大学の夏休みの話 

7月中旬、実家に帰省する日取りを家族LINEで話して、7月の終わりごろに帰るという話になった 
別の大学に通うつ上の兄も同じ時期に帰るということで、話はまとまった筈だった 

でも、その帰る予定の前々日に兄から「やっぱり少し遅くなる。お盆に帰る」って連絡が入った 

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自分は兄と違ってまだ研究室にも配属されていなかったから、兄が帰って来るまで実家でのんびりしてようと思っていた 
そして、実家に帰ってからちょっとして、警察から電話が来た




兄のものと思われる遺体が山中から発見されたとのことだった 

兄は趣味で自転車に乗っていて、下り坂でカーブを曲がりきれず、そのままガードレールを越え、自転車ごと崖から落下したのがタヒ因らしい 
人通りも多いとは言えない山中での事故ということもあり、発見も遅れたようだ 
少なくともタヒ後一週間は経っていると言われた 

その時の俺は、身近な家族のタヒということもあり、少なからず動揺していた 
兄は俺と違って明るく、人を楽しませるのが得意な人だった 
喧嘩もよくしたが、何だかんだで兄とふざけて笑いあっている時間の方が多かった 
そんな兄がタヒんだというのが、なぜかとても遠くで起きたような出来事に思えて、「ああ、これが実感がわかないってことなんだな」ってどこか他人事のように思っていた 

兄の葬儀でも驚く事があった 
兄の友人がかなり大勢集まって来たからだ 
兄と同年代ならばちょうど大学の夏休みだし、親同士の繋がりもあっただろうが、兄のタヒを聞いてこんなに多くの人が来るとは正直思わなかった 

それくらいでようやく、俺自身も兄がタヒんだということを実感し始めていた


葬儀も終わって、日が過ぎて、少し落ち着いた頃 
ふと兄の最後のLINEを見て違和感を感じた 
あの時はなんとも思わなかったが、医者の言うタヒ亡時期よりも明らかに後になって送られてきているのだ 

タヒんだ兄が送ったLINE? 
まさか 
いや、だとしても盆に帰るってなんだ?帰って来られないだろもう…… 

両親は気づいていないようだし、特に母親は兄のタヒで少しおかしくなっていたから、自分もあまり深く考えないようにしていた 


お盆になって、母は「兄ちゃんいつ帰ってくんのやろね」とか言い始めた 
俺も親父も、「兄貴はタヒんだやろ。もう帰ってこん」なんて言えなかったから、適当にはぐらかしていた 
その頃にはもう兄を失った喪失感よりも、母親の心配の方が大きくなっていた 
そのうち、俺も親父も知らないところで兄の後を追うんじゃないかという漠然とした不安があった 

そんなある日の深夜 
そう、深夜だ 
突然家のチャイムが鳴った 

こんな時間にいったい誰だと顔を見合せる俺と親父 
少し間があって 

「ただいまー」 

と、間の抜けた「兄の声」が聞こえた


聞き間違えではなかった 
俺も親父もびっくりして固まっていた 
ただ母親だけ「兄ちゃん帰ってきたん?」とか言いながら玄関に向かおうとした 
親父が慌てて止めて、俺も母親を抑えるのに荷担する 

母親は「○○(兄の名前)が帰って来たやん!帰って来た!!」とか泣き叫びながら暴れるものだから大変だった 
正直、今外にいるのは何なのかを考えるのは忘れていた 

そのうち親父が「○○!お前はタヒんだだろ!何しに来た!!」と大声で怒鳴った 
母親も暴れるのをやめて、廊下に座り込んでただ泣いていた 
暫く、母親のすすり泣く声だけが聞こえて、少し間が空いたあと 


「いや……お盆だから……」 


と 
何とも兄らしい、すっとぼけた答えが返ってきた 
母親も泣き止み、俺も親父もぽかーんとして 
そしたら「ごめんな」って声を最後に、もう兄は何も言わなくなった


そのあと親父が玄関から外を確認したけど、誰もいなかった 
部屋に戻ったら、母親だけじゃなくて親父も泣き出した 
タヒんだあともわざわざ実家に顔を出しに来るとは、あいつらしいとか言いながら泣いていた 


その日の夜、夢に兄が出てきた 
細かい内容はもう覚えてないが、何故か実家でなく俺の部屋で話をしていたこと、茄子(多分精霊牛?)の話をしたことは覚えている 
翌朝両親にその話をしたら笑われた 

それからは母親も元の調子に戻り、俺も安心して大学に戻ることができた 


やっぱりあのLINEは「タヒんだから盆に帰ることにするわwww」という意味だったのだろうか 
ともかく、今年のお盆は兄貴ように精霊牛でも作ってやろうと思う