詩人ごんつー改めてよろしく

Struggling and enjoying for all

必死こいて生きる
するとギリギリのところで光明が見えてくる
ような気がする、そしてそんな気分になれない時もあって
そういう時間帯を乗り越える方法もすでにある程度手にしており
浮かんだり沈んだりしながら、それでも
平均としてはなんとかやれている
ような気がしている

バカみたいにレベルが低くて
それでいてバカみたいに正直であり、そして
にも関わらずあっけらかんとはできていない、と
それが現状の実態である

成功者の姿と失敗者の姿は殆ど裏表だ
内心に浮かぶ傲岸と卑屈の対比もそう
だから、それはそれとして捉える
卑屈になるのは未熟のせいで、それはそれとしていい
そんなふうに嘯いている

周りに活発なビジネスの渦が巻き起こっているように
そしてそれに出来る限り加勢できるように動いていく

血の濁りが浄化され
よどんだ意識がさえわたり
疲労がどこかに消え
前に踏み出す力が今まで知らなかった場所から湧いてくる
そういう仕組みがある

貰って喜ぶフェーズから、与えて輝くフェーズへ
そしてわけがわからずうろたえて停滞する煩悶の季節を
できるだけ早く超えてしまうこと

意志は生死を超える
というか、生死を超えなければ意志ではない
それは単なる感想となる

華やかさが最上位にある時
それは死に敗れた絶望の時代ということになってしまう
すべてにおいて悲しいけれど

幸せな笑顔を取り戻すために
すべてのことを死ぬ気でやっている
そのためにあらゆる習慣や怠惰さといった障害を
必死こいて取り除こうともがいている
情けないけれどそんなところである

金が死ぬほどほしい
そして、金より大事なものがさらに死ぬほどほしい
金がすべてじゃないとは、俺の口からは言えないけれど
そのために書き言葉があるんだろう?

悲しみは見えないところで進む
そして人生を台無しにしてしまう
そうでないと願いながら、それでも
いつかのためにやれることをやっている

神様はいつも見てくれている、というより
常に見守ってくれているものの存在を仮定して神様と名付けた
そういうところがあるのではないかと、不遜に恐縮しながら思う
神様が救わないわけがないし、救わないものは神様ではない
そして、神様がいないと思い絶望するならば
それは神様を裏側で信じているのと同じこと
そんな気がしているのである

生き死にを超えたところに意志がある
生き死にを超えたところに愛がある。そして、
生き死にを超えるために勇気がある

勇気を持ってくれ
それはお前を生き死にの軛(くびき)から解放するもの
そしてお前の惨たらしい生から毒を抜いてくれる特効薬

若いお前が
若さゆえにぎりぎりのところで辛うじて失っていないそれを
オレは意志によって全力で完全に信じ切っている
意志は生死を超える、だとすれば
永遠とは意志によって得られるもの
不老不死の技術など不要な屁理屈

心が温かいもので満たされるなら
それを信じて進めばいい
狂乱の終わりに、心が寒々しくなるならば
そこには美しいものは何一つなかったということ

「自分のため」と「誰かのため」は
実はほとんど違いがない、端から見ているほどには
そこで問われるのは「何をやるべきか」のただ1点である

格式張って入門などする必要もない
朝目が覚めた時すでに道場にいるのだ


論というのが好きだ
それは理を超えて意思の表れだから

論理とは、論の理である
理とは法則である、だとすれば論とは
理と理でないものの混合であろう

論の美は意思の美
意思は生と死の境目で問われるもの
感想が論に生まれ変わる時に
人は理を超えた存在として現れる

生死より大切なものを
論として掲げて死んでゆく

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媒体の歴史は距離、頻度、量、強度の歴史
際限なく近づき、明滅し、表面的には移り変わってゆく
いずれ今あるものも媒体としては廃れて
根本の問題は2000年前と何ら変わらない

新聞、テレビ、ビデオ、パソコン、スマートホン
媒体は発明され、更新され、そして人を試しながら移り変わる

媒体の変化は個への影響力の変化
そして個への影響力がその他の全体のバランスへ与える影響の変化

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愛とは何かがあるということ
時間でも空間でもないものがあると
そういうことなのではないか

物理学と文学が交差する場所

物質と時間の関係
時間と空間の関係
空間に記憶はあるか
時間に思い出はあるか
物質は空間と時間を持つ
愛には測定可能なものはない
それでも、そしてだからこそ確かにあるもの

巨大な愛がビッグバンによって生まれたとしたら
全て綺麗に収まるなぁ

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タフになるとは
コントロールすること

代替手段が溢れる中で
それでもコミットする理由は何なのか

煽てられた事実も
煽てたことの罪も
現世で消えることはないだろう
それでもいい

結論から入ればいい
それが1番強い

言葉と行動と運
3つが揃って初めて消化される

屈託なく褒められるのは
無念がないということ

こんな時代だから
未消化の願望が蓄積しているのは当然だろう
それをどうにかするためのことを
他でもない自分のためにしていきたい

流行の言葉は誰かの内情を捉えている

意地悪を止められない感じ
戒めるよりない、そして今の100倍の挑戦を

イライラしたり、幻滅したり
見下している状態を当然と思ったりする
正気な状態では自分の心の狭さを恥じるような心持ちもあるけれど
現場ではまた別のものに支配されている

省みる、沈思黙考する
そんなことは無くなってしまった

肌のぬくもりや眼差しのぬくもり
それから遠ざかり、より孤独になる

言葉が掲げられる理由は
言葉と反対をしでかす恐れがあるため
そして、それを戒め
言葉そのものを我が身とするため

憧れが言葉を導き
そして言葉は誠実な心に裏打ちされ
言葉そのままの形で人に現れる
美しい瞳がその証となる

前向きに本を読めるようになるだろうか

欲に囚われ、疑いを拭えず
2秒前の行いすら後悔、反省してきた
そうならないように、これからは
ただ前を向いて走り抜ける

溺れるほどの欲の力はない
ただ囚われだけがあった
今は自室にて1人静かに
思い出すだに恥ずかしい昔を懐かしむ

話しかけたいのも、話したくないのも
いずれも血の騒ぎの現れ
そして人は自ずから求めるところがあり
それを為すための体勢を取れる必要がある

前頭葉がすべて邪魔している
それをどれだけ置き去りにできるか
その速さとともにあれるか

人を認めるとは何か
欲望を認めること、成果を認めること
そして位階を理解すること

求められていないのがわかる
それが大事だ

叶わない願望の扱い方
無念を引き受けることなんて出来るのだろうか

求められていないことが少しわかるようになった
大して空気が読めているわけではない
それでも、今までは全くわからなかったのだから
ある程度マシにはなったかなと
そんなふうに独りごちている

物語と会話
日本には会話はない、物語だけがある

母であるか、女であるか
その2つしか俺は知らない
俺の無知は俺の責任だ

良い男は見切っている
性欲と愛を区別して
そして最後は死にながら笑う

完璧なセックス・完璧な射精をした時
完全に力が抜け落ちた数時間を過ごすことになる
そしてその後には力がみなぎる
そんな仕組みがある

責任転嫁を自覚できるか
それが時代に課せられている

詩人は誰にも何をも強制しない

絶望的なエロさ
エロ単体は最後は絶望に行きつくしかない

眼前に100年前の何万倍の量、頻度、色彩で展開する女の嬌態
変わり切った生活態度の行く末はまだ見えない

意味を探した
目的を探した
そして、関連性を探して
あるいは見えない制約を、そして罪の出どころを探した
明け方の生白い壁の色は
それでも優しかったアイツのことを思い出させる

 まさに死ぬ、その少し前までは
  きっと今日のことを考えるだろう
   そして、その後はわからない

少しの、そして致命的な嘘の中で
それでも願った確かな輝きを
汚れた右手に受け取って
またいつもの所へゆく

いつかはすべて〇になる
だから安心していい、そして
大事なことはいつそうなるか
だから、出来るだけ早くしてくれな

お前はすべてを失う
そしてその後ですべてを得るだろう
だから、

受け入れた瞳の優しさを
知ってもらうために、何でもする

先に捧げるのはオレだ
後からついてきてくれればいい

宝物を失うことがあった
失策だと思った、上手くやれなかったと
だけど、その地点は既に間違いだった
失って困るものなどホントはなかった
失って困るのは、それに依存しているからだと
初めて知った、知らされた

美しかった日々を思い出して
最後に笑えるように、こうやって書き残している

あなたは美しい
だけれど、実はあなたに捧げる花束がない
悲しいことだけれど
オレは人生の時間すべてをどぶに捨ててもそう言うだろう
なぜなら、時間なんてものは存在しないからだ
時間があるということは、そんなものはちゃちなマヤカシだということ

時間でも空間でも物質でもない
そんなものがあるのだと、教えられる心地がした
だから、時間と空間と物質によって作られたものは
すべて何かへの捧げものになる

存在しないものはいくらでも捨てる
捨てるとは一つは捧げるということ
そして捨てることで憑き物が取れるということ

捨てるべきものは美しく、欲にまみれたもの
それを使い果たして捨てることがひとつの道になる

捨てることで下賜される
そして存分に遊びつくせる
そのために、まずは捨てること
そして見返りはそのことによって既に与えられている

手放さなければ本当には美しくなれない
美しくなるということは、こだわらないということ
そして、その境地は永遠のレイヤーに属する

今やるべきことは今やる
どんなみみっちくて破廉恥で意地汚くても
何をやればいいかを注意深く感じ取って
そしてへとへとになって眠る
そして、翌日には少しの思い出とともに
すべてを忘れ去ってまた日が昇る

徹底的に笑いものにされる
恥ずかしさではらわたが千切れそうになる

「俺みたいなのは死んでもいいんだ」と
苦し紛れに笑いでもしてないともたない、、、

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試されている
色々な新しい人・こと・機会
変動の激しい流行のなかで
正気を保つのは骨が折れる
間抜けの身には当然だとして
生き残れる自信は、まったくない、、、

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大丈夫だろうか
色々気が気でない、、、
嬉しいこととおっかないことが同時に起こると内臓に悪い

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危ないところだった
思慮も配慮も足りなかった
まだまだ冷汗の時を抜け出せないらしい

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罠というか、
落とし穴は二重にも三重にもある
できるだけ注意深く歩いてゆくよりない
自信はまったくない、、

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真心とはどういうたぐいのものか
どのような状態で、どのような美しさを備え
凡百の者がそれを本当に得ようと思えばどのような試練があるか
言葉に書かれるのは一見簡単で、実行・実現は容易ではない
そして、実はそれを本当に言葉として記すのは、自体がすでに難事業である
なぜならそれは辞書的な意味の説明ではなく
言葉を用いた真心の体現が求められているからである

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いつでも落ち着いて
そして思い切りコケに行け
落ち着いていれば、コケる体験を得にゆく価値は十分にある

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寂しさが人をステータスに走らせる
寂しくなければ本当にやるべきことがわかる

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弱きものは助けられるべきものである
だからこそ、弱きものは助けられればならず
弱きものを助けない時にはそれ相応のことが起こる

そして、強いものについて
己は強いと自負するものは、死ぬまで戦う
というよりは、死ぬために戦う
そう宿命される

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価値があるのはわかっているし、自覚と自負がある
そして、誰に頼まれたわけでもない使命の所在も感じている
そうでなくて続くわけがない。この飽きっぽいオイラが

いつか言ったように
世界一の詩人になる
それだけだ




もう一度自分を信じる
改めて、そして以前よりもっと確かに
先の見えない暗闇にも動じず、目と目以外のすべての感覚を開ききって
それでいて正解のなさにも笑いながら無闇に立ち向かってゆく
そのように自分を信じる

欲に足を取られたことがあった
そして、足を取られたことを欲のせいにしたことがあった
すべて己が悪いのにな
今更ながらそんな反省をしていた

 今日もまごころの歌が聞こえている
  青い空から、そして肚の内側から

現代の、とくに日本人は
「真心」という言葉を使うだろうか
そして、それが絶対に必要なもので
それを得るために頑張ろうという心持ちになるものだろうか
どうだろうなと言いながら、同時に
お前はどうなんだと聞かれてちょっとした震えを覚える

 温もりはご褒美のように与えられ
  そして、本当に訳もなく幸せがやってくる
   未熟のゆえに取りこぼすこともあるけれど
    それを差し引いても十分すぎる

ああ、愛してる。今日も明日も。
バカ丸出しでも仕方がない
かっこいいことはアイツに任せて
俺は堂々と行くことにする

死ねとは言ってくれるなよ
そして、思うのもやめてくれ
そんな不可能が可能なものか
今の俺にはわからない

それでも、とばかり言ってきて
また「それでも」と言うだろう
胸に灯った光を信じて
間抜けが奏でる、まごころの歌

金のために、が上位に来てしまうことの虚しさを
どう処理すればいいか、誰にも問われる

結局金でもステータスでもない
それ以外に言いようがない

主題のなさが端からは透けて見えてしまうということ
そしてそれがステータスによってあらゆる形で穴埋めされるということ
その充足・欠如を問わず全身からくまなく滲みだすということ

変換しえぬもの、それが影響力とは無縁の宝物にほかならない
それは物語であり、思い出であり、屈託なく人に話せることであるということ
そしてそういった宝物のあるなしは、誰にでもはっきりと伝わるということ

あらゆる現世的価値がインターネットを通じて換金できるからこそ
ステータス化の上位にあるものが重要になる
それはステータス換算できないわけではなく
換算された価値の如何をまったく度外視できるということ
小さい頃の思い出のように
書き換えの利かない物語のこと

金やステータスは上位に捧げられ
そしてすべてを〇にして美しく輝くということ

昔、仏前に果物やよそ様からの贈り物が捧げられていたことを不思議に思った
そして、ある時その意味がわかってはっとしたことがあった
その行いは習慣的に続けられていたが、習慣の裏には確かな原理があって
敬虔で優しい人はその行いが何のためにありどのような良い効用をもたらすかを知っている

まだ無念ではない
ふつふつと湧いてくるならばそれはきっと無念ではない
まだやるべきことがあるということ、そして
その方法は見つかっていない、だから落ち着いて探さなければならないということ

血迷っていた日々があった、まだそうかもしれない
そして、お世話になった人らの笑顔

心は震えている
そして同時に顔面でない場所から笑みがこぼれるような感覚がある

今の俺を作ったもの、そしてそれを忘れるために必要な言葉

アホの子になって、それに近いゆるんだ顔になって
それでようやく入ってくるものはなんだろう

ーーーーーーーーーーー

例えば、国家の礎となる忠臣の背中のように
万人をひきつけてやまない名俳優のように
優しい笑顔が溢れていた時代のように
決死の覚悟で戦った人々が後に残したことのように
生きることができたら、こんなに嬉しいことはないだろう

ーーーーーーーーーーー

屈託のない笑顔が好きだ
そして、それを成立させている背景に焦がれている
努力とか、才能とか、環境とか、その他言訳や説明に使われるすべてを超えて
わずかな1点に凝縮・特定される大切なことがある

ーーーーーーーーーーー

言葉について
今まで並んだことのない言葉の連なりは意図的に・かつ自然に作られる
時には無意識でもある、そして必然でもあり
最後には美しければ何でもよい

ーーーーーーーーーーー

それっぽい雰囲気、から離れる
確かなそれを見逃さないために
明確でないものはその都度ゴミ箱に捨て、念入りに燃やす

ーーーーーーーーーーー

クソみたいなことからは離れてよかったのか、
ようやくわかった。ちょっとおっかないけれど

笑顔なようでいて割れそうな表情も
振りまきながら一方で何も届かないということも
優しさの本質を忘れた硬い目力も
すべて捨てしまおう。少なくとも俺は

どんな力も優しさが根っこになければ無意味

ーーーーーーーーーーー

俺が俺たる状態
熱のあるものしか食わない、すくなくともほとんどは
そんな状態を作ってゆく

半笑いはいらない。というか有害
両肩から熱い冷気が湧きたっているような状態を

ーーーーーーーーーーー

全力であるということ
体力・能力のそれではなく
潜在的な可能性の泉から直接エネルギーを引っ張り出し続ける
そして出がらしになるまで絞り出す

適切な身体は刺激を透過する
そしてきっと、優しさの試験にかなったことをするだろう

ーーーーーーーーーーー

常に死はそこにある
試さなくてもわかる


適切な転職を厭わないことかもしれない
年収を下げてでも相性のいい仕事を選ぶことかもしれない
あるいは、ゴリゴリに難しい仕事にチャレンジすることかもしれない

詩・言葉の掘り起こしに充てる時間を増やす必要があるのでは、という感覚がある
同時に、仕事への余計な願望を捨てて必要なだけのことをすることも

十分な調査をして、人と会って
最後には確信とともに決定を下すだろう
そう準備して臨みたい

ーーーーーーーーーーー

必要なことをやるために
落ち着いて考える、そして常識は心に留めながら
本当にやるべきことが何か、心に叶うように突き止める

微動だにしない、力みのない心臓を準備する

肚に落ちたことだけをする
言葉を使うのもそう、人と話をする時も同じ
ある程度常識に外れていても、礼節は保ちながら自分を信じる

自分を信じてゆく。たとえステータスを下げる結果になっても
手を離すことを恐れてはいけない。そういうフェーズが来ている
そして、もし上手くやりおおせたなら
一回り大きくなった何かを発見することになるだろう
そんな予感が体の内側に微かな熱を持ってある

信じて手を打ってゆく。事前確認はしない。

今までやってきたどんな細かいことにも意味が、そして良し悪しの影響があった
だから一挙手一投足、視線のやり方から無意識に手足に入ってしまう力まで
観察や洞察、そして必要があればコントロールすべきであり
同時に適切なタイミングで手を離す必要もある

小鳥の鳴くように歌ったひとがいた
いつもの日には朗らかに
陽の光や切り株、草原を埋める生き物らと戯れ
悲しい日には静かに、心を込めて歌った

ある時、社会は流行で満ちていた
注目を集めることに懸賞金がかけられ、そして
人々はあらん限りの才と労力を持ってそれに応えた
そして、提出した成果に応じて分け前が与えられ
ある者は栄達し、ある者は擦り切れ
またある者は破滅し、そうして時が流れた

その人は死の淵に触れた
そしてなんてことないというように戻ってきて
いつものように朗らかな笑みを満面に現わした
しかし、それは凡人には至りえない心境で
表情から溢れる輝きは深みと喜びを湛えていた
そしてその人はさらに歌い、
歌うことを通して歌の神髄に日々目覚めていった
それはその人が死の淵から返ってきた時に
誰かから何かを授かったのかもしれなかった

一部の人が、そのすべてが徒労だったと知るころ
社会はあらたな流行にフォーカスしていた
ある人がお金持ちになり、ある人は平均年収の半分以下の暮らし
またある人は生きるのもやっとというところから、インターネットの力で一発逆転を果たした
そんな中で、その人ははた目には大きな変化もなく歌った
色と刺激の時代にはなかなか衆目の目に留まることはなかったが
それはその人にはあまり関係がないようだった
そして、輝かしい歌の遍歴が
その人の魂を日々高いものにするのを
全体から見ればごく少数の目撃者が、驚きと確信と共に優しく見守っていた

人の声を聞いた
その人は苦しんでいるようだった
はた目にはそうとは見えないが
それでも、実はと思わせるものがあった

性別その他はわからなかった
ステータスの多寡も知りえなかった
ただその顔には、本当はあどけなく美しかった魂の表面に張り付いた膜が
長年の習慣となって浮かんでいた

本人の自覚がどうだったのか、
それは、外野からは知りようがないようでいて
その実、その顔の膜にはありありと何かが記されているようでもあった
そして、声のかけ様はなかった
耳まで覆ったその膜を揺らすのは、その人を支配する自我から通行許可を得た神経物質だけだった

宴の終わりの頃
大きく焚かれた祭りの火の消えかかる時
その苦しみは実態となった
最後には悲しい歌が流れ
いくつかの寂しい話が残るだけとなった

歌は歌われる
それを必要とする人へ
そして、それを必要としないように見える人へも
別なく歌は歌われ、どこかから流れ、そして美しく消えゆく

 人の姿ははっきりと見える、そして
  私を始め多くを無駄にした人は
   人未満の時間が多かったことを笑って消化させよう、高らかに

街の雑踏、色と刺激
スマートホンをめぐる攻防
悔しい気持ちが四季を持つ国一帯を包んでいる
それは、ある意味では当然のことで
そこからどうするか、あるいはそれをどう扱うか
そんなことばかり考えている
無駄だとは不思議に思わない
社会で言われる生産性の指標とは別に
魂のレイヤーに起こる変化へ資することが
実は大切なのではないかと、そう信じているのだ

俺は弱い
俺には掛ける言葉がない
だからこうして書いている
そんなところがある

ーーーーーーーーーーー

後悔しない事は俺にはできない
だから三井寿に惹かれるんだろう

ーーーーーーーーーーー

モテないのが悔しいとか
腹を据えられないのが悔しいとか
仕事で結果が出ないのが悔しいとか
そういうことを考えてしまう時間が多い

ーーーーーーーーーーー

最後には愛が繋ぎ止める
だから手を離して飛んでくれ

ーーーーーーーーーーー

恥や罪、居た堪れない感覚を何とかしたい

ーーーーーーーーーーー

快の発生、その差異と変化

ーーーーーーーーーーー

言葉には全ての意味を含みうる
なにせ、人が使う言葉は浮動してしまう
期待も願望も、果たされなかった悔しさも
時には字面と反対の意味が乗ることもある
(日本人ならよく知っているはず)

そして、有難いことに
言葉に素直に、正直になればなるほど
言葉は本来の真実をそのまま表す
だから、出来るだけ短い言葉を
確信を持って使ってくれ

ーーーーーーーーーーー

俺が感じることはきっと
俺以外の誰かも感じているだろう
そして、そのほとんど全てが間違っていたと
その情けない事実も含めて書いていきたい
そう思うんだ

ーーーーーーーーーーー

思いが言葉や笑いによってリリースされないなら
一体どうすれば過去から逃れられるというのだろう

ーーーーーーーーーーー

呼ばれていないものにこだわってしまう奴と
そんなこと思いもしない奴がいる

ーーーーーーーーーーー

愛する事は怖い
本気で愛するという事は、極論愛以外の全てを捨てるという事
今までのあらゆる蓄えを無価値のものとしてすっかり投げ出すという事
それが怖くないわけがない

それでも、アイツはきっと知っている
全てを捨てる事は同時に全てを得る事だと
哲学と禅問答と屁理屈の粋がそこにある事を

ーーーーーーーーーーー

二度と見える事は叶わない
謝ることもできない
それでもいい

ーーーーーーーーーーー

ステータスを得ることで本当の自信は得られない、主題を掴むこと。

ーーーーーーーーーーー

誇りとは弱い心を支えるもの
そして栄光の魂に捧げられるもの

ーーーーーーーーーーー

愛には大小はあれど優劣はない
そして目の前の愛がいつでも主題になる
そのため、勇気ある人はどんなに小さくとも愛を見捨てることはしない

ーーーーーーーーーーー

愛は常に今ここにしかない
だから、本当に優しい人は今ここの愛のためにすべてを捨てることを厭わないだろう

ーーーーーーーーーーー

もしお前が
ほんの少しでも歌を求めるなら
オレがやる事の価値はあるだろう

ーーーーーーーーーーー

直感に失敗はない
気の迷いにて起こしたことは例え世間的には成功でもみるに堪えない敗北である
だからたまに全く美しさのない世間の成功者がいてしまう

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性は愛に至るので性愛と言われる

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覚悟を背負った奴に文句はつかない
責められるべきは何も引き受けなかった事実
後ろ指を指されて、傷つくようなら
それはお前が悪い

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俺はこんなもんじゃないと自負する
だからダメでも頑張れる

ーーーーーーーーーーー

見られていることが気になる時は
まだ何もできていないということ

ーーーーーーーーーーー

どれだけ奢ってもらったと思ってるんだ
どこかで報いるためじゃないのか

ーーーーーーーーーーー

事実でないものが心を捉える
最後は特攻になるとしても

ーーーーーーーーーーー

日本人は結果に責任を取る
だから最後は特攻する、自ら死に赴く
欧米は発言や主張に責任も持つ
だから最後まで徹底的に闘う、何に対しても

ーーーーーーーーーーー

スタートアップ青春物語

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あの目をテーマに
そしてオレ自身を

ーーーーーーーーーーー

ロミオとジュリエットをはじめ
恋愛フィクションの名作になんでハッピーエンドがないと思う?
それは、実は恋と愛の成就はありふれたものだったからだ

ーーーーーーーーーーー

人はなぜか、誰をも愛せる

ーーーーーーーーーーー

メタ的に受け取ってくれ
断定は危険だ
だから注意すること
愛した人、あるいは心から憧れた人以外の断定は焼き去れ

ーーーーーーーーーーー

熱血でない勝利

ーーーーーーーーーーー

オレが諦めない限りは大丈夫だ

ーーーーーーーーーーー

ドラゴンボールを、
スラムダンクを、
そして、ナルトの20巻までを
読んでおいて、それでそのザマか
そんなことでいいと
あの時のお前は言うのか?

ーーーーーーーーーーー

嬉しいことを思い出した
やはり私は言葉の子であり、同時に直感の僕であった

ーーーーーーーーーーー

焼かれる。そしてそれが救いになる
これでよかったんだ、どこかで望んでいたことに前から気づいていた。でも自分では、自力ではどうしていいかわからなかった

ーーーーーーーーーーー

現実としての輪郭のはっきりしない文章。印象日の出的な文章。それでいていいたいことが伝わるように書く

ーーーーーーーーーーー

金の使い方がわかってゆく

ーーーーーーーーーーー

天賦の素直さ、経験から得る素直さ

ーーーーーーーーーーー

奮い立て、チンカスども

ーーーーーーーーーーー

心を込めて歌えば、歌詞は自然と応える

ーーーーーーーーーーー

全てがうまくハマるのはなぜか
それは全てを思い通りにする覚悟があるから

挑戦をしないと脳がサボってしまう
悪あがきをしないと退屈なままで人生が終わる
焦っていることを自白するのは正直格好悪いとも思うけれど
焦らないでまっすぐ歩めるほど先をきれいに見通せるヤツじゃない、オレは

だから、さえない直観を頼りにしながら
それでも何とか命が洗われるように、まっとうに更新されるように
赦しを与えられるようにがむしゃらにやるしかない。やるしかねぇ

愛するということについて

愛するということは、その人にとって
愛した対象を絶対的な領域に入れる、または対象が入るということ
絶対的ということは、当然他と比較はできず、またするべきでもないということ
なので、愛についてどちらかを取る事はできず
逆に言えば、どちらかを取れるものがあったとすれば、
それは愛ではなく愛好であるということ

また、考えること自体が厳しいが
愛を裏切った場合はその報いを受けるということ
償いを行ったとして、その行いが届くかはわからないが
届くまでは少なくとも償い自体が人生の主題になるだろうということ

ーーーーーーーーーーー

そもそも気付くのに時間がかかるし
気付いたとしてそれが間違っていたことが翌日判明するなんてこともザラだ
センスがないのはいいとして、更新されることもない
そんなポンコツな身の上

ーーーーーーーーーーー

面白さを発見する
「生きる意味」という言葉を、現代メディア用語のそれとしてでなく
自分に向けられた本当の言葉として受け取り、それに向き合う
そういうことにだけ価値がある、というより
その価値に着目してそれに向かって生きている

ーーーーーーーーーーーーー

少なくとも
コンテンツ鑑賞以上の青春を見出すこと
そしてできればそれを一生死ぬまで続けること

ーーーーーーーーーーーーー

打ち震え、そして噛み締め
そして最後にはぎりぎりの所で強さを証しする
オレはとても絶賛はできない
できることなら逃げ出したいような衝動もある
人様に見せるようなことではない、ということもある

ーーーーーーーーーーー

あの頃の愛にまだ引き続き抱(いだ)かれている
だから、どんな絶望も孤独も、あるいはいわゆる裏切りに似た扱いだとしても
些細な物語の一ページとして受け取ることができるだろう、きっと




作品を作るということは、
ありのままの現在地点を現わそうとすること
そして同時に、現在地からわずかに半歩踏み出た地点への移動を目指すことでもある
それだけでも果てしなく難しい。しかしそれはきっと当たり前のことだ
なぜといって、半歩でも毎日進み続けたとしたら、
半年後にはもうまったく別の存在になっているに違いないからだ

迷いばかり、弱い心ばかり
今晩の予定はおろか、30分先の精神の安定も定かでない
真摯に探すことと無意識の憧れに囚われながら煩悶することが違うのだとすれば
どうすればいいか、答えはまだ見つからない。正直なところ

呼びかけにうまく答えられない
だから、自分の言葉で書くよりない
情けないけれどそういうところがある

話をする、話ができるというのは本当に良いことだと思う
そのためにネタを持っておきたいし、ネタが尽きないように生きていこうと思う
話が尽きる時は命から遠ざかる時だろう

これ以上は努力できないな、時間をかけられないな
という地点がどこかで来る
それに対してストレスを感じることがあった。正直今もある
でもそれは、何か違うようにも感じる
努力と時間が何かの担保・保証になるという妄想がどこかにある
手放せるかどうかは今のところはわからないが
きっと何とかなるだろうと、これを書き残した今はそう思っている

真実は勇気を与えるもの
事実は時に幻滅を招くもの


あの頃はまだ無知だった
今は、当時よりは多くを知り
そしてその分、醜くもなった

今、多少は知識を得たとして
再び何か光るものを現わせるだろうか
無知ゆえの美しさではなく
経験を下地とし、それに汚されない強さを
そしてすべてを許す優しさを

アイツがどんな決断をしても驚かない
仮に何をしたとしても、あるいはしなかったとしても
オレは一つの不満も抱かない

なぜ定めるのか
それは覚悟のため、そして証のため
証とは、誰にもわかるようにしておくこと

詩や言葉の断片を残したいと思う時がたまに、時期によってはよくある。そうでなければ詩なんて書かないのであたりまえだけど。
で、そういう文学や芸術のテーマとして何を扱うか、みたいなことをちょっと端的に書いてみようと思った。
なかなか言語化しづらい部分だけれど、自分では書く前から「なるほどなぁ」とアイデアに対して勝手に納得する部分があったのでそれをひとまとまりの文章にしてみようという思い付きである。

例えばこんなことがある。

自分の部屋、もしくは家族団らんの部屋がある。
いつもはなんてことなく使っている。意識に上るわけでもない。
ただ、実はそれは彼の人生、少なくともその時点の生にとってとても重要な部屋であったりする。
例えば、親の転勤などで急な引っ越しが決まる。
色々と考えをめぐらせたあと、「あの部屋とも別れなければならない」ということに気付く。
下手をすると学校の知人や近所の人と別れるよりも胸に来ることがあるかもしれない。
実はそれだけその部屋を・空間を愛していたことに、人は意外と気付かなかったりする。
そして、引っ越しが終わって部屋との別れも終わる。

そして、たとえばその部屋がアパートの一室だったりして空間としては引っ越し後も残っていたとする。
そして数年後、何かの偶然か思い立ちでそこを一人で訪れる。
(少しだけ大人になった心を抱えているかもしれない)
玄関をあけてキッチンを素通りし、一番思い入れのあった自分の部屋に入る。
部屋の建具や間取りを懐かしさとともに振り返りながら、そこには昔のような温もりがないことに気付く。
それは温度とはまた別の温もりである。たとえヒーターのスイッチを入れてもそれは戻ってこない。
そして、引っ越しの時に感じたのとはまた別の種類の寂しさを抱えながら、彼は部屋を後にする。

半分詩のようになってしまったけれど、こういったことが詩を書く時のモチーフだったり原動力だったりするのである。

わかったようなわからないような話で申し訳ないが、今回はこれでおしまい。

奉仕したことはまったく無駄にはならない
無心に仕えたことは表面上はともかく完全に己に返ってくる
なので、やはりやるべきことはこれまで貰ったものに報いることと
より肝要なことはすでに貰っていることにさっさと気付いてしまうことである

愛することとは踏み出すこと
愛されることとは受け入れること

武の道は命の危機に立ち向かうための道
文の道は魂の危機に立ち向かうための道

 初めて『風の歌を聴け』を読んだのはもう15年以上前のことだったような気がします。正直なところいつ、どういったきっかけで手に取ったのかは覚えていません。当時、国語のテストで今まで触れたことのない小説やエッセイに出会うのが私なりに好きだったので、恐らくそういった何らかの機会だったような気がします。それからかなりの歳月が経ちましたが、私は未だにこの本を折に触れて読み返しますし、時には英語版を読んだりオーディオブックを聴いたりしています(これは英語の勉強のためですが)。そのぐらいこの小説は私の人生に溶け込んでいる、ということになるのではないかと思います。
 当時のことを正確には思い出せませんが、最初の感想は「なんてきれいな小説なんだろう」だったように記憶しています。そして今でも私は同じ感触を持っています。あれからかなりの年月が経ち大人になった部分もあるので、当時とは登場人物に対する見方が若干変わっている(とくに社会性のような新たに獲得した観点で主人公や鼠を見るようになりました)ところはありますが、根本的なところは同じです。この物語について、一般的には時系列の理解が難しかったり説明不足で捉えどころがないように思われている節もあるように感じますが、個人的なことを明け透けに言えば、そういったことはどうでも良い、あくまで些末なことのように感じます。
 この小説の中で私が好きなパートは色々ありますが、端的にひとつ挙げるとすれば間違いなく後半のラジオDJのパート、不治の病(もしくは重い病気)にかかって病室から出られない少女からの手紙を読みあげる部分になります。バカみたいな話ですが、未だにこの部分のことを考えてこうやって文章を打っているだけで何となくやりきれなくて泣きたいような気持ちになるのです。
 少女は自らの辛い境遇を文章の形で丁寧に語ります。「時々、自分が砂になってサラサラとどこかに消えていってしまいそうな気がする」「私が生きる確率は新人のピッチャーがノーヒットノーランをする確率より高いが完封する確率よりは低い」と、筆者独特の比喩を交えて語られます(正確ではないです、すみません)。比喩によってどのような効果が生まれているのか、みたいなことを感想文に書くのはちょっと違う気がしますが、それでも私はこのたとえの効果は非常に絶大だと感じます。なぜかはわかりません、ただこのか弱い少女は自分の思い通りにならない体を自分の言葉で語ろうとしているように感じるのです。それは生きることは単に生命機能の維持ではなく、比喩によってしか表現できない様々な陰影を持った一つの細密な存在なのではと思うのです。
 少女は自身の絶望的な状況を比較的坦々とつづりますが、それでも希望を失うことはなかったと最後に書いています。「もし〇〇なら、私の生まれたことにも意味があるかもしれない」。正確な書き写しのまま書けていないかもしれませんが、このような感じです。そしてそこから展開はDJのパートに移ります。もともとこのDJは小説の前半でコミカルなキャラクターとして描かれていました。それがこのパートでは一変し、少女の辛さに出来る限り寄り添おうとする真摯な人柄として現れます。そして同時にDJは「これは同情したいわけではない」とも言います。
 私はこのDJの注意深くそしてギリギリまで節度を保とうとする優しさから、人生において最も大切なことのいくつかを学んだような気がしたのです。「同情するなら金をくれ」という昔のドラマの有名なセリフがありますが、同情、とくに当たり障りのない安易な同情は意味がないどころか時には深く人の心・魂を汚すものだということを我々は心のどこかで知っています。もちそん、今の私は同情されたぐらいで傷ついたりする者ではありませんが、まっとうに人として生きていこうとするなら、そういったことはしてはいけないように思います。それは人間の尊厳と優しさの資格の問題だと勝手に納得しています。
 もちろん学びを得たというのは私の錯覚かもしれません。ただし、心の深くに刻まれた錯覚はきっと殆ど真実と同じなのだろうと思います。私は、ぎりぎりの所では独りよがりになっていいのだと、この感想文を書きながら思わされました。一番大事な言葉はここには書きませんが、最後に彼は「ここからはまた犬の漫才師に戻る」と言い残し、ラジオ番組らしく一つの音楽を流してこの章は終わります。稚拙な感想しか出ずに恐縮ですが、この章の終わり方もとても好きです。人生には音楽が本当に必要なのだと思わされます。
 この小説は彼の作品の中でも非常に短い短編小説ですが、このシーン以外にも多くの美しい場面に溢れています。まだ読んだことのない方もぜひ一度読んでみてください。

自分自身を生きるのは勇気がいる
しかし、勇気を出さなければ衰退しかないのだから、勇気はマストで必要だ

法律があることと
法律を執行する力があることと
法律の力が見せつけられていることは全て違う

言葉がコネクトしているもの
 直接の体験
 集団的、集合的な体験
 辞書的事実、唯物的事実
 個人の思い込み
 社会的な合意事項

疲れ切った人に贈る歌はない

これ、どっちがボール持つの?
というタイミングがたまに訪れる
そういう時にどう動くか
そこが明暗を分ける時がある

こんな時代なので
次の1日、1時間、あるいは10分を何に使うか
そんなことにも命が問われかねない

方針が間違っている場合
その方針に沿った時間の半分は無駄になる
半分というところはポイントである
だから、方針はやはり大事
それは次の方針を決める時のの重要資料だ
方針がないと動けないのは天才ではないから
でもそれでいいよ俺は
だから俺は方針を大事にしたいんだ

ドラゴンボールと村上春樹の外側は一旦考えなくていい

抱かれたままでいるのは嫌だ

防御をしているというより
勝負をしていない、という感じがする

己の未熟さを時折忘れてしまうくらいには未熟だ、仕方がない

共通認識、前提のないところでどう動くか
器と覚悟が問われる

この人をどう利用できるか
とピュアに考えると、色々なことがつながる

いい奴が何かを紹介して嫌な気分になるやつはいない
だから、まずはいい奴になることが大事
いい奴と思われよう、という奴は
思われることを狙うことの醜さからして
ハナからいい奴じゃないということ
いい奴であるためにどうすればいいかと
そう自問自答することは最低条件になる

敵および攻略対象は常に自分ということ

資産が資産を、金が金を生みやすいならば
大きな資産がより大きな資産を生みやすいならば
大事なことは利益ではなくて
通常想定されるより大きな価値を生んだかどうか
それも50-100年のスパンで産んだかどうか
そこを見ていけばいいだろう

多くの文学ファンが誤解しているのは
文学は権力者へのカウンターカルチャーでははなく
権力に胡座を書いているものへの対策だということ
個の命と同じように
権力にも当然その使命と果たすべき責任がある

弱さのゆえに振り返ってしまうことを
戒めるためにあの話がある

本懐に至るまで俗を求め続ける

無意識レイヤーを意識でコントロールすることはできない
意識でコントロールできるのは1秒後の世界から

最後はきっと穏やかだろう
人は孤独なのか、それとも繋がっているのか
繋がりとは何か

回復の作法

妖精には父親がいない

ティムクックは1番大きな夢を見る

煉獄に関する考察

静かに、そして美しくなるということ

痛いのとみっともないの
どっちが嫌だと思うかい

誰かにできることを俺がやっても意味がない、と思うならもう動いた方がいい

思い出させ、信じさせ
間違ってはいないと確信させてくれる
そんな力が良い歌にはある

上辺だけの言葉も、事実と相反する真実も
そんなことより、
優しい眼差しで見つめる方がいいと思うんだ、俺は

事実以外のたくましい言葉を

日本国内に出島を作るにはどうすればいいか
英語公用語の地域を作るには
企業誘致をどうすればいいか、エコノミクス

SNSのどこを探しても
あなた自身の心は見つからない
何をみてもそこまで面白くないということを
心底から恐れなければならない
全てがある程度予見されるなかで
それでも全く新しいもの
それを探して身を費やす旅

楽しめていないのが透けて見えてしまうから甘くない

2度とこんなことは起こらないだろう
そういうことがたまに起こる
人生は不思議で面白い

男は求めることに
女は求められることに

軽々触れられるものが尊いことはない
人口に膾炙するものが聖であることはない
俺は俺の生き方を全うすることしかできないだろう。今更ながらそう思われる

決まった反応が狙われているので
反応に抗う心をやしなってくれ

さらば愛しき芸人世界

伝説は寂しい
神は畏れ多い

自ら立て
全てを晒せ
そして死ぬな

偉大な芸が業をふっとばす

言葉のパワーはすごい
言葉の道場が存在しないのはなぜか

カルチャーコードの改変

金を稼ぎたい、をやめる。
願望の形で持たない
魂の寂しさを電気信号で埋める

アートコンテンツと芸術の違い
人に見せて世間に流通するものか
ひとり自室で静かに抱えるもの

死後の世界は本人ひとりの世界
そこに、自分由来ではない栄光が輝いていること

もっと求める、求められて動じないぐらいに求め続ける

声の出し方、かけ方がダメ

人は信じたものの足元にゆき
信じたもののところ以外にゆくことはない
信じると縋るはプラスマイナスが違うだけで同じ直線の上

大きさは才能でもゼロイチは覚悟の範疇

回復の方法を知ったということ

大人は何でもは話せない

いつでも誰とでも握手できる心身の状態

短い言葉にはいろいろなものが宿る
そしてそれが受け取られる時、直感が先に働いている

求めずに至ることはない
求めた時はすでに半分は至っている
ただし真っ直ぐ求めるためにはあらゆるわだかまりを取り去らなければならない
こだわり、わだかまりがキレイに消化できた時に、はじめて求めることが与えられる
くすんでいくのではなくて
新しいことをしなければならないと言われているんだ

逃げたい、隠れたい、放棄したいという衝動
これと向き合うのが楽しい

見栄えを直す
姿勢、雰囲気、佇まい

嫉妬、不平不満の経済圏

苦手だからやらない、でもほんとうはやりたいことへの向き合い方

命を賭けないものは全て迎合である
命には時間も含まれる

自分を卑下しない
緊張しない、強張らない

気とは何か?
個人の別を越えて行き来し、共有され、共に変化するものの総称である

所与の有利さを活かすこと
苦手を意図的に克服すること

なぜ人は憎むのか
正義と怨恨の結合

なぜ人は行動するのか
経営者には給料を払わない自由がなく、労働者には仕事量を調節する自由がない

芸術の芸術たる所以
芸術=資本主義と無縁の存在
アート=流行、感覚、思想への刺激を目的と商品

人の本能にとって生存は最も重要なゴールである。
なので、死が遠ざかるにつれて人間は真剣でなくなり、反転して薄ら笑いやキャラ化が増える

社会の変革期における精神秩序の更新
精神秩序の世代交代における移行期間

死の影の薄れた街角で
それでもやらねばならないこと

血と精神、色と精神

生命の危機から逃れたことにより、全てが戯化される。(大衆が戯化する)仕事や政治も。仕事がゲームめいてくる
生命の危険がないことはいいことだが、それと精神を鍛えなければいけないことは別問題である。

意志と儀式
評判の奴隷
関連づけることの意味
精神、脳にとってのメリデメ
強者の慈悲、弱者の献身
体験の有無、生理的嫌悪の有無
言葉の繰り返しの中には言葉の意味とは別の作用が生まれる。逆にいうと、繰り返しの中で言葉自体の意味は軽視される。
見栄えは違えど、挑戦権は常に目の前に転がっている

不信の構造
信じることを決める
相対化は不信の時代の兆候として現れた
相対化の欠点は、信じるものをなくすこと。相対化への対向は、相対化では得られないものを知り、見つけなさいと

祝祭とは逸脱の許容の要素が含まれる
元々は社会生活とその逸脱との分量比は前者が多かったが、社会が豊かになることで量が変わらなくなった。それによって逸脱の逸脱性が失われて、本来の逸脱が持っていた浄化性が失われる。

欲と不満はそれぞれ根が同一である

インターネットはプロパガンダのみを弾丸とした戦場である。それは主に若者や庶民の価値観、脊髄反射の権利を奪い合う新種の戦争である。ここにはルールがないのであらゆる旧来のルールを踏みにじる戦法が試され、それ自体が戦争の重要な要素である領土争いの体をなしている。つまり、昔の価値観では絶対にあり得なかったことが、それを侮辱することによる制圧を目標として試される。だから無辜の民にとってそれはいつも惨たらしい様相となる。多くの民にとって価値観は社会から与えられるものであり、一度受容されたそれを否定されることは領土接収と同義だからである。

人は何かを顧みねばならない時、自分がいかに欲と不満に溺れていたか、それを知らなければならない

現状を言葉によって明らかにすることは常に必要である。なぜなら今ここの現実は常に変化するが、根本の原理自体はそう変わらない。ただ人間がそれを言葉によって理解しなければ、欲と不満の魔の手に焼かれて堕落を止めがたいからである。

堕落とは何か。欲と不満に飲まれること以外に何があるか。

これのために命をかけてもいい。かけさせて欲しい、という何か。それがあるかどうかが使命の有無を分けるカギになる。

欲が悪なのか、そうではない。欲には善と悪がある。少なくとも社会にとってそれは欠かせないものであり、同時に暴れ出すと手をつけられない魔物でもある。それは個人にとっても同様だろう。

インターネット世界で戦争が起こっている。それは新旧の価値観がぶつかり覇権を求めて争われる価値観の戦争である

インターネットが新たな戦場を作った。

戦争は常に欲と不満を根として起こる

若者の不満、年長者の価値観の危機が戦争を加熱させ、裏側の金銭の欲望をガソリンとして燃え盛っている。

戦争の終結は疲弊が和合しか許容されないレベルまで達成するか、よき良心の仲介によって導かれる

スポーツ、ゲームは戦争の代替品なのか
戦争自体にスポーツ性、ゲーム性があるのか
この2つの考えは非常に重要である。なぜなら社会がこれらを許容する要因として言語で明らかにする必要があるからである

現世のものは欲から離れ難いので、過去の偉大な蓄積はありがたい

ポリコレとは支配者の規範である。これは運営者、実務者の規範とは異なる。
昔は社会の維持に人間の根源的な力(霊性、祝祭性)が必要だったが、その必要が現代ではなくなりつつある。だからこそ社会はその維持拡大に不要な人間の根源性を否定、抹消、無視しようとする。
芸術はアートとは違い、根源的な力に接続する営みである。だから通常のメディアに承認される形で掲載されるアートはバズった作品ですら(というかバズっているからこそ)確実に社会迎合的である。
もちろん芸術において、反社会性を志向する必要はまったくない。それは単に社会へ適合できなかったことの不満の裏返しであるから。だが、社会の恩恵には適切に感謝しつつ、(結果的に)非人間性を強要する部分に対する対立項となる芸術の存在は潜在的に求められている。芸術と社会の距離は加速度的に距離を遠める。

では、芸術の可能性はどこにあるか?
社会基盤上ではゲリラ性、匿名性、個人性の場に表出するものである(vanの可能性は常にあるが)
言語と精神文化を切り離すことは不可。だから日本はぐずぐずになっている。
英語に敬語の概念を持ち込んで提唱していく方がまだ可能性がある。

勝利が人を美しくする
だから、これまで我々は勝利に憧れ
勝者を讃えることで勝利の女神の恩恵に預かってきたのだ

なぜ不満と理想が結びつきやすいのか
日本文化の再整理とポリコレとの共存の検討

問題意識に面と向き合って取り組む。本懐へ向かう

決して折れるな、という声が聞こえている。
まだわからない。それでも、僕はそれに導かれていけたらと心から思っている。

領域の融解。どこでも何でもできる
入れない、という感覚。ここはダメだという感覚を言語化する。

秩序とは何か。秩序のないところはなく、秩序間の階層構造がある

社会を読み解き、自由意志の発露を目指す

自己批判、自己からの脱出
全てに等しく向き合い続ける
そして最後の目標は1人も全員も変わらないところにある

お前には見えない世界がある
だとすれば、お前の世界の物差しで全てを判断してはならない

全てに従うことは、より明るい世界のものの見方を知る唯一の方法である。

不満を解消しなければならない
不満があると何にもならないし、どこにも行けない。不満を学問し原理を突き止め、常備薬を生産する

社会から祝祭の機能が切り離される
集団的な祝祭なくして大衆は美しくなれるのか。大衆は社会と合一化するのか。

迷いはどこから生ずるか
それは1番やるべきことをやらなかった経験の蓄積から発生する状態である。自分が今何をすることが本懐なのかが見えなくなった結果である

社会の原理と人間の原理を整理して明示し、現代の諸相の理由を突き止めることで美しいものへ至ろうとする。
頭が固いので、言葉にして明らかにしないと分かったことにならない。これは誰にやれといわれたわけでもなく、完全に個人の意志に基づいた本であり、誰かに薦めるためのものではない。


自由と夢と愛
自由意志と希望と愛
自由意志が失われるとステータスの欲求がメインの人生になってしまう。
社会にとっては自由意志は必要ないものに成り下がった。だからこそ自由意志の砦を守る必要がある。
愛と自由意志の関係はどうなのか
主義の対立

20世紀
=資本主義対共産主義
=競争と協力の対立

21世紀
=平等と格差の対立
平等とは、あらゆるステータスの平等を理想とするが、取り急ぎ手近なところから戦線は生まれている
フェミニズム、障害者の社会的躍進、格差を是としてきた日本の衰退
自意識と無関係な位置で格差を捉えると、非常に有効なシステム
自意識の社会的役割
=インターネット革命による資産配分の変動が多くの人の自尊心の危機、自我の危機を呼び込んだ(勝ち組、負け組ともに)

インターネットの役割
=領域溶融の力が格差の資産を切り崩した
=あらゆるものを売れる、買える時代が資産価値を変えた
思想の流行は自意識の危機を暗黙のうちに反映しながら変遷する
あらゆる意匠、デザインは自意識の危機を巧みに刺激する形で現れる

■思想
現代において思想はあるか
大衆思想は厳然として存在する。自覚なしに行動規範として機能する
行動規範と思想の違いは何か。自覚の有無は思想の有無、効果と関係があるか。
8割型言い訳なのは承知しつつ、意志や熱意のないところに業務をねじ込むことを苦痛に感じる。

■文化の解体と言語の相剋
日本語には上下関係の言葉が染み付いている
年長を敬う文化が言語に織り込まれているため、対等の立場として話すことができず、コミュニケーション齟齬が発生してナレッジトランスファーや協力関係に問題が発生しているのではないか
誰が解決すべきか難しい。言語には管理者がいない。時代の成り行きに一定任せるしかない。

明日無一文の乞食になっても明るく仕事ができるか
明日世界一の大富豪になっても欲を乗りこなせるか

忘れの歌
言葉にしない、できない

尾崎豊を知らない奴も
尾崎豊を知っていながら卑屈な奴も
尾崎豊好きを公言して利用しようとする奴も
みんなぶっ飛ばして笑ってやろう

できるわけないことをやって、そして死ぬ
そして生まれる不死鳥の歌

不死鳥のイメージがなければ不死を目指せない
だからこそ何かの形を貸してもらう必要があった

自分への自信
それは自分に何ができて何ができないかを客観的に把握できて、そして事実を受け入れ、友人に話せること

もっと書き上げたものがオレ自身になるように

権力を持つものは唆される
王や皇帝がそうであったように唆される
だから、民衆も唆される運命にある
マーケティングの一部は唆しの道具である

まずお前が強くなれ

おっかない間抜けな罪深さ

アスファルトは寂しい
そして寂しさをよく知っている
月面のような色のそれは
寂しさと同量の優しさを湛えている

極限まで騙すことと
極限まで信じることはとても似ている

寂しさの埋め合わせに使った文字数
その分だけより寂しくなった
命にリプライはつけられない
引き受けることは、リプライの外にある

冷たい風が身に沁みる
そんな冬が、日本を作った

女に擦り寄る男は醜いが
女の心に寄り添う男は美しい

万物に神が宿るなら
週刊誌にも宿るだろう

もう泣きたくなることはない

女が男を信じる様は美しい
男は全ての矢面に立って死ぬだろう

心を開くまでの最短距離
それは思っているより100倍遠かった

神の前に平等
ゆえに人を試すという発想がない
日本は上下関係
ゆえに上が下を試して
それでいて確かに実が成り立つ

栄光のために死ぬということ

役割は変わるし
見かけの構造とは別に線引きのラインの位置も変わる
実態を把握して理想的な役割と求められる態度とチャレンジするポイントを見極める

虐げていることの自覚
そのお返し

永遠の憧れを掴んで

お前は幾らかの金を掴むだろう
だがそれが、一体何になるのだ
余計な欲を満たすために
命を無駄にする価値を感じるのか

インターネットは人間の可能性を1/100から100倍までレバレッジする
明日ブラジル人の友人を作って旅程を確定することもできれば、100年間自室に引きこもって生命を浪費することも容易い

そういう流行り言葉が生まれてしまうぐらい
実態と言葉が乖離しているということ

法律があることと
法律を執行する力があることと
法律の力が見せつけられていることは全て違う

今日、
俺は本気で夢を語ってみたい
お題目は何でも構わず、己の根源に根ざした原動力を
キャラクターに濁したものでも、若気の至でも焦りでもなく
静かで、そして果てまで尽きない永遠の夢を

また、俺は本気で友人と語ってみたい
互いが互いを本当の意味で高め合い
妥協せず、それでいて確かに優しい
そんな得難い友人がいてくれれば
どれほど素晴らしいことだろう

そしてまた、俺は本当の恋にまみえたい
異性かどうかは時代に従い脇に置くとしても
圧倒的に不可分で、互いに惹かれ合う2人の出会いを
そしてこの不完全な肉体と精神を
余すことなく完全に与え合うことを

そんないくつかを夢見ている
だから明日も



これは本物の実物の花である
だから、手に取り感じることができる
あなたの白い左手の指先が
その小さな花弁を優しく支え、
そして、時の止まるのと同じように
永遠の刹那がそこに現れている

思い出は夢と同じ成分で成り立っている
そしては人はそれを今に表すことができる
文章や踊りや絵画、音楽を介して
同一の現象が時間や数字、あらゆる事実を越えて現れる

我々は何を何のためにどう思い出すのか、
そして、なぜそのための装置を生み出すのか

日本の冬の夜
情けない事を話して、そして
優しさのかけらをもらった
それで、その後の電車の中
終電前の山手線で、
大崎行きの対角線上にいる
スマホに落とした視線を
申し訳なく盗み見て
そして、もっとしゃにむに頑張ろうと思った
くだらなくて底の底からみっともない
命の数を捧げようと
そう心から思った

経済が衰退する中で
稼ぎが目減りしていく中で
老後の不安のただ中で
どこまでアイツに優しくなれるか
それが厳しく問われている

わけもわからない喝采から
わけのわからない疲労、倦怠へ
流行は主体のないまま流れてゆく

ーーーーーーーーーーーーー

あらゆる決定について
同時に意志としても確として持ち、決めてゆく
そうして、誰にもごまかすことのない人生が刻まれる
事実を言う必要はないが、真実の眼差しを持つ必要はいつだってある

ーーーーーーーーーーーーー

血の味を求めている内は
まったく未熟なクソ野郎だろう
誰でもない自分へ向ける言葉として

ーーーーーーーーーーーーー

罪は話が壊れた証
許しはそれが修復された証
目の曇りは罪の現れ

ーーーーーーーーーーーーー

戦場にて
銃撃を受け、左上腕を弾が貫通した
血が噴き出て激しい痛みが襲った
その時、朦朧とする意識の端で私は救われた気持ちに浸っていた
軽くない傷を受けたことで、幾分命の重みが軽くなった
そして、いつ終わるともわからない生命の時間の中で
これからはまともな事をしようと思った

ーーーーーーーーーーーーー

常に罪の意識はどこかにある
凡人なのでそれは当然として
どうやって積極的に赦しにまみえにゆくか
ほぼそのために生きている、といっても過言ではなくなってきた

ーーーーーーーーーーーーー

明晰な意識は話の起こりを見通し
罪を溶解して命の道にくさびを打つ

ーーーーーーーーーーーーー

言葉にできないのは物語がないから
疲れが取れないのは刺激だけの生活だから
よく動き、よく学び、よく遊び、よく食べて、よく休む
これを貫徹することはすごく難しい、少なくとも僕にとっては

ーーーーーーーーーーーーー

ガツンとショックを受ける
きっと何か大きなミスをしたのだ
それは取り返せないものかもしれない
(甘えないためには、そう思った方がいいケースの方が多い)
そして、それをしっかり抱えて
せめてまともになりたいと
そう思いながら今日も生きる



美しい雪が降り
寂れた都会の夜に降り
喜びも悲しみも
どこか遠いもののように
手袋を忘れ、かじかんだ手の
冷たさが心よりも痛く染みる

 人を愛するということを
  そして、愛していない状態のことを
   いつ知ったのか、忘れてしまった

まっすぐ見つめたことは無駄にはならないと
わかっていても、完璧にはできない
それでもいい

 とんでもない嘘とともに
  最大級のやさしさを送る
   いつまでだってそれができる

ああ、愛してる。いつの日も
くだらないことをやってきた
あの日あなたが流した涙を
一生抱えてゆくだろう

地獄に落ちるかもしれないと
思わぬでもない。本当だ
それでも、きっとそうはならない
そうならないよう、覚悟はしている

あなたが何をどう思うか
それさえ構わず手を振って
集客力の欠如した身で
大きく送る最後の歌

極論、紙とペンさえあれば幸せなのではないか
という感じがふとした
不遜にならないように、細心注意はするとして

ーーーーーーーーーーーーー

幸せがぬくもりとなって体の芯からにじみ出る
××の時のように漏れ出るそれを、少し恥ずかしく思いながら
それでもその温かさ・温もりにひたっている

ーーーーーーーーーーーーー

戦いに行くということは
0から100%の死を受け入れるということ
そして、体の組成をまるごと入れ替え
新たな人間として生きていくということ

ーーーーーーーーーーーーー

細胞が100%入れ替わる
もといた人間と別のモノになる
そんなことは割と簡単に起こるので
進んで求めて変えていけばいい

ーーーーーーーーーーーーー

なぜ人と会って話をすると元気が出るのか
それまでくすぶっていたものも完全に一新するのか
本当に不思議で、そして凄いことだと思う

ーーーーーーーーーーーーー

手持ちのアセットに対して根が出しゃばりすぎるので
私には詩を書くぐらいしか方法がないらしい

ーーーーーーーーーーーーー

句読点を、QuestionMarkを吟味し、
そぎ落としていくことがとても核心的でスリリングなのだと
この感じを誰かわかってもらえないだろうかなぁ




最後は自分で決めるのだ
何と言われようと、そして自分の脳髄がどんな戯言を生み出そうと
最後は自分の心と体で決める、正しい方へ踏み出す
その感覚が分かっていれば、ある程度のことは何とかなる

ーーーーーーーーーーーーー

とんでもない嘘をついている自覚はある

それでも、
最後にはすべての美しいもののために
それをたがえたことはない、というのが
本当にみすぼらしい言訳だ
謝るつもりは一つもない

ーーーーーーーーーーーーー

何かを求めているわけではない
ただ、少し疲れて、傷を負って
それを何とかしたくてやってきて
そして、何も間違ってはいないと
それだけははっきり分かる

書きながらようやく自覚されるぐらいに
言葉に頼らないと何も分からない人間だ

ーーーーーーーーーーーーー

美しい世界が歩いている
画像と動画に溢れた視界に
余計な説明は一切要らなくて
ただ、私がやりたいのは
心から絞った、あるいは溢れるように漏れ出した
原点の一滴を書き残すことだけだ

ーーーーーーーーーーーーー

正直であろうとした、というのは
ひとつ私として誇らしいことだと思っている
それも自分ではない、あの人の受け売りだけれど

ーーーーーーーーーーーーー

仕事に関して、何をどこまでやるべきか
その線引き、判断、委ねが本当に難しい
毎日メモして、時々立ち止まって
それでやっと何とか眩暈に飲まれずに済んでいる
本質的にはどうしようもないところがあるのだ

ーーーーーーーーーーーーー

とにかくぬるい決定はしない
それだけは忘れないように深く溝を掘りこんで刻んでおく

ふと思いついたというか
降りてきたと言ってもいいけれど
書いてみようと思った、久しぶりに
そんなこともある

振り返れば色々なことがあった
情けないような述懐を許してもらえるなら
折に触れて自分の中では反芻していたように
やはり辛くてやりきれなことが溜まっていたのだ

 凡人が日本で生きるのは本当に大変だ
  すべてを否定する気も資格も何もないけれど
   少なくとも××には無理だった

どう思う?オレは情けないから
どうしても聞きたくなってしまう
そして、どんな答えが返ってきても、
実は何も聞く耳を持たないという
とんでもない自己完結がやり口で
ほんとうに申し訳なく思いながら


ああ 愛してる。震えながら
埒外の空を噛みしめている
明日には戻るいつもの日々の
扱い方が、少しは分かった

説明文はひとつもいらない
すべてAIが埋めるだろう
だから、そうではないことを
昔のように積み上げよう

オレは変わったか、わからないが
変わらないものもあるのだと
それだけ知ってひとりごち
笑顔で手を振る アイラブユー

他のどんな人に何を言われたとしても
それが一般的に、常識的にどれだけありがたいものでも
そしてそれを私の凡庸な頭が、仮に一般的に常識的に理解していたとしても
それでも、やはり自分で何とかするしかなかった

そうして自ら選び取って来たものだけが
最後には自分のものとして残った
そして、これからもきっとそうだろうと直観する

金を求めること
金を持っている状態を求めること
金を持っていることが周囲に知れ渡っている状態を求めること
金を生む力があることを求めること
自分の金を生む力を周囲が羨望とともに欲する状態を求めること
金を生む力に対して周囲が期待し、投資してくれる状態を求めること
現在の金と今後の金を生む力を活かしてもらうために、周囲が自分をあらゆる方法で楽しませようとする状態を求めること
もっとあるかもしれないが、大体こんな分類になる

そして、金は市場にあるあらゆるものを変換し
市場に存在しないものには一切変換できないという性質を持っているので
対市場においては最強、対市場以外においては価値ゼロだということを
どうにかしてクリアでフラットな共通認識にしていきたいと
そう思っている

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私は金が好きだ
愛しているとは言わないけれど、結構好きな方だと思う
金のために自分がかなり汚いことを、人に言えないことをした過去も知っている
それは拭い難いというか、明瞭な事実として私の中に保持されている
そして同時に、私はそのことをそれほど恥じない
おそらく、自分が大した人間・存在でないことをある程度自覚しているので
その程度の汚い行いをやるぐらいはやるだろうとある意味タカをくくっている

そして、私は金以外にも好きなものがあって
どちらか一方を取れと誰かに言われれば
煩悶しながらも後者を選ぶだろう
それぐらいの情けない人間だろう

試すようなことをしてしまいながら
自己嫌悪もしながら、クソ野郎で
許されることを今更求めようとは思わない

 何を語っても無駄だと
  一切の甘えの余地もなく

自分の求めているものが弁解の余地なく醜い、もしくはみっともない
それを、いつものようにため息をついきながら
それでも他にやりようがないと思い、やむなく
そしてまた、さっき足を出そうとしてやめた場所へ
心変わりして改めて足を踏み出す
数週前よりはほんの少しだけ軽くなった心を感じながら

何に気を付けなければいけないか
呼ばれているか、聞こえているか
それだけが掴めていればいい
あとはどうとでもなる、本当に

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期待が、
時に足枷になって動きを鈍らせる
そんな風に思った

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常にみられている
疎かなことはできない

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二度と戻らないものもある

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手籠めにしたいわけでも
無用に振り回したいわけでももちろんない
そんな実力もないけれど

ただ、俺が地球市場で本当の最後のみそっかすになり果てた時
それでも無理なく笑ってくれているような
そんな奇跡があることを
オレはまだ信じている

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底が抜けたような優しさを求めて

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結ばれるのは、呼ばれ合った2人だけ

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自死の予兆、あるいは倦怠
違うように見えて実は似ているその2つを
確実に、ひとつづつ殺していこう

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オレはそういうものは好かない
それだけ言えればいい

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俺の筆跡がちゃんと聞こえるように、届くように
それだけは保証できるように書きつける

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名を汚すということ
私利私欲のためにそれを用いるということ

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俗物はせめて俗物らしく

セザンヌの絵が好きだと言うように
情熱の生きていた時代が好きだったと言おう
過去のものとしてそれを愛するために

固定観念を強化するタイトル群
現代文化の担い手は誰だろうか
それは書く人であり、読む人であり
それに認可を与えたすべての人々
だから、誰も手を挙げて責任を負うことはできないのに
すべての罪がすべての身に降りかかる
惨めな身の上のすべてに余さず降りかかる

きっと死ににゆく
 ちゃんと死ねるようにする
  それまで待っていてくれ、少しだけ

で、お前は愛しているのか、いないのか
あるいは愛そうとするのか、しないのか
少なくとも、未だない愛を信じるのかどうか
その質問にだけは答えるべきだし、答える価値がある
もしくは、その一文を、この断片を
一瞥してくれるだけで本当に構わない
それだけで十分

ある程度のことは時間が解決してくれるだろう
これまではそうで、きっとこれからもそう
だから、それは有難いものとして受け取り、使いながら
他の部分は自分で何とかするんだ
自力というのとは少し違うけれど、自分として
責任を自らのものとする主体として
出来る限りのことをいつもしよう

知らないうちに誰かを殺していた
そして、実は自分も何度か死んでいて
無言のうちに恨みつらみを募らせていた
そんなことがよくあった

 ××されたい、〇〇してほしい
  口にするのはとても憚られるようなことが
   そんなことばかりが重なる

今日もまた、寝るよりない日だ
誰にも話せないのとほとんど同じ虚しさ
そして、事実ただの一人にも話せないでいる

 頭が痛い
  すべてそれのせいだということにしよう、きっと

求めが醜い内はきっと何をやっても上手くはいかないだろう
書きながらそうとわかった、バカみたいだ
何が自分に管理できるのか、その全体をすべて把握するには
おそらく器が小さすぎる
だから、だからこそと言ってもいいけれど
なけなしのリソースをすべてそこに注ごうと思う
そのために生まれて、そのために生きているのだと、改めて思ったのでもある

奇跡と言われて、はっとした
俺の人生に奇跡はあっただろうか
はっきり思い出せるものが3-5ほど
そして、きっとそれ以外にもいくつかあっただろう
(書きながらいくつかのことを思い出した)

 気色悪いことを言いたいわけではないけれど
  やはり生かされているということは常々感じる

俺に何ができる、何をやればいい
本当にこのままでいいのか?
すべてを振り捨ててサイのようにまっすぐ進むことはとてもできない
書くことが多少の禊になるのではとお願いしながら
その邪念自体が罰当たりにも感じる。もういい。

 このあとは眠りにつく
  その前に、やるべきことはこなそう

草葉の乾いた音が聞こえる
風で揺れる木の幹から来ているのか、それとも落ち葉が鳴らしたものか
そんなこともこの目で見なければわからない
そして、そんな簡単なこともできない重い体を厄介に思いながら
それでいて何をする気も起きない時が結構ある
せっかくの有限の時間なのにな

今日は改めて、命のことを思い出した
月並みな感想ですまないが、本当にいつお別れになるかわからない
そう思って生きようと思う

ぼろきれになった××をアイツが抱きしめている
それだけの価値があるのか、どうなのか
自信がない、まったく自信がない
それでも、そこには福音のような響きがあって
わずかばかり心地よい眠りに就くことができる
そんなことがあったことを、ふと思い出した

 ひどいことをした時には
  当然その影響がひたすら身に現れる

許し合えるかどうか、答えはないだろう
それでも何でもやるしかない、そうじゃないか?
神様やそこにつながる畏れ多い諸々に
ほんの少しでも追従することができたなら
1万キロ後ろでも、果てしなく続く同じ道の上にいられたら
それで十分だと、少なくとも俺は言う

突然に胸に来る寂しさに
どう対処していいかわからず、途方に暮れて
時間以外の解決策などないということが
ゆっくりとわかってくる

 せめて、できるだけのことはしようと
  どの口がと感じながらも思う

今の時代、勇気の現れはきっと
誰か・あるいは誰からも批判を受けるだろう
擁護したいとか、そういうことではないんだ
ただ、勇気とか、誠実とか、真心とか
そういうことを静かなまなざしで口にする時
そこで聞いているだけの人らだとしても
キャラの状態でいることはきっと耐えられない

 ××のしすぎだ
  汚いという感じがするのだ

自己嫌悪が無駄と醜さの二乗だとは知りながら
止められないことはゆっくりと消化していこうと
そう思うぐらいには時間を経たのかもしれない
つねに、自分なりに注意深く
言葉の橋を渡ろうとして、いつもそうして
気付いた時には色んな物事が
東西南北すべての行く末で発生した事象が
万事うまく行くことを心から願っている

好きにしたらいい、と
俺にはそれしか言えない

ぎすぎすしているのは、
世情なのか、偽物の内側だけなのか

すべて正直に書きたいと思った、そして
そのことは今も変わらない

寂しい気持ちがする
借り物の部屋に備え付けられた埃まみれの明かりが優しい

嘘だと言ってくれ、すべて
俺には信じられない

たまにはため息の止めようのない晩もあると
そう思うことにしたい

オナニーのことを常に軽く笑い飛ばすには
俺は内省の傾向が強すぎる、本当に情けない

皆様

明けましておめでとうございます。
更新が遅れてすみませんが、24年も何卒宜しくお願い致します。
日本は色々と大変なようですが、なんとか頑張っていきたい。
私なりにできることをしようと思います。もちろん全力です。

それでは、みなさんもご自愛しながら。

ごんつ

自分が最低ランクのバカだということが骨身に染みてわかると
何が起こってもおかしくないといつも思えるので都合がいい

「最低ランクのバカ」みたいな言葉を使っている時点でかなりひどいので
この断片自体がひとつの証明のような物であるし、自分としてもそうとしたい

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