Yuttieの日記

「Yuttieの日記」 大学で学問やっています。主に物理学。4年生になりました。 趣味は読書と、手紙を書くこと。 年間500冊くらいは本を読んでいます。 毎日のなかで考えたことを綴っていきます。

またまた、、ブログ移転します。

ブログ移転します。

去年の秋頃に始めたこのブログも、今年の上半期、すごく綴っていました。
ですが、ふとした天気から、新しいブログを作ったのが今年の春頃。

新しいブログはこちら

どうやら僕は、同じブログを書き続けるというのが、どうも苦手のようです。。

せっかく読みに来てくださる方が多くいるのに、申し訳ないという気持ちと、、
一方で、ブログを新しく書き始める僕の心境は、どうにも言葉にならないものなので、そこは理解してお付き合いいただけると嬉しいです。

新しい方のブログですが、僕はあまり「ここまで書く!」とか決めるのは本当は好きではないのですが、今回はあえて「1000記事書くまで書き続ける」という目標を決めて、書き続けようと思っています。

毎日更新したとしても3年くらいかかるわけですが。。笑
淡々と書き綴っていけたらと思います。

ここまで、このブログに訪れてくれた方、本当にありがとう。

そして、もしよければ、新しい方のブログにも、時折遊びに来てもらえると嬉しいです。

出会いに感謝。ありがとう。
 

「徳のある者が、地位を手にする」世界観への挑戦を忘れない。

僕が今年の1月に書いた。

「功ある者には禄を与えよ、徳ある者には地位を与えよ」
という記事が、なぜか今週のPV数で上位に来ていました。

ブログには、こうして以前書いた記事が、時間が経った後も誰かに読んでもらえるという喜びがありますね。
だからこそ、ブログを続けているのかもしれません。


僕はいま就職活動を通して、普段なら会えないような人、企業のトップであったり役員であったりと、その企業の舵取りをしている人に会うことができています。

そしてその組織が大きくなればなるほど、いまそういった人たちに会うことができる瞬間の価値が大きいんだなということを、改めて感じています。


仮に僕が来年その会社に入ったとして、同じ組織に属したとして、大きな組織の舵取りをしている人と、20代のうちにどれだけ話をすることができるでしょうか。


組織の器は、トップの器です。
組織は、トップの器以上に大きなものにはならない。

いま、そのような人たちと面接という形を通して話をすることができる時間は、僕自身の生き方を見つめ直す、本当に貴重な時間なんですね。


僕は今まで、読書を通して成功者たちの生き方や考え方、言葉に触れ、僕自身との対比の中で自分の価値観を作り上げてきました。


でも、やっぱり生で、影響力を持っている人に触れることは、自分の内側に響く力が全然違います。
それは実際に同じ時間を共有した人にしかわからない感覚だと思います。



徳のある者が、地位を手にする。
という言葉を僕は信じています。

その言葉の意味と、社会という矛盾を抱えた世界で、果たしてそれがどこまで通用するのか。


これから社会という大海原へ漕ぎ出す僕は、いま大切にしている価値観を忘れず、その世界観に挑戦したい。 


いつかまた、ここに帰ってこれたら。

ありがとう。
 

君がくれた夏。その奇跡。

君の描いた未来の中に、僕はいない。その時代もない。

まだ少しだけ、傷を抱えたふたりは、夢の続き探してた。



以前も書いたような気がしますが、家入レオの「君がくれた夏」という曲は、本当に良い曲ですね。

何度聞いても、心が痛い。

なんで、こんなに響くんだろうなぁ。

言葉って、いいなぁ。


どうやったら、こんな詩が書けるんだろう。

何を感じて生きていれば、こんなに痛い言葉が出てくるのだろうか。



10代。

高校時代という多感な時期に、これほど尖った感受性を持って世界を見ているならば、
ものすごく痛い毎日だっただろうなと思います。


僕は、そこにどこか自分を重ねているのかも、しれませんね。


この、なんとも言えない感覚。

寂しさ。孤独。まっすぐさ。不安。

その中にある、綺麗さと、歯痒さと、そして恋の心。


なんとも言えない感覚だからこそ、言葉にできない感覚があるからこそ、
それを全て言葉にするのは無理で、
その中の瞬間を切り取って、言葉を綴っていく。


その積み重ねが、今なんだなぁと思います。


もっと自由に生きたいですね。

 


君がくれた夏。その奇跡、僕は忘れない。

溢れそうな想い、あの夕陽に隠して。

 

生き方を問われる経験をしよう。

何かを決断するって、すごく難しい。

目の前に複数の選択肢があることに対して、まずは感謝したい。
本当に僕は支えられてるし、運がいい。

その中で、一つの手を取る選択をする、決断をすることって、やっぱり本当にわからないもの。


あの頃に描いた夢とか、想いとか、背負っているものとか、
いろんなものがぐるぐるしていく中で、一つを選択していく。


人生は、選択の連続である。

というのはよく言ったもので、全くもってその通りなわけで、
でも、その難しさは、人や場面やタイミングによって全く異なっていて。


日々の積み重ねの延長線に未来があるのならば、今この瞬間の決断に、全身全霊で臨みたい。



ちなみに僕は今までの人生は、基本的に周りが反対する決断をしてきて、それを全て正解にしていると思っています。

狙って反対の決断をしているわけではないのだけれど、結果的に。

僕は捻くれ者なのだろうか。。


若いうちに、自分自身の生き方を問われる瞬間をどれだけ経験するかって、ものすごく大切ですね。


ありがとう。 

人間としての感覚を大切にしよう。

いま川崎のシェアハウスに来ております。ゆってぃです。


東京就活をする中で、東京の空気をまとっている自分自身に対して、洗練さと、反面何か毒々しいものがあるなと感じながら、その世界観に染まっている自分がいます。 

圧倒的なスピードで、ひと、もの、お金、そして情報が飛び交うこの街は、やっぱり何かが特別であり、その何かが、人を惹きつけているんですね。

その目に見えない何かを、必死で追い求める自分がいる。


東京という街中で、圧倒的な人混みに埋もれる中で、自分自身の生き方と、僕という人間のアイデンティティを模索する日々が続いています。 


今や日本中どこにでもある、牛丼屋さん。

牛丼の味はどこでも同じようで、それでもやっぱり地元で食べる味と、都会で食べる味は、何かが違うわけです。

それは、両者を体験したものにしか感じられない感覚。

でも僕は、その感覚がものすごく大切なのではないかと思っています。


人間、自分の五感に対する感覚が失われてしまうことが、一番老化だと僕は思うんですね。

直感を含めた、感覚です。

自分の感覚を、どれだけ言語化できるか。


外を歩くという習慣は、やっぱり人間の本能を鋭くさせるものだと思います。

外を歩いて、風の微妙さを感じる感覚は、やっぱり日々歩いて人間としての本能を磨かないと、気づけないものです。

そういったことを考えつつ、生きてみる。


今日も、読んでくれて、ありがとう。
 

忘れられないものがあるならば、全部抱えて生きていかなきゃいけない。

1日中面接を回って疲れた帰りに、コンビニでハーゲンダッツのアイスクリームを買って帰るのが密かな楽しみになっている、OLっぽい生活をしています。ゆってぃです。


歩くのに疲れた時は...


今この瞬間、僕らは何でこれほどまでに頑張っているのでしょうね。

ふとそういう衝動に駆られる人って、きっとたくさんいる。

なんで、なんで。


自分がこの世界ですごくちっぽけな存在に感じられて、
体中がすごく繊細になって、
いろんなことが頭の中をぐるぐるする。


歩くのに疲れた時は、きっと背負っているものを降ろせばいい。

たくさん美味しいものを食べて、泥のように眠って、時間を噛み締めて。


休むのに疲れたらきっとまた、歩き出したくなる。


ふと振り返った瞬間、そばにいる人。

その人が、あなたが人生で大切にすべき人なんですね。


こうして晴れ晴れした空が広がっている下で、ふとこういうことを考えてみます。

時間が、ゆっくり流れるこの瞬間に。


生きてるなぁと。

そして、これから僕はまた次のステージに行って何を求めるのだろうと。

いろんなことが頭を巡るわけです。


もう1度、あの頃に感じた感覚とか、感謝とか、謙虚さとか、悲しさとか、背負っているものとか。
そういうものを思い出してみて。


忘れちゃいけないものは、全部抱えて生きていかなきゃいけない。

忘れられないものがあるならば、全部抱えて生きていかなきゃいけない。


本当にたくさんの人に支えられてきた人生です。ありがとう。 

人の話を傾聴するということの難しさ。背景にあるのは愛情なんですね。

こっちのブログで、「僕のお祈りメールコレクション」について綴ってます。

就活を踏まえて、何か僕の失敗談から参考になるものがあれば。。
という思いで綴ってますので、興味があれば是非見てみてください。



今日とある企業でGD(グループディスカッション)を終えてきたのですが、
グループ内の人たちが、それはもう喋る喋る。。

あのバイタリティはどこから来ているのか。
僕には不思議でしょうがありません。


やっぱり、人の話を聞かないで自分の話ばかりするのは、知性がなく見えてしまいます。。 
僕もそういう節があるからこそ、すごく気をつけよう、と改めて思わされました。


人の話は、最後まで聞きましょう。
という、当たり前のことを、当たり前のようにすることって、本当に難しい。

多くの人は、そしてきっと僕も、人の話を聞いているようで、半分も聞いていなくて、どこで自分の話をしようか、そのタイミングは今か今か。
みたいな状態なんですね。そういう人が圧倒的に多い。


別にそれが悪いと言っているわけではなくて、それほど人の話を傾聴するということは、難しいことなんだなと思うわけです。


聞いているふりをして聞いていない、人の話のタイミングに割って入って自分の話をする、というのは、本当はすごく寂しいことだなぁと、ふと今日のGD中に思いました。

だって、それだけ、自己主張したくて必死ということだから。うん。


無条件に自分で居られる、愛情ベースがないと、なかなか厳しいんですね。
ということに気づかされました。


翻って、僕自身はどうなんだろう。時折、すごい嫌な奴になってはいないだろうか。
そんなことを自問し続ける時間でした。

あの頃の謙虚な気持ちは、ずっと忘れずにありたいです。


ありがとう。 
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  • 大海へは、ひとりで漕ぎ出さなければならない。
  • 雨の日は、いつも何かのきっかけです。
  • 大人の少年で、僕はありたい。
  • アートって、アーティストの生き様なんですね。
  • 研究室配属。
  • 出会ったすべての人たちに向けて、言葉を綴りたい。
  • 伝えたい、僕という人間のあり方。
  • つい寄り道をしてしまうことが、あなたの本当に好きなこと。
  • 功ある者には禄を与えよ、徳ある者には地位を与えよ。「強くて綺麗な心」を持つ僕でありたい。
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