2006年12月03日

映画名言集 ― 第三の男 ― ウィーン

ハリー・ライム小さいときに観た映画。幼心にもえらく印象深かった。お陰で今でもあのツィターのメロディーとオーソン・ウェルズのシニカルな笑みが私の深層心理でなにかいたずらを企んでいるような気がする。お父さん、お母さん...小さいころから強烈な映画を見せてくれてありがとう。

(小学校3・4年生の時、両親と一緒にヴィスコンティの「ルードヴィッヒ」を見に行ったことがあるのは私ぐらいだろう...あのころの私にヴィスコンティの「同性愛エロスの世界」はチンプンカンプンだった...ロミー・シュナイダーは美人だったけど...)

この映画の脚本担当はイギリスの手練れ、グラハム・グリーン。しかし以下のハリー・ライムの名セリフはオーソンのアドリブらしい。

Don't be so gloomy. After all it's not that awful. Like the fella says, in Italy for 30 years under the Borgias they had warfare, terror, murder, and bloodshed, but they produced Michelangelo, Leonardo da Vinci, and the Renaissance. In Switzerland they had brotherly love - they had 500 years of democracy and peace, and what did that produce? The cuckoo clock. So long Holly.

このシーンのYouTubeは無かった...残念。予告編をどうぞ。



晩年、金欠病のオーソン君はイングリッシュ・アドベンチャーなんかでお小遣い稼ぎしていたようだが、本国アメリカでもコマーシャルなんかでその才能を垂れ流していた。こちらはそんなコマーシャルのNG集。オーソン君、マジでへべれけです。



まったくの余談だが、「第三の男」でジョゼフ・コットン演じる主人公のホリー・マーティンスをブリティッシュ・カウンシルの文芸セミナーに招待する(そしてエライ目にあう)クラビンスなる登場人物のモデルは、「ハワーズ・エンド」や「モーリス」の作者、E.M.フォースターらしい。これはグラハム・グリーン談。

先日復活した前のデスクトップのハードディスクから以下のような文章が出てきた。ちょっと恥ずかしいが、ご披露。



「ウィーンは巨大で豪華な廃墟だ。」といった人がいる。

映画「第三の男」でオーソン・ウェルズ演じるハリー・ライムは第二次大戦直後、爆撃によって廃墟そのものと化したウィーンの町の暗闇から世界中をバカにしたような道化の笑みを見せた。有名なプラーター公園の大観覧車での「鳩時計」の話はウェルズのアドリブだったそうだが、作品全体に流れる皮肉なエスプリと怪しい倦怠感は原作者グラハム・グリーンのそれに他ならない。

スターリンが国境を閉鎖して、チャーチルがそれを「鉄のカーテン」なんて名付けてヨーロッパを東と西に分ける前、ヨーロッパには「中央」があった。そしてウィーンはその「中央」の「中心」だった。その中心に君臨したのは神聖ローマ皇帝。ハプスブルグ家は一時中央ヨーロッパからドイツ、スペイン、そしてオランダまでの一大帝国を治めていたのだ。

このヨーロッパの中心はヨーロッパ人たちが往来する巨大な駅のようなものだった。ウィーンの城壁まで攻め込んできたトルコ人たちはコーヒー豆を置き土産にして、ウィーンのカフェ文化の端緒を開いた。モーツァルトはザルツブルグの片田舎を捨てて、ウィーンで音楽を書き続け、最後は野たれ死んで、この町の共同墓地に投げ込まれた。耳の聞こえない大作曲家ベートーヴェンはウィーンの聴衆の大喝采に気づかなかった。マリー・アントワネットはパリのギロチン台への長い旅路をこの街から始め、ナポレオンは砲声を挨拶代わりに軍靴と蹄の音を鳴らして通り過ぎていった。

そして「中央」の黄昏の時代。ハプスブルグ家落日の皇帝、フランツ・ヨーゼフに嫁いできたエリーザベト皇太后は無政府主義者の凶弾に倒れる。息子のルドルフ皇太子は16歳のユダヤ人娘との禁断の恋にピストル心中。リヒャルト・シュトラウスのスキャンダラスなオペラ「サロメ」では、王女が自分になびかぬ預言者ヨハネの生首に恍惚となって口付けし、クリムトは青白い肌をした美女に黄金の衣をまとわせ、刹那の口付けにおののくように瞼を閉じる姿を描いた。黄金期の終焉。芸術家は狂気の中に美を描き、フロイトは夢の中に真実を求めた。

第一次世界大戦。「中央」の崩壊。帝国は滅び、皇帝は去った。ナチスの狂気が町を駆け抜け、戦火が再び降り注いだ。パットン将軍がロシア赤軍兵士に先んじようと戦車を飛ばしてやって来たとき、彼が守ろうとしたのはこの町ではなくてワルツを踊る白馬だった。

多くの夢と野望と狂気を飲み込んでいった町。かつての黄金期の思い出はハリーが逃げ回った町の下水道に流されて、「美しく、青い」ドナウ川の藻屑と消えたのだろうか。残ったのは巨大で豪華で大時代的で、そして不思議と空っぽな「廃墟」のような建物だけなのだろうか。

いやそんなことはない。雑然とした旧市街地のカフェへ行こう。そこにはきっと前世紀からそこに座って新聞を読んでいたような老人がいるだろう。彼を怒らせないように注意して座り、漆黒のチョコレートに包まれたザッハートルテとクリームをたっぷりのせたウィンナーコーヒーを注文しよう。そして耳を済まして目を凝らせばあなたにも感じられるだろう。石畳の間や、建物の壁、狭い路地の陰に潜んでいるこの町の亡霊たちの姿や笑い声が。それは死んだはずのハリーの笑い声に似ているのかもしれない。



おれって開高健をめざしてたんだろうか?

yutethebeaute999 at 15:50│Comments(0)やわらかめ 

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