いくつかの限界ニュータウンの探訪記事の中で、僕は何度か、住宅団地内の排水設備などの話に触れている。こうしたインフラ設備は、千葉の限界ニュータウンへの居住を考える上では、切っても切り離せない重要な問題である。

 もともと八街や富里、成田近隣など北総台地上は、明治維新以降に江戸東京の困窮民の就業対策として開墾されたことを発端に切り開かれた開拓地が多くを占め、それまでは野馬が放牧されるだけの無住の荒野であった。風害がひどく居住に適していなかったのがその理由だが(現在も春先は砂嵐がひどい)、稲作を行う上での充分な農業用水の確保が困難だったことも理由の一つと考えられる。
 
 今日においてもなお、標高の高い山や河川が乏しい千葉内陸部は上水道の普及率が低く、僕が暮らす八街などは特に普及が進んでおらず市内の住宅のほとんどが井戸である。もっとも公営水道にしても、地下水を汲み上げて配水しているので井戸水には変わりないのだが、住居用の個別井戸は各自水質に配慮する必要がある。
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小規模な分譲地では個別井戸、個別浄化槽が一般的だ。
 
 井戸と言っても今日の井戸ポンプは性能が優れているので、自宅で水道を使い分には通常の上水道のそれと比較しても不便さは感じないが(ただし電動のため停電時は水が出ない)、比較的大きな住宅団地では、集中井戸によって管理組合が自主的に管理しているところもある。井戸と聞くとやや前時代的なイメージを持たれるかもしれないが、井戸は水道水と異なり夏冷たく冬温かく、僅かな電力消費を除けば利用料金が必要ないというメリットもある。
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家庭用の個別井戸用電動ポンプ。開栓時のみ作動するので電力消費も少ない。 

 排水も同様で、小さなミニ分譲地では個別浄化槽が主流だが、住宅団地では集中浄化槽のシステムが構築されている。もちろん、エリアは限られるが公共の上下水道が配備された住宅街もある(往々にしてそのような住宅街は行政も街路の整備などに力を入れて居住者を呼び込もうとしている)。また、詳しくは後述するが個別浄化槽の排水の処理方法にも違いがあり、浄化後の排水を側溝に流し込んで処理するか、宅内浸透か、蒸発散方式かに分かれてくる。
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ある程度まとまった区画数の中規模分譲地は自前の集中井戸、集中浄化槽を備えている。

 なお、水道以外のインフラ、電気に関しては、現在のところ、通常の住宅が建築可能なエリアであればまず問題なく電気を引くことができる。ガスに関しては、北総は一部の市街地や大規模な住宅団地を除き都市ガスの配備はほとんど進んでいないが、都市ガスと比較すれば料金は高いうえ業者や契約内容によって料金に違いが出るという問題はあるもののプロパンガス自体の設置は容易なので、この二つが問題になることは少ない。自治会管理の集中ガスを配備する団地もまれにある。 
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電気はよほど人里離れた山林の奥地でもない限り供給に問題が生じるケースはない


 ということで、限界住宅地で大きく気を払うべきは給水、排水の上下水道システムで、これから住宅建築用の宅地を選ぶ場合、大まかに分けて以下の3通りから選択することが考えられる。もちろん、上水道だけ来ていて下水道は未配備、というパターンもあるが、そもそもこのブログで紹介しているような千葉の限界ニュータウンに公営の上下水道が完備されているケースは極めてまれであり(というか、今のところ見たことがない)、総論に影響はないので省略する。

①個別浄化槽・個別井戸の自力インフラ
②自治会管理による集中浄化槽、集中井戸の地域共有インフラ
③自治体管理による公営上下水道の公共インフラ

 本来ならば、こんな箇条書きで比較するまでもなく誰だって③の公営上下水道のインフラが一番良いと考えるのは当然である。まず安価且つ衛生的であるし、実際、いくら北総の田舎町であれ、やはり公営の上下水道の完備された住宅地の方が人気があるし地価も高い。しかし昨今、特に地方の小規模な自治体において、こうしたインフラ設備の更新費用が捻出できず老朽化が進んでいる問題が指摘されている。
 
 そもそも近年、コンパクトシティ論が盛んにもてはやされるようになった背景には、公共交通の衰退の他に、こうしたインフラ設備の維持管理を効率化し、公費を削減したいという思惑があるからである。実際、水道料金というものは自治体によってかなりの差があり、財政難に喘ぐ地方の小規模自治体では今後、維持管理が困難になれば上下水道料金の値上げが繰り返される事態が起こる可能性も否定できない。コンパクトシティの概念が一般化すれば、郊外の住宅街のインフラ設備に公金を投入することに対して、広い市民的合意も得られにくくなるであろうし、公営水道に多大な期待を寄せるのは禁物といえる。まあ実際のところ、そんなことまで気を回さなくても、遥か超郊外の限界住宅地まで公営水道が配備されることは未来永劫ないと思うが。

 であるから現実論として限界ニュータウンでの土地選びでは、①か②のどちらかを選択することになるわけだが、これは僕の個人的な見解であるということを前置きしておいた上であえて書かせていただくが(同じように考える方も少なくないとは思うが)、集中井戸、集中浄化槽を構築している団地はできれば遠慮したい、というのが本音である。

 集中浄化槽、集中井戸といった共有インフラは、マンションで言う共有部と同じで、管理組合の自主的な運営によって維持されるものだ。既に多くの報道で指摘されている通り、築年数の経過したマンションでは、管理費の滞納や不足によって共有設備の維持管理が困難になっているケースが多々ある。僕自身、若い頃に千葉市某所のスラムマンションを借りて住んでいた経験があるのでこの問題は痛いほどよくわかる。そのスラムマンションは外壁も剥がれ、玄関ホールの電球すら切れたまま交換されず、ゴミ捨て場は回収不能な粗大ごみの山であった。共有部は一旦管理不全に陥ったら最後、復旧にはさらに余計な費用が掛かり事態は泥沼化する。
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共有設備を備えた住宅団地には管理規約の告知が掲示されていることが多い。(成田市ビバランド団地にて)

 そして、マンションの管理組合では、組合員同士の意見が対立して派閥が形成されてしまうケースを時折耳にするが、その揉め事の原因は、大抵が維持管理費の負担に関する、平たく言えばカネの問題である。元々居住者の増加が見込めない限界ニュータウンで、同様の問題が発生しないとは限らない。そして、おしなべてこの手の集中上下水道システムは、一般の公営水道と比較して利用料がかなり割高である(その分、地価が安く設定されていることが多い)。
 
 また、公営の設備と比較すればどうしても性能が貧弱なため、過去には、水道の水圧が弱く夜間になると水道が出なくなってしまった団地も存在したという話も耳にしたことがある。確証のある話ではないのだが、限界ニュータウンが造成された70年代は、原野商法に代表される不誠実な仲介業者が跋扈した時代でもあり、杜撰な工事で造成された分譲地が今日でも残されていることを思えば、十分あり得る話である。

 では、①の個別井戸、個別浄化槽なら安心かと言えば、もちろんこちらにもデメリットはある。まず自己管理が大前提であるということ。井戸ポンプが故障すれば水道は使えなくなるし、修理・交換費用はもちろん自己負担だ。個別浄化槽も浄化槽法に基づいた法定点検や汲み取りが必要になり、一般的には浄化槽処理は本下水より月当たりの出費は多少高くなる。しかし何より一番重要なのは、浄化槽で処理した後の排水の処理方法だ。
 
 自宅前の道路に側溝があれば基本的にはそこへ処理済みの汚水を流し込むことになるが(ただし側溝が農業用水路に接続されている場合、近隣農家の了承を得られず浄化槽の汚水はたとえ処理済みであれ側溝に流し込めないケースもあるらしい)、限界ニュータウンの分譲地は、元々70年代に投機目的で分譲された空き地が、地価が高騰したバブル期に利用されたという歴史的背景から、宅地造成から実際に住宅建築が始まるまで10、20年以上のタイムラグを要した場所が多く、管理不全の状態が続いた分譲地ではこの側溝が土砂や落ち葉、枯れ草などで詰まって完全に使い物にならなくなっていたり、そもそも側溝自体が設置されていない分譲地もある。
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住宅建築が進まなかった宅地の側溝は砂泥や落ち葉で詰まり、再利用には復旧を要する。20170710_173654
側溝は地域住民の自主管理で維持されている場合もある。

 排水を流す側溝がない場合は、地下浸透升を設置して宅内浸透で処理するか、蒸発散装置を設置して蒸発させて処理するかのいずれかとなるが、どちらも本来は利用頻度の低い別荘地などで採用されるシステムで、恒常的な利用が続く一般の居住用住宅排水の処理方法として適切であるかどうかは疑問符が付く。浸透升は長年利用するとどうしても目詰まりを起こしてしまい、その場合新たに浸透升を設置し直す必要があり、ある程度の設置スペースが必要になる。

 もう一つの処理方法である蒸発散方式は、僕自身がこのシステムを採用した住宅を実際に目にしたことがないので伝聞でしか書けず恐縮であるが、聞けばどうやら「匂い」の問題があるという話だ。確かに蒸発散方式の排水処理システムが施工された中古住宅の物件情報には、特記事項でその旨記載されていることがよくある。わざわざ特記するということは、敬遠する人もいるということであろうか。

 側溝があればあったで、古い旧分譲地の側溝は規格が古く幅の狭いものがほとんどで、また空き地の土砂が流れ込みやすいことから、定期的な清掃が必要となる。ちなみに僕の住む分譲地では住民が二班に分かれて、各班それぞれ月に一度側溝の清掃を行っている。手間の掛かる話ではあるが、住民同士が協力して地域の維持管理をすることは大事なことだと考えている。


 と言うことで、生活排水の処理にはどの方式であれ一長一短あるのが限界ニュータウンの実情で、まことに頭の痛い話であるが、一つ確実に言えることは、これからの時代、超郊外での暮らしには何より住民自身の管理意識が明暗を分ける、ということだ。であるから、どうせ行政サービスの期待できない限界ニュータウンに暮らすのなら、個別井戸、個別浄化槽で自主管理というのが、結局自分自身のみの問題で収めることもできるし、一番「らしい」のではないかと僕は思う。