夫が元夫になったのは、嫁いびり放置で私が病んだから。
姑にやられた事は大したことないんだけど、アポなし訪問、作ったごはん強奪、
元夫から合鍵もらって家探し(私の物だけ。夫の物はしない)
嫌味、罵倒、携帯に罵倒満載の留守電を一日に何件も残す等々。
元夫に訴えたが「それくらいいいじゃんw」で全部スルー。
約一年で病んだ。

chinowadachi3-min



今思い返すと当時は自分を病んでると思ってなかった。
ある日、元夫が何かこっちに言った時「それくらいいいじゃんw」て言葉がスラっと出てきた。
そしたら元夫が凄くビックリした顔をしたので面白くなって、以後ずっと
元夫が何を言っても「それくらいいいじゃん、それくらいいいじゃん」て繰り返し続けた。
ふざけてんのか!と怒鳴られても、ニヤニヤしながら「それくらいいいじゃんw」
と言い続けた。



元夫は最終的に気味悪がって近寄らなくなったけど
元夫に対してはもうその言葉しか出てこなかったから言い続けた。
姑は「キチガイ、出て行け、ヱッタ!」と留守電わんさか。
でも私が病んでたから同じく気味悪がってアポなし訪問は減った。
その代わり窓の外から泥投げられたりした。
私は泥掃除しながら「効いてる効いてるw」とか思ってた。病んでる自覚は全くなかった。
不思議なんだけど、元夫と元姑以外には普通に対応できて
仕事も特に問題なくこなせていた(事務で6割ルーティンなせいもある)。
当時の同僚いわく「テンションが高くておかしかったけど、すごく上機嫌なんだと思ってた」だそう。
一カ月くらいその状態が続いて、ある日親戚が果物を届けに来てくれた。
親戚は私を見てギョっとした顔して、「何か辛い事があった?」と聞いてきた。
覚えてないけど、私はすごくテンション高く返事をしたらしい。
親戚から親に連絡がいって、翌日の夜、アポなしで両親が来た。


母には私が病んでると一目でわかったらしい。
時刻は7時くらいで、元夫はまだ帰ってきてなかった。姑のアポなし訪問はその時は止んでた。
母は私を抱きしめて半泣き、父は難しい顔。
母の泣き顔にも私は全然感情が動かされなくて、「何があった」と訊かれ
説明するのが面倒で、罵倒留守電タップリの携帯を差し出した。
両親がそれを聞いてる時、元夫帰宅。
玄関の靴を見て「誰か来てるのー?」と言いながら入って来た元夫、両親を見て驚く。
両親に問い詰められ、元夫「大したことじゃない」
「ちょっとした行き違い。親子喧嘩が長引いただけ。な?」私を見る。
私「いいじゃんそれくらいwいいじゃんそれくらいwいいじゃんそれくらいw」ニヤニヤニヤ
元夫「こいつふざけてるだけなんすよwオラッちゃんとしろよ」私を小突く。





次の瞬間、母がビョンっとソファから飛んで(としか形容できない)元夫に飛びかかった。
「うちの娘をこんなにしやがって!おまえを殺す!!」「殺してやる!」
と言いながら元夫の顔をメチャクチャにひっかいた。
手加減なしで引っ掻くと、尖ってない人間の爪でも皮膚に食いこむんだなと初めて知った。
今思うと元夫が失明しなくてよかった。そのくらい容赦なく目の上から頬の半ばまで引っ掻いていた。
うちの母は物静かで誰にでも愛想のいい人で、
父が雷親父タイプ。父が怒ってゲンコツし、母が「そのくらいでいいじゃない」と
慰めてくれるという両親だった。
その母が殺人鬼のような顔で大の男に馬乗りになって顔面を掻きむしってる様子は
今思えば恐怖そのものなんだけど、当時の私は「元夫ざまあw」とニヤニヤしていた。
父が急いで引き剥がしたからたぶん1分もかからなかったと思うんだが元夫の顔はボロボロだった。
あの人どうやって翌日会社に行ったんだろう。
父親が「後日代理人を差し向ける。今日は娘を引き取って帰る。君の所にはいさせられない」
と元夫に宣言し、私は荷物もロクに持たず、いつものバッグだけ持って親の車に乗り実家に帰った。


私は診察の結果入院にはならず、通院と投薬だけで済んだ。その代わり長くかかった。
離婚の手続きはほとんど父がやった。弁護士は見つけるまで一カ月くらいかかったような?
会社関係の司法書士さんのツテがどうとかで紹介してもらえたらしい。
留守電と診断書と、ご近所の証言と、
姑が弁護士の前でもガンガンゴネてお得意の差別用語を連呼してくれたので
(※蛇足ですがうちは両親ともに代々農民だからその血筋ではないです)
わりとあっさり向こう有責になった。
慰謝料から元夫の治療費を相殺して、意外なほどサクサクと離婚。
離婚届を書く前に「妻に面と向かって謝りたい」と元夫から申し出がありましたが
サックリお断り。
「会わせないなら離婚届は書かない」と多少ゴネられましたが、姑が「早く縁を切れ!」と叱ってくれ
(最後の最後にいい仕事してくれた)離婚成立しました。

一連の出来事については未だ現実感がないです。
でもある日忽然と「職場に迷惑かけた!」とハッと我に返って、同僚及び上司に謝りまくりました。
「あの頃は躁状態だったよね」「すごく機嫌がいいんだと思ってたよ~」
と皆に言われた。
仕事に穴を開けなかったから笑い話で許してもらえたんだと思う…今思うと恐ろしい。
母が両脚だけでビョンっと蛙のように飛んだ姿は、ある日夢に見て、
母スゲー!と目が覚めて爆笑して、その後泣いて、母に「あの時はありがとう」とやっと言えた。
長くてすいません。