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2010年11月01日

アーノンクールの『天地創造』

ハイドン オラトリオ『天地創造』
 
 ドロテア・レッシュマン
 ミヒャエル・シャーデ
 フローリアン・ベッシュ
 アーノルト・シェーンベルク合唱団
 ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
 指揮:ニコラウス・アーノンクール

 2010年10月30日
 サントリーホール

 アーノンクールの演奏は、右脳と左脳をともにフル回転して臨むことを要求されます。
 特にそれが顕著に表れるのがオペラなど声楽曲で、CDで歌詞よく分からないまま聴いていた段階では「何でこんな大事なところ適当に流すんだろう」「何でこれほど美しい個所を無感動にやるんだろう」等々疑問の嵐だったのに、歌詞やドラマ全体の流れを理解して聴くと、むしろそれまで他の表現で満足できていたのが不思議になってくるくらい途轍もない説得力でねじ伏せられてしまう、ということがよくありました。今回も多かれ少なかれそんな感じ。

 今回アーノンクールの演奏で『天地創造』を聴いて改めて思ったのは、この作品、人間が作られるまでの部分のウェイトがやたらと重いということ。聖書では1ページ半くらいの記述にあたる部分を、延々と時間をかけて歌っていく。特に今回の演奏では標題的、描写的表現がこれでもかというほど強調されていて、嵐、雲、星、鳥や獣など、個々の自然物の物質的な肌触りが克明に感じられました。
 まだ人間のいない世界なので「陸ができた」「雨が生まれた」などと言っても人間にとっては別にいいことでも悪いことでもない、でもそれが大いに喜ばしい。
 ベートーヴェンの「田園」のような人間の心のフィルターを通した自然ではない、人間なしでもただそこにごろんと転がっている自然の生々しさ。聖書的な人間中心主義とも、周りを自分色で塗りつくすロマン主義的とも違う、透明な理性によってとらえられる自然の世界、それが実に瑞々しい。
 時折、「雲雀はまだ悲しみを知らない…」と人間的な情感を仄めかす歌がフルートのオブリガートを伴って実に艶めかしく響いたりもする。
 
 このあたりに既に伏線が張られていたわけですが、プログラムのアンケートにもある通りアーノンクールという人は進歩というものに対して本当に悲観的なのだなと感じたのが第3部。独唱には華々しい個所もあるものの、全体的にアーノンクールの音楽作りは抑制を感じさせるもので、人間が創られても、特にそれが他の自然物の創造に比べて喜ばしいという感覚は前面に出てこない。
 特に最後の合唱は、迫力は凄まじいものの一方で引き摺るような重みも感じました。その直前に天使ウリエルが発する「楽園追放」を示唆する一言の中に、現代までの人間史の全てを重ね合わせたのか。決してカタルシスは残さないけれど深い余韻を与える、そんな終わり方。
 
 会場は大盛り上がり(日本人のブラヴォーはブーと区別が付きにくくて一瞬どきっとしますが、たぶんみんなブラヴォーだったのだろう)。ただあちこちで指摘されているように、空席が多かったのが残念でした。やっぱりチケットが高すぎたんではなかろうか。

yusuke_1974 at 00:24│Comments(0)TrackBack(2)

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1. 1101- アーノンクール CMW ハイドン 天地創造2010.10.30  [ 河童メソッド ]   2010年11月01日 01:35
●2010-2011シーズン聴いたコンサート観たオペラはこちらから.●2010
2. アーノンクール/CMW 《天地創造》@サントリーホール(10/30)  [ 庭は夏の日ざかり ]   2010年11月05日 21:32
この10月30日は、奇しくも小生の誕生日でございました。台風なんどに降り込められるのは真っ平ご免、ハイドンとアーノンクールにわが創造を祝ってもらおうという傲慢も、まあ今日ぐらいは許されると思って、嵐の港区に降り立ったのであったことだよ。 風雨に曝されて芯から...

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