2007年06月05日

楽観

小平は頼まれて揮毫するとき、好んで

「楽観」

の二字を書いたらしい。

文革期、64歳で党総書記の座を追われ、紅衛兵の暴行で身体障害者となった長子の介護をしながら江西省のトラック工場で一工員として働く往年の革命戦士が、人が寝静まった夜半に一人机に向かい端座し、墨痕鮮やかに「楽観」の二字を書く姿を想像するとき、この人物の底知れない強さを感じる。

周恩来追悼をきっかけに、四人組の謀略にはまり、74歳で三度目の失脚の憂き目に会い、広州の軍閥に庇護されることにより何とか一命をとりとめていたときも、一衣帯水の先の香港の光を眺めながら、いつかはあの繁栄が今は貧しい祖国にも訪れることを信じて疑わず「楽観」していた老人の心中を慮れば、その信念のゆるぎない強さを感じる。

そして18年前の今日、この85歳の老政治家が天安門広場に集まった学生たちに対して断固とした武力弾圧を指示したことを思い出せば、この人物の底知れない恐ろしさを感じる。

ま、小平を語り始めたらキリが無い。

そこで、小平の生き様と

「楽観」

ということをモチーフに一席。

最近「そのスジ」の時事評論系ブログなどを眺めると、どうも日本の先行きに対して暗いイメージを抱いている人が多いように感じる。

かく言う私も、先日の「ふるさと税」などが話題になると、

「ったく...」

と舌打ちしたくなるが、心の中では努めて「お先真っ暗派」に組みしないようにしている。

たまにいいことを言う父はこう言っていた(なんか去年の仮面ライダーカブトのキメ台詞みたいだな...)、

「いつも眉間にしわ寄せて『憂国の士』を気取っているようなヤローにろくなヤツはいねぇ。」

確かにそうかもしれん...。

ま、別に腹黒く悪い人たちだったとは思わないが、清河八郎とか久坂玄瑞とか、歴史上この手の人物たちは悲惨な終わりを迎えるのが常だ。

なぜだらう...。

ワレ思フニ...

庶民から見た「憂国の士」のイヤミなところがその原因のひとつではないかと思う。

日本は明治の開国以来、

「富国強兵」

「バスに乗り遅れるな」

「鬼畜米英」

「撃チテシヤマム」

「オー、モーレツ!」

「一億総中流」

と何かにつけて挙国一致体制が大好き。

そして日本の秀才君たちはおせっかいにも

「無智蒙昧な愚民になり代わり...」

そうした挙国一致体制の音頭とりをやりたがる。

「ホラ、私がリードするからみんなであの坂の上の雲を目指そう...」

というのが明治中央集権国家開闢以来、ニッポンのエリート諸子の理想とするところなのではないだろうか。

テリー伊藤氏がその著作でいみじくも指摘した、

「うん、その質問はいい質問だね。」

と質問に答える大蔵(当時)官僚のエリート気質。イヤミな根性。

これがイケナイ。

こうしたエリート君たちは、いくら自分たちが笛を吹いても「愚民ども」が踊ってくれないと、すぐに眉間にしわの「憂国の士」になってしまう傾向がある。そして「禁門の変」的な空回りに陥ってしまうのだ。

まぁそうした生き方も

「男のロマン」

に満ち溢れているのかもしれないが、本人にとっちゃ無念な生涯だし、周囲の人にしてみれば甚だはた迷惑な生き様ではある。

少なくとも「小平」的、重厚な人生とはいえないだろう。

こうしたエリート君たちや「憂国の志士」の「空回り」の原因の大きな要因のひとつは彼らが、

「時間」

という基本的な要素を把握していないからではないかと思うのだ。つまり

「機が熟す」

というコンセプトが頭から抜けている場合が多い。

(続く)

yutethebeaute999 at 07:00│Comments(1)TrackBack(0)かため 

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この記事へのコメント

1. Posted by 印鑑   2009年06月05日 14:22
楽観、今の時期に必要なキーワードです

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