がっしゃーーーんっ。

投げるように振り上げた消火器が颯の頭より高い位置の30センチくらいの小窓を割った。すごい音を立てて落ちてきた消火器をもう一度拾うと、また、投げる。

残っていたガラスが割れて、今度は消火器は中に落ち戻っては来なかった。

「わんっ!わんっ!わんんっ!」

犬が吠え、颯の背中に飛びかかる。

「ちくしょう!踏み台かよ?」

そう言いながらも颯が壁に手をつくと、犬は背中に爪を立てて、颯の頭を踏んで窓に届いたようだった。

「……くっ!重てぇ。」

爪は大きく、鋭く、背中に突き立てるたびに痛みが走る。

ポトっ。

犬が窓に潜り始めると壁についた颯の腕に鮮血が落ちた。欠け切れず窓枠に残ったガラスが犬を傷つけているのだとわかる。それでも犬は躊躇することなく部屋の中へ飛び込んで行ったのだ。

イヌが身体から離れると少し向こうにあったもう一つの消火器でドアノブを叩く。

外開きのだ。しかもチェーンがかかっているかもしれない。ドアノブを壊したくらいでは開かないかもしれないが、命も、中に入った犬も心配で何かせずにはいられなかった。


ガシャーンっ!

命が舌を噛み切ろうと口を閉じた途端に、この部屋に入ってきた方からガラスの割れる音がする。

「なんだっ?見てこいっ。」

命を押さえていた1人が見に行く。再び大きな音がする。

がんっ!ガツーン。

「うわっ!消火器だ!」

男の叫ぶ声がした。

「わっ!犬だっ!犬が来たっ!」

…バウ?

「わんっ!わんっ!わんっ!」

確かに聞きなれた犬の鳴き声だ。

「わんっ!」

「風呂場から犬がっ!」

男が慌てて戻ってくる。

ガンっ!ガンっ!ガンっ!ガンっ!ガンっ!ガンっ!

玄関扉を叩くすごい音が聞こえてくる。

「お前も行ってこいっ。」

命の体を男が引き寄せ、もう1人に指示を出す。扉を開けると命の目に黄金色の塊が少しだけ見えた。

「!バウっ!」

…声が出た。

「バウっ!ここだよッ。バウっ!」

力の限り命が叫んだ。


数回、消火器を叩き付けるとドアノブが壊れて落ちた。一穴の安い鍵なのか、ドアがスルッと開いた。

やはりチェーンがかかっていてそこで止まった。

「まことっ!」

中に向かって颯が叫ぶ。そのドアにドカッ!と何かが突進してきた。

犬だ。

中側から犬がドアに体当たりをしたのだ。颯も渾身の力でドアの隙間に手を入れて外側に引っ張った。

ドスンっ!

2度目に犬が体当たりをするとチェーンが切れて、力の余った犬が外に転がり出してきた。

「うわっ!」

颯も隣に尻もちをついた。犬はすぐに立ち上がり、体制を立て直すと首を振って、再び中に飛び込んでいった。

「ちっ!なんだよ。カッコイイじゃねぇか。」

颯も立ち上がり中に入る。


先に入った犬が廊下の途中で姿勢を低くし、毛を逆立てて唸る。すぐ前には髪を赤く染めた若い男がナイフを片手に立っていた。一人通ればやっとの狭い廊下だ。その後には同じくらいの年の男がやはりナイフを持っている。

「ガルぅぅぅ。」

犬の唸り声が変わる。

「…この犬は警察犬じゃない。怪我をしないように襲う訓練はされてない。オマケにナイフ如きに怯む様な犬じゃない。命の言葉一つでお前らの喉を噛み砕くぞ。死にたくなかったらそこを開けろ。」

廊下いっぱいになるほどの大きさの犬に前の男が怯んだ。颯から犬の形相は見えないが、牙を剥き、睨みつけ、唸り声をあげているのだろう。血液でところどころ、赤く染まっているから余計に迫力がある。

「お前らはまだ未成年だ。あの時「あすなろホーム」にいた子供だろう?今、ナイフを下げてくれるのならば、俺が弁護を保証する。今度は書類送検だけじゃ済まないぞ?」

「う、うるせぇっ!」

後ろの男が怒鳴る。犬が唸り声を大きくし、姿勢をもっと低くくし、少し前に出る。前の男がナイフを捨てた。

「やっ、やめろっ。この犬、本気だぞ。お、俺はなんにもしてねえ。」

廊下の壁に両手をあげてへばりついた。犬が立ち上がり前へ進む。颯も進んだ。壁にへばりついた男に犬はわざとらしく「どんっ。」と体を当てると「ひっ!」
と縮み上がり、犬が通り過ぎると颯を押しのけ、外へ飛び出して行った。

「こっ、殺してやるっ。」

ナイフを構える。犬は怯む様子もなく前へ進む。男が下がった。犬は間合いを計るように一歩、一歩前に進んだ。

「来るなっ!来るなっ!」

男はナイフを左右に振って威嚇するが、犬は低く唸っただけで足は止めない。突き当たりの閉まったドアに背中が付いた。

「命っ!そこにいるかッ?」

颯が叫んだ。