「まことっ!そこにいるかッ?」

…颯……。

ぐいっと大ぶりのナイフが命の喉に当てられた。

「声を出すな。」

男が耳元で言った。


「それ、引っ込めろ。」

「うっ、うるせぇ。ぶっ殺してやるっ。」

ナイフを振り回すが一つも怯まず、犬が間合いを詰めていく。

「その犬な?あの子の犬なんだ。自分は死んでもあの子のためたらお前を殺すぞ。死にたくなかったらナイフをおろせ。」

犬がまた、低く唸った。

「お前が大橋正樹の方か?阿形の方か?」

名前を言われたのに男が驚いた。

「お前達のことは調べがついてるんだ。今、お前が俺とこいつに道を開けてくれるなら俺は全力でお前を守ってやる。今までお前には守ってくれる大人がいなかったんだよな?」

「……。」

「今度は俺がお前を守ってやる。今まで守ってやれなくて悪かったな。」

颯と男の間で犬が唸る。颯はゴソゴソと内ポケットから何かを出すと

「ほら、受け取れ。俺の連絡先だ。逃げたあいつも呼んで来い。お前は悪くない。悪いのは俺たち大人だ。」

と名刺を差し出して、一歩前に進む。

「ほら、バウ…避けろ。こいつ、命の友達なんだってさ。」

その言葉に犬が唸るをやめた。

「命の友達だ。大丈夫。大丈夫。」

颯が二度、大丈夫と言い、頭を撫でると低い姿勢もやめて、犬がきちんと座った。男が颯の差し出した名刺を取った。

「…弁護士……。」

「そうだ。いいか…ここを出たらもう一人のヤツを見つけて必ず、俺に連絡して来い。約束する。大橋正樹と阿形正平の必ず力になる。」

フルネームで名前を呼ばれると男の顔が歪んだ。

「そのうち警察が来る。その前にここを出て、逃げたやつを探してやれ。」

颯の足の上でバウバウのシッポがワサワサと左右に揺れた。チラッと見るとさっきと顔つきが違う。その目でナイフと名刺を交互に見ている男を見ている。男と犬の目が合った。

「はっ、はっ、はっ……。」

舌を出してまるで笑っているように口角を上げて犬が男を見ている。考えているのか、静かな時間が流れる。

「なにやってんだっ!早くやっちまえっ!ここに入れるんじゃないっ!」

中から星野サトル…元、自分たちが信じていた男の声がした。男の顔から怒気が消える。男がナイフを反対に向けて、犬越しに颯に渡す。

「……うん。」

頷いて犬の頭に手を乗せる。犬がその手に擦り付けるように頭を動かした。

「ごめん……。」

颯でも、命でもなく、尻尾をワサワサと振る犬に謝るように男が言った。

…いいよ。

とでも言うように犬は男に体を擦り付ける。

「早く行け。もう一人のヤツを探して来い。連絡、待ってるから……。」

ドアから避けた男の肩を颯が軽く叩いた。

「……うん。」

犬の頭をもう一度撫でると男は出て行く。颯が恐らく中には命と星野サトルがいるであろう部屋のドアノブに手をかけると再び犬が唸り出す。

…こいつ?中に人間が入ってるんじゃねーのか?

颯はこんな時に不謹慎だと思ったが、何だか唸る犬の顔をよく見てしまった。先ほどとはうって変わって犬は憎しみの目で颯が開けようとしているドアノブを唸りながら睨んでいた。



神田洋輝の運転する車の助手席で、森優羽は神田の颯と繋がりぱなしのiPhoneを握りしめている。

「もっと早く行けないのっ?」

「緊急車両じゃないんだから…法定速度だよ。」

「もうっ!!」

とダッシュボードを叩く。

「大丈夫だよ。颯もバウもいるんだから……。」

「バウはともかくあいつは信用出来ない。」

前を睨む優羽の横顔が怒りで高調している。