が混んでいて、三島駅に到着したのは、新幹線出発の5分前。

でも、有里佳ちゃんは、運転中、まったく心配するそぶりを見せないので、安心していられた。

 

さすが、福田家のお嫁さんになる女性だと感動した。

 

締切まで一週間。

ここから、合格作品を仕上げるまで、まだまだ、波瀾万丈な日々が続きます。

 

一枚二千円の清書用紙に書く気持ち!

最後の添削に同封されていたお手本が三種類あり、いずれかを選ばなければならなかった件! 

用紙が円だったので、中心線をどこにすればよいか、ぐるぐる回して悩みまくった件!

清書用紙の地模様も、どこに持ってくるかで変わるので、どうしようか悩みまくった件!

筆を持つ以前の想定外の事態に、午前中、仕事を休んでしまった件!

 

などなど。

メイキングはつづきます。

三島の子どもの生徒たちのことも書きたいです。

 

どの作品の後ろにも、作品と向き合った過程があり、その声に耳をすませてほしと、房仙先生は、メールマガジンで伝えてくださいました。


本当に、それぞれのドラマがあり、それを支える房仙先生のご指導があります。

今年は、ブログを書く生徒が増え、その様子をリアルタイムで伝えてくださいました。でも、それは、ほんの一部です。

 

いよいよ、明日から、房仙会書展が始まります。

一人でも多くのかたに、来場していただき、作品に耳をすませていただけたらと願います。

 

浜田えみな

 

房仙会書展は、8月6日(火)~11日(日)です。

20回 房仙会書展 福田房仙古希記念 鳩居堂
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