ウチの職場で障害者が働き出した。  
今流行のアスペルガーって奴。ここではAとしとく。  
こっちから話し掛ければ答えるけど向こうからは一切話し掛けてこない。  
時折ぼーっと立ち尽くしてたり、と割りとおとなしい感じ。  
仕事に関する話もこっちの指示には応えるけど疑問があっても声を掛けてこない。  
理由を聞くと「話し掛けていいものか分からなかったので」と返事。  

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空気読めないって言われるのはこういう所なのかと納得しつつ、普通に仕事はしてた。  
ただ、やっぱり障害者ってことで色眼鏡で見る人間もいるんだよね。  
何かにつけて突っ掛かっては文句言う若いのが一人いた。仮にHとしとく。  
後で聞いた話だがHはAに色々と理不尽な命令を出しては断られるということを繰り返していたそうだ。  
断った理由は「彼には命令権限が無いから」と実に論理的だったがHとしては「障害者のくせに」と恨みを募らせていたらしい。




 ぶっちゃけ勤務ってのは工場なんだが、彼は新人なのと専業を任されてることから、  
その班の区域内で一人で作業してることも多い。   
そんなある日に事件が起こった。  
俺が知らせを聞いて駆けつけてきて見たのは地面に倒れてるAと仲間に取り押さえられているHの姿。  
聞いた所によると、いつものように嫌がらせを繰り返していたHが、堪えないAに痺れを切らせて飛び蹴りかましたらしい。  
無防備な脇腹を蹴られたAは吹っ飛んでそのまま倒れたのが今のその姿。  
助け起こそうとすると、こちらに手で「構うな」という感じで断ってきて一人で立ち上がった。  
(これも後聞きになるが触覚過敏とやらで他人に触られるとある種の拒否反応が働くそうだ。)  
A「あー…すみませんが、何かしましたかね、俺?」と興奮冷めやらぬHに静かに問い掛けるA。  
H「お前が居るだけで気持ち悪いんだよ!」と喚くH。  
助け舟を出すべきかと俺が口を開こうとした時、Aが困ったように頭を掻きながら口を開いた。 


A「あー、何っていうか、呼び名がよくわからないのでちょっとこっちで付けます。」  
突然何を言い出すかと思ったんだがどうやらHの名前のことらしい。  
A「えーと…『あごチン毛』と『ひげモザイク』とどっちがいいですか?」  
思いもよらぬ言葉にギャラリーの7割が吹いた。  
Hの容姿は背の高い細身であごヒゲを伸ばしているのが特徴的な風貌。  
作業服と作業帽は皆が統一して着用しているので確かにヒゲは目立つだろう。  
クスクス笑いが響く中、怒り心頭のH。  
H「おまっ!ふざけんな!」  
A「ああ…すみません。女性もいる場でチン毛はセクハラですね。『あごモザイク』にします。」  
あくまでもマイペースなAが完全にこの場をリードしていた。  
A「えー…ところで、あごモザイクさん。これは明らかに暴行だと思うので警察呼んでいいですか?」 
警察という言葉に、今さらながら焦ったのか声が小さくなるH。  
H「えっ…い、いや、警察呼ぶほどのことじゃ無いんじゃないかな」としどろもどろ。


そこに誰かが呼んだのか工場長が駆け付けて来た。  
工場長「おい、何やってるんだ!関係ない奴は作業に戻れ!」  
一応、Aは俺の部下なので関係者としてその場に残ることに。  
工場長に事情説明。かくかくしかじかと話す内に顔が険しくなる。工場長はBにしとくか。 
B「Hがやったのは本当か、A?」  
A「H…? あー…モザイクさんの本名ですか。事実ですが問題ありません。」  
ここでA以外の一同が困惑することになった。  
A「えーとですね…これは私の障害に起因する出来事であり、そのモザイクさん、もといHさんの心因的な物もあるでしょうし。」  
B「いや、Hが暴力を振るったなら会社として処罰する必要が…」  
A「必要ないです。ただ、さすがに痛くなってきたので病院行かせて下さい」  
今さらとなって気付いたがAの顔面は汗ダラダラでいかにも辛そうだったために尋問は中止。  
BがHを事務室に連行し、俺がAを病院に連れて行った。  
幸いにも怪我の程度は軽く、打撲で済んだ。 


その帰り道、何故Hを庇うのか聞いてみた。  
A「だってあの人、統合失調症でしょ? 自分は発達ですけどどうしようもない痛みは分かりますから。」  
後日、HはAの言ったとおり統合失調症と診断され現在の所は投薬治療中。  
Aいわく「統失ってね、誰よりも自分が常識でありたいと願って、出た杭を必要以上に敵視するんですよ。」  
それが真実かどうかは分からないが「自分の常識は経験だけが基ですから」というAには一般常識らしい。  
穏やかになったHはAとよく一緒にいるところを見掛けるようになった。  
「やったことのないことはやらないんですよ、どうなるか分からないから」というAと  
「やってみなければ始まらない」というHは良いコンビのようだ。  
  
ちなみにHはあごヒゲを剃った。  
H「あいつ、今でも『モザイク』って呼ぶんですよ。ヒゲ無いってのに…」  
A「そろそろ『顔面モザイク』に変更しようかと思ってるんですが…」  
現在は二人からのある種、幸せな相談にどう答えようかと思案してる。  
  
結局のところ、障害者って言っても色々いるんだよな。  
Aは一見すると普通だし、喋る時に枕詞的に「あー」だの「えー」だの付けるくらいで。  
ただ発達に起因する運動障害も持ってるらしくてネットで言われてる「ただのコミュ障」ってのは当てはまらないってのも分かった。  
Hも統失と分かるまでは普通に思ってたし、意外と隠れてるもんだなって。  
まあ、Aの武勇伝ってことで一つ。



アスペというか、Aだけかもしれないけど必要以上に相手を見てるっていうのかな。  
一言二言交わしただけで相手の性格が分かるそうだ。  
特に腹黒い奴とか一物抱えてそうな奴ほど見えやすいらしい。  
でもそれでどうという気もなくて、他人はどうでもいいから関わらないスタンスだと。  
一言嫌味を言ったSさんを「誰にでも毒を吐ける私カッコイイの劣化アラレちゃん」と呼んだ時はクソ吹いたw  
いつも面と向かって毒吐かれてた工場長が腹抱えて笑うのは初めて見たよ。


いいかげんウザいとは思うけど、これを最後に。  
  
障害者って一言で言っても同じ人間だってこと。  
無表情に見えても障害のせいであってその人のせいじゃない。  
Aは他人に興味ない理由に「悪夢を見るから」と言ってた。  
「裏切られたり、ひどい扱いを受けたりは日常茶飯事だから慣れた。でも悪夢はまだ慣れないから。」って。  
過去の嫌な記憶が忘れられない、毎日のように夢を見てうなされる、  
死ねば楽になれるかもしれないけど死んだ先に何があるか分からないから出来ない、って涙目で相談されたこともある。  
他人に興味が無いってスタンスに見えるけど、その実は他人に興味を持つと付随する負の出来事に潰されそうになるからってのが真実らしい。  
苦しんでるように見えないけどひどく苦しんでるのが相談されて初めて分かったこと。  
  
だから、ネットの人たちにはもう少し「アスペルガー」について知ってほしいと思う。  
せめて蔑称として使われる事のないように願いたい。