部活動は廃止という主張が通ってしまえば教員は単純に楽にはなりますが、全体の利益という意味では疑問が残ります。
「生徒のために」というのは、際限ないものや現実的でないものは危険ですが、現実的に「生徒のために」なっていくことを考えないと犠牲者が教員から他の誰かに移るだけで終わってしまいます。これでは問題解決にはならないと思います。
したがって、様々な立場からの意見をもとにして、多くの方が賛同できるような意見をまとめていきたいです。


さて、タイトルの通り、誰もが納得する部活動のあり方とはどんなものでしょうか。

これについて日々考えるのですが、とても難しいです。
現実的にベターなものはあっても、ベストなものはわかりません。



まず、1つの大前提のもとに、大きく2つのパターンがあると思います。


大前提とは、「部活動のあいまいな位置づけを改善させること」です。

どのような議論をするにしても、部活動の諸問題の原因を追求していくと根っこにあるのは「文科省の無責任」にあると思います。


文科省は「生徒の自主的活動だけど意義があるだろうからやらせてみるといいよ~。」てな感じのスタンスで強制はしないけど学校にやらせてみるわけです。

学校も期待にこたえてがんばって試行錯誤して現在の部活動制度を作り上げました。
生徒も部活動の中でいろんなことを学ぶことができるようになりました。部活動には教育的意義があるようです。
文科省の作戦成功です。お金をかけずに教育活動を進めることができるのですから。

しかし、部活動で怪我や事故などのいろいろな問題が起きました。

世間から責められるのはいつも学校や担当した教員ばかりです。形としては学校が自主的にやっていることだから仕方ありません。
「文科省がやってみろっていったらから、がんばったのに・・・」
問題が起きても文科省は助けてくれません。
「だって、俺は部活動をやりなさいって言ってないからね。」
そんな顔してみているだけです。

でも、体罰の問題が大きくなってくるとさすがに文科省にも意見がいくようになってようやく動きます。
「何やってんだよ学校、そんなやり方じゃいけないだろう。」
「こんなふうにしてみるといいんだよ。」
運動部活動での指導のガイドラインを発行して、体罰の防止について呼びかけます。

運動部活動での指導のガイドラインには 「○○するといいね、望ましいね、重要ですね」という感じでたくさんの注文がつけられています。
たしかに、体罰をなくすためには最もなことを書いています。

でも、あれ、なんかおかしいぞ・・・

(ガイドラインP7~8参照)

3.運動部活動の学校教育における位置付け、意義、役割等について

①運動部活動は学校教育の一環として行われるものです

 現行の学習指導要領では、部活動について、学校教育の中で果たす意義や役割を踏まえ、「学校教育の一環として、教育課程との関連が図られるよう留意する」ことについて明確に示しています。
 具体的には、中学校学習指導要領では、第1章総則で部活動について、第2章第7節保健体育で運動部活動について、高等学校学習指導要領では、第1章総則で部活動について、第2章第6節保健体育で運動部活動について、下記のとおり規定しています。なお、学習指導要領にこのように規定されたことをもって、生徒の自主的、自発的な参加により行われるとの部活動の性格等が変わるものではありません。

○中学校学習指導要領(平成20年3月)(抜粋)
第1章総則  第4 指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項
2. 以上のほか、次の事項に配慮するものとする。
(13)生徒の自主的、自発的な参加により行われる部活動については、スポーツや文化及び科学等に親しませ、学習意欲の向上や責任感,連帯感の涵養等に資するものであり、学校教育の一環として、教育課程との関連が図られるよう留意すること。その際、地域や学校の実態に応じ、地域の人々の協力、社会教育施設や社会教育関係団体等の各種団体との連携などの運営上の工夫を行うようにすること。    ・・・(以下省略)

さんざん「学校教育の一環として、教育課程との関連が図られるよう留意する」って言っておいて、さんざん部活動はこんなふうにやりなさいよって言っておいて、部活動に注文をつけておきながら、「なお、学習指導要領にこのように規定されたことをもって、生徒の自主的、自発的な参加により行われるとの部活動の性格等が変わるものではありません。」。って・・・

「たくさん言ったけどこれはあくまでアドバイスだから今までどおり生徒の自主的、自発的な活動ってのは変わらないし、今までどおり学校でうまいことやってね!よろしく!」って念押しで言っているようなもんだろっ!


・・・というわけで、書いていたら熱が入ってきて変な調子になってしまったのですが(笑)、

結局、文科省は「やらせるだけやらせて責任はとりません。給料もだしません。でも、手当てちょっとあげるから文句いわないで」ってスタンスになっています。

中途半端に関わっているからたちが悪いですよね。
責任を取らないくせに、文句だけいう。最悪です。会社でこんな上司がいたら部下は不幸ですよね。


部活をやらせるのなら、責任を持ってとことん付き合え!

その気がないのなら、そんな活動やらせるな!やめちまえ!!



そう言ってやりたい。


まあ、つまり、このように文科省が部活動に対する姿勢をはっきりさせないことには後にも先にも進めない状況なのです。

それが明らかなのに態度を変えない最大の理由は、おそらくお金の問題でしょうね。

部活動を教員の正式な職務として位置づけると給与の問題が発生します。半端な金額ではないでしょうから。

しかし、おかしいことはおかしい!といってやりましょう!


この仮説が正しいならば、文科省はブラック企業ですね。日本最大級の公的ブラック企業です。



ですから、最初に言ったように「部活動のあいまいな位置づけを改善させること」が大前提であり、その上で教育活動の一環となった部活動のあり方はどうあるべき、変えていくべきなのかを考えていく必要があると思います。


では、どんなパターンがあるのかは、

次回に続く。


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