修羅の道

日常生活に潜む修羅への道をまとめます。

    虐待

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    毎月20万家に入れていたのに兄夫婦と同居するからと追い出された結果。

    家を出るまで、(父が借金を遺してこの世から退場したので)毎月20万家に入れて私が家庭を支えてきた。
    母は更年期と称して働かず、家事もやらなかったから必然的に私が殆どのことをやっていた。
    ある日母と兄夫婦がいきなり「同居するからスネカジリは出て行け」と言いだした。

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    突然のことに反発した私を3人がかりでpgrしてくれた。
    ソファに座っている3人の前で2時間正座してた。
    曰く「お嫁にも行かない極潰し」
    曰く「30にもなって母親に寄生するダメな子」
    曰く「いつまでも親の脛をかじる能無し」
    だって。



    【第二千二十四の修羅 毎月20万を家に入れて家計を支えていた私。兄夫妻が同居することになり言われた。「寄生虫は出て行け。スネカジリハは出て行け」「は?」】の続きを読む

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    自分は恥かきっ子で母親が四十過ぎてからの子です。
    兄が一人いて十五離れています。
    この兄が長く一人っ子の跡取り息子で大事にされ何でも独り占めの性格でした。(故人なので過去形です。)
    年が離れて生まれた末っ子の自分が皆に可愛がれるのが、気に食わなくて陰でそうとういじめられまいした。

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    親が病気で相次いで亡くなった時自分は小学生でした。
    兄は結婚して所帯をもってました。子供もいました。
    財産を管理するからとの名目で兄の家に引き取られましたが、地獄でした。




    【第千九百六の修羅 幼いころに両親が亡くなり年の離れた兄夫婦に引き取られたが・・・そこからが地獄の日々だった。それから数十年が過ぎ、先日行政から連絡が来た。】の続きを読む

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    変な話だけど、義母と仲良くなりすぎて離婚した。
    結婚前、夫には「母とは付き合わなくていい」と言われていた。
    義妹にも「うちのお母さん変わってるから」「だらしない人」と言われ、
    子供二人にこうまで言われるとは相当難物なんだろうと身構えていた。

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    でも実際会ってみたらびっくりするほど気が合った。
    逆に義父の方とはうまくいかなかった。
    義父はモラハラ全開で、常に義母をバカにしていた。
    「何もできない、役立たず、陰気、ツンボ(差別語ごめん)……」
    夫と義妹は横でそれとしらっと聞いてる。



    【第千八百十一の修羅 モラハラ家族。旦那の一家は義母を馬鹿にしバカ扱い。だが本当はいい人で私とは仲良くやっていたのだが・・・それが原因で離婚となった。】の続きを読む

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    母親が盗み癖のある人だった。 
    母は専業主婦。 
    でも父は会社でそれなりの地位にいて金に困っていた記憶はないから 
    生活に困ってとかではなく本当に「盗み癖」としか言えない一種の病気だったんだと思う。 

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    うちは二人兄弟で、兄は母にすごく可愛がられていた。 
    俺はあまり相手にされなくて、服も全部兄のおさがりで 
    兄はいつも長い時間母といっしょに風呂に入ってたのに 
    俺は「お湯が汚れるから入るな」と言われて、歯ブラシも俺のは買ってもらえなかった。 
    子供時代は「バイキンマン」と呼ばれ、クラス中に嫌われて過ごした。



    【第千七百九十四の修羅 盗癖のある母それを俺のせいにしていた。俺は風呂にも入れてもらえず歯ブラシも買ってもらえず、「バイキンマン」と呼ばれ虐められていた。】の続きを読む

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    震災じゃないんだが。
    誰にも言えなくてずっと苦しくて、ここに吐き出していく。

    震災からすぐ、母親が死んだ。

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    俺の家はすごい田舎で、山奥の豪雪地帯。
    震災で、若干だがライフラインに影響が出て水や食料を買い出しに出た両親が事故にあった。

    雪崩だった。

    家への道はその道路しかなく、山の上で下はすぐ崖→川という状況だった。
    他の車も何台か巻き込まれたが、みんな無事だった。

    運悪く両親は雪崩にのまれ、道路から押し出されて数十メートル下の川に落下した。




    【第千七百五十六の修羅 母が事故死した場所に花やお菓子をお供えしていたら、それを盗んでいく泥ママが現れた。文句を言った数日後、その泥ママが同じような事故で死んだ・・・】の続きを読む

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    23の時に娘を産んだ。夫は3歳年上。
    父親が娘に甘いのは仕方ないのかも知れないけど
    私がしようとしている躾をことどこく邪魔する男だった。

    例えば食事の間はちゃんとイスに座って食べましょう
    イスの上に立ったりしてはいけません、みたいな当たり前のことや
    お友達のおもちゃで遊びたい時は順番を守るか
    貸してくださいってちゃんと言いましょう
    貸してもらったらお礼を言いましょう、みたいなこと。

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    だけど夫は、まだ小さいんだから物事の善悪なんて分からないんだし
    今は自由にのびのびさせようって人。
    自由にのびのびは私も賛成だけど、それはそれ、これはこれ。
    って感じで躾を巡っていつも衝突していた。
    当然娘は甘い父親に懐き、私のことを睨むまでになった。



    【第千七百三十六の修羅 元夫は娘を溺愛し躾をしようとする私を暴行。離婚して数年後、再婚して幸せな家庭を気付いた私の家に元娘が現れた。元夫が亡くなったから養ってくれと・・・】の続きを読む

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    胸糞な上に人が二人タヒんでいる話。閲覧注意。
    施設に引き取られるまでが俺にとっては修羅場と言うよりも地獄だった。
    まだ児相とか、虐待という言葉が世間にあまり知られていなかった頃のことだ。

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    物心つく前、母親が目の前で首を吊ってタヒんだ。
    半日以上俺はぶら下がった母と一緒に過ごしていた。
    俺自身は覚えていない。
    多分、ショックが強すぎて覚えていられなかったんだと思う。





    【第千六百四十八の修羅 子供の時目の前で母親が首を吊った。その後、祖父祖母は俺を虐待した。俺が祖母を殺す時までは。】の続きを読む

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    私の両親は絶対に褒めてくれない人だった。
    幼稚園のときに初めて逆上がりができたとき、「将来に役立つ事でもないのに褒めるようなことか?」と言われた。
    運動会で1等を取れば、「周りが遅かっただけ」と突き放された。

    小学生になれば、周りの家庭が羨ましくなっていた。友達はテストの点数が90点でも褒められるんだもの。
    私は100点を取っても「100点なんて取って当たり前、褒めるようなことではない」と褒めてもらえず。
    小学校時代はなんとか親の気を惹きたくて様々な分野で頑張りまくった。
    席書コンクールで金賞を撮り、作文が市の小さな冊子に載り、マラソン大会では上位五位以内に入賞。
    これら全て褒めてもらっていない。「褒めれば調子に乗るし」と言うだけ。

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    私が小二のときに妹が産まれた。
    この妹、私とは相反してベタベタ甘々に育てられた。
    両親の絵を描いただけで褒められ、逆上がりができて褒美を与えられるほど褒められていた。
    妹はおせじにも出来が良いとは言えず、二桁の足し算も苦労していたのに納得できなった。



    【第千六百二十四の修羅 両親が妹を溺愛して育てた結果→妹、少年院へ。→馬鹿親「子育て失敗したからやり直す、お前の子供をよこせ」】の続きを読む

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    私は、大学を卒業後知り合いの紹介で関東にある障害者の福祉施設で働いていました。
    そこは理事長が一代で築き上げた法人だったため、神のように崇めさせていた基地な慣習がありました。
    そんな場所で私は障害児の部署に配属されました。

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    配属され7か月くらい経った頃、夜勤明けで頭がボーとして帰ろうかと思ってたところ奥のほうから
    「パーン」と何かで壁を叩いた音が聞こえたため、慌てて向うと先輩職員A(以下A)と子供の姿がありました。
    Aの手には便所サンダルが、子供は真っ赤になった頭を押さえながら号泣していました。
    夜勤明けの回らない頭でもAが殴ったことはすぐにわかりました。


    【第千四百六十一の修羅 知り合いの紹介で障害者の福祉施設で働いていた。そこで目撃した虐待現場を内部告発したら退職させられた。その後・・・】の続きを読む

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    全てにケリが付いたので、ここに書き捨て。長いうえにキモい自分語りがあります。注意。
    後、この書き込みは作り話だから真に受けないでください。

    俺はいわゆる、毒家族の元に、凄く不本意ながら生まれた。搾取子ってやつ。

    酒の肴に俺を罵倒し、殴り飛ばすクソ父に、
    常にヒステリーを起こし、些細なことで「この出来損ないがあ!」と俺を張り飛ばすクソ母に、
    表向き「優等生のお嬢様(笑)」ぶって、その猫かぶりのストレスを、俺をいびって発散するクソ姉。

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    まー俺もガキだからさ?親や姉に認められようとさんざん努力したぜ?
    テストで100点取ったこともあったし体育の通信簿で5をとったこともある。
    でもそれでも俺を罵倒し殴ることはやめなかったな。
    「姉より優秀になるな生意気だ」「勉強ができたからと言っててめえのような不細工は幸せにはなれねえんだよ」
    とか、「お前なんて存在自体が屑だ!成績が良かったぐらいでそれがチャラになると思っているのかこの出来損ない!」
    とかまあ、今思い出しても「これ躾じゃねえな。ただ罵倒したいがために罵倒してるだけだな」って感じ。


    【殿堂入りの修羅 毒親に搾取されてきた俺。家族への思いが踏みにじられたとき、俺は修羅と化し武装して奴らを叩き潰した。かろうじて生きていける程度に・・・】の続きを読む

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