第3 安全配慮義務違反に関する重要な事実

(ア)  【店A】は、接待を提供する風俗営業の飲食店(キャバクラ)であり、接待は風営法第二条第三項で、「歓楽的雰囲気を醸し出す方法により客をもてなすこと」と定義される。その定義には、客に対する身体接触また性的接触の提供は、含まれない。
身体接触や性的接触を提供する業種は、風営法では性風俗特殊営業と呼ばれ、接待を提供する飲食店を含む風俗営業とは、区別されている。たとえば、身体接触を提供する業種は、いわゆる「ソープランド」であり、性的接触を提供する業種は、個室のあるいわゆる「性風俗店」といわゆる「デリヘル」などである。風営法はこのように厳密に、「性的接触」「身体接触」「その他」を区別している。飲食店として性的接触や身体接触を公然と提供する店(いわゆる「ピンクサロン」「セクキャバ」、また近年増えている「いちゃキャバ」など)は、社会の実態としては存在するが、接待の定義に接触を含めない風営法の上では違法な業態であり、飲食店とは本来、性的接触とも身体接触とも無縁なものである。キャバクラ・クラブなどの社交飲食店の経営者が、身体接触や性的接触を提供させた場合にも、違法な営業となり、そして社交飲食店は性的接触や身体接触を公然と提供する業態ではないところが上記の違法風俗営業(または「違法性風俗店」)とも異なる。キャバクラ・クラブなどの求人は、接触の提供は含まれない業務として接客従業員を募集しているからである。
そのため、接待を提供する飲食店で接客従業員として働く人々は、接触の提供について、想定も承諾もありえない人々である(承諾もありえないが、想定を要求されるいわれもない)。その一点において、キャバクラ店内は、電車内やオフィスや喫茶店店内と同じであり、キャバクラ店内で客が接客従業員に対して身体接触や性的接触を行うことは、「電車内で赤の他人に性的接触を行うこと」「オフィスで共に働く女性に対して、オフィスで、または飲み会で、身体接触や性的接触を行うこと」「喫茶店で客が店員に身体接触や性的接触を行った場合」と同様に認識されるべきものである。店や社会はそれを、接待を提供する風俗営業の従業員に対するハラスメントとして認識しなければならず、警察は性的接触やその未遂に迷惑防止条例・強制わいせつ罪などを適用しなければならない。
実際に申立人は、2016年には銀座にある他店舗で、店内で遭った痴漢被害について110番通報し(甲11号証の店長の店)、それは犯人が築地警察署に任意同行されて無事に解決した。またそのあとにはまた別の店で起きた痴漢被害について、同署で告訴が受理され捜査が行われた。

(イ)  接待を提供する風俗営業の飲食店店内で客が起こす痴漢に関する店の安全配慮義務違反は、【店A】だけの現象ではなく、この業界(社交飲食店業界)に普遍的に見られるものである。業界内では、客が店内で起こす痴漢(性的接触)について、罪名で呼ばず、「痴漢」「性犯罪」とも呼ばず、「お触り」と呼んで認識しており、「お触り」とその未遂が性犯罪であることの認識がない(お触りに限り、ハラスメント・迷惑行為・受容しがたいもの、とみなす認識はある)。そして「お触りを自分の接客スキル(身体接触を含む)で防ぐことが接客従業員の業務の一部であり、それをすることがプロである」とされている(甲11号証、甲10号証)。【店A】の店長が表明した、「接客従業員が自分の接客努力で客の性的接触を未遂に留めるべきである」という趣旨の発言は、これである。
痴漢の対象にされる側の接客スキルで痴漢(性的接触)を未遂に留めるという発想をしていれば、痴漢(性的接触)の発生は被害者の接客スキルが低いことによる自己責任と理解される。そこでは、痴漢(性的接触)を企図されるからその「接客スキル」なるものを発揮することになる、その状態がすでに、痴漢(迷惑防止条例違反/卑わいな言動)の被害であるという認識は欠如している。性的接触を行うおそれのある客に対しては接客を中断させその至近距離から接客従業員を引き離して安全確保する、という発想も全くない。
そのように、性的接触を未遂に留める努力が業務の一部として接客従業員に押し付けられているため、この業界では、迷惑防止条例違反(卑わいな言動)や強制わいせつ未遂罪の被害は、キャバクラ嬢・ホステスと呼ばれる接待を提供する接客従業員の、通常の業務の一部となっている。そして「接客スキル」の発揮を「努力」したとしても、性的接触のすべてが未遂に終わることはありえない。
このような性質の業務であるということを受容できる(= 自分だけで処理でき、痴漢被害に泣き寝入りしかつその自覚を持たない。店の安全配慮義務などと考えない)人ほど、接客従業員として「プロ意識が高い」「プロである」ということに、この業界ではされている。業界に長くいて洗脳されるとそんな歪んだプロ意識を持つようになり、男性はそれを女性に植え付ける側に、女性は自分の被害を受容しやがて後輩や部下の女性に同じことをさせる側になる。

(ウ)  上記の「接客スキル」とは具体的にどんなものか? それは「相手の手を握る」というものが業界内では有名で、他には、胸を触らせないために背中などを触るように誘導する、というものもあり(甲10号証)、そのように身体接触などによって性的接触を防ぐ、というものである。
しかしそもそも身体接触の提供は風営法違反である。
この「接客スキル」を発揮するということは、性的接触のみを受容しがたいものとみなし、「卑わいな言動」としての迷惑防止条例違反や強制わいせつ未遂罪の被害は、接待業務の一部として受容するということである。だから、この「接客スキル」を指導するということは、「卑わいな言動」としての迷惑防止条例違反や強制わいせつ未遂罪の被害を接待業務の一部として日常的に受容することを教え行わせることである、と言える。
さらに、「接客スキル」を発揮しても性的接触をすべて防ぐことはできないため、性的接触をするおそれのある客に対し、「接客スキル」を発揮して至近距離での接客を続けることは、(性的接触を防ぐ意図で行うにも関わらず)それ自体が性的接触としての痴漢(迷惑防止条例違反・強制わいせつ罪)に遭うおそれを高める。接客を中止するかまたは身体接触ができない(客の手が届かない)距離まで離れて接客をすれば、生じない痴漢がある。
つまり店内痴漢の一部は、上記の「接客スキル」を指導することによって、発生する。

(エ)  店内で起きる犯罪については、地域によって差があり、たとえば新宿区歌舞伎町のキャバクラでは店内で客が全裸になる公然わいせつが起きるといった話もあるが、【店A】・【店B】ではそこまでの犯罪は起きない。起きようがない犯罪に対策する必要はないかもしれないが、性的接触としての迷惑防止条例違反は【店A】・【店B】で頻発していた(痴漢の発生数や程度は【店B】のほうが深刻だった)。
店内の犯罪を防止するために必要なのは、最低でも、防犯カメラの設置である。防犯カメラがないと犯罪の摘発は困難になり、犯罪が摘発されないことが犯罪を蔓延させるからである。どれだけそこで痴漢が生じても摘発されないと知る経験が、痴漢の欲求を持つ者には痴漢する意志を生じさせ、欲求を持たない者にも風俗営業と性風俗特殊営業とを同一視する誤解を生じさせるのは明らかである。風俗営業と性風俗特殊営業を同一視する誤解(社交飲食店を含む風俗営業は性的接触も売っているという誤解)は、社交飲食店店内の痴漢が市民の間で容認される風潮の一部となる。もともと風営法が国民に浸透していない中で、現在、性風俗特殊営業を指して「風俗」と呼ぶ語法(「フーゾク」「風俗嬢」といった言葉も含む)が普及し、風俗営業と性風俗特殊営業とを同一視する誤解はますます広まっている。店内の痴漢が摘発されない光景は、すでに誤解を有する者が見た場合には、誤解を強化させるだろうことが容易に想像できる。
防犯カメラの犯罪抑止効果そのものは不十分であり、店内痴漢の未然防止のためには、他の方法と組み合わせて実効性のある対策を設ける必要がある。店内の犯罪対策を本気で考えればこのような試行錯誤が生じるはずだが、それが【店A】・【店B】には一切なかった。
そして「他の方法」といっても、上に挙げてきた「接客スキル」を接客従業員に指導し発揮させることは、「卑わいな言動」としての迷惑防止条例違反や強制わいせつ未遂罪の被害を接待業務の一部として日常的に受容するように教えることになり、そうした指導に正当性はない。卑わいな言動・強制わいせつ未遂罪を含めて、(ウ)で見てきたように、その指導があることで発生する痴漢がある。指導がなければそのぶん痴漢は減る。だから、その指導は、それ自体が安全配慮義務違反である。身体接触を含まないものとして接待を定義する風営法の観点からも、不適切である。

(オ)  以上により、申立人が本件で主張する相手方の安全配慮義務違反とは、①【店A】店内での痴漢の多発を知りながらその未然防止に努めず、7月29日等の痴漢被害を生じさせたこと ②7月29日の痴漢被害を目撃しながら放置し、被害の継続を止めなかったこと ③同じく痴漢防止策が何もなく痴漢の発生数や程度は【店A】より深刻である【店B】に申立人を派遣したこと ④「接客従業員が自分の接客努力で客の性的接触を未遂に留めるべきである」という趣旨の発言を行い、迷惑防止条例違反(卑わいな言動)や強制わいせつ未遂罪の被害を発生させ受容させ、及び迷惑防止条例違反(性的接触)や強制わいせつ罪の被害を発生させる、そのような性質の指導をしたこと。この①から④のすべてを指す。


店内性犯罪に関する店の安全配慮義務違反を問う、係争