こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。100年後の豊洲島から帰ってきました(http://blog.livedoor.jp/yurikomorio-100later/)。改めましてよろしくお願いします。Blogタイトルは予告なく変更される場合があります。注意:森生ゆり子の小説、ブログにつきましては、フィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。※森生ゆり子へのご連絡はこちらにお願いします。yurikomorio@gmail.com

約2年ぶりに昭和大学江東豊洲病院にお邪魔してきました

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。すっかりご無沙汰をしてしまいました。皆さまお元気でしょうか。

今回の記事は、最近書いている新しいブログに書いたものですが、こちらの以前の記事と関連があるので掲載することにしました。こちらに記事を書くのも2年振り、なんていうかタイムスリップしたような感じがします。日付がワープしてしまって面白いなと思いました。さて、書きます。

2016年1月26日に、昭和大学江東豊洲病院にお邪魔してきました。近所のクリニックで紹介状を書いて頂き、診察と検査をしたのです。久しぶりの豊洲病院は、二年前オープンした時ののままでした。違いは周りに新しい建設中のマンション、豊洲西小学校が出来ていたことでしょうか。 


※相変わらず堂々たる外観ですね

二年前は花見の後に見学にお邪魔したのですが本日は患者、堂々と中に入れました。ちょっと違ったことといえば、ローソンがナチュラルローソンになっていたことくらいかしら。タリーズは相かわらずありました。そういえば私の地元の総合病院にもタリーズが入っていて、友達の妹がバイトしていたので珈琲を飲みにいったのを思い出してしまいました。


※正面玄関入ってすぐエレベーターとエスカレーター

この病院は正面玄関を入ってすぐに階段とエレベーターとエスカレーターがあります。なんていうか、大きな障害物を置き、わざと人を寄せ付けないような印象を受けましたが、ローソンやタリーズ目的で来て欲しくないということなのでしょうか。中央区にある聖路加小国際病院は正面玄関およびどの入口から入ってもバリアフリーになっていて、床に段差は一才ないことを考えると尚更不思議な気がしてしまいました。

初めてなので、まずは総合受付でカードを作ります。昭和医大豊洲クリニックの時のデータを統合してよいかどうかなどの設問にチェックをつけ、その後問診、診察番号が発行され、二階の診察室の前で待ちます。


※早い時間のせいか空いていました

相かわらず広い病院、総合病院になったせいかそれ程混んでもおらず、このくらいの患者数なら医師の方もスムーズに診察出来るし、気持ちに余裕も出来るのではないかと思われます。


※二階の受付


※人が特定できないようにボカし加工しています

※電子パネルに呼び出し番号が表示されます

最初の診察室の前で看護師の方に、検温、体内酸素濃度を測るようにいわれ、おまけにマスクをするように手渡されました。他の人にはないので、もしや自分が悪い病気、例えばバディ菌に(冗談です)侵され、命にかかわる病気なのではとドッキリしたのですが、ただ単に気管支が悪いなら他の菌に感染しやすいから、という配慮だったようです。看護師や医師もつけている高そうなマスクをありがたく装着させて頂きました。

診察の後は、生体検査と胸部レントゲン、そしてまた診察室へ。最後は自動精算機で精算。病院に入ってから出るまで約2時間半くらい?30分早めに行ったことを考えると、検査含めて2時間ということになります。とてつもなくスムーズでした。


※窓からみえる建設中のマンション、パークホームズ豊洲

診察の結果は、近所のクリニックの先生のお見立て通り、咳喘息ではないかということでした。生体検査の結果と、本日処方されるステロイド吸入器の薬の効き具合で後日判断するということでしたが、多分間違いないでしょうとことでした。まさか自分が喘息だなんて、とても驚きました。


※右端は芝浦工大中高の新設校

症状はいつからですかと聞かれ、約10年前に豊洲に来てからというと、環境の変化もあるかもしれませんが体質が変わるようなことはなかったかと聞かれたので、「出産を機に体が冷えたような気がします」というと、それもあるかもしれませんなどと言われました。

思えば子どもを産んでから、暖かい血潮が体内から消えてしまったようにも感じていました。体温が低くなったということではなく、身体の芯が冷え冷えとしてしまったというのか。現に今日も37度の熱でしたが、やはり自分が冷えているような気がしています。

出産とは、自分の若さや健康を子どもに全部差し出し、新しいDNAに全てを託す儀式のような気がします。子どもを産んだ女性は、干からび、しおれてしまう花のようだとも思います。代わりに子どもが福々しいまでに成長し、命が輝いてまぶしいくらいです。それがしおれた女の幸せなのではないでしょうか。なので自分の洋服や持ち物に興味がなくなり、子どもに可愛いものを与え着飾らせるのです。特に女の子は自分の分身なのでしょう、娘の洋服や小物を買うと自分の事以上に嬉しいのです。凛とたたずむ花のように命を咲かせて欲しいものです。

娘は夫にうりふたつで血液型も同じ、私に似ているところは全くないと思っていますが、私の親戚筋に言わせると私の小さな頃にそっくりだと言います。意志が強くて気が強いところは確かにそっくりかもしれません。娘も私と同じ苦労を色々するのでしょうか。出来ればあまり人と揉めずに、誰とも仲良くうまくやって欲しいと思います。

という訳で、出産を機に体質が変わったのではないかという事でしたが、人間の「体質が変わる」というのは余程の事がない限りはないそうで、元々喘息の因子を持っていたのではないかという見立てもありました。前にも書いきましたが実母も冬は咳をしており、遺伝もあるのかもしれません。母にも喘息の話をしようと思いました。母の咳は治ったかしら。電話をしたら、「趣味の会の食事会に行った」と父が言っていました、父は何度か脳梗塞で倒れてしますが、現在の医学の力で普段通りの生活を送っています。医学の進歩はありがたいです。母は私が息子を産んだ時には、高血子症で倒れて意識不明の重体でした。これも自分が将来罹るかもしれません。脳の血管系と血液の病気には気を付けたいと改めて思いました。

血圧といえば、診察が終わって帰りがけに血圧計がふと目に入りました。自動で計測出来、用紙に記録が出るタイプのようです。誰も使っていないようなので計測してみたところ、驚く事実がわかりました。長年低血圧で悩んでいたのですが、いつの間にか「正常」の域を超えてやや高血圧のゾーンに入っていました。いつの間に血圧が上がったのでしょう。

そういえば最近怒るとヒートアップしすぎて頭がくらくらします。ブログを書いていて色々思い出す時、頭にきて、カアーっと頭に血が上るような感覚があったりしたのですが、健康によくなかったようです。あまり怒らないようにしようと思いました。


※精算機があるので会計はスムーズ

高血圧の原因は、食塩のとりすぎ、肥満、飲酒、運動不足、精神的ストレス、喫煙。私は、飲酒、運動不足、精神的ストレスが当てはまるのではないでしょうか。やはりお酒を控えて適度に運動し、あまり怒らないことが大切なようです。昨年予約してリスケを3回し、まだ行けていない人間ドックも行かなくては。確か最後に行ったのは、こちらも2年前。その時は何処も悪いところがなく、診察した医師が「パーフェクトです」と言って下さったのです。なので安心しきっていたのでしょう。年度末までに行ってと夫にも事あるごとに言われています。申し込みした後に失効すると、費用が無駄になってしまうそう。3月末までには行きたいです。


※こんな看板が。許可を頂き撮影させて頂きました

それから、以前から気になっていた総合病院初診料についての話し。昭和医大江東豊洲病院は、初診料は初診時選定療養費として5,400円徴収されますが、時間外の17:00〜8:30までは更に時間外選定療養費徴収金額として3,240円プラス、合計8,640円が必要なようです。

それでも時間外にかけこんでみえる方は多いようで、地域の命や健康を守る役を担っている施設ということは間違いないです。うちも子どもに何かあれば頼りにするでしょうし、緊急の際には初診料がどうとか言っていられないと思います。そう考えると、初診料で一般診療と線引きをすることは必要なのかもしれませんね。医師達が疲弊した日常で、緊急時の対応に支障が出てしまっては大変です。

ということで、初診料等これはこのまま致し方なしと自己解決し結論付けました。昭和大学江東豊洲病院さま、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。これプラス、豊洲クリニックもまた再開してくださいね。

次の診察は3週間後。2週間後がスタンダードだそうですが、締切が5つくらい重なる時期なのでずらして頂きました。それら色々終わり、早くほっとして花見にでも行きたいですし、春休みは一週間くらい実家に行って母と何処かに遊びに行きたいと思います。もちろん地元の友達とも会いたいな。いつも実家には春と秋に行きます。一軒家の夏は暑いし虫が嫌、冬は死ぬほど寒いのでこれも嬉しくないです。なのでいい季節の時に旅行がてら行くのが最高だと思ってそうしています。

この先体が空いていったん自由になるのが2月20日、公評会の作品完成以降でしょうか。叔父が確定申告を手伝って欲しいと言っていますし、ママ友の集まりの予定やイベント、武蔵美時代の学友のアトリエにも行きたいし、個展をする方の手伝いもしたいです。子どもの学校の役は3月5日で終わりますが、自分の大学の方ではテストやイベントがいくつかあるのです。何もかも終わりほっとできるのはやはり桜が咲く頃でしょうか。今年の花見はどうしようかな。豊洲公園だと、またあの辺りのママ友軍団がいるかもしれませんが、久しぶりに円陣を見てみたい気もします。

サクラサクから2年経ちました。世界は何も変わっていませんが、自分はなんとなく変わった気がします。「勤勉に勝る解決策なし」最近私が作った格言ですが、どうでしょう。何かに夢中になるということは、幸せなことです。子ども達にも何かをみつけて欲しいです。

 それから豊洲公園でタムスリップし、ママ友軍団の大円陣に驚いていた2年前の私に会えたら、「これから 大変な事が起きるからもうあんな幼児園さっさと辞めなさい、お金が勿体ないわよ」と忠告したいです。これは本当に後悔ばかり、でも未来はこれから。大切なことだけ見つめて、日々過ごしたいと改めて思いました。

二月大歌舞伎を観てきました。松本金太郎くんが可愛くて♡

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

すっかりご無沙汰しておりました。

ご無沙汰の理由は様々ですが、パソコンの調子が悪い、息子ちゃんの転園やら習い事、家族親族お友達の上京etc…で、ドタバタで…

お陰様で息子ちゃんもすっかり落ち着き、私も慌ただしいながらもホッとしつつ、安穏とした日々を過ごしています。

朝起きると「今日はドッジボール大会だった」「給食なに?」「早く行こう!」と、イキイキぴちぴちしています。子どもが外の世界に向かってキラキラした好奇心を弾ませてくれるということ、これだけが母親の幸せなのですよね。今更ながら悟ったり。

本当にありがとうございます。よかった、本当によかったです 。

そして今はもう2月。今月はこれまた鬼のように時間が欲しいのですが、前からの約束が一件反故になり時間がぽっかり空いたので(言い訳)歌舞伎を観てきました。

演目はこちら

 

一、吉例寿曽我(きちれいことぶきそが)
鶴ヶ岡石段の場
大磯曲輪外の場
   
近江小藤太 又五郎
八幡三郎 錦之助
化粧坂少将 梅 枝
曽我五郎 歌 昇
曽我十郎 萬太郎
朝比奈三郎 巳之助
喜瀬川亀鶴 児太郎
秦野四郎国郷 国 生
茶道珍斎 橘三郎
大磯の虎 芝 雀
工藤祐経 歌 六

二、彦山権現誓助剱(ひこさんごんげんちかいのすけだち)毛谷村

毛谷村六助 菊五郎
お園 時 蔵
微塵弾正実は京極内匠 團 蔵
お幸 東 蔵
杣斧右衛門 左團次

三、積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)

関守関兵衛実は大伴黒主 幸四郎
小野小町姫/傾城墨染実は小町桜の精 菊之助
良峯少将宗貞 錦之助

二幕目の彦山権現誓助剱は、松本幸四郎さんのお孫さんの、松本金太郎ちゃんが出演。小さいながらも見栄を張る様がちゃんと板につき、可愛くて可愛くて♡一番の立役者じゃないでしょうか。

物心ついた時から毎日お稽古をされてきたのでしょうね。伝統芸能はこうして語り継がれてきたのだわと感心しました。

三幕目は、尾上菊之助さんが女形で、小野小町と傾城墨染実は小町桜の精 割と至近距離な席だったせいもあるのですが、美し過ぎて度肝を抜かれました。ほんっとうに美の化身のよう。当たり前ですが、仕草も嫋やかで、優雅で。いつか娘ちゃんにも観せてあげたいですね。魅せられました

松本幸四郎さんは文句なし、「高麗屋!」の掛け声も息がぴったり。歌舞いてらっしゃいました。

なんだかんだうっとりしつつ、幕間の幕の内弁当を頂き、
※これが本当の「幕の内弁当」

お土産屋さんでお土産を買い、 
※隈取りがナイス(^^)

都営バス  で帰ってきました。

束の間のシンデレラ気分、満喫しました

ふと思えば、歌舞伎座が新しくなってからお邪魔したのは、そういえば初めてでした。それも観覧が終わってから気がつき、そのくらい以前の佇まいはそのままで、細部よく思い出せばああ確かに新しかったわ?な、くらい昔の雰囲気そのままでした。

今、何か新しい建物とか改築工事、建て替えとなると、全部壊してコンクリートてガラス張りみたいなピカピカな建築物の中に、何処にいってもそこにあるような同じようなテナントをざあーっと入れて、精巧にコピーされたようなビルがいくつもいくつも作られるじゃないですか。

歌舞伎座が建て替えられると聞いた時は、また金ピカリンの愛想も素っ気もないビルに代わるのかと残念に思いましたが、歌舞伎座はそうじゃなかった。さすが歌舞伎座

そんな事にも気がつき、歌舞伎の煌びやかな舞台の印象も重なり、益々歌舞伎が好きになりました。

次は「勧進帳」が観たいな♡


※ビジネスマンには英語より歌舞伎だそう。

選挙にまつわるアレコレ

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

折角息子ちゃんと共に「名前をよんではいけないあの幼児施設」を脱出しましたので、一番最初に書いていたブログシリーズを復活させようと思ったのですが…

移転先ブログのログインパスワードを忘れてしまい、にっちもさっちもいきません。

仕方ないのでボツボツと「復刻版」として再掲載していこうかなと思っています。

いましばらくお待ち下さい。

それにしても、平和です。なんていうか、こういう世界ってあったのですね。 すごく幸せで、毎日を親子共々満喫しています

あの「名前をよんではいけないあの幼児施設」では、挨拶もしない嫌な顔をして目を背ける、運動会の参観にレジャーシートならぬ巨大なブルーシートを敷くような非常識な父兄から批難されるような
日々で、一体この世の常識はなんなの?という日々で、そうした方ばかりの父兄が山盛り盛りの世界から縁を切る、なぜ早くこうしなかったのかと、今後悔していることといえばそれだけです。

もう、本当に私もほとほと嫌でした。卒園なんかしたら、一生縁が出来て、やれ祝賀会だ壮行会だ何周年だと召集がかかりまたいくばくか毟られたりするところでした。

そもそも、「上のお姉ちゃんが通ったから下の弟もついでに」という乱暴なチョイス、これがいけませんでした。もし過去に戻れるなら、バイオリンのレッスンが授業にある、「あの文化的な幼児施設」に入れてあげたいです。息子ちゃんは常々バイオリンが習いたいと言っていたじゃないですか。

上の姉の時も色々色々あり消耗しきっていた筈なのに、なんとか卒園出来たから次もなんとかなるだろうという楽観、ダメなものはどうしたってダメということ、今更ですが学んだような気がします。

これら、私達家族の教訓として、今後の学校選び人生の岐路において、抜かりなきよう留意してまいりたいと思いました。 過去はどうしようもありませんから、未来に期待をしたいと思います。

それはさておき、選挙カーが賑やかですね。以前のいくつかの選挙で、菅直人さん、小泉進次郎さんがそれぞれビバホーム豊洲にいらして、菅直人さんには赤ちゃんだった息子ちゃんを抱っこして貰い、小泉進次郎さんは私の後ろの人と握手するために私と真正面でくっつく形になり、びっくり♡うっとり♡「きゃー新次郎様~♡」になったのを思い出します。

最近は選挙じゃなくとも豊洲駅前で街頭演説される方をよくお見かけします。豊洲って、選挙活動的にも重要な地域になりつつあるのでしょうね。「名前をよんではいけないあの幼児施設」でも、政治家の方々をよくお見かけしました。運動会やその他のイベントなどなど。

私はこれら政治家の方々をここでお見かけする度に、非常に苦々しいものを感じていました。特に「みんなの党」の一部の方々が嫌いでした。なんていうか、妙な無駄にイケメン風なポスターとか、何がしたいの?というような活動とか。なんなんだったのでしょうね?

私が最初に書いたシリーズのブログの閉鎖要請のあった本当の理由は、「名前をよんではいけないあの幼児施設」の当時副園長だった方が、この党経由でいつか政界に転身する時に邪魔だった、というだけだったのだと私は思います。

「おばあちゃんの椅子」というタイトルで、脚の悪いおばあちゃんの運動会の参観用に椅子を用意したのですが、「椅子はトラックまわりでは使用禁止」と強く撤去を要請されたのです。園長先生に粘り強く交渉したのですが、「例外は認められない」と突っぱねられました。

老人、しかも脚が不自由でレジャーシートに座れないのです。「脚が悪くて地面に座れない」ということ、健康な人はわからないのでしょうね。仕方なく、本部席の横にある「優先席」に座ってもらったのですが、またこれが遠いんです。そしてトラック周辺を眺めると、健常としか言えない若いご夫婦だけのご家庭何組かが椅子を出して座っていました。我が家の椅子だけが認められないのは一体どういう理由なのか。

という記事を書いたのですが、これがNGだったのでしょう。弱者を守るべき政治家にあるまじき行為ですから。それは将来の展望を考えたらダメだったのでしょう。でも仲良しだった「みんなの党」も消えてなくなってしまいましたし、今はどうかわかりませんが。

それにしても、「無くなればいいのに」(渡辺さんすみません)と思っていた「みんなの党」本当になくなってしまいました。こんなこともあるのですね。 インターネッ党も消滅しましたし。人の夢と書いて儚いとはよく言ったものですね。

ちなみに、渡辺さんと、おときたさんは頑張っていらしていい方だと思います。特に渡辺さんお気の毒に、せっかく築き上げてきたものを配下の方々につぶされてしまい、本当にお気の毒に感じます。いっそこのお二人で新しい政党を作られたらいいじゃないですか。私が以前考えた、「真党(真っ当)」というの、使っていただいてもいいですよ。

それにしても、今の選挙って、何を選ぶ基準にしたらいいのか最早わからなくないですか?ほとんどの方が、誰を選んだら「自分が得するか」みたいな選択ではないかなと思いますが、個人だけではなく、組織や社会が本音を言えばそういうチョイスで政治家を決めるので、世の中がよくならないのではないかとも思うのですよね。

そう言いながら今の私、今回の選挙で気を付けたいことと言えば、早い時間に投票会場に行く!くらいでしょうか。早く行かないと風船がなくなり貰えないのです。息子ちゃんを連れて早めに投票に行きたいと思います。

※豊洲の元祖ランドマークといえば、やはりここですよね。

オリンピックマネーに群がるその前に豊洲のためにと思うなら小児科事情をなんとかしてください

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

「名前をよんではいけないあの幼児施設」を辞めて、早くも半月経過した訳ですが、その後は次の幼児施設探し、小学校問題、プラス新しい習い事を考えたり、その他保育園のための内職的お仕事の準備だったりあれやこれや、正直思ってもみなかった「決めなくてはいけない事」が大量発生し、右往左往しています。

色々な意見を聞いたり、ネットで見たりすると、気持ちが揺らいでブレブレになります。5歳までに早期教育をすると将来生活が安定しやすいとか、モンテッソーリ、シュタイナーがいいとか、臨界期が大事とか、未だに色々迷ったり…きっとこれからもいつまでも子どもの事では悩み続けるのでしょう。

それはさておき。

さきほどlivedoorBLOGにTwitterで問い合わせをしたせいで解消した、人気記事ランキング表示問題ですが、問題はさておき「あの幼児施設」関連の記事が表示されていない時に一番人気だったのは、「昭和大学豊洲病院」のものでした。

あれは普通に「新しい病院を紹介」というものではなく、診察時に初診料が5,000円(近い未来は10,000円になる)という事実を書いたのでヒットしていると思うのです。

子どもが熱を出したら、まず近くの病院に行こうとするでしょう。豊洲のマンションを販売するデベロッパーは、「大きな病院が近い」というメリットを必ずチラシやWebの広告に盛り込みます。でもそこが高額初診料が必要だとしたらどうでしょう。そして近くにそこしかないとしたら。

小さな子どもを持つご家庭、これから子どもを産みたい若いご夫婦、豊洲に越してきたいと思うでしょうか。現に、今うちの息子ちゃんが、夕べから高熱を出して現在もやや具合が悪く、朝から病院を探していました。

まず、豊洲に住むお母さんのほとんどの方が、朝になったら「たけうちこどもクリニック」にweb予約を入れようと考えます。北の区間の方もそうです。何故なら一番早い時間に予約できるからです。でも、ものの5分もしないうちに予約はいっぱいになりますし、その他の小児科さんも同じような状態です。

我が家は子ども達もある程度大きくなり、急な発熱も予防接種の心配もほぼなくなりましたが、小さな子どもを持つお母さん達は、昭和医大豊洲クリニックがなくなってから、どうされているのかしらと思います。

行政も待機児童解消やら子どもの施設など、育児について様々に力を入れて下さっているとは思いますが、その前にまず病院じゃないかしらと思うのです。

豊洲の人口は今後、2020年頃まで増え続けるそうで、それは 新築マンションラッシュが続き、ニューファミリーが増え続ける=子どもがまだまだ増える(特に赤ちゃん)ということではないのでしょうか。

オリンピックだのマンションの価格について考えるだの街のコミュニティがどうとかより、このあたり真剣に考えて実行してくださる方が現れないでしょうか。

現状私が思うに、この界隈、駒崎弘樹さんのフローレンスだけが真っ当で、他のNPOや政治家企業家の方々って、ただ単にオリンピックに便乗してオリンピックマネーに群がっているだけのように見えて、考えてしまう事が色々ありました。

街の活性化というならそれもそうですが…そもそも…その前に…

さて、そろそろ息子ちゃんを起こして、ぎりぎりセーフで予約がとれたちょっと遠い小児科にいってきます。

豊洲、本当に子どもに優しい住みやすい街なのでしょうか?やや懐疑的な今日この頃です。
 
※ご存知ですか?6歳過ぎると接種できないそうです。

追記:クリニックは赤ちゃんを連れたお母さん達でいっぱいでした。頑張ってねと声をかけてあげたい気持ちになりました(T_T)

赤ちゃんが病気、しかもひとりで育児している筈で、心細いだろうなと思うのです。私も未だに心細くなることあります。夕べも息子ちゃんが心配で眠りが浅かったくらいです。

肝心の息子ちゃんは、思った通りの診断、お薬でした。でもやはり診察して頂けると、ホッとします。

シエルタワー昭和大学豊洲クリニック跡地は、検診、予防接種の医療センターの他に、ヨコミネ式の保育園(認可)が入るそうです。クリニックを閉鎖してまで入居しなくてはいけない施設たちなのでしょうか。

あの記事をアップして4日後の今朝、鳩の死骸が玄関に置いてありました。もうやめて下さい。

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子す。

前回書いた記事から今日で4日目にして、どなたかからのアクションがありましたので記事にしてみたいと思います。

今朝早く、私がコンビニへ牛乳を買いに出掛けようと玄関を出ましたら、玄関真正面に、鳩の死骸が置いてありました。

びっくりして110番し、警察官の方に事情を説明し、一緒に防犯カメラを確認したり、鳩を片付けて頂いたり。

警察の方に「思い当たることはありませんか?」

と、聞かれましたので、住んでいるマンション含め、ご近所トラブルは全くないこと、友人知人縁者とも拗れるような事は何もなく、このあたりの豊洲に住んでいる方々には、こんな事をする方はいない筈だとお伝えしました。

本当にそうですから。

ただ、息子が先月末に「名前をよんではいけないあの幼児施設」を辞める時、いじめが原因で辞めること、誰かに何故こんな時期に辞めるか聞かれたら、そのように説明しますと伝えたこと、事の顛末をブログに書いたので、恨みを買ったかもしれないとお伝えすると共に、北の方のボスママさん達は、パパ会と共にあの組織と密な繋がりがあるのでもしかしたら…と思わないでもないなどなど、赤裸々にお伝えしました。

もう本当に辞めて下さい。酷すぎます。

これから深川警察署の生活安全課にいってきます。

※鳩の写真は流石に自粛します。

森生(の息子ちゃん)名前をよんではいけないあの幼児施設やめたってよ!#桐島

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

約1年半、ブログや小説など、ネットで様々に活動してきた訳ですが、先月末で一区切り付けたくなるような事件がありましたので、記事にしたいと思います。

私の「書く」テーマは、「ママ友について」でした。自身の経験や考えなどをまとめて色々発信してきた訳ですが、それは概ね息子の通うBUDDYスポーツ幼児園でのあれやこれや、ボスママの群群に翻弄させられる暗い内容のものばかりでした。

その間にブロガーさん達との出会い、NewsPicks、有名人の方々に触発され、あちらこちらに脱線しながらも活動を続けてきた訳ですが、なんていうか、気持ちの整理をつけたり、自身を納得させたり、書くことで心のバランスを保ったり。それは、決して平たんな道ではありませんでしたし、結局ママ友地獄の火は消えることもなく、燃え続け、右往左往しながら脱出の道を探るような毎日でした。

もう間もなく、本当にあとちょっと、この春に息子は小学校一年生になります。あと少し、あと少しの辛抱だわと、自分を慰め、坦々と粛々と毎日を過ごしていました。

小学校に上がっても問題は全て消える訳もないのですが、(名前をよんではいけないあの幼児施設)しか知らない私からしたら、娘があがった小学校のイベントや行事などで、ひとりで参加する父兄の方がポツポツとみえるということ、カルチャーショックでした。 「群れていない人がたくさんいる・・・」

あの幼児園、ひとりでポツンとしている人なんて、私だけでした。園児のお母さん達は全員、強迫観念に取り憑かれたように、誰もかれもが群れてグルーピングされていましたね。

もう、いい。ママハラも、King of bossmaさん、しゃくれバーチさんなどの恐るべきボスママさん、そのグループの方々からの直接的、間接的な嫌がらせ。卒園してしまえば、小学校にあがればなくなる筈ですし、ひとりでいても目立たないし大丈夫。そもそもあの方々は、全員、北小学校か西小学校に行く筈よ。

なので、息子ちゃんが小学校に上がったら、ブログや小説は一区切りということで、今度こそほっと出来、活動はお休みをするつもりでした。

それでなくとも、最近は江角マキコさんの事件の凄まじさを見聞きし、こんな凄惨な目にあっているのは私くらいだと自負していたのですが、江角さんだけではない、他にも大勢、そういう方がみえるようで、あちらこちらのサイトで「ママ友」関係の難しさ、トラブルの事例、回避策などなど、「ママハラ」「ボスママ」などという言葉と共によく目にするようになりました。

「私が赤裸々に書かなくても、書く人はたくさんいる」
「江角さん、転園されてしまったのね」
「ママ友トラブルに救いなし」

などなど、理由はいくつもありますが、「江角さんの子どもが転校」というニュースが出て、ああ、こんなに素敵で本当のセレブな女優さんでもママ友付き合いや、ボスママの存在に苦労されているということ、驚きと共に心底がっくりしてしまいました。ボスママに目を付けられ、ボスママ軍団に無視され、仲良くしている人達まで一緒に嫌がらせをされる。私とそっくり同じじゃないですか。 尤も私は本当にひとりだった訳ですが。

私が色々書いたり発信したりしなくても目新しい事は何もなく、自身のブログや小説が色を失っていくような気がしていました。

息子が小学校になったらひと区切りしようと思っていましたが、前倒しして休止しようかしら、などなどそんな気持ちで悶々としていた10月上旬頃、私は息子の様子がちょっとおかしいのに気が付きました。

朝起きると「ねえ、今日お休み?」と聞いて、今日もあるわよというと「ちぇー」だの「今日お休みする!」などと言っていたのですが、気が付くと「俺、もうやめる」とセリフが変わっていました。「やめたい」色はどんどん濃くなり、ある日とうとう玄関で地団太を踏み「あそこ(名前をよんではいけないあの幼児施設)以外なら何処でも行く!」と言い出しました。

宥めたり賺したりして連れていくのですが、(名前をよんではいけないあの幼児施設)の門の前にくると、掌の温度がさーっと冷たくなる事に気が付きました。

それから、お昼はお弁当なのですが、「お弁当いらない」だの、「小さなおにぎり一個だけにして」「なるべく早くお迎えに来て。なるべく早く‼︎」などというようになりました。

顔や体に小さいですが、新しい傷もいくつか出来ているのに気が付きました。

何かあったの?と聞いても教えてくれませんが、只ならぬ事態が起こっているという事だけは母親の勘でわかりました。

でも、いつものように、少しお休みさせたり、区の一時保育に預けたりしているうちに、自分のホームポジションは(名前をよんではいけないあの幼児施設)なのだと気が付き、また休日を指折数えながら登園する日々が戻ってくると思っていました。

なんだかんだであと4か月で卒園です。通わせて既に3年8か月通っています。 今頃辞める訳にはいかないわ。私は何がなんでも卒園させるつもりでいました。例え3月まで全日お休みさせたとしても、とにかく卒園証書は貰わなければ、と。

でも今こうして今考えると、なんと浅はかな考えだったのかと思います。     

息子は、私を敵視する(名前をよんではいけないあの幼児施設)の父兄の面々による子ども達により、想像を絶するような酷いイジメにあっていたようです。

私は、親はどうでも、園にいってしまえば子ども同士は関係なく、健やかに安全に伸び伸びと過ごしていると信じていました。園でも先生方はそう言ってみえました。でも、そうではなかったのです。

「お母さん達が仲良くしてください。そうすれば子ども達も仲良くなれるんです」

入園の際に、今は会長をされているあのトップの方が言われたこのセリフ、これが全てです。特にこの園はそうです。経済的な余裕も暇も有り余る程たっぷりある専業主婦の集まる幼児施設、江角さんのお子さんの通われていた幼児施設とそっくりです。

そして、私も江角さんと同じ結末となってしまいました。 尤も私はあの方々に対して何も悪い事はしていません。江角マキコさんは、「私の子どもが何をしたっていうの?」と泣いたそうですが、私の場合「私が何をしたって言うの?」と泣きたい日々でした。 

そして、辞めたい旨をT園長先生にお伝えしました。するとこう言われました。
 
「園の者も父兄も誰も辞めて欲しいなんて思っていませんよ。」

あの…私そんなこと一言も言っていませんし、「辞めて欲しくない」なんて誰が言ったのですか?いつ誰とそんな話をしたのですか?そもそもうちは辞める気なんてサラサラありませんでしたよ?

と、聞きたかったのですが、もう聞く気もありませんでした。でも語るに落ちるとはこういう事を言うのだわ、と。

もう最後だと思ったので私は言いました。

「最後なので、はっきり言いますね。息子だけじゃない、親である私も、イジメ倒されて逃げるように辞めるんですよ」

それに対して園長は、「いじめがあったという話は認められない」と、笑ってみえました。

こういう話をヘラッと笑顔で聞くということ自体が異常だと思われないのでしょうか。それに対して、私はいくつか例をあげました。

「息子、まだ辞めないの?」と、バーチさんのお子さんに言われた息子がどんなに傷ついたか。イジメ会議の後、園の父兄から無視され続けた日々、息子が暴力をふるわれ続けて顔や体に傷を作ってきたこと、運動会の椅子の話し、それからそれから・・・

すると園長先生は笑顔のまま、私の言葉を遮るように信じられない言葉を吐きました。

「まあ、そういう細かい話は今更やめましょうよ。認識の違いですよ笑」

こっ…細かい話なんですか?今更?笑顔?もう辞めるならいいじゃないかという意味なのでしょう。それから認識の違い?すごい、そんな「認識」なんだと私はびっくりしました。

自分が統括する園内でのイジメ問題、しかも長期化しているのは全部ご存じの筈です。

解決出来ないどころか、「細かい話し」として話を遮り、退園届をひらひらさせて笑いながら受理されました。そして「じゃ」みたいに話は終わりました。私はその笑顔をみて、「ああ、息子はこんな世界で耐えてきたのだ。園長からしていじめ側だったのだ。もう辞めさせなければ先々で息子もトラウマが爆発するだろう」

こんな気持ちで、迷いに迷っていた退園を今度こそサッパリ決めました。

最後まで謝罪の言葉はありませんでした。それはそうですよね、園長自身がボスママ側というか、イジメる側でしたから。私はそれをよくよく認識していましたが、見ないふりをずっとしていました。そして息子は、こんな世界で毎日生活していたのです。もっと早く辞めさせてあげればよかったです。

本当に酷い目に遭いました。私自身、生きてきた人生の中で一番辛く苦しい時代でした。子どもを持つ母親なので耐えられたのだと思います。中学生や高校生など、思春期にこんな目に遭ったとしたら、多分自殺していました。こんな生き地獄、初めてでした。 

結局、こんな地獄から私を救い出してくれたのは、息子の「もう辞める」という決意でした。私は鬼や亡者に翻弄されてアワアワしていただけでした。
 

 
そして、退園届けを出してきた私に夫が心配そうに言いました。

「こんな…あとちょっとで卒園なんていう時に退園なんて、非常事態もいいところでしょう。よく園長は受理したね。だから、息子に問題があったかして辞めさせられたとか、世間は思うと思うよ。」

確かにそうかもしれません。

それなら、やはり書かないと。備忘録代わりに、そして息子ちゃんの名誉のためにも。

息子に問題があって辞めさせられたのではない、イジメ倒されて逃げるように私たちは自ら退園したのだと。でもこんなの「辞めさせられた」と言っていいのかもしれませんよね。

世の中から苛めがなくならない訳が、本当によくよくわかったと思いました。親がイジメをするから子ども達も真似するのです。

園側からはそれからもなんの音沙汰もなく、謝罪もありません。

辞める前、担任の先生だけが、「私がよくみていなくてすみません」と涙ぐみ言ってくださいました。でもあの人数をひとりでみていらっしゃり、細かいケアは絶対無理だったと思います。先生たちはいい方ばかりでした。先生たちのお気遣いには感謝しています。

あとほんの4か月で卒園でした。本当にあとちょっとの辛抱でした。私自身は、「せめて卒園だけでもさせてあげたかった」と思っていました。

ブレの全くないのが息子だけで「辞めてよかった」と聞くたびにほっとしたように言っています~_~; 3年8ヶ月も通っていたのに…息子を誰も説得できませんでした。

※写真はイメージ?な訳ない。

復刻版:キャナリーゼゆり子の豊洲日記「Happy Halloweeeeeeen:-)」

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

すっかりご無沙汰をしてしまいました。皆様お元気でいらっしゃいましたか?私は色々で消耗していました。でもなんとか決着が付き、消耗生活も終わりつつあります。これについては後日まとめたいと思いますので、お待ち下さい。

それはさておき、今日はハロウィンですね。

ハロウィンというと、毎年思い出す事があります。私がかつて(名前をよんではいけないあの幼児施設)のバスを利用していたころ、バスを利用するお母さん達が、子ども達のためにちょっとした楽しいイベントをしていました。

あの頃はあの頃で色々あったのですが、それはそれで楽しく思いで深いバス停ライフでしたね。時が過ぎてしまえば、どんな事もいい思い出になってしまうのでしょうか。・・・と、いう心境にはまだなっていませんが、いつかそうなるといいなと思います。

と、いうことで折角のハロウィン、懐かしいあの記事を復刻してみたいと思います。

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TITLE:Happy Halloweeeeeeen:-)
2013/10/25 13:32

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

今日は期日の日となりました。朝起きて最近口煩い夫の文句をスルーしつつ、朝食の用意、お弁当、園への送迎、それから、冷蔵庫がとうとうカラッポに近い状態になっていたのでスーパーに買いものに出かけました。それから以前から約束のあった弁○士さんを訪ねたりしました。

今日は子ども達のハロウィンパーティがあります。衣装を用意しなくては。探し出しましたがどこにもありません。探して探して家の中をひっくり返してやっとありました。良かった、本当によかった。

ハロウィンとかそんなイベントをするママ友さんなんて、いないんじゃないの?という声が聞こえそうですが、ママ友絡みではないのです。娘の習い事のイベントで、本格的なハロウィンをしましょうという企画があり、「息子ちゃんもどうぞ」という事でふたりとも参加できることになりました。

あと、「ママ友がゼロなので、子ども達にハロウィンを楽しませてあげられないわ」とご近所さんに愚痴ったところ、「それなら家の子の習い事でハロウィンパーティがあるからいらっしゃいよ」と言って下さる方がみえて、こちらも参加させていただける事になりました。

捨てる神あれば拾う神あり。ハロウィンの神様、ありがとうございました。ハロウィンだから、おばけさんでしょうか?

ハロウィンとかクリスマスのイベント、豊洲界隈ではあちらこちらでありますし、仲良しのママ友さん達が会を設けます。とても賑やかですよ。

昔、(名前をよんではいけないあの幼児施設)バスを利用していた頃は、バスを降りてきた子ども達を驚かせようとお母さん達で相談し、それぞれがおばけや魔女の格好をして待機、びっくりする子どもたちにお菓子を配るという、楽しい企画がありました。

一年目は無事に終わったのですが、次の年はありませんでした。私が余計なひと言を言ったからです。当時のバス停の皆様、本当に申し訳ありませんでした。

そろそろハロウィンねえ~などとバス停の方々とお話が出た時に私は「今年もバス停ハロウィンやりましょうよ」と提案してしまったのです。あらいいじゃない、そうね、などと声が上がりました。皆さん気持ちが盛り上がり、浮き浮きした空気が流れました。様々な打ち合わせ、相談、お菓子どうする?など、それからの毎日その話題で持ち切りでした。

するとある日、ブログで少しお話しているKing of BOSUMAMAさんが腕を前で組み、ちょっと困ったような、それでいて目をぎらっと光らせ、顔をちょっと傾けて私のところに真っ直ぐやって来て言いました。

「ねえ、ハロウィン、気が進まないっていう人がいるの」

ゆっくりはっきり、言いました。すごい圧迫感がありました。私はたじろいで、それでも「え?どうしてですか?どなたですか?」と聞いたのですが、

「そんな事、言えないわ」

と、にっと笑いました。ハロウィンだから、本物の魔女が来ちゃった、どうしよう、と怖くなりあたりを見渡すのですが、誰も発言せず、事の成り行きを見守るのみでした。

「そういう事だから、今年はなしで」

は?なに言ってるの?あなた一人で決めていいと思ってるの?みんなやりたいって言ってるのよ?と、言いたかったのですが、絶対に言えない言わせないわという雰囲気がありました。

King of BOSUMAMAさんが去った後、そこにいる皆で相談しました。「ねえ、どうする?」「じゃあバス停じゃなくて、ちょっと離れたマンションのパーティルームでする?」などとその場では意見が出ましたが、日に日にその話はタブーという雰囲気が生まれ、バス停ハロウィンはその年はなくなってしまいました。

私が悪かったのです。

King of BOSUMAMAさんからしたら、私のようなボスでもハブでもなんでもない人が勝手にやろうという。もう我慢ならないのですよ。自分が「やらない?」と言って、それでその場の皆が賛同する。それでないとダメな訳です。ハロウィンだけじゃありません、クリスマスも、卒園イベントも、ランチ会もお茶会も。

実際それらを提案するのは、私がいたバス停ではこのKing of BOSUMAMAさんだけでしたし、他の人がやろうという時は、King of BOSUMAMAさんが自分に忠実な腹心に「私ちょっと忙しいからこれお願い出来る?」などと発注する時だけでした。

次の年にはホワイトナイトが現れ、無事にバス停ハロウィンが出来ましたが、その年の寂しさといったら。もうハロウィン自体が絶対禁止というような雰囲気で、このバス停の方々はどなたもハロウィンしなかったと思います。この時はまだ本当に仲間はずれにされてはいなかったので、どなたかがすると言えば呼んで下さった筈ですが、全くありませんでした。

この翌年のホワイトナイトのお話もしたいのですが、この方にご迷惑をお掛けするかもしれませんので記事にするのは控えますが、本当に溜飲が下がったというのか、すごい、と思いました。

そんな訳で、ハロウィンというと、このバス停ハロウィンを一番に思い出します。「気のすすまない人がいる」っていうのもすごいな、と。「それ、あなたの事でしょう?」こんな風にはきっと今でも言えません。あの方にそう言える人、この豊洲にいるかしら?

書いていてドキドキして具合が悪くなりそうですが、頑張って書いてみました。

Trick or Treat お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうぞ
Trick or Treat 言う事きかないと仲間外れにするわよ

私は今でもこの方がとっても怖いです。無邪気な幼いころ、一番怖いものといえばおばけや幽霊、物の怪たちでした。でも大人になり、子どもを産んでからは違います。一番怖いもの、それはこの、King Of BOSUMAMA さんなのです。

これを読んで下さる皆様が、楽しいハロウィンをお過ごし下さいますように。 

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復刻版:キャナリーゼゆり子の豊洲日記「豊洲の小学校運動会」

こんばんは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

本日は清々しい秋晴れで、運動会日和でした。暑くもなく、寒くもなく。東京オリンピックも、このくらいの時期に開催されたらいいのにと、ふと思いました。

今日は娘ちゃんの小学校は運動会でした。例年通り、お弁当を持たせ、親はレジャーシートもお弁当もなしで参観するだけという、サッパリしたものでした。

校舎のベランダから観る娘ちゃん、なんだか大きくなったなあなんて…泣けてしまいました。無事に育ってくれたのね、本当に大きくなりました。

そして去年の今頃、同じように運動会についてブログの記事を書いたのを思い出しました。改めて読んでみましたが、なんだか昨日の事のようです。

折角なので、復刻版シリーズ第二弾として、再掲載してみるごとにします。

☆☆☆START

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豊洲の小学校運動会

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

今日は、娘が小学校運動会の代休で家にいます。行くところも予定も誰からもお誘いもないので、娘には家のお手伝いをして貰いました。色々出来るよになって、もうすっかりお姉さんです。

さて本日は、先日行われた豊洲の小学校運動会について書いてみたいと思います。

当日は、いつもの時間に子どもを起こし朝食を食べさせ、お弁当と水筒を持たせて送り出しました。豊洲の小学校の運動会は、親のお弁当は必要ありません。子どもと一緒にお昼を食べないからです。なのでレジャーシートもいりません。

一昔前の小学校の運動会といえば、朝早くから子どもの好物を作り果物もお菓子もジュースもたっぷり持ち、朝早くから場所取りのためレジャーシートを敷きに行ったり、その上で運動会を観覧し、お昼は子供たちと昼食を食べ、周りのお友達にお菓子を配り、近くにいらっしゃるご近所の方々との交流の場。そんな感じだったと思います。少なくとも地方出身な私の小学生の頃はそうでした。

でも今はというか、豊洲だけなのか、東京がそうなのか、子どもは子どもで教室で持参したお弁当を食べます。親は昼食の時間は学校から全員出され、各自で食べることになっています。

お昼の時間中校門は施錠され、運動会再開時刻にまた開門されます。それどころか、親の観覧スペースと子どもの待機場所はきっちり隔離され、運動会の間中、子どものそばに行くことは出来ないのです。

現在、豊洲に小学校は二校あり、もう一校の豊洲北小学校も同じシステムのようです。違いは、豊洲小学校は秋、豊洲北小学校は春、運動会が開催される事でしょうか。25年度に新しく開校される西小学校はどうなるかしら?

豊洲はまだまだ広大な空き地やスペースがあり、今も隙間を埋めるようにマンション始め、新しいビルが建築されているくらいですので、小学校の校庭もけして狭い訳ではなく、ごく一般的な広さだと思います。

ただ、子どもの数が激増し、それに比例して校庭を広くする訳にはいないようで、だんだん手狭になっているのが現状です。全校生徒の家族分レジャーシートを敷くスペースはなく、上記のようなシステムを採用する、という事のようです。

観覧する際、立ち見でも全校生徒の親の分のスペールはありませんので、グラウンドで演目が始まると該当する学年の父兄が交代で観覧スペースの前方に出る、ということになっています。携帯必須の「観覧カード」が学年別に色分けされていて、前列を陣取るのは今はこの学年と一目瞭然でわかるようになっています。

豊洲の方はマナーは良い方ばかりですので、そのあたり非常にスムーズに交代されていました。場所を何度も譲って頂きましたし、失くしたプログラムもすぐにまた入手出来ました。見知らぬご父兄の方と小学校や豊洲の四方山話をしたり、リレーの順番を教えて頂いたりと、始終和やかなムードでした。

こうした運動会のシステムは、折角の運動会なのに子どもと一緒にお弁当も食べられないなんて、と、味気なく思われる方もみえるかもしれませんが、私はこうした豊洲事情が本当にありがたいものだと思っています。

※昨年の写真です。昨年もベランダから参観しました。

「小学校が始まったら、運動会のお昼はどうしよう」と、娘が幼児施設に通っている頃からの私の悩みでした。幼児施設では毎年たまたま誰かしかお話出来る方が近くにいらっしゃり、夫の両親も駆けつけたりで、それなりに賑やかなお昼だったと記憶しています。

でも小学校になったら、なんとなくですが、今度こそ「豊洲のコミュニティ」内での社交が始まり、それに準じて誰かとグループを作る必要が出てくるのではないかと。

運動会でご近所の方々が様々なグループを作り、一緒に場所取りをしてお昼を楽しむ中で、うちだけぽつんと家族だけで私の作ったお弁当を囲む。親はいいのですが、子ども同士でのお菓子交換、おかずの取り換えっこ、賑やかな嬌声、追いかけっこ。そういう楽しげな様子を横目で見ている娘、それを見て心がささくれ立つ私、それを見てほくそ笑むボスママさん。

色々想像して暗い気持になっていました。

でも、いざ小学校に娘が入学してみると、運動会は都会的でさっぱりしたシステムで運営されていました。いつからこうなっていたのでしょうか?ともかく運動会はママ友付き合いの心配は何もなく、親は純粋に子どもの競技を楽しめばいいだけなのです。

きっと過去、私のような心配をした方もいらっしゃったと思いますし、実際このシステム採用前は、悲しい思いをした方もいらした筈です。もし豊洲ではなく、少子化の煽りで子どもの数が減少しているような小学校に娘が通っていたら、こうした様々な理由で悩み、嫌な思いをした筈です。

「豊洲に住んでいて良かった」

運動会本当に楽しかったです、開会式から閉会式まで全部参観しました。豊洲ならではの子どもの多さでママ友付き合いに疲弊していましたが、今回は、マンモス校ならではのシステムに助けられた形となりました。何が災いするか、幸いとなるか、本当にわからないものですね。

それから、全学年の演目を観覧して思ったのは、六年生の大人な事にびっくりしました。もう私と体格も変わりませんし、どこから見ても本当のお兄さんお姉さんばかり。娘も私がママ友なんかでアワアワしているうちに、いつの間にか大きくなってしまうのでしょうね。下の息子も。

育児は何度でもやり直しは出来るそうですが、子どもが小さな時代はきっとあっという間です。昔に戻りたい、もっと育児を楽しめば良かったと後悔しないように、今の子どもと向き合う時間を大切にしたい。

そんな事を、秋晴れの豊洲で思った一日でした。

今日は豊洲の良いところをこうしてご紹介でき、ほっとしています。いつも読んで下さりありがとうございます。
 
☆☆☆END
 
もう一年経ったのですね。月日の経つのは本当に早いです。


女性ばかりのコミュニティで頭角を現した経験があるボスママさんには近寄らない逆らわないそして目立たないように

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

今日はずっと家にいて、せっせと家事をしています。カーテンを洗ったり、断捨離したり。そうです、iPhone6が発売される今日から3日間は、iPhone6発売イベントのためAppleのトレーニングは全てお休みだそうです。

溜まりに溜まった書類や家事、今日こそ片付けなくては。

そうして作業のためにパソコンに向かうと、ついブログを書いてしまう訳なのですけれども…

暇そうに見える専業主婦ですが、細々と時間に拘束されることが結構あります。iPhone6に多少の興味はありますが、行列に並んだり、表参道までお祭り見物に行く余裕はありません。でも子どもがいなかったらiPhone祭りに参加したと思います。

それはさておき。

江角マキコさんの件、なかなか一件落着とはいかないようです。次々と新しいニュースが出てきて、それがまた騒動の種になっているような現実。とてもお辛い時だと思いますが、粛々と乗り越えて頂きたいと思います。「頑張って」などと気軽に言える状況ではないとわかっていますが、 頑張って欲しいと思います。

不謹慎かもしれませんが、こんなに素敵な女優さんでもママ友で悩んだりしていたなんて、ボスママさんてやっぱり何処にでもいるんだわと思ったり、ボスママさんに嫌われている人と仲良くすると同じようにイジメのターゲットになってしまうとか、こういうの、本当に何処でも同じなんだなと納得してしまいます。

どうしてこんな風になってしまうのでしょうね。江角さんの場合もそうですが、全ては運とか縁でそうなったともいえると思います。もし江角さんの上のお子さんが有名小学校に入学されず、ボスママさんに出会わなかったら、そもそもこんな事にはならなかったと思うのです。

私もそうでした。私に敵愾心を持つボスママさんと、たまたま子どもが同じ幼児施設だった。全てはここから始まったと思います。もしこの方がいなかったら、私はこういう境遇になっていなかったと思うのです。人のせいにするなと思われるかもしれませんが、どんな縁というか、糸で繋がれるかということ、自分で選択しているようで、そうではない事って多いと思います。江角さんもそうだと思うのですよね。

そして江角マキコさん、学生の頃も同じような目に遭われていたとNEWSポストセブンで読みましたが、この頃とは境遇も状況も全く違う悩みになっているのではないでしょうか。学生の頃は、自分対同級生だった訳ですが、ママ友同士の確執は、子ども同士の問題に発展します。

江角さんのお子さん、学校で大丈夫なのでしょうか。江角さんというより、私はこちらの方が心配です。江角さんも勿論そうだと思います。あちらこちらの記事では4年前から仲違いされてしまったと書いてみえますが、お子さん達もきっと色々ありましたよね。 

私もママ友達がどうのこうのと色々書いていますが、やはり悩みのメインは子どもの事。お友達に仲間外れにされていないかしらとか、何か言われていないかしらとか、それが元で自信を無くしたりしていないかしらとか。何かに集中している時は良いのですが、ほっと休憩など挟もうものならモヤモヤモヤモヤといつまでも考えてしまいます。

それから、江角マキコさんと対立しているボスママさん、噂では元女性ばかりの職場で活躍されていたと何かで読んだことがあります。

昨日、贈り物のお礼で従姉妹に電話をした際に、ふと思いついて女性特有のコミュニティについて話を振ってみました。あれこれ1時間近くも話が弾んで出た結論は、

「女性ばかりのコミュニティで頭角を現していたような人達には適わない」

ということでした。女子高だったり、女性だらけの職場とか、職種とか。私も周りを見渡しても、なにかそういう方々がボスっぽいポジションにいらっしゃるような気がします。女同士の機微というか、空気というか、さあっと掴むのがお上手なのですよね。適おうとは思いませんが、ただただ関心する事ばかりでした。

あちらこちらに飛び火している江角マキコさんの話題、何か大きなニュースが出てさあっと消えるといいのに。そして江角マキコさんについてではなく、ママ友達やママハラについて、赤裸々にディスカスする空気が大きくなるといいのにと思います。

学校や施設は子どもが中心なのは当然ですが、こういう影響により、気持ちが小さくなっている子ども達の心身の影響を懸念したり、救済策など行政がもっと提言して下さらないかしら。

子どものイジメが無くならない理由は、こういうところが根源ではないでしょうか。ママがいじめをしていたら、子どもは真似しますよね。

それにしても江角マキコさんのブログのコメント欄すごい数ですね。こうした問題の関心の高さが伺えます。 

ちょっと待って?Appleさんその対応おかしくないでしょうか?Mac初のトラブル発生で困ってしまって疑問もいっぱいでした①

おはようございます、キャナリーゼの森生ゆり子です。

今日はまた色々とやることがあるのでブログはお休みにしようと思いましたが、ちょっと思うところあり書くことにしました。

つい先日Macを買い、ストレスフリーでサクサク書けると喜んでいましたが、ちょっと不安定なことが度々出てきました。

one to one サービスに加入し、銀座Apple直営店に時々お邪魔してトレーニングを受けていたのですが、その中にiPhoto というアプリでiPhone 内の画像を取り込み整理しましょうというものがありました。

え?そんなことが出来るの?すごい、Macにして良かったと、喜んでMacに写真を移動しはじめました。

取り込みが終わると「iPhone側の写真を削除しますか?(しませんか?)」とMacが聞いてきます。後で戻せるのでiPhone側は空にしてください、と、トレーナーの方に言われるがままに作業は進みました。

でも、写真が10,000枚もあるせいでしょうか、カーソルがになり、時々フリーズします。ケーブルが断線したかのようにiPhoneを認識しなくなり、「認識できないデバイスです」などとエラーが表示され、作業中断。それはだんだん頻発するようになりました。そして、わけわかめなままトレーニングの終了時間に。

同じように家でやってみてもなかなかうまくいきません。

「やはりMACでもフリーズするのね」

ちょっとがっかりしましたが、写真の整理が済めばこういうトラブルはもうないだろうと自分を納得させて、小説を書いたり、ブログを書いたりしていました。これらの作業なら特にトラブルもありません。

次の日、画像を取り込んだ後の作業、iPhotoでフォルダ分けをする作業とか、裏技的な情報を得るためにまた直営店にお邪魔しました。そしてやはり不安定になり、フリーズしている間、原因についてiPhoneで検索してみたのです。

結果、やはりメモリ不足ということでした。 

「メモリを追加しようっと」

そのまま2Fのショップフロアに行き、メモリを追加したい旨伝えると、すごく驚く回答がありました。

「Mac Book はメモリの追加はできないんです」

えええーーー?そうなんですか?それなら最初からやはり8GBの方を買えばよかったと項垂れる私に店員さんはいいました。

「買って二週間以内なら返品できますよ」

え、そうなんですか?じゃあまだ買ったばかりだから返品します。そして8GBの方を買うことにしました。でも店員さん、すごく粘るのですよね。メモリは4GBで大丈夫、このソフトを使うとすぐメモリが解放されるので大丈夫などと、すごく力説されるのです。

そういえば買う時も、すごく4GBををプッシュされました。普通メモリが大きい方が値段も高いので、高い方を勧められますよね?でも買う時は初Macで気分が上がっていましたので、特に疑問も感じず4GBを購入したのでした。

返品の期限は明日までです。どうしましょう・・・

息子ちゃんのお迎えの時間も迫っていましたし、悩んだままいったん帰ることにしました。家で改めてあれこれ調べてみましたが、やはり8GBにするのが正解のようです。差額9,000-で今後のストレスフリーを買うと思えば安い ものです。

そして翌日、また銀座直営店に行きました。

最近またこんな余計な事をしているので、小説やブログ、そして本来の私のお仕事が全く捗らなくなっていました。今日こそ決着を付けないと、またあちらこちらに支障が出て、それがまた火種になりトラブル発生。 それだけは避けたいですね。

ちょっと長くなりそうですし、今日は色々としないといけない事が沢山ありますので、続きはまたにします。 どうぞよろしくお願いします。


※写真は私がMACの箱を開けたところ、店員さんが「ようこそMACへ」と言っているところ。 私とMACとのファーストコンタクトの瞬間です

続きはまた書きます
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