先日の記事では教員ではない人たちに向けて、今の部活動の実態、労働問題としての側面、特に批判すべき点について書きました。

今度は、私たちの同業者、特に部活動に熱心に取り組んでいる先生方についてのことを書きたいと思います。


先の記事にも書いたように部活動によって様々な問題が引き起こされていることは事実です。
記憶に新しいところで、部活の顧問の行き過ぎた指導によって生徒が自殺した、大阪市の桜宮高校の件などもその代表的な例です。

だからといって、部活動に熱心に取り組んでいる先生たち全てを批判するつもりはありません。

むしろ、ほとんどに対して擁護する気持ち、尊敬する気持ちを強く感じています。


こんなことを言うと今までの批判的な主張と逆のことをいっているように思いますが、そうではありません。




少し話はそれますが、以前にある中学校の部活動のある競技において、全国制覇を成し遂げた顧問の先生のお話を聞く機会がありました。お話というよりも講習会の講師としてです。

私は以前書いたように、部活動の専門部(教員の運営組織)の役員を務めていて、その関係でその機会をいただきました。

そこで、聞いた話は、本当に驚くものばかりでした。

中体連において全国を制するほどの先生とチームですから、技術的な指導については、まさに目からウロコといったものばかりで、その指導方法の一つ一つには明確なねらいやポイントがあり、それらを分かりやすく教えてくださいました。
そして、その先生の教えのもとでプレーする選手の動きの素早さ、技術の高さ、気持ちの表現の仕方など、どれをとっても私が見てきたものの中で最高級でした。

そんな驚きの中でも、最も私が印象に残ったのは、部活動の指導方針についてでした。

全国制覇のチームですから、チームの指導方針はやはり「勝利にこだわる」という内容が一番に挙げられていました。

しかし、それ以降の項目についてはあまり勝ち負けのことや技術のことなどは特に書いていませんでした。

詳しいことは書けませんが、親への感謝の気持ちとか、壁にぶつかったときとか、学校生活のこととか、ほとんどが人として選手してこのようにあるべきかといった内容が中心となっていました。

その先生の人柄とチームを目の前にして、その内容を読むと、決して理想論ではなく、ものすごい説得力があると感じたことが心に残っています。



さて、こんな話を持ち出したのは、部活動の良い側面の最高級の例を示したかったからです。

強豪校だから、部活の練習はきっと大変なことだと思います。実際に、部活の予定表を見せていただきましたが、休みは一切なく、朝練は当然、週末は遠征ばかりです。さらに保護者も全面協力体制で、週末は誰かしら毎回かならず見守りにくることになっているそうです。

しかし、全国大会で優勝をする、もしくはそれに近い結果を毎年出し続けているチームであるならば、どんなに苦しくても生徒も保護者も迷うことなく、顧問の先生の指導を信じてついていくことでしょう。

そして、その部にて指導を受けた生徒たちは技術面だけでなく人としての成長をすることができて、きっと中学校の部活動生活は肯定的な経験、もっと言えば、一生の宝となる経験を積むことになるでしょう。


この話を聞いて、部活動って素晴らしいなって思いましたか?


正直いって、私も素晴らしいと感銘も受けましたし、顧問として教師として大変な勉強になりました。

きっと、この話を聞いていた他の顧問の先生たちも同じように感じたことでしょう。



では、なぜこの話を持ち出したかというと、1つ、みなさんにも考えてほしいことがあります。



こんなにも素晴らしい成果をあげて、子供からも親からも感謝されて、他の教師の見本となるような人であっても、

部活の頑張りや成果に見合った手当ては1円もありません。

何十年もほとんど休まずに、自分の休みを費やして部活動指導をしたって、代休すらとれません。生徒が学校に来る限りは不可能です。



さらには、こういった熱心な活動を行っていく裏側には、たくさんのつらい事情があるんです。

週末に遠征に行くための交通費は当然自腹。

生徒の気持ちを高めようと差し入れやスポーツドリンク・氷を買ったり、

お金のない家庭の子の活動費用をやむなく立て替えたり、

設備面を充実させるために自らの財布から数万、数十万単位での出費をしたりと、長年続ければ続けるほど金銭的な負担は膨れ上がります。

しかし、それも「生徒のため」と思って自発的にやることですから、ほとんどの場合はそれを口に出しません。




そして、その活動のさらに裏側には、顧問の家族も多大なる負担をしているんです。

いくら自発的な活動といえども、夫(妻)がほとんどの時間で家庭にいないのでは、家庭が崩壊します。

幼い子供や、年老いた親の介護など、一体だれが面倒を見るのでしょうか。

本人の意思であるかどうかは別として、部活にはまってしまった教員の妻のことを「部活未亡人」なんて表現することもあるくらいです。今や部活で原因で離婚・退職・精神疾患なんて話は珍しくありません。

しかし、それも「生徒のため」と信じて、情熱と責任感をもってやっていることですから、家族はそれを支えざるを得ません。



自分や家族を大切にできない教師が、本当の意味で子供の見本になるといえるか疑問です。



部活に熱心にやっている先生であるほど、そういった様々なことを犠牲にしている背景があることをご存じでしたか?

こういった何かしらの犠牲なしには、熱心な部活動はほとんどの場合は成り立たちません。

(1つ言い忘れましたが、前述の全国制覇の先生は、その競技の未経験者です。教員になって知った競技です。どれだけの研究と努力があったか想像してみてください。)



だから、私は部活動に熱心にがんばっておられる先生方に対して、尊敬の気持ちを持っているのです。
(間違った指導、行き過ぎた指導、部活の私物化ともいうべき指導を行ってしまっている人は除きますが。)

それと同時に、頑張っている先生たちが正当な対価や評価が得られないことに対して、その背景に対する無知・無理解からくる「部活動はやって当たり前」という考えに対してものすごく憤りを感じているのです。

さらにいうならば、これだけのことを頑張っている先生たちがいることが分かっていても、部活動を課外活動としてグレーな位置づけにしつづけ、労働としての法的な位置づけを認めてこなかった教育行政(文科省)に対して、怒りを感じているのです。



しかしながら、そういった先生方に対する尊敬の念を持つと同時に、一緒に考えてほしいことがもう1つ。


先生たちみんながみんな部活動の指導に長けているわけではありません。


幸運にも自分の得意分野を担当することができる人や、がむしゃらな研究と努力で指導を身につける人もたくさんいますが、そうでない人もいます。

未経験の部活動を持つことは、相当な負担なんです。当たり前じゃないんです。仕方なく引き受けている部分が大きいんです。

いくら、全国制覇をした部活動の教育的効果が素晴らしいからといって、日本全国の教員で部活動を実質強制的に推し進めていく必要はありますか?


クラスの中にスポーツで頑張る生徒もいれば、勉強で頑張る生徒がいるように、先生たちにだってそれぞれの個性や特技があります。

先生たちが、それぞれ得意分野として持っている力を最大限に伸ばしていけることのほうが、学校の教育的効果は何倍も大きいと思いませんか?

生徒たちも強制的に部活動に所属・参加させるのではなく、それぞれが興味関心や特性に応じた活動を選べる環境、学校以外にも様々な活動ができる社会を目指していったほうが、幸せなことだと思いませんか?

先生も生徒も、部活動は強制されるものであってはならないと思いますし、学校には当然あるものとして考える風潮も変えていかねばならないと思います。



どうか、部活動の問題は単なる教員の労働問題だけで考えないでください。


日本の教育問題として、もっと大きく捉えてください。


今日も明日も部活動の光の当たらないところで、先生、生徒、その家族など様々な立場の、たくさんの人たちが叫び声を上げられずに苦しんでいます。

どうか、どうか、この部活動の問題について、真剣に考えてくれる人が増えてほしいと願ってやみません。




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