2007年04月28日

マンサ・ムーサの教訓

エッヘン、プイ時は14世紀。場所はアフリカ。

現在のナイジェリアからセネガルにかけてのサハラ砂漠以南、ニジェール河を中心とした土地にマリ帝国が栄えていた。その繁栄の源は領内で多く産出された金だった。

西暦1324年。敬虔なイスラム教徒だったマリの王様、マンサ・ムーサはメッカへの巡礼を行うことを決意。帝都ティンブクトゥを出発した王様は、一説によると約100頭のラクダと6万人からなるキャラバンの引きつれてエジプトのカイロに達した。

ここでマンサ・ムーサはイスラム教徒としての義務、喜捨(ザカート)を行った。なんと持参してきた2トン近くの金塊を放出したのである。

おかげで地中海沿岸における金相場が大暴落。市場におけるその影響はその後12年間にわたったという。

王様だいマンサ・ムーサは1337年前後に亡くなった。

その後14世紀の後半になるとマンサ・ムーサと全く無縁かに見えるイタリアのフィレンツェにてイスラム世界の最先端会計技術を武器に金融業において富をなしたメディチ家が勃興し、ヨーロッパにおけるルネッサンスの開花の引き金となる...。

これって図らずもマンサ・ムーサが金放出したことによる経済の資産流動性の改善が原因じゃないのか?

14世紀地中海版「風が吹けば桶屋が儲かる」?

いま世にまれに見る低金利で「金を放出」しているのは日銀だね。

テクノロジーの発達で世界はマンサ・ムーサの時代より狭くなったけれど、人間の営みは根本的に変わっていない。いや世界が狭くなった分だけ現代の方が「マンサ・ムーサ現象」の影響をモロにリアル・タイムで体験していく世の中だ。

いつまでも同じ繁栄がつづくわけでなし、万物は移転しているわけだ。

「行く川の水は絶えずして、また本の水にあらず」

とは本邦代表、鴨長明さんのお言葉。

and this too shall pass同じ感慨を迫害の歴史を耐え抜いてきたユダヤ人はこう言う。

Gam zeh ya'avor

This too shall pass.

「またこれも過ぎ去ってていく。」

今も昔もそんな不確実の世の中ではございますが、私の目指すところは

「そんな金持ちの王様の国、見てみたいね...」

と言って14世紀の世界を西はマリから東は中国までをウロツキ回った(らしい)旅行家(そして時々法律家)イブン・バトゥータみたいな人生なのかもしれない...と思う今日この頃なのでした。
Ibn Battuda

yutethebeaute999 at 14:00│Comments(0)TrackBack(0)かため 

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