January 10, 2012

2012年スタート

人肌恋しい季節となりました。
皆様どのようにお過ごしでしょうか?

なかなか、、、いやかなり更新してなかったんだと最近気付きました。

実に、ブログって難しいです。社会人5年目ですが、ブログにかけるような
新発見のネタや情報があまり無く、「ラムネの湯」(わからない人は、前回記事参照ください)
頼みであった私ですが、今では唯一「ラムネの湯」だけが私のブログにおける生命線になってます。

去年は、たくさん色んな事をした気がします。
何といっても、新婚旅行でフランスに行ってまいりました。
新婚旅行といえば、ハワイのような島国か、ヨーロッパ、国内に分かれるかと思いますが、
人生で一度の新婚旅行・・・パリ満喫したいよね。

パリを中心に約1週間、観光してきましたが、日本では考えられないほどの建造物や街並み。
ッパナイです。
凱旋門って登れるの知ってましたか?
ちょうど競馬の凱旋門賞も1週間前くらい前にやっていて、「ナカヤマ、ナカヤマ」と
小馬鹿にされましたよ。
ちなみに、香港では「フジヤマ、フジヤマ」ですが。(昔、馬名でフジヤマケンザンって馬がいて、香港で走っていた
為)
パリのシャンゼリゼ通りは、シャネル、ルイヴィトン、グッチ・・・高級ブランド店が佇む。

最近、大学時代に着ていた高級ストリートブランドの服を一斉に妻に捨てられてしまった。
渋々、古着屋さんに売りに行った時、返されてしまったのだが、妻には苫小牧では、
わかる人間がいないから、札幌に持っていけば万単位になるから、今度持っていこう
と約束していたはずなのに、いつの間にかなくなっており、確認したら捨てたとのこと。

なぜ、女性はこんなにもいさぎ良いのだろうか。
私の思い出が詰まった服たちが無残にも消え去った。今残っている服は、
妻がチョイスしたものだけになってしまった。

ともあれ、フランスはお勧めです。一度は行ってみたらどうでしょうか?


年始に函館の神社へ行き、おみくじを引いた。
結果は「小吉」
妻も小吉で落ち込んでいたが、妻には結果が良ければ
信じればいいし、悪ければ自分で未来を作り変えろと言った。
なので「小吉」だったので、特別内容は信用しなくて良いと言った。

一番結果を気にしているのは、私かもしれない。
「ちょっとした事柄が、大きな展開を見せる兆しがあります。身の周りに次から次へと
変化が訪れ、今後のあなたの人生を大きく左右する話も少なくありません。大きなチャンスが
巡ってくるかもしれませんが、逆に軽率な行動が後悔のもとになることも十分有り得るので、
気を引き締めてかかりましょう」

内容が大まか過ぎて分かりにくい。。。良いとも悪いとも取れる。神様ずるい。神様もう少しだけ。
金城武。

さて、今年も2012年がスタートしました。
今年のスローガンは、「朝鮮」!!いやいや「挑戦」!!にします。
仕事においても挑戦!趣味においても今までやったことないことなど
色んな事に興味を示し、取り組んで人として成長していきたい。







yuuki1084 at 23:34コメント(3)トラックバック(0) 

February 13, 2011

苫小牧にもあったんだ

冬の終わりを感じさせるほど雪が溶け、また別れと出会いの季節春の訪れを感じさせる。
私事ではあるが、昨日二度目の訪問となるラムネの湯に伺ってみた。

鶴の湯とラムネの湯かなり悩んだ結果、昭和の歌謡曲が流れ、昭和の古きよき時代を感じさせる雰囲気のラムネの湯を選んだ。

鶴の湯同好会の皆様には、大変申し訳ないが、公衆浴場の歴史を刻むライバル、相撲で言えば、戦後の大鵬・柏戸時代であろうか、ここはこらえてほしい。

ラムネの湯は、家から車で約3分くらいのところにひっそりとたたずむ。

私は、ラムネの湯に行くときは郷に従えをモットーに部屋着に長靴のブーツインで行こうと心に決めている。

やはり中に入ってみると、豹柄の毛皮がついた黒い長靴が迎えてくれた。
自分の長靴は流行にのった青い長靴で自分自身昭和を生き抜いた人間ではなく、平成の灰色の空に染まったちっぽけな人間であると、深くため息をついた。

中に入ると、いまではあまり見る機会も少なくなった駄菓子が陳列してあり、私もよく函館の伝説のクジ屋斎藤商店を思いだし、そこの店主に早くクジを引かないでイライラさせ怒られて泣いていた幼少期を思い出した。

また、お風呂上がりに飲むだろうドリンクは、今あまり見ないウメソーダや、ビンのジンジャーエール、などが並んでいた。
賞味期限大丈夫だろうか。
また、休憩所は、足つぼマッサージ機が六台ほど並び今は、キャンペーン中で無料らしい。

さぁ浴室へ向かう。

基本的に貴重品などいれるロッカーは誰も使わない。ドライヤーもない。

前を隠す人間など、この世界には存在しない。

私も前かくしを持参したが不要だった。

まず入って早々、T字のカミソリで頭を剃っているじいさんがいる。洗い流す際はもちろんケロリンの桶だ。
ケロリンは生理痛の際に飲む薬の名前だそうだ。

まずは、お湯にはいる前に体と紙を洗い流す。館内放送でも小まめにお股を洗い流してからはいるようにと流れる。歌謡曲を止めてまでも是非守ってもらいたいことなのだろう。


本日の歌謡曲は、知っている範囲だと和田アキ子、ザピーナッツ、美空ひばりがかかったが、何故か途中ポルノグラフィティがかかった際には、どよめきがこだましたが、ここで聞く音楽はすべて昭和の歌に聞こえる。

シャワーも一応ついているが、当分使っていなかったのだろう水しか出ない。
下の蛇口も水と湯に別れているため、完璧の温度で浴びることは少ない。ぬるいか異常に熱いかどちらかだ。

ラムネの湯は、何故か刺青をしたおじいちゃんが多くいた。昭和の裏社会を生き抜いてきた方で日本の社会を影で支えてきたお方だ。敬意を払いつつ、彼らに目には今の日本をどう感じているのだろうか。

よく昔、函館のとある温泉にいくと必ず刺青をつけた方々が集まって入浴しており、子供だった私は、指を指してヤクザだぁーと叫んで、父に怒られた記憶がある。

今は、刺青をつけた人は入浴禁止としている施設が多いが、これも昭和の香りが残るこの施設だからこそ味わえるものだろう。

ただ、刺青をつけた方はおじいちゃんばかりではない。本物もいて、二人しか入れないだろう浴槽に私がゆっくり入ろうかなと思ったすぐあとに入ってきたのだ。私は、全身に力が入り、全くお湯に浸っている気はしなかった。

なるべく振動も出さずにすぐに出ると俺が来たから出たんだと思われる可能性があるため、すこし間をおいて出て、またシャワーを浴びる。そして、鏡を見ると視界にまたそのお方が見える。座った位置が悪すぎた。その筋の方は、大体やけに目がよく、目があった瞬間絡まれる可能性があるので一切鏡は見なかった。


本日は、一時間半近く入っていたがその30分は、ハイエナと戦っているかのようだった。

お風呂に上がって妻が上がってくるのを待つ。

みんな帰る際にはおやすみーとか、どうもねー、またくるねーと店主に向かって帰っていく。

この銭湯は、彼らにとってなんなんだろうか。

ただ、今の地域社会に足りないものや眠っているものの答えを教えてくれる場所なのではないかと強く感じてならない。



yuuki1084 at 22:27コメント(7)トラックバック(0) 

October 17, 2010

A WHOLE NEW WORLD

だいぶ期間が開いてしまい、ライブドアを始め
多くのファンにご迷惑並びに不安を与えてしまい
大変申し訳なかった。

また、ブログを再開できる喜びを踏まえつつ、
また、この地に立てている喜びに浸りながら
今後、また更新をして行きたい。

前回のブログの続きということで「結婚式」
をテーマにこの回では、述べていこうと思う。


晴れた6月12日私は、地元で結婚式を開催した。
。前日にスラムダンクで感動をもらったおかげで
当日の朝はとても清々しい朝だった。

当日、地元にいたときにお世話になったカリスマ
理容師の処へ行き、髪をセットアップしてもらう。

さすがに手相に小栗旬と同じモテ腺があるだけあり、
かっこいく仕上がった。

そのあと真直ぐ嫁の実家へ行き、二人で挙式、披露宴行う
ホテルへと向かった。

嫁も前の日はぐっすり寝れたようだった。

ここで予断を。
ちなみに皆さん結婚の決め手は何だとお考えでしょうか?
よくこのような質問ありますよね。
皆さんの考えを教えてください。

ちなみに私は、一言で言うと「責任」という言葉を
取り上げたい。
責任とは、たくさんの意味を為します。
?自分への責任(けじめ)
?彼女への責任
?彼女の親族
?彼女の友達
などなど。
でも私は、「彼女に関わるすべての責任、過去も未来も全て自分で背負いたかった」というのが、結婚の目的です。

なにかがきっかけでそうなったという訳ではないのですが。


話は戻り結婚式に。

当日は、本当によく晴れて、海も空も何もかも私たちを祝福してくれた。

まず最初は、挙式の準備である。
私は、挙式というものがあまりイメージが沸かなく、
何もかも初めてであった。
尚且つ、定員をオーバーするほど友人を呼んでおり、
「頼むから誰か、遅刻して不参加になってくれ」と願ったほどだ。

挙式は、開始10分前位から初めて打ち合わせをし、臨む。

新郎は最前列にいて、嫁と嫁の父が入ってくるのを待つ。
そこで初めて、友人たちの顔を見ることができ、緊張の中にも
安堵感を感じた。

扉が開いて入ってくる嫁は、かなり緊張していた。

挙式は無事終わり、緊張感から解放され、
外で待つ皆さんからライスシャワーを浴びた。

披露宴までは、あまり時間もなく、あっという間に
開始の時刻となった。

函館の初夏は、18時なってもまだ明るく、海の音が静かに
聞こえる。ここが私が育った函館だ。

披露宴から会社の同僚の方、同期などが参加しさらに濃い顔ぶれになった。

私は、この披露宴でひそかにサプライズを起こそうと考えていた。
やはり、女性はサプライズという言葉に弱いので、
自分はそのような性格ではないが、いくら自分が恥をかいてもいいので
彼女に喜ばせようと手紙を読むことにした。

どのタイミングで手紙のサプライズがあるか自分自身も
わからなくて、ずっとドキドキしていたが、
場の笑いも踏まえつつ、これまでの苦労話から楽しかった話、
同棲してからの話など皆さんにも紹介させてもらった。

彼女の親への手紙も感動的であったし、
二人で一緒に生活し、私が引っ張って行かなければならないと
強く感じた。

結婚式を開催するのにかかった時間は本当に長かったが
今こうして振り返ると、何かのためにこれだけ時間をかけて行うことは、ふたりにとっても初めての共同作業であったし、夫婦になるためのステップだったのかもしれない。

こうして、私は無事結婚できることができたが、
二人が結ばれたのも、たくさんの人たちの支えがあったからだと本当に
思う。
もしかしたら、今まで知りあった友達などに出会っていなければ
私が不良になり、同じ高校に行っていなかったかもしれない。
直接的な因果関係が無かったとしても、間接的にいろんなものが関わっていて、今の二人があるのだと感じる。

その場面場面で違う行動をしていれば、二人は結ばれなかったかもしれない。


この喜びをいつまでも忘れることなく、
大学のK先生が言っていた、一つの幸せがそれだけに留まるのではなく、社会の窓をしっかりと開け、たくさんの人たちに幸せを与えられるような家庭を築いていきたい。

これからもよろしくお願いします。



yuuki1084 at 22:29コメント(2)トラックバック(0) 

July 07, 2010

明日が来るなら

ちょいと休みを頂く。

必ず再開する


yuuki1084 at 23:23コメント(2)トラックバック(0) 

June 15, 2010

夜霧よ今夜も有難う

先週は結婚式WEEKで、木曜から休みをもらい
いざ、花嫁と函館へ。

朝10時くらいに出発し、函館山の麓にあるネイルサロンへ・・

しかし、会社の携帯が鳴りっぱなしで。。。
正直落ち着かない。

お客さんにはほとんど伝えたつもりだが、
この仕事はあまり関係なく電話が来る。

本当にハードな仕事だな。。。。。

花嫁は、付け爪を合わせている間、
私は、携帯とメモ帳そして、ボールペンを両手に抱え
電話対応。

一時間くらいした後、花嫁が出てきた。
とても満足そうな顔で出てきて、
両手を私の方に見せ、「かわいいでしょ?」
と聞いてくる。

たしかに素晴らしかった。
付け爪は本当にアートで、
作る人は本当にプロフェッショナルだ。

そのあと、衣装のサイズ調整のため、衣装屋さんへ。

衣装もなかなか決まらず、本当に時間がかかった作業だった。
私も花嫁にはきつく言ってきたつもりだ。
「その衣装なら、いつも私服で着ているのとかわんないべや」
「たまには、私服で着ない色にしなさい」など

ちなみに、結局ウェディングドレスそしてカクテルドレスともに
花嫁の好みのものになってしまい、私の良いと思ったドレスは
最終選考で消え去った。

そのあとは、ホテルにて司会者と打ち合わせを行う。

今回司会者としてお願いした人は、地元のラジオ番組でも大人気の
方で、かなり話も面白く尚且つ気品のある女性で素晴らしい方であった。

そこで、結婚式の一日の流れなどを打ち合わせする。

この時にかなり結婚式をやるんだという実感が沸いた。


次の日は、ほぼ完全オフだったが、花嫁を実家まで迎えに行き、結婚式で足りないものなど出たのでグルメシティーやユニクロで買い物をした後、明日の結婚式の無事を2人で祈り、しばしの別れをする。

そのあとは、まるいデパートへ行き、革靴を購入する。やはり、私の足に合っているのは、キャサリンハムネットである。特徴としては、先端がかなり細くなっており、またつま先に行く方に他のとは比べ物にならないほど角度が付いており、本当に歩きやすい形をしている。

そして、実家でご飯を食べ、夜は、久しぶりにスラムダンクを読んで寝ることにした。

つづく



yuuki1084 at 22:58コメント(4)トラックバック(0) 

March 31, 2010

あの日に帰りたい

尊敬する、兄のブログを読んだのだが、小学校の時に亡くなった
父親のことが書かれていたので、私自身今年結婚することもあり
少し思い出しながら述べていきたいと思う。

父は、頭が良く、愛想が良いため、仕事もできていた印象がある。
私が、小学校の時に友達に釣りのやり方を教えてもらって、それを
父に教えたら、毎週のように一緒に釣りに行った。
すごく厳しいという印象はないが、兄貴には毎日のように「勉強しろ」
と叩き込んでいたようだ。

小学校5年生の時、いつものように学校に帰ると家にはだれもいなく
夕方くらいに兄が帰ってきた。
それからすぐ、おじちゃんから電話があって、父が病院に搬送されたということ知った。
たまたまだが、父の顔も見ずに学校に行くのだが、その日は、なぜか父親の寝ている顔をしっかりと見てから学校に行った記憶がある。

病院にいったら、おばあちゃんや母親、おじちゃんなどがいて、その空気の重さから幼心にどういう事態になっているか悟るのに時間はかからなかった。

おばあちゃんから、「ゆーちゃん、お父さんに釣り行くよー!」って言ってみたらと言われたが、父親が人工呼吸器をつけてベットに横たわっている姿を見て、とてもじゃないけど、言えなかった。

2〜3日後、兄と家にいると、病院にいるはずのおばあちゃん達が帰ってきて、「お父さん、頑張ったけどだめだった」と聞かされた。

その時は、涙も出なかったが、放心状態だった。

おばあちゃんにとって自分の子供が親より早く亡くなるということが、どんなにかなしかったのだろうか。
母親は、今後ふたりの子供を一人で面倒見ることに関して、かなりのプレッシャーを感じていたと思う。

幼いときほど、父親がいないということは、辛かった。
学校に行っても、小さいときほど父親の話題に出てきて、周りが気を使っている姿を見た時本当につらかった。

やっとこのぐらいの年になって、父親のことは、公表できるようになってきた。今まで、少し隠していた部分があったが、今年結婚するということもあり、自信を持って、公表するため、このブログを書くことにした。

父が亡くなってから、母親の持ち前の元気で
父親の代わりを十分果たしてもらいましたが、
やはりいまでも、父親がいたころのあの日に帰りたいと思うのです。


yuuki1084 at 00:19コメント(6)トラックバック(0) 

November 10, 2009

男の品格

前回の「大衆浴場」は、大変好評でした。
皆様の日ごろからのご愛好、ありがとうございます。

最近、「草食系男子」という言葉がよく飛び交う。
それは、この田舎町に住む私の耳にも入るくらいなので、大したものだ。

恐らく、「草食系男子」とは、女性の言いなになり、自分の意思がない男のことだと思われる。
そこでちょっと待ってほしい・・・・。
女性は、「草食系男子」に対し、チョー気持ち悪いとか、チョベリバとか、言うけど、言いなりにならないと今の女性は、怒るのではないか。
なにも、自分自身の意見をはっきり言ってもいいのであれば、男はみんな「肉食系男子」に変貌しているはずだ。

なので、「草食系男子」が増えたのは、紛れもなく女性が、「古き良き時代の女性」から「新しき悪し時代の女性」に変わったからではないのだろうか。

結局今の時代の女性は、なんだかんだ言いながら「草食系男子」としか、上手くいかないのだ。

最近「男の品格」という本を購入した。

前に「女性の品格」という本が大流行したが、恐らくそのパクリだろう。



本当に仕事ができる人は、女性の問題に関しても失敗を多く重ね、そこで学んだバランス感覚や巧みな話術を仕事に生かすそうだ。

なるほど。。。確かに、上司でも女性との噂が絶えない人ほど、仕事ができるイメージがある。





yuuki1084 at 23:38コメント(21)トラックバック(0) 

November 01, 2009

あの時君は若かった

古き良き時代とは、どのようなものか。
皆さんはどう思いますか?

今が良い時代だと思う人、昭和の時代が良いと思う人、戦後が良いと思う人たくさん意見が分かれるであろう。

そもそもいい時代とは何か?
よく居酒屋にいるサラリーマンたちは、「あの時は、いい時代だった」という言葉が飛び交う。

おっと、すまんすまん、前書きが長過ぎた。
結局私が言いたいことはこれから、述べさせて頂くことにする。

最近、自転車通勤がめっぽう多くなった私は、とある銭湯の前を通る。名前は「鶴の湯」さんだ。
今の時代、スーパー銭湯たるものが普及し始めているが、ここは、今では珍しくもなっている、公衆浴場である。
昨日初めて、「鶴の湯」さんに伺ってみた。
苫小牧に来てから、「ラムネの湯」さんを愛好家として謳っている私としては、昔ながらのその地区の住民が訪れる寂れたぐらいの温泉が好きだ。
余談であるが、「ラムネの湯」さんでは浴場で美空ひばり、北島三郎などの演歌の大御所が、BGMがかかっており、入浴客からは、鼻歌があちらこちらと響き渡る。なんとも気持ちが良い。

「鶴の湯」は、やはり普通の銭湯であった。普通が何とも言えなく良い。
桶はやはり、ケロリンの黄色の桶だった。わからない人は、一度ネットでもいい、調べてくれ。懐かしいので。

髪の洗い方は、シャワーなんぞ使いはしない。
下の蛇口から桶に、お湯を入れ、頭からかぶる方式だ。3、4回被れば、泡は取れる。ただ温度調節は、あまりできなく、その座る所によって、温度は様々だ。

隣の仲間(知らない人だが、同じ風呂に入った仲間という意)をみると、石けんで髪を洗っていた。なんとも愛おしい光景だ。

お風呂からあがり、ロビーへ行くと、おじちゃんおばちゃんが多く、みんな顔見しいのように会話が続き、最後にはおやすみ〜と言って、お別れをする。

この街にも、昭和の名残がまだあった。


苫小牧には、苫小牧浴場組合というものがあり、調べてみると、各地区に多くの公衆浴場たるものが残っていた。
古き良き時代を残すためにも、昔ながらの地域住民のコミュニティを残すためにも、公衆浴場を如何に残していくか、市としても検討していただきたいものである。


yuuki1084 at 18:54コメント(3)トラックバック(0) 

July 01, 2009

進化論


更新が遅れてしまい、申し訳ありません。

久しぶりのブログの更新。。。
どのようなテーマで書こうか。
皆様から寄せられる期待に、パソコンを開くが、テーマが出てこない。

30分後。


よし、これに決めた!
先日、会社の営業会議にて、自分の武器は何かというテーマで
話し合いがあった。

正直、自分の武器といえるものは無い。
次に長所と短所。

しかも仕事においてのである。
少し考える。

閃いた。

長所は、若さだ。

これを見て笑った人少々お待ちを。

若さは十分な武器である。
ただ、若さを武器にできない人間もいる。
若さを十分に活かすことができることが長所と言えば
反論は無いだろうか。

短所は、あり過ぎてここでは、述べることはできない。

その次に、では、お客さんは、自分のことをどう思っているのか。
どのような部分が好きでどのような部分が嫌いなのか。
正直考えたことも無かった。

自分のことを自己分析するのは大好きだが、
相手が自分のことをどう思っているかまで
考える余裕が無かったのかも知れない。


これは、仕事以外の部分でも、例えば、恋人、友達、、、、

自分のことがどこが好きで、付き合っていたり
長く連れ添っているのか。

もう一度深く考えてみようと思う。

このブログを読んでいただいた方々、
皆様も時間があるときに考えてみてはどうだろうか。

yuuki1084 at 21:40コメント(4)トラックバック(0) 

March 29, 2009

拝啓24の僕へ

拝啓24の僕へ
夢だったバスケット選手、警察官になってますか?
家族みんな幸せですが?
お母さんには優しくしてますか?
おばあちゃんは相変わらずですか?
どんな顔になってますか?
どんな髪型ですが?
タバコを吸ってますか?
どんな仕事をしてますか?
友達は、どんなひとですか?
彼女はいますか?


・・・・・・・・・・(10歳くらいの僕から)

彼女はいますよ。
昨日、相方のお父さんに初めて会ってきて自分の思い、彼女の思い全て伝えてきました。全く緊張はしてなかったけど、手には汗がベットリだった。
ただ、男としてのケジメだね。
10歳の君には到底わからないと思うけどね。
本当に色んな辛い経験、楽しい思い出があって今があるよ。
24という歳は、そんな歳だよ。



yuuki1084 at 20:49コメント(16)トラックバック(0) 
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