こんにちは、元キャナリーゼの森生ゆり子です。

あまりにもリアリティを追求し過ぎてバッシングの後炎上し、閉鎖したブログ「キャナリーゼゆり子の豊洲日記」http://blog.livedoor.jp/yurikomorio/ にアクセル下さった皆様、その節はお世話になりました。お元気でいらっしゃいますか?

私は元気ですが、今は豊洲には住んでいません。お引っ越し?精神世界?それともあの世?いいえ、どれも違います。ちょっと俄かには信じて頂けないと思うのですが、私どうやら100年後の世界にタイムスリップしてしまったようなのです。

100年後の世界には、新しい島「豊洲島」が出来ていました、そこに住む私の見た事聞いた事、感じたことなどを、豊洲島の最新情報を交えながらお伝えしたいと思います。

どうぞよろしくお願いします。

※森生ゆり子へのお問い合わせ,、ご連絡はこちらにお願いします。→yurikomorio@gmail.com

本当にご無沙汰をしてしまいました

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

本当にご無沙汰をしてしまいました。みなさまお元気でしたか?
Nice to see you. How are you?

息子をあの「名前をよんではいけないあの幼児施設」から2015年10月で中途退園させてから、もうママ友の悩みは終わったと思っていました。なので「キャナリーゼの憂鬱」も終了、新しいステージで色々頑張っていたのですが、全然終わっていなかったのですよね。

あのボスママ軍団、その中でもボスママの中のボスママは未だ現役で君臨されていたみたいです。幼児園を退園してからほとんとお目にかかっていませんし、最近は特に自分が忙しいせいでダークサイドの魔の手に気付いていませんでした。すごい事が起こっていたのですよ。

私は去年の今頃、あの幼児園に通う息子を突然退園させました。変に思った人もいたと思いますが、あんなに大勢の父兄や先生達、関係者たちから、どうしたの?とか、何があった?と聞いてきたひとは一人もいませんでした。すごく不思議だったのですが、その理由が最近やっとわかりました。

ブログ、Twitter、全てクローズしたのは、やはりこうしたSNSの発信がもとで、よく思われない方々からのバッシングで息子が園でいじめられたと思っていたからでした。なので、万難を排するつもりで、息子が小学校に入学をするのを機に全てcloseしたのでした。だって、辻ちゃんや江角マキコさんも、ブログのせいで子ども達を転校、転園させたりしたでしょう?

幼児園は仕方ないけれど、学校を転校させるのは困るなあと。それでブログの公開をやめたんです。 でも、その必要はなかったみたい。

それは置いておいて、以前からこのブログを復活させて欲しいというリクエストがたくさん届いていました。みなさん私を覚えていてくれて、ありがとうございます。私を知ってる人も、知らない人もこんにちは。はじめまして、さようなら。I 'm Yuriko Morio. Please call me  Yurrico, everyone does.

また公開してみたいと思います。それでは、「元キャナリーゼゆり子の豊洲にいた時日記」、是非第一話からお楽しみください。bye :-)

第一話「ご無沙汰をしておりました」
http://blog.livedoor.jp/yurikomorio-100later/archives/1128359.html

IMG_6736 

このブログは終了しますがまだ続きがありますのでよろしくお願いします

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

先日、久しぶりに会った友達が言いました。

「あのブログなかなか面白かったわ、100年後から帰ってきて終わりなの?」
「ええっ?続きまだ書いているわ?新しいブログ知らないの?」
「え?知らなかったー」
「リンクに新しいブログ貼っておいたのに」
「普通の人は見ないわよ~

ということで、今さらなのですが、こちらのブログでも告知しておきます。

新連載「帰ってきたキャナリーゼゆり子の豊洲日記
Twitter も新しくなっています。

よろしくお願いします。

 2014-07-06-18-13-23

電子書籍ララノコン作品集

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

この度、「LivedoorBLOG賞」を受賞された「Vipperな俺」さんの粋な計らいで、ライトなラノベの仲間達と電子書籍を出版することになりました。

俺さん、何から何までイラストまで、ありがとうございました。また、ラノベというジャンルにナビゲートして下さった「ライトなラノベコンテスト」様、叱咤激励して下さったララノコンの皆さま、この場をお借りしまして御礼申し上げます。

電子書籍化するにあたり、ベラベラベラベラ書き綴った部分をカットして、ぎゅっと凝縮して「ライトなラノベ的豊洲にいた時日記」作品に仕上げてみました。

出版にあたり、著作権法に抵触しないようにもあれこれ配慮しました。

それと同時に、こちらのブログにおきましても、ララノコンと無関係な記事をいったん削除させていただきました。

未だにたくさんのアクセスを頂きまして、ありがとうございます。これを励みに第二回ララノコンも是非参加したいと思います。

その際はまたどうぞよろしくお願いします。

それでは「ララノコン傑作選集」をお楽しみ下さい。


※作品のご感想等は、各作者のブログ及びTwitter宛にお願いいたします。

ララノコン思い出作品集」←ファイルアップの方法がわかりませんでしたので、俺さんがアップされた記事のリンクを貼らせて頂きました。こちらからダウンロードできます。

☆もくじ(参加作品)

・俺、下ネタ抜きの真面目なラノベ書くよ!(名無しのvipper)※livedoor賞受賞
・猫達のセカイ感(魅流)
・元キャナリーゼゆり子の豊洲にいた時日記(森生ゆり子)
・這いずる悪魔と飛びたい天使(ほしたろう)
・君が死んだから俺も死んで追いかけた(ほしたろう)
・頭に旗(フラグ)を立てないで!(高波一乱)
・無限の感覚(三浦るぴん)

2014-07-06-18-03-05

Vipper賞ありがとうございました

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

豊洲島から帰ってきました。

そして豊洲島にいる間、「ライトなラノベコンテスト」に参加しました。

思えばこのコンテストに参加したのは、ほんの偶然からでした。正直に言うと、「ライトノベル」というもの、なんとなく聞いたことがある程度で、私とは全く無縁のものでした。カテゴリ的にも合わないだろうな、書いていて楽しい訳がない、オタクみたい、変な人と思われるかしら?などという理由で、当初は参加するつもりは全くありませんでした。

それでも参加してみようと思ったのは、自分のカテゴリというか、立ち位置というものが把握出来ていない状態で、闇雲に公募に小説を送るスタイルが果たして正しいのかという疑問を持ち始めたこともありました。縁があったのだから、とにかくチャレンジしてみよう。そんな風に考えて参加してみました。

いつものブログに小説をプラス、そして締め切りまでに完成、様々な思いを馳せ、煩悩、葛藤、苦悩、喜び、悲しみ、全部詰め込みました。これは書いていいだろうか、閉鎖要請がきたらどうしよう、今度こそ転園?そうだ、ブログがダメならTwitterに書いちゃえ、でも大丈夫?などなど。

俺さんがイラストを書いて下さいましたが、ほんとうに毎日こんな気持ちで書いていました。「だめよゆり子、だって私はキャナリーゼなのよっ!子どももいる、家族の立場は、ボスママが怖い・・・」

vipperゆり子


そして、完成しました。二次選考は敗退しましたが、自分的には大満足です。我ながらなかなか面白い。いつかドラマ化のお声がかからないでしょうか。そうしたらhydeさんと、ふふふ・・・

ブログやラノベを書いている間は、他の参加者さんについて思いを馳せる事も作品を読む事もなく、ただただ自分のスタイルを貫いていました。特に、作品については故意に読まないようにしていました。

何事にも影響を受けやすい自分のこと、つい読んでしまったばかりに他の作品のスタイルやプロットが似てしまったり、同じフレーズを使ってしまったりしないかなどを危惧してのことでした。

でもそれは後に他の方の作品を読んでみて、全くの杞憂ということがわかりました。とにかく皆さん、本当に個性が強い、ダイナミック、真似しろと言われても無理でしょう。文章の中に、妄想から生まれた物体を、具象したりを抽象化したり、ありとあらゆる手法で表現されています。ただただ、呆然です。

それと、もうひとつ強く思ったのは、「ラノベ」を書く人達の生真面目さ、こう言ったら失礼ですが、とても意外な気がしました。ラノベは軽くライトなもの、中の人達もそう、そんなイメージがありました。それは確かにある意味ではそうでしたが、いざ事が起こった時の真摯な対応、物事の本質への追求、理解、そしてリテラシーへの向き合い方には御見それしました。

子どもを生み育てるコミュニティで、いつも暑苦しい正義感や方向違いの使命感で疎外され続けてきた私は、自分の尊厳のようなものを失いつつあったように思います。それが、この「ライトなラノベ」に参加することで、重さやベクトルはやや検討違いであるものの、あながち間違いではなかったのではないかと思えました。

特に、例の投票所騒ぎでは、ラノベの武士達が挙って意見を戦わせていました。まるで維新の時代、新しい夜明けについて語り合う同士のように感じました。「ララノコンの夜明けは近いぜよ」とういように。

そんな中で私も、小さな脳みそで様々な事を考えました。今の自分について、これからの生活、モラル、リテラシー、そしてやはり子ども達のこと。世の中で大切な事は沢山ありますが、自分が関与出来ることはそんなにないのではないか。だとしたら、これからどのように自己を確立すればよいのか。次世代の子ども達にどう伝えたらよいのか。

未だよくわからないでいます。

ただ、このコンテストで作者の方々と交流を持てた、やはりそれが一番の収穫でした。そして、こんなにも小説を書く人達が世の中にいるということ、本当にびっくりしています。小説やラノベを書く人なんて、そんなにいないだろう、私くらいじゃないか、というのはオーバーですが、それに近い事を考えていました。

中学二年生でもそのくらいわかるでしょうね。

そんな私に、あれこれとアドバイスやコメント、そして雑談に混ぜて頂いて、豊洲に住むひとりの孤独なお母さんは、本当に嬉しくて楽しかったです。とても感謝しています、ありがとうございました。

LAST MESSEGE」でも書きましたが、ご支援下さった皆様、そして、嵐ででもコメントを頂けたのは嬉しかったです。「嵐や怒りや軽蔑でもいい、無視されるよりは」そんな風に今は思います。存在を否定も肯定もされないという事、本当に辛く悲しいこと、それに比べたら・・・

ライトなラノベに参加している間、それから締め切り後の皆さんとの交流、とても暖かく楽しい毎日でした。

二次選考も終わり、ララノコン用のTwitterアカウントを削除したり停止したり、ブログもクローズする方もちらほらみえるようです。私もそろそろララノコンはいったん卒業したいと思います。それは、ライトなラノベの仲間達とのお別れを意味し、私が現実に戻るという事でもあります。とても寂しく思います。

でも、そうしないと次のステップに進めない自分がいます。

また、新しいブログを書きます。今度は締め切りのない、のんびりしたものになるといいなと思います。閉鎖期日、エントリー期日、そういうものがないブログ、今度こそ、「ブログは続くよどこまでも」というように、3年、5年と穏やかに続けていけたらなと思っています。

それでですね・・・、今回の某所の嵐騒ぎで思ったのですが、これからもし何処かで、

「~かしら?」
「~よ」
「~だわ」

などという書き込みを発見されましても、私ではありませんのでよろしくお願いします。私が何か発言する際は、「森生ゆり子」という、ブログやTwitterやFacebook、それから小説をアップする「星空文庫」さんという枠の中で発言します。

よろしくお願いします。

ララノコン。We ララノコン。

また次のコンテストで、皆さんにお会い出来たら幸いです。

最後に、私が時々Facebookに書いている「キャナリーゼゆり子の妄想日記」をこちらでもひとつ書いて終わりにしたいと思います。

俺さん、ゆり子のイラストと、みんなにVipper賞をありがとうございました

ララノコンとラルクは永遠に不滅です#hyde

☆☆☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

LNSS(ラノベショートストーリー)
タイトル「ララノコン学園の憂鬱」

監督「ハイッ!スタート(カチン)」

♪カーンコーンカーンコーン♪

先生「じゃあ今日はここまで、宿題やってこいな」
当番「起立、礼」

ザワザワザワ・・・

JC1「ゆり子、帰ろう~」
JC2「今日部活休みでしょう?」
ゆり子「うん、あ、でも今日ちょっと用事があるの」
JC1「なに?」
ゆり子「マネージャー日誌書かないと、部長に言われているの」
JC2「そうなの?じゃあまたね
JC1「おっさきにー
ゆり子「うん、またね

(誰もいなくなった教室)

ゆり子「はやくやって、帰ろう、お腹空いたな」
パンダ「ゆり子さん・・・」
ゆり子「きゃっ、びっくりした。え?誰?」
パンダ「僕です・・・」
ゆり子「パンダくん?箱なんかかぶってるから、解らなかったわ。どうしたの?」
パンダ「はい、僕、ちょっとやっちゃって・・・それで・・・」
ゆり子「ま、また?前もやっちゃったわよね」
パンダ「はい、でも僕寂しくて、どうしてもやっちゃうんです・・・」
ゆり子「でも箱かぶっても、寂しさ消えないでしょう?」

優しく頬笑み見つめるゆり子、箱を脱ぐパンダ。

ゆり子「ほら、パンダの方が可愛いわ。ね?
パンダ「ゆり子さん、僕、僕・・・あの・・・

(教室の扉が開くガラッ)

灰堂「ユッリコ、帰るぞー」

ゆり子「あ、灰堂くん、うん、待ってて、これ書いちゃうから」
灰堂「パンダ、何やってんだよ」
パンダ「いっ、いえ、僕は・・・」
灰堂「箱脱いだんだな、そんな箱捨てちまえよ」
パンダ「うるさい!君に何がわかる
灰堂「だいたい、箱かぶったってバレバレなんだよ。ダサ
ゆり子「やめて灰堂くん、パンダくん可愛そうじゃない」
パンダ「ゆり子さん・・・ありがとう・・・僕・・・僕・・・」

灰堂「こら、パンダ。お前感違いするなよ?ゆり子は俺の彼女だぞ?それ以前に、

ゆり子はお前の事なんてなんとも思ってないんだからな

ナレーション「嵐もやめとけ ( ´∀`)ナー

監督「かああーーっとお!
アシ「はい、オッケーでーす

(完) I love hyde

LAST MESSAGE

こんにちは、元、いえ、もう戻ってきましたので、キャナリーゼの、でもいいです、最後まで元キャナリーゼという事にします。

設定は大切ですものね、元キャナリーゼの森生ゆり子です。

これで本当に本当にラストの記事です。終わってしまうと思うと、なんだか寂しくて、また出てきてしまいました。

書きっぱなしのブログ記事を読み返して校正したり誤字脱字を修正したり、同じ意味でしょうか?そういう事もしないといけないですし、締め切りまでちょっと時間があるのですが、もう(完結)にします。

自分で自分を褒めてあげたいというのはこの事でしょうか。

いつも何か初めても途中で放りっぱなし、やりっぱなし。

そんな私が、途中端折ったり適当だったところもありましたが、小説を、ラノベを書きあげ、きちんと終わる事ができました。

夫がみたらびっくりするでしょうね。でも、絶対内緒です。いつか直木賞をとった時に言ってやるわ。

「私、ちゃんとやり続けた事があるのよ」

って。どんな顔をするか今から楽しみです。

何度もしつこいですが、ご支援下さった皆様、友達、家族、そして話にあまりありがたくない役で登場して下さったママ友の方々、本当にありがとうございました。

みんな仲良くしましょう。(名前をよんではいけないあの幼児施設)の会長さんも言ってみえました。

「お母さんたちが仲良くして下さい。そうすれば子ども達も仲良くなれるんです」って。本当にそうかもしれません。

また、このコンテストに参加することで、自分でイラストを書いたり、前のブログのように小説の内容を補足説明するだけのつもりが、思いがけずストーリーを考える事になりました。

ちゃんと物語になっているか途中まで心配だったのですが、ラストもまた自分では思いがけない展開となりましたが、終えられてほっとしました。

とても楽しかったです。

それに、普通にブログを書いてアップするよりは、読んで下さる方が増えた筈です。

ライトなラノベコンテスト様にもこの場をお借りして御礼申し上げます。

それからこのコンテストを教えて下さった、13歳のハローワーク様、コメントを下さり参加をすすめて下さった「どらやき」様、本当にありがとうございました。

小説や物語を書くって、楽しいですね。いつか新聞の連載を書いてみたいです。

ブログが終わりましたので、今度は中断していたアクセサリーデザインをまたやりたいです。そしてネットショップを立ち上げて、可愛いキラキラしたもので世の中のお母さんたちを飾りたい。勿論OLさんでも、お姉さんでも誰でも綺麗になって欲しいです。

それから、今日で最後ですが、もう一度言いますね。

私はもう豊洲にはいません、100年後の豊洲島にいます。そして、そこでこれを書いています。141歳のゆり子おばあちゃんの昔話です。昔、昔のお話です。どうぞよろしくお願いします。

なんて。

何度もしつこくて申し訳ないのですが、何度も言わないと、現実世界の、豊洲地区の話だと、実在の話だと勘違いする方が多くて困りますので、繰り返しています。

このブログ、どなたかを誹謗中傷している訳ではありませでした。

それどころか、自分の恥、コミュニケーションスキルの低さ、物覚えの悪さ、それによるすれ違い、勘違い、などなどを曝して淡々と綴りました。

以前のブログのように固有名詞を出したり、面倒だったので偽名も考えずそのままさあーっと書いたり、これも考えるのが面倒だったので、名字のアルファベットで登場する方を表現したりしましが、それは今回は気をつけました。

それより私、自分の名前や個人情報を出してしまって、取り返しがつきません。でも、大丈夫だと思いたいです。

あくまでもブログはフィクションです。それから私が今までに書いた、これから書くつもりの小説、全くの作り話しなので、発表しても何の問題もありませんし、誰にも迷惑はかけない筈です。

何故なら...

読んで下る方が増えてきたようで、あまりにドキドキハラハラさせても申し訳ない、そろそろ本当の事を言いましょうか。

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100年後の豊洲島、専業主婦がタイムスリップなどと書いていますが、本当の私は、まだ20代の独身女性です。ネットでは「毒女」ですね、「鬼女」ではありません。

勿論2014年の東京に住んでいます。オタクと呼ばれていますが名誉なことだと思っています。今はコスプレしてコミケに行くのが人生最大の愉しみ。

この初音ミクのかつらは自作です、なかなか大したものですよね。これを被った私、我ながらほれぼれします。衣装はドンキホーテで買いました。六本木店になかったので、新宿歌舞伎町店まで探しに行きました。

学校も仕事にも行っていません、ニートです。最近は「プロニート」と自己紹介では言っています。ニートのプロです、すごいでしょう?

親は心配していると思いますが、諦めているみたいです。部屋からあまり出ませんし、家族ともほとんど会話しませんから。

名前は言いたくありません。ネットに名前を曝すなんて、自殺行為です。特定されて曝されるなんて、絶対いやですから。炎上なんて事になったら、誰が責任とってくれるんですか。

でも、コードネームはいいですよ。「黒猫優姫」コスプレの時にサインを頼まれたりするので自分で考えました。こくびょうゆうきって読みます。猫が好きなんです。テヘペロ

そして、このブログや小説は、部屋の押し入れの中で書いています。びっくりですか?押入れの中に布団をひいて、電光を持ち込み、iPadとiPhoneだけでこれを書いています。ポテチと森永のエンゼルパイが主食です。

友達もほとんどいません、コミケに行く時だけ一緒に行く友達がいます。人間関係って、コミケに一緒に行く人出会う人、それだけですよ。でも、これで充分なんです。

何故みんな友達たくさん作りたがるのかわかりません。何かと面倒じゃないですか。寂しくなったらエア友作って空想の中で遊ぶか、オンラインゲームで知り合う人とチャットで話します。楽しいですよ。

も・ち・ろ・ん、結婚も、子ども産むつもりもありません。

なんだかしんどそうじゃないですか。ネット上には結婚出産後の悩み、ママ友がどうとか、そんな悩みは溢れていますが、幸せそうな人ってあまりいませんよね。その通り、しんどいだけだと思うのですよ。

何故そんな嫌な思いまでしてみんな子どもを産むんだろうと思いました。

なので想像で結婚して、子どもを産んだつもりになって、これを書いてみました。

あまりにリアル過ぎて炎上して閉鎖?ふふふ、それもこれも全部私ひとりで自作自演をしています。あの時のコメントも全部私。閉鎖命令をしたのも、実は私。

そして閉めました。そのお陰で私のブログはちょっぴり有名になったのです。

あの時の一日の最高アクセス数、6700ちょっとでした。そして今、ライトなラノベで3位ですって。

どうですか?すごいでしょう?みんな騙されちゃって、可笑しいわね。それにしても、

ああ、押入れの中は、落ち着くなあ....

(完)

元アイランディーゼゆり子の豊洲島にいた時日記

「こんにちは、元アイランディーゼの森生ゆり子です。

今は100年前の豊洲にいます。豊洲島で書いていた私のブログ、あまりにもリアリティに溢れていたため炎上し、閉鎖要請が出てClose しました。

ママ友についてあれこれ悩んでいた私の唯一の息抜きだったのに。

青空幼稚園の中田先生、サッカーでご先祖様が有名だった方みたいですが、その方が園長を務める幼稚園の事、それから、その中でのママ友事情を赤裸々に書きすぎて、それで・・・」

何これ?ブログ?森生ゆり子って私?私、こんなの書いた覚えないわ。

となると、豊洲島の森生ゆり子さん、実在されていたのでしょうか。そしてやはり私が思っていた通り、100年前と100年後のふたりが入れ替わったのでしょうか。

そうだわ、タイムカプセル、あれのせいかもしれません。ダリアちゃんがおばあちゃん、いえ、梨花の母親にタイムカプセルを飛ばしたいと言っていたけれど、それは私の事ですよね。

未来がどんな風になったか教えたいって言っていたけれど、もう十分すぎる程わかりました。

あのタイムカプセルのせいで、私は100年後の世界に呼ばれてしまったんじゃないでしょうか?タイムカプセルが来ないといけないのに。そしてタイムカプセルは役目を果たしました。

だって、私、実際に見ましたもの、この目で。

豊洲の臨海地区にぽっこりと浮かぶ豊洲島、そこに光り輝き聳え立つ放射能除去装置のタワー、hydeさんのお孫さん、そして私の子孫達。

未来を知ってしまうと先がわかって人生つまらない、そんな事を聞いたことがありますが、私は逆に元気が出てきました。

ママ友付き合いに挫折し、苦しみ、一時は死んだ方がマシとまで思った事、そんな過去はもうどうでもいいです。

私をイジメたママ友さん達、仲間外れにされたママ友グループ、LINE、バス停、king of BOSSMAMAさん。遠い未来には、何も残っていませんでした。きれいさっぱり、私自身も含めて消え失せていました。

そして2014年豊洲に戻ってきました。勿論まだ色々な問題はそのまま、悩みも苦しみも何も解決していません。

でも、時間が経てば何もかも消えてしまうという事、この目で見てきました。そうしたら、もうどうでも良くなってしまいました。いえ、まだ終わっていませんし、またこれから別な問題や課題、子どもについての悩みがもっともっと出てくるかもしれません。

でも、いいのです。自分の命が、DNAが繋がって、未来へと続いていたのですから。

ラルクのhydeさんもDriver's High」(ドライヴァーズ・ハイ)の中で歌っています。

もう数えるくらいで僕らは消え失せて、
真っ暗な朝が来るね
お気に入りの服にさあ着替えたなら
駈け出して


本当にそうです、悩みはいつまでも続きません。そして自分の命も。明日、消え失せてしまうかもしれません。私だけじゃない、生きとし生けるもの全て、パパもママも友達もワンころりんも花も木も鳥も。

子ども達だけがいました。私の中のDNAが喜んでいるでしょう、新しい乗り物が存在する事を確認できましたから。勿論私も嬉しいです。もう、それだけで満足です。お母さんになれて良かった、子どもを生んで良かった。

今、初めてそう思ったかもしれません。

ママ友付き合いで挫折し、地域で孤立し、ひとりぼっちだと悩んだ日々は本当の事ですが、私、ひとりぼっちじゃありませんでした。

友達もいますし、家族もいます、ママ友ではないですが親身になってくれるご近所さん、そしてママ友から友達になれた方々、そんな方々の存在のありがたさ、ママ友付き合いで悩まなければ、当たり前だと思っていました。

でも悩んだからこそ、ありがたみがわかるようになりました。そして遠くに離れていながらネットで繋がる昔の友達、ネットがあるからこそ、今でも友達と思えています。

ネットで炎上したり、メールやLINEで失敗したりすると、こんなものない方が良かったなどと思ったりもしましたが、いい事もたくさんありました。

そしてブログ。ライトなラノベコンテストに参加したのも、ネット上でのやりとりをした方からのアドバイスでした。

そして13歳のハローワーク主催者様、その節は大変失礼いたしました。またどこかでご縁がありましたらよろしくお願いいたします。

そしてラルクのhydeさん、hydeさんを知って私の人生は輝き始めました。ラルクの歌、hydeさんの歌声、何もかもが奇跡です。飽きっぽい私ですが、きっとずっとファンでい続けると思います。

ロックバンドなんて、J-Popなんてと思っていたのを反省します。将来子どもがそういう系統の音楽を聴く時がくると思いますが「クラシックを聴きなさい」などと言わず、一緒に楽しめるお母さんになれると思います。

そしてhydeさんの美貌、パワフルさ、これからも見習います。国立でお会いできるのを楽しみにしています。ファンクラブにも入りました、会報楽しみです。

そして、ブログにアクセスして下さった、読んで下さった皆さん、TwitterのフォローFacebook のお友達申請、本当にありがとうございました。顔も知らぬ方々にも励まして頂いて、挫折しそうなところを何度も救っていただきました。本当にありがとうございました。

そして、これで「元キャナリーゼゆり子の豊洲にいた時日記」は終了いたします。

ご支援、ありがとうございました。

画像1

flower

「森生さん?こんにちは」

誰かが私に声をかけました。「こんにちは、森生ゆり子です」といつも語り初めてブログは始まります。今日は逆じゃないでしょうか。おかしいですね。

ガクン

はっ、いけない。寝ちゃった。あら?ここ何処?

目の前に大輪の花のような笑顔の女性がいます。私に話しかけたのはこの方のようです。あら、この方は。

「Angel さん、こんにちは」
「は?エンジェル?」

首をかしげています。私、何か変なこと言ったかしら。だってこの方は、豊洲総合病院でダリアちゃんのおばあさんの車いすを押していた、介護ロボットのTYPE:Angel 通称Angelさんです。私がAngelさんと呼んではダメなのかしら?

「今日、龍馬頑張っていますよ」

えっ?龍馬?豊洲にいた時の息子の名前じゃないですか。どうしてAngel さんがそんな事知っているの?そして、頑張っているって何を?

「ママー見ててねー」

小さな男の子が私に向かって手を振っています。そして7段の跳び箱をぴょーんと飛び越しました。しかも軽々とお猿さんのように。

ああ、ここは。

見渡すと、そこは(名前をよんではいけないあの幼児施設)のテントドームでした。息子の龍馬が体操をしていて、そして私は近くにあるブルーの平均台の上に座って、それを見学しています。声を掛けて下さったのは息子の担任の先生、介護ロボットではありませんでした。

私、今どこにいるの?

テントから外を除くと、見慣れた風景が広がっていました。すぐ隣にあるカフェ、そしてBBQテラス、そこで若い男女がBBQパーティをしています。テントの中は体操だけではなく、サッカー、バスケット、一番遠いところでは大人の男性がフットサルをしています。

そうだわ、ブレインで日付を確認すればいいわ。胸をぽんと叩きました、あら?何も反応がないわ、ぽん、ぽん。ブレインの代わりにコートのポケットから振動音が聞こえてきました。手探りでそれを取り出すと、薄い四角い物体でした。

これ、なんだっけ?ああ!そうだわ、これスマホだわ。このデコケース、ららぽーと豊洲のダイソーで100円で買ったやつです。お気に入りで割れてしまってもまた同じものを買ったのです。スマホで日付を確認します。

2014.1.31 pm3:37

おおー時間が元に戻ってる。いえ、私が豊洲に戻ってきたのです。そして、青い平均台はひとりぼっちな私のいつもの定位置、そして、ちょっと離れたとこのに同じように見学にきているお母さん達が4~5人、固まって立っていました。

いつもの風景です。何も変わっていません。

豊洲島の事、放射能除去装置のタワー、ママ友桜子さん、Hydieさん、そして108歳の梨花、私の娘。

あれは、夢だったのかしら。それともいつもの私の妄想?Angelさん、そうだわ、梨花の弟の介護ロボットっていっていたわね、という事はおじいさんの龍馬があの病院に入院していたって事じゃない?

あーしまった見てくれば良かった。今目の前でお猿のように飛び跳ねている息子、どんな風に枯れてたのか、枯っぷりをみてみたかったわ。100年後もふたりとも、私の子ども達は生きていたのですよね。

でも待って?やっぱり夢?私の妄想?

ですよね?

よく不思議な物語とか時空を超えるとか、結局は最後は「夢でした」という完結のものがありますが、あれって一番腹が立つパターンです。そんな事を言ったら、チャーリーのチョコレート工場も、ハリーポッターも全部「作者の夢でした」みたいな感じじゃないですか。そんなラストな小説、「読んで損した、お金勿体なかった」なんて事になります。

私の物語も、夢落ちで完結ですか。それはそうですよね。だって私、ただの専業主婦。何も取り柄のないただの主婦が書いた小説なんて、こういうオチがお似合いです。そもそも小説なんて、書いた事もないし、ラノベなんて意味も存在も知らなかったですし、ましてや「ライトなラノベ」なんて・・・

それ、美味しいの?

なんて感じですから。ふふふ、でもちょっと楽しかったです。ひとりぼっちで孤独な少年が実は魔法学校の生徒になる、そんな感じかしら?ママ友ゼロの孤独でちょっと変わったお母さんが、時空を超えて自分の子どもに会う愛と冒険とhydeな物語な訳です。夢でもそう思い込んでいればいいのです。

何も変わっていませんが大丈夫です。ママ友なんてどうでもいい。子ども達、夢でもあんなに長生きしてくれて、そして優しい子孫達に慰めて貰って、元気がでました。自分のひ孫がママ友なんて、私くらいじゃないかしら?こんな体験。

あら?名前?そうだわ。みんな花の名前だったわね。豊洲島の娘の名前もサンフラワーのサンだったし、桜子、ダリア、娘は梨花、私はゆり子。

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私のママが言っていたわ、女は凛と咲く花でいなさいって。だからうちはずっと女の子には花の名前をつけるのよって。そうだわ、梨花にそう話した事があったわ。そして花と言えば「Flower」。hydeさんがボーカルを務めるラルクの好きな曲ランキングで一位なのです。#豆知識

梨花、覚えていてくれたのね。でも待って?でもそもそも、あれは夢よね、妄想よね?どうなの?

そう思いながら、私は懐かしいスマートフォンで検索してみました。やっぱりこの指タッチでないとしっくりこないわ。ブレインも便利でしたけれども。

でも数年前はこうした指でスライドさせる機能なんてなかった訳で、こうして考えると将来本当にブレインみたいな端末が登場するかもしれないですね。

「元キャナリーゼゆり子の豊洲にいた時日記」どうなったかしら?ライトなラノベコンテストに参加して、一生懸命書いたものです。

ああ、でもそれも夢だったかもしれません。

現実だとしても、100年後の世界で書いたブログなんて、100年戻ったここ豊洲で読める筈もありませんから。

でも一応、、、ん?何これ。何このブログ?

「元アイランディーゼゆり子の豊洲島にいた時日記」???

Pieces

そして、豊洲島の穏やかな日々が再び戻ってきました。

「あははは、あの時のゆり子さんの顔。テレビで実況見ていたけれど、おかしくて堪らなかったわ」

東十条桜子さんが笑っています。

そうです、今日も豊洲総合病院の待合室に来ています。私の担当医もテレビをみて私を知ってくれたのでしょう。もう「豊洲島総合病院へ」と転院をすすめる事もなくなりました。変わった人、何を言っても無駄、そんな風に思われたのかもしれません。

そして今日は娘のサンも一緒です。ダリアちゃんも。そして車いすのダリアちゃんのおばあちゃん、いえ、ひいおばあちゃんも。今日は珍しく起きていらっしゃいます。でもぼんやりとした笑顔で、お話もあまり聞こえていないような感じです。

お年を聞いたところ、108歳だそうです。もうそんなお年なら、こんな風に赤ちゃんみたいになっても仕方ないですね。人は年をとると、だんだんまた赤ちゃんに戻るそうですから。

「おばあちゃん、タイムカプセル出来たよ。おばあちゃんのお母さんにちゃんと届くと思う?」

ダリアちゃんがおばあちゃんにタイムカプセルを握らせて、そして耳元で大きな声で話ています。そうだわ、タイムカプセル。こちらの方が世界的に大きなニュースになりそうなのに、あんな私のぽかん顔が新聞のトップを飾ったりして変よね。恥ずかしかったわ。

「でも、御徒町さん、ゆり子さんにマンションの下でチケットについて聞いてきたんでしょう?その後すぐ警察から電話がかかってきた。そしてマスコミの前に突然姿を現す。ねえ、もしかして・・・」

桜子さんが小さな声になり、そっと言いました。

「えっ?」

私はびっくりして桜子さんの顔を観ます。彼女もじっと私の顔をみます。

ああ、そうか!そうかもしれません。全ては彼女が仕組んだこと?

あんな風にいじめをする事が世間に知れ渡り、「みんな大好き、だから私もみんなが大好き」みたいなキラキラした存在だったのに、それが覆されてしまった訳です。

名誉を挽回するために、ニラニラと虎視眈々と機会をうかがっていたのかもしれません。

そして私のhyde生誕祭の不法侵入騒ぎ。

絶好のチャンスだと思ったのかもしれません。待って、その前に図書館のある放射能除去装置のタワーの前でお会いしたのも偶然かしら?

駐車場のスロープとはいえ、警備員が誰もいなかったのって変だと思っていたけれど偶然だったのかしら?

それに、アシタカ君と下の売店でお菓子を買った後に「チケット持っていた?」と聞かれたのは…

全ては偶然?必然?それとも・・・神様?hyde様のご加護?ああ、hyde様・・・

「まあ、いいじゃない。それで御徒町さんとは仲良くなれたんでしょう?」

桜子さんが私のもやもやした妄想を打ち破るように言いました。そうだわ、御徒町さん、それが・・・

「先日マンションの渡り廊下でバッタリお会いしたの、お互いひとりだったわ。あのマスコミ騒ぎから初めてお会いしたのね、だからお礼を言わなくちゃと思って、笑顔で「こんにちは」って挨拶したの、

そうしたら・・・」

「どうしたの?」

「すごい顔で睨まれて、挨拶無視されたの」

「ぷっ・・・あははははは!」

また桜子さんに大笑いされてしまいました。私は笑えませんでした。何も変わっていないのです。ママ友は友達じゃない、そしてボスママはボスママのまま。私は相変わらず苛められっ子の孤独が好き、でも本当は違う、寂しがりやさん、そしてちょっと変わったお母さんのまま。

ママ友で悩んだ8年間とずっと書いてきましたが、まだ記録は更新されそうです。

でも、良かった事もありました。以前は会うと挨拶もされない無視されていたマンションのご近所さん、(名前をよんではいけないあの幼児施設)のご父兄の方々、普通に挨拶をして下さる方が増えました。

立ち止まって話をしたり、円陣の輪に入ることはないのですが、空気がちょっと暖かくなった気がするのです。気のせいでしょうか?

そして東十条桜子さん、こんな風に赤裸々に話を聞いて下さる方もみえますし、もうママ友の悩みも消えてしまったのかもしれません。

そもそもママ友で悩むって事自体、平和で幸せな事なのかもしれません。

夫婦の不仲、嫁姑の確執、経済的な身体的な精神的な悩みがないという、あってもママ友の悩みにすり替えられる程度という事です。幸せでなくてなんでしょう。

ママ友って、一時的な仲だそうです。子どもが大きくなって必要なくなれば消えてしまう関係。

「もうね、子どもが大きくなったらそれどころじゃないわよ

先輩ママ達は口々に言います。本当にそうかもしれません。子ども達も大きくなってきました。ママ友が必要な時期もあとほんのわずかかもしれません。

「だから、タイムカプセルなの!わかる?おばあちゃんのママに送るの。ほら、「to yurikomorio」って書いてあるでしょう?」

ダリアちゃんの声に、びっくりしました。ゆり子?森生?森生ゆり子って?私?このおばあちゃんのママが森生ゆり子さん?

おばあちゃんは108歳?私は100年後の世界に来ているのよね、と、いう事は、このおばあちゃんは。

まさか、まさか…

桜子さんも、ダリアちゃんも、サンちゃんも、はっとした顔で私をみました。ああ、そうだった、この人、「森生ゆり子」じゃない。そう思ったのかもしれません。

私はじっと車いすのおばあちゃんを見つめてしまいました。思わず近寄ります。そして、顔をじっと観察、いえ、そんな、誰かの顔をじろじろ見てはいけないって母がよく言っていました。そして、娘の梨花にもよく言っていました。

「梨花、どうしているかしら」と100年後の世界にきても尚心配し続けたのは、娘の事でした。

「梨・・・花・・・?」

そっと声をかけます。すると、車いすのぼんやりしたおばあさんが、はっとした顔で私をみました。どこにこんな力があったのかと思うほど強い視線に変わりました。そして、

「・・・ママ?」

梨花?梨花なの?そうだわ、この目、梨花だわ。しわくちゃになっても、目の輝きでわかります。いつもいつもこんな顔で、目で私の顔を見つめていました。そうだ、この口元の黒子、手の甲にもありました。小さなシミ。

「ママ、どうしてこんなところに黒いのがあるの?」と聞くので「これはね、幸せの印なの。神様がつけてくれたのよ」

なんて言っていたものです。

間違いありません、私の娘です。梨花、梨花、長生きしたのね、そしてこんな素敵な娘さん、お孫さん、家族に囲まれて幸せになったのね。あなたのすぐそばに新しい花が生まれて、木漏れ日の中で穏やかに揺れているのね。

あんなに「ママ友で揉めたのはあなたのせい」とか、「子どもなんか嫌い」「あなたなんか生まなければ良かった」などと言ったりした事もあったのに、ひどい母親だわ、ごめんなさい、私のせいで・・・可愛そうな事をいっぱいしました。八当りとか、叩いたり、髪の毛を引っ張ったり、たくさん、たくさん。

なのに、こんなに幸せそうに、安らかそうに。現実かしら、夢じゃないかしら、いつもの私の妄想?

手を、手を握らせて、梨花、梨花、あなたも私も生きているのよね?ああ、暖かいわ、あなたの手。こんなに皺皺で、すっかりおばあちゃんになって・・・

私は涙が溢れてきました。咽が詰まって言葉も出てきません。

108歳になった娘の手の暖かさだけが現実のようでした。桜子さん、ダリアちゃん、そして豊洲島の娘のサンちゃん。驚いて私と梨花をかわるがわる眺めている気配がします。誰も何も言葉を発しません。梨花もそうみたいです。

きっと小さいころと同じように、不思議なものを見る時のぽかーんとした顔をしているでしょう。見えなくてもわかります。

私、お母さんですもの。

ピカッ

娘の手に握られたタイムカプセルに私の手が触れた瞬間、青いタイムカプセルが赤色に光りました。涙でよくみえなくなっていますが、赤に光ったのはわかりました。そして、どこからか赤ちゃんの泣き声が聞こえてきました。

梨花の赤ちゃんの頃も、あんな風に泣いていたわね、そしてお母さん一年生な私は色々わからない事だらけで育児で悩み、困って、そして、だんだん慣れて、そして慣れた頃には今度はママ友さんの悩みで困って・・・そして・・・そして・・・

小さく光った赤い光が大きくなり、私を包み込みました。暖かいわ、お母さんのお腹の中ってこんな感じだったのかしら。ママ、ママ、お手手が暖かくなってきたわ、眠いわ・・・ママ・・・

梨花・・・私の、大切な、娘・・・泣かないで・・・

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ママ友は友達

おはようございます、元キャナリーゼの森生ゆり子です。

とうとう「ライトなラノベ」最終日ですね。頑張って早起きしてみました。というのは嘘で、大抵こんな時間にいつも起きます。それも自然に。

眠くて眠くて死にそうになって、何度も母親に起こされて起きていたあの頃は遠い昔、ぱちっと目が覚めたらもう眠れません。そんな年になったのでしょうか。

前のブログにも書いたのですが、子どもを産んでからそうなりました。赤ちゃんが隣でごそっとすると、はっと目が覚めてしまう、そしておっぱいをあげたりおむつを替えたり。

体がそういう風に変わったのでしょうね。人間の本能ってすごいなあと思ったひとつでした。死んでも早起きなんて出来ない、一生寝坊人生なんだわと思っていましたから。

体は変わっても性格は変わりませんでした。団体行動、足並みそろえて、グループのボスのいいつけを忠実に守る、そしてそういう方を持ちあげて話を感心したふりをしてふんふんと聞く、丸く円になって道端でいつまでも。

そんな事はやっぱり苦手なままでした。今もそうです。そして、ここ豊洲だけではなく、遠いあちらこちらでも、同じような円陣が出来ているのでしょう。

若い方などがコンビニの前でお菓子を食べたり、しゃがんでお話をしているのを観ると「今時の若い人は」「ねえ、全く」などと、小さな子どもを連れたお母さんなどが眉をひそめますが、コンビニの前ならいいじゃないですか。道をふさぐように歩道のど真ん中で円陣作られる方が迷惑じゃないでしょうか。

なんて、またこの界隈のママ友さん達から総スカンをくらいそうな事を書いてしまって、私は全く反省というか学習しないというのか、出来ない人みたいです。もういいです、これで一生、生きていきます。

結婚する前、夫の母とお茶をしていた時に義母が私にこう言った事があります。

「あなた、そのままで生きていきなさい。取り繕ったり、よく見せようとか思わずに。そのままで、ね」と。

どういう意味だろうとその時は不思議だったのですが、今思えば「こいつどうやらあかんやつ。でも息子が好きで結婚したいというなら仕方ないわ」などと思ったのかもしれません。

でも、お義母さん、あなたの事だって私もそう思っていますよ?「この人みたいに、こんな風に生きていけばいいのかしら?」なんて。

珈琲を淹れたり洗濯物の乾燥具合を確認したり、そしてブログを読み返していたらあっという間に一時間程経過してしまいました。時は金なりブログはお金にならないでも賞金入れば10万円、でも断トツトップにランキングしているブログは既に存在するのでそちらに流れそうですね。

でもいいのです。こうしてまた締め切りがあると思って焦る気持ちが書きたい放題をしてくれました。

私ひとりでゴソゴソ書いていたら書けなかった事、あれもこれも書けました。この辺りの方々、そして(名前をよんではいけないあの幼児施設)の関係者の方々、もう驚きを通り越してあきれてものがいえない状況なのかもしれませんが、一番そう思っているのは本人である自分、そんな心境です。

頑張って書いたら明日は中華街だ!あら?行くつもり?まだわかりませんけれども。早く決めなければ。でもそういうテキパキした采配、多分周りの誰からも期待されていませんので大丈夫です。よろしくお願いします。

こしうして書いていると、結局は「ママ友達は友達じゃない」という事になるのでしょうか。

ママ友や友達について色々ブログに書いてきましたけれども、まだよくわからない事がいっぱいです。

あのking of BOSSMAMAさんとか御徒町桃子さんとか、彼女達はママ友についてどう思っているのかしら。多分ですが、お二人ともお仕事をずっと続けられて、その華やかな世界で「ママ」を看板に更に上昇気流に乗ろうと考えているような節があり、

「ママ友達?キラキラして幸せや元気を運んでくれるものよ。ママ友とか友達に境界線はありません。みーんな私の素敵な仲間よ\(^o^)/」

なんてセリフが聞こえてきそうです。

そんな彼女が今、マスコミの前に姿を現しました。

こんなタイミングで、いいえ、彼女はいつもこういうびっくりするようなタイミングで現れ、人々の注目をさっとさらい、そして輪の中でひとりで話し始めるのです。今日もそうみたいです。いつもと違うのは、その輪がママ友かマスコミか、それだけでした。

注目が一身に集まったところでおもむろに言いました。

「こんにちは、わたくし、御徒町、桃子、と申します」

すごい、マスコミ慣れしているわ。名字と名前の間をちょっとあける間の取り方、空気の掴み方。

そして、話す前に周りを笑顔でさあっと見渡すところ、ららぽーと豊洲のユナイテッドシネマの初日舞台挨拶で登場する人気女優さんみたい。

堂々として、「さあ、私を見なさい」というオーラ。豊洲にいた時のking of BOSSMAMAさんとそっくりです。

でも、いつも、豊洲にいた時もここ豊洲島にいる今も思うのですが、こんなすごい人がどうして私みたいなちょこまか挙動不審でつつくとすぐぺしゃんこになる大人しいお母さんを攻撃したりいじめたり仲間外れにしたりするのかしら。

わたしなんてどう見てもその他大勢なんだから、知らん顔してくれればいいのに、いつもニラニラとした表情で目をつけられて、イジメられて、本当に怖かったわ。今もそう、全然変わっていないです。

そんな彼女がまた登場しました。マスコミに叩かれかけている私に何の用事かしら。更に陥れようと思っているのでしょうか。あまりありがたくない方向に物事をすすめようとしているのは、間違いありません。いつもそうでしたから。

輝くような笑顔で、マスコミの群れをゆっくり見渡すようなしぐさをして、更に言いました。

「私、森生ゆり子さんのママ友達、いえ、友達です」

マスコミからどよめきが上がりました。そうだわ、私の失踪騒ぎの時、テレビの情報番組でもニュースになった事があるって夫が言っていました。

彼女がすごく非難されたって。そしてその輝かしいキャリアが一時寸断されそうになり、SNAP担当から子供向け番組の担当に異動になったって噂で聞いたことがあります。テレビ局にお勤めなのかしら?

そんな彼女、もともとというか、あれで一気に私と共に有名人になった筈。

「ママ友同士の確執、ママ友イジメは何故無くならないのか」と、香山リカさんが本を書いてらして、そして講演会をお願いして、ママ友で悩むお母さんが沢山集まって、そして、そして…

私、混乱しているわ。豊洲島の時なのか、豊洲にいた時なのか、よくわからなくなっています。

それより、king of BOSSMAMAさん、いえ、御徒町さん、私の友達だなんて、そんな筈ないでしょう。友達っていうのは、まず仲が良くないとなれないのよ。私をイジメ続けたあなたが何言ってるの?

私の心を見透かしたように、彼女は続けました。

「森生ゆり子さんと私、確かに色々ありました。彼女がブログや小説に書いた事、あったかもしれません。

でも、あのブログがあったからこそ、私達わかりあえて、ママ友じゃない本当の友達になったんです」

また、静かなどよめきが起こりました。そしてそれが収まるのを待って、また御徒町さんは話し始めました。

「お互いに反省し、歩み寄り、ほら、ママ友達って子どもの友達のお母さんじゃないですか。だから普通の友達付き合いと違って、煩悩や葛藤もその分多く、そして自分自身の気持ちを抑えつけたお付き合いをしなければならない事があります。

それで彼女も私も誤解が増えて、そして彼女は小説家志望の妄想家ですから・・・」

なによ?妄想家って。でもちょっと面白いわね。「懲り懲りゴリラ」には負けますけれども。

それにしてもよくまあこれだけベラベラとお喋り出来るものだわ。あ、また「ほら」って言った。彼女はどこに行ってもどんな状況でも、円陣の中でずっとお話する担当なのね。

それがボスママなのかもしれませんね。そして彼女は特に、ボスママの中のボスママ。

敵う相手など、どこにもいないのかもしれません。

と言っても、私、彼女に喧嘩売ったことなど一度もありませんし、それどころか彼女にはずっと低姿勢なまま、自分の意見どころか普通にお話するのも怖々おっかなびっくり、近くに立たれるだけでぞわぞわして笑顔がひきつっていたと思います。

バス停の時だって、いつも彼女を中心にお喋りの円陣が出来ていましたが、それをちょっと離れたところで眺めるような日々でした。

なのに、なのに・・・

「…と、言う事は、hyde生誕祭のチケットは、あなたが彼女にプレゼントしたということですか?」

え?チケットをプレゼント?すみません、話聞いていませんでした。

ああ、いつもそう、私って自分の妄想の世界に入ると人の話というか、周りが全然みえなくなる人なんです。今もそうでした。何か彼女が話していたのですが、私を妄想家といったところからすっぽり別の世界を旅していました。

「豊洲にいた時」に。

「そうなんです。ほら、ご存じのようにhyde生誕祭は我が社がメインプロデュースを担当しています。Hydieさんもそうですが、hydeさんが活躍されていた時代にも我が社とはご縁がありましたし、それはずっと続いています。

そして私はhyde生誕祭のPR担当をさせて頂いておりますので・・・あ、申し遅れました。わたくし・・」

そしてまたすううっと一呼吸開けたかと思うと、

「広告代理店、株式会社美宝堂、事業企画部、イベントプロモーション戦略室、HydiePRグループに所属しております。

今回のHyde生誕祭も企画担当させていただきました。今年の生誕祭、如何でしたでしょうか?ニカ」

ほお・・・そんなどよめきが上がりました。私も思わず「へえー」っと声をあげてしまいました。

「そうなんです。世界的に争奪戦になる希少価値なプラチナチケット、こんな風にどなたかにプレゼントというのはコンプライアンス的にもよろしくない事は重々承知なのですが、私、どうしても彼女をこのイベントに今回は招待したかったのです。

それで社長に直々に談判しまして、チケットを一枚彼女に用意したのです。

社長も彼女の事は知っていました。「ママ友付き合いに挫折した可愛そうなお母さん、そして誰も助けない、関わりたくない変態・・・いえ、ちょっと変わったお母さん」だと。

だからこそ、私だけは彼女の味方になりたかったのです。勇気つけようと、元気を出して貰おうと、それでチケットを。だって私達、ママ友を通り越して…(すううう…)

・・・本当の友達になりましたから

おおーっとどよめきがあがりました。私は何言っちゃってるの?と鼻白みましたが、黙っていました。

そういう事にしないと、不法侵入罪で逮捕されてしまうかもしれません。初犯ということになるので起訴猶予とか書類送検で済むかもしれませんが、そんな事で有名になるのは困ります。

だって、私はお母さん。子ども達の将来にも傷がつきます。森生なんて珍しい名字、名乗れば、ああ、あの、という事になるでしょう。進学にも就職にも、そして次世代にDNAを繋ぐための結婚にも。

なので彼女の言うことを、うんうんと頷いてただ聞いているしかありません。マスコミの方も私の存在など忘れたかのように、彼女のスピーチを聞いています。すごいわ、もう彼女しか存在していないかのような空気。

長年ボスママを、そして今は裏番と言われるだけはあります。

それより、彼女がそんな会社にお勤めだったこと、そういう仕事をしていること、しかもhydeさん生誕祭のPR担当だったこと、全然知りませんでした。でも助かりました。

「・・・と、いう訳ですので、彼女はチケットなしの不法侵入者ではないのです。わたくしが証明しますわ

パシャパシャパシャバシバシバシバシ

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気がついたら私と彼女のツーショットが、マスコミのフラッシュの嵐を浴びていました。

ぽかーんとした私の顔と輝くような笑顔の御徒町桃子さんの写真は、世界中のトップニュースになりました。

ママ友同士の諍いなどどうでもいいのですが、かつての世界のスーパースターhyde生誕祭、そして現在の世界的なビッグスターHydieさんが出演するイベントのチケットの行方についての話題ですから、世界中が注目するニュースになったのです。

そして、私はいつの間にか、御徒町桃子さんの友達、そんな事になっていました。

そして私が書いた御徒町さんにつて苛められたというブログや小説、気の小さい根暗なお母さんが御徒町さんと仲良くなりたいがために妄想して想像して書いたフィクション、という事になってしまいました。それも世界的に。

でもこの一件のお陰で「森生ゆり子」という名前も有名になり、様々な雑誌社から原稿依頼がくるようになりました。このまま頑張れば直木賞も夢ではないかもしれません。

そして御徒町桃子さん、彼女には本当にやられっぱなしでへとへとですが、不法侵入で逮捕される事も免れましたし、助けて貰ったのですからもうなんでもいいです。

「あのブログや小説は真実です。私、彼女にいつもイジメラられていました。そして辛すぎて本当に死のうと思った事があるんです」

とは言えなくなってしまいました。でも、これで良かったのかもしれません。だって彼女はママ友さん、ご近所さんなのですから。敵対するようなことは絶対あってはならないのです。

でないと、子ども達の友達関係に影響しますし、子ども達の健やかな成長を信じる事も困難になります。

なので、これでいいのです、不本意ですよそれは。私が沈黙して我慢し続けた8年、娘が8歳だから8年なのですが、ずっとずっとずっと、私は、何をしてきたんでしょう?

本当でしょうか?ママ友達は友達?私がずっと書き続けてきたブログ、そんな結論でいいのでしょうか。

ママ友の女神さま、これで本当におしまい?もう私の事、いじめたりしないで下さいね。

カミングアウト

こんばんは、元キャナリーゼの森生ゆり子です。

雨ですね、でもそんなに寒くないです。

春の気配を感じてしまいました。(名前をよんではいけないあの幼児施設)の息子は年中半袖短パン、そうです、噂ではないのです、その通りなのです。なので寒くない日はほっとします。子どもが風邪をひかないで済むかしら?と。

 「寒くない?元気ねえ」と言われると、ものすごい得意そうな顔になります。私は「上着、着てと言っても着ないんです」と慌てて説明します。

指定のジャージ、長袖長ズボンの制服もあるのですが、嫌がって着ません。先生達は「ジャージ着てきて」と声をかけて下さっていますので、多分ですが子ども同士の見栄なのではないかなと思います。

「俺、寒くないもんねえ」
「おれだってジャージなしで平気」

などと。子ども同士でお話しているのではないかと思うのです。 子どもは風の子、でもインフルエンザにはなる。

「学級閉鎖のクラスが出たそうで、手洗いうがいはしっかりお願いしますね、皆さまごきげんよう」おほほほほ。

メルマガ風まで真似してどうするんですか。やめましょうねふざけるのは。また苛められますよ?

それよりも目の前の、カメラのフラッシュやテレビカメラのライト、それにグレーのふさふさのついた長い棒の先についたマイク、かつて豊洲にいた時は、ららぽーと前の交差点あたりでよく街頭インタビューに遭ったものでした。そして、「そのままそのお話、スタジオでお聞かせ頂けませんか?」なんて言われる事もありました。

でも今は違います。街のお母さんの声じゃない、私自身、森生ゆり子を追求するために、マスコミが詰めかけているようなのです。

 「どうなんですか?森生さん。チケットはお持ちだったのですか?駐車場から侵入したというのは本当ですか」
「Hydieさんの大ファンだったとブログに書いていらしてましたよね。だからですか?」
「どうしてもHYDIEさんに会いたかったのですね。違いますか?」

ちょ、ちょっと待って?やっぱりそういう事になっているのね。あの、私はHydieさんじゃなく、HYDEさんの大ファンなんです。間違えないで下さいね。

ちょっとむっとしつつ、でもその顔もテレビで全国放送されているかと思うと不機嫌なダンマリも心象が悪くなるかもしれません。かつて弁護士さんととある事件を解決するために奮闘していた時、よくこう言われていました。 「心象が大事ですよ」と。

尤も弁護士さんが言われたのではなく、保険屋さんが言っていただけなのですが。

そうだわ、弁護士さん、豊洲島に弁護士さんはいないのかしら。どうしたらいいか聞かないと、そしてこういうマスコミ対策を一緒に考えて貰いたい。 私はマスコミに向けて言いました。

 「弁護士に相談中ですので、こちらでの回答は控えさせていただきます」

ざわざわとマスコミの方が何か言っています。でも、弁護士さんなんていないし、担当して下さる方、豊洲島にいるかしら?こんな回答、時間稼ぎの何かへました芸能人みたい。こんなの、私じゃない、卑怯だわ。でも本当の事は言えないし、言っても信用されないわ。

「私は100年後からタイムスリップしてきたんです。どうやら豊洲島の森生ゆり子さんと、入れ違ってしまったみたいなんです」 でも、豊洲島の森生ゆり子さんと入れ違ったかどうか、本当はわかりません。そうなんじゃないかなと、勝手に思っているだけですから。

それよりまずは刑事課に行かなくては。色々聞かれるけれども、正直に答えてみましょう。タイムスリップの話も、してみましょう。法の前では何もかも公明正大に。それが解決の近道だと、かつての弁護士の先生も言ってみえました。

「お待ち下さい、皆さん」

澄んだ大きな張りのある声、自信に溢れ、そして誰もがひきつけられるようなトーン、このタイミング。まさかあの方じゃないでしょうね?と、思ったら、やはりそうでした。かつての豊洲のボスママさんもそうでしたから。

「どちら様ですか?」

先ほどマイクを向けて私を追求してきたレポーターの女性が、ボスママさんにマイクを向けました。それに倣って慌ててマイクやカメラを向けるマスコミの方々。そして、全部のセットがその方にさあっとスタンバイされたを確認してから、その声の主は、すうっと一呼吸おいて、にかーっと笑顔になり、そして、おもむろに言いました。

「こんにちは、わたくし、御徒町 桃子と申します」

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こんにちは、元キャナリーゼの森生ゆり子です。100年後の世界からつぶやきます。夫と8歳と4歳の子ども、専業主婦な私の家族四人で東京都江東区豊洲島で暮らしています。
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