滋賀
2026年08月16日
紫香楽宮跡

紫香楽宮跡(しがらきのみやあと)
滋賀県甲賀市信楽町黄瀬・同市信楽町牧にある遺跡
国の史跡に指定されています

鬱蒼とした林の中を進んでいきます

史跡紫香楽宮跡の所在する丘陵は
古くから「内裏野」「寺野」などと呼ばれていました
すでに江戸時代に礎石が露出していたことなどから
聖武天皇の紫香楽宮として推定され
大正15年に史跡に指定されました

中門跡
南北に6m 東西に10.5m あったそうです

金堂跡

本尊を安置する場所で
現代のお寺の本堂に相当する建物です
東西24m 南北12.3m
囲から一段と高いのは 基壇(きだん)があったそうです

基壇とは?
建物を上に建てるために作られた壇のことで
土を少しずつ盛って、つき固めながら作ります
瓦ぶき建物のような重たい建物を造るときに必要となります

僧房跡
僧侶の宿舎で紫香楽では
建物がコ字状配置三方向 に面したので
三面僧房と 呼ばれていたそうです
東西60m 南北27m
聖武天皇が天平17年(745年)
遷都した紫香楽宮(しがらきのみや)の跡に比定され
1926年(大正15年)に史跡として約33000平方メートルが指定されました

だーれも居ない遺跡
ひっそりとしてて、一人では絶対足を踏み入れたくない場所でした
こういう遺跡巡りは主人が好きなので
一緒に同行して自由に駆け回り写真に撮ってきました
こういう自然な場所が好きなんです

琥珀がのんびりと
寝そべってたら

ちょっかいを出しに行く
璃音でした😅

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yuno_2020 at 00:00|Permalink│Comments(11)
2026年08月15日
参勤交代
伝馬館の奥に進むと
参勤交代の人形が展示されている蔵がありました
無人でしたので入って良いのか
蔵の前で躊躇していたら
何処からか係りの方が来て下さり
「入っていいですよ」って

大名行列

京人形で大名行列が再現されていました

一体一体顔の表情を変えて
とてもリアルに作られていました

小さなジオラマはよく見かけますが
こんな風に、京人形で再現されてるのは初めて見ました


お人形は全部で100体あるとか・・・
部屋の端から端までの行列は素晴らしく
圧巻な光景でした!!

撮影は自由でしたので撮影させていただきました

伝馬館を出た小さな公園で
私の好きなキャラクター
アンパンマンの滑り台が設置されていたのでパチリ
勇気100倍 アンパンマン

玄関前に置いてある植物を住処にしてるのか?
毎朝、水やりをしてると出てきます

こはちゃん🎵

なに?
冷たい視線😅

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参勤交代の人形が展示されている蔵がありました
無人でしたので入って良いのか
蔵の前で躊躇していたら
何処からか係りの方が来て下さり
「入っていいですよ」って

大名行列

京人形で大名行列が再現されていました

一体一体顔の表情を変えて
とてもリアルに作られていました

小さなジオラマはよく見かけますが
こんな風に、京人形で再現されてるのは初めて見ました


お人形は全部で100体あるとか・・・
部屋の端から端までの行列は素晴らしく
圧巻な光景でした!!

撮影は自由でしたので撮影させていただきました

伝馬館を出た小さな公園で
私の好きなキャラクター
アンパンマンの滑り台が設置されていたのでパチリ
勇気100倍 アンパンマン

玄関前に置いてある植物を住処にしてるのか?
毎朝、水やりをしてると出てきます

こはちゃん🎵

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冷たい視線😅

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yuno_2020 at 00:00|Permalink│Comments(13)
2026年08月14日
滋賀県土山 東海道伝馬館
土山宿にある東海道伝馬館に立ち寄ってみました
ここは三重から滋賀に入ったすぐの所にあります

古くより交通の要衝であり
東海道49番目の宿場町でもあった土山
人と物資の交流により
経済や文化の発展を遂げてきました

伝馬館
土山街道や宿場、宿駅伝馬制を再考し
今後の発展に寄与していくため
平成13年にオープンしました

問屋場を再現する建物中には
帳付の宿役人を再現展示しています
こういう当時の様子がリアルに再現された場所
好きなんです~

問屋場の内部では次の宿場へ継送る
荷物の重さを量っているところを再現しています

懐かしい道具がいっぱいでした

壁には土山宿の助郷村名を記した札を掲げています
大名行列等の大規模な通行がある際には
宿場常備の人足や伝馬で賄いきれず
周辺の村々(助郷村)に人馬の提供を命じました
これらの要請と差配をするのも問屋の役目だったそうです

馬屋では駄馬と馬子の様子を展示してあります
各宿場に置かれた問屋場は
公用荷物を次の宿場へ運ぶ人馬の継立や
公用の書状等を 次の宿場へ届ける
継飛脚を主な業務とした施設でした
寛永15年(1638年)以降東海道の各宿場には
人足100人と伝馬100疋もの
常備が義務付けられていました
中山道では人足50人と伝馬50疋の
常備でありました
いかに東海道の通行が多かったことを物語っています
とてもリアルな人形で、当時の様子が再現されていて
分かりやすくて子供でも楽しめると思いました

お外見守り隊 琥珀😆

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ここは三重から滋賀に入ったすぐの所にあります

古くより交通の要衝であり
東海道49番目の宿場町でもあった土山
人と物資の交流により
経済や文化の発展を遂げてきました

伝馬館
土山街道や宿場、宿駅伝馬制を再考し
今後の発展に寄与していくため
平成13年にオープンしました

問屋場を再現する建物中には
帳付の宿役人を再現展示しています
こういう当時の様子がリアルに再現された場所
好きなんです~

問屋場の内部では次の宿場へ継送る
荷物の重さを量っているところを再現しています

懐かしい道具がいっぱいでした

壁には土山宿の助郷村名を記した札を掲げています
大名行列等の大規模な通行がある際には
宿場常備の人足や伝馬で賄いきれず
周辺の村々(助郷村)に人馬の提供を命じました
これらの要請と差配をするのも問屋の役目だったそうです

馬屋では駄馬と馬子の様子を展示してあります
各宿場に置かれた問屋場は
公用荷物を次の宿場へ運ぶ人馬の継立や
公用の書状等を 次の宿場へ届ける
継飛脚を主な業務とした施設でした
寛永15年(1638年)以降東海道の各宿場には
人足100人と伝馬100疋もの
常備が義務付けられていました
中山道では人足50人と伝馬50疋の
常備でありました
いかに東海道の通行が多かったことを物語っています
とてもリアルな人形で、当時の様子が再現されていて
分かりやすくて子供でも楽しめると思いました

お外見守り隊 琥珀😆

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yuno_2020 at 00:00|Permalink│Comments(12)
2026年08月13日
水口城跡

滋賀県水口市にある
水口城跡へ行ってきました

江戸幕府3代将軍徳川家光が
上洛の際の宿館として築城された後
水ロ藩2万5千石の居城となり
湧水を利用した薬研堀(やげんぼり)に
水をたたえていたことから
「碧水城(へきすいじょう)」の別名があります

明治維新後、水ロ城は廃城となり
公売に付されました

角櫓(すみやぐら)が付近の商家に売却されたり
石垣の一部が近江鉄道の敷石になるなど
建物や石垣の大半が処分されました

旧本丸は学校敷地となり
運動場として利用されてきましたが
昭和47年将軍家宿館遺跡としての
価値が評価され
滋賀県の史跡に指定されたのを機に
郷土のシンボルとしての保存整備へ
関心が高まったそうです




<水口城資料館>
明治7年に廃城となった水口城が復元され
現在水口城博物館として公開されています
水口城に関する資料を展覧しています


いか耳ですが
ご機嫌な琥珀です🎵

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yuno_2020 at 00:00|Permalink│Comments(12)
2026年07月03日
トリックアート

滋賀県甲賀駅へ
駅の案内には、甲賀流忍者が‼️

駅構内には
色んなトリックアートが
描かれてて楽しくて
電車に乗るわけでもないのに
遊びにいってます🎵



主人にも協力してもらいました
(恥ずかしいから、早く撮影して)
主人の心の声です😅


駅の構内色んな場所に
忍者に関するアートが描かれています
探して歩くのも楽しかったです😆

帰りに道は いつもの甘味処で
ぜんざいをいただいてきました
こちらのぜんざい 美味しくて何度もリピートしてます😆

カーテンの向こうに 隠れていた琥珀

カーテンを開けて
こはちゃん、みっけ!
あ…見つかっちゃった😅

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yuno_2020 at 00:00|Permalink│Comments(15)








