平成三十年のNHK大河ドラマは「西郷どん(せごどん)」ということで、
おそらく郷里・鹿児島では盛り上がっていることでしょうが、
観光収入増を期待して盛り上がっているのであれば、
感心できません。
今まで散々、幕末を「飯のタネ」にしてきた鹿児島ですが、
私はそういう鹿児島の在り方も好きではないのです。
「新しい時代を見据えて行動した薩摩人の先見性と行動力」を讃えつつ、
何十年も変わらない観光施策を続ける旧態依然とした体質、って
矛盾してませんか?と思うんです。
「いにしえの道を聞きても唱えても、わが行いとせずばかいなし」
というじゃないですか。
幕末期の薩摩人の先見性と行動力を讃えるのは結構ですが、
今の薩摩人に先見性や行動力は見られません。

まあ、鹿児島批判はこれくらいにして。
「西郷どん」の放送が始まりました。
私が見てきた中で鹿児島が主な舞台になるのは
「翔ぶが如く」「篤姫」に続くものとなります。
やはり期待しています。
私としては、多分我が一族関係者と思われる「迫田利済」という
人物を登場させてもらいたかったのですが、
まあ、「翔ぶが如く」同様、スルーされそうです。
結構重要な人物だと思うんですが。
西郷隆盛が若い頃、初めて仕えた上司である郡奉行が迫田利済です。
迫田は困窮する農民の姿を見て、藩に年貢の軽減を求めますが、
藩庁に拒否されたため、抗議の辞任をした人です。
「虫よ虫よ、五ふし草の根を断つな、断たば己れも共に枯れなん」
侍は虫のようなもの、草(百姓)の根を断てば、侍も滅びるぞ、と。
「国の大本は百姓の暮らし」という西郷の思想に大きな影響を与えた、
はずなんですが。
後の大久保利通との決別も、そういう根本の思想の違いだと思います。
物語の重要な伏線だと思うんですが。

まだ第1話が終わったところなんですが、
役者さんたちの薩摩弁に関して言えば、
「ちんがらっじゃった(メチャクチャだった)」と言わざるを得ないんですが、
まあ大目に見ます。
大河の第1話というと大抵子役中心ですし、
大人たちも通して登場する人はあまりいないということで、
これからですね。
沢村一樹や桜庭ななみのような本物もいるわけなので、
なんとかしてくれるでしょう。
鈴木亮平の語学センスにも期待します。
英語ができるんなら薩摩弁もできるでしょ。



というより、もはやあれは薩摩弁とは言い難いものです。
私が思うに、大河を始め、時代劇のお決まりのルールがあるように思います。
「西郷隆盛の薩摩弁、坂本龍馬の土佐弁、ねねの尾張弁」は、
そうでなければキャラとして認められないものになっています。
つまり、これらは単に方言であるだけでなく、
キャラの一部としての方言、「役割語」であるからです。
役割語とは、現実にはそう喋ることがなくても、社会の共通認識で
「この人たちはこう喋るものだ」と考えられている架空の言語です。
博士が「そうなんじゃよ」とか、富裕層の御婦人が「そうざます」とか
言うと考えられているのがそれです。
そこで、西郷隆盛や坂本龍馬についてのイメージで、
世間の人々が「この歴史上の人物は方言で喋る」という共通認識を
持っているため、そうしなければ世間の持つイメージに反してしまい、
ドラマが低い評価になる恐れがあると考えられます。
これは一つの文化といっていいものでしょう。
以前、「軍師官兵衛」というのを大河でやりました。
主役は「ひらパー兄さん」岡田准一でした。
関西人なので、播州弁でやるのかと思いましたが、結局標準語でした。
黒田官兵衛のキャラのイメージの中に、「播州人である」というものが
ないからだと思います。
後に福岡藩の藩祖となるわけですから、福岡人への配慮という側面も
あったかもしれませんが。
「水戸黄門」でも、
「いやー、弥七、奇遇だっぺな、おめえどご行ってたんだあ?」なんて
聞いたことないですし。

そもそも時代劇にリアリティを追求すれば、
源平合戦や「太平記」、戦国時代のものまで、字幕がなければ分からない
日本語になります。
脚本を書くのも大変ですし、役者さんにもそこまで求めるわけにはいきません。
ですから、「西郷どん」の薩摩弁が多少おかしくても、
完璧な薩摩弁を要求する方が無理、と考えるべきだと思います。
むしろ、役者さん皆さんで西郷隆盛のキャラづくりのため、
一生懸命薩摩弁にチャレンジしてくれていると見た方がいいと思っています。
なにしろ「振り込め詐欺犯」が鹿児島で最も少ないのは、
薩摩弁が厄介なため、身内のフリが他県の者にはしづらいからとか。
よそ者が薩摩人のフリをしても、ちょっとしたアクセントの間違いで
すぐバレます。

ちなみに渡辺謙の演じる島津斉彬は薩摩藩の江戸屋敷で生まれ、
育ったので、標準語っぽい喋りでもいいのです。
それに、斉彬公は西郷に「日本と世界」という視点を教えたという人物なので、
その人物像から考えても、標準語の方がいいのかもしれません。

役割語化している方言といえば、
がめつい金貸しは大阪弁、ヤクザは広島弁、あるいは福岡弁、
田舎の農家は奥州弁などなど、日本の地方文化のステレオタイプと
一致していると思います。
東北と似たような農村地帯は九州にもありますが、
やっぱり「おら、こんな村イヤだ、東京へ出るだ」の方が、
田舎から出たい若者の叫びとしてなんかしっくりきます。
あんまりいいことじゃないかもしれませんけどね。
でも「幕末の時代を駆け抜けた若者たち」というキャラに
薩摩弁がしっくりくるというのは、そういう地方文化を鹿児島が持っている
ということだと思います。
近年では「文化盗用」とかやかましく言われるご時世ですが、
我々薩摩人がいいと言っているんですから、問題ありません。



セリフが全部直球すぎて、「もうちょっとひねったセリフ考えろよ」とも
思いましたけど、
南国らしい青い空、緑の野原、駆け回る子供たち、そしてまあまあの薩摩弁。
映像も悪くなかったことですし、とりあえず「可」としておきます。
今後にも期待しようと思います。



ではまた。