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 このブログで紹介している団地は開発時期が古いので、あまり凝った名付けがされているものはないのだが、近年開発された新しい住宅団地は、マンションの名前同様、妙に凝っているものが多い。

 ○○ニュータウン、などという名前はもはや時代遅れなのか、なんとかの丘とかなんとかの里とか、ナントカパークなど、まあ人によって受け止め方は違うだろうから多くは語りたくないけど、ちょっと大仰過ぎるような団地名もなくはない。

 元々は開発業者が名付けているのだろうが、それを自治会名として名乗る分には部外者がとやかく言う筋合いもない。しかし困ってしまうのは、行政も一役買っているような大型分譲地の場合、旧来の大字や字が廃止され、まったく異なる印象の、聞こえのいい地名に変更されてしまうことがあることだ。

 一部の地理学者はこうした地名変更の流れに猛然と反発しており、地名を名指しして批判する著作を発表しているが、確かに地名というものは本来は年月を経ても変わりにくいはずのものであり、その地域の特色を後世に伝える役目も果たしている。先の東日本大震災においても、被災地に多くの災害地名が見られたことが指摘されている。それを一部の開発業者や役人の思い付きでイメージだけを優先し、先人が託した想いも無視して訳のわからない脳天気な地名に変えてしまうのは考えものであろう。実際、地名の変更には厳格な規制(ほとんど変更は無理)を設けている国もある。
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 さて本題に入り、今回紹介するのは、圏央道の山武成東インターのすぐ近くに立地する、山武市森の「湘南台団地」である。一目瞭然で引用元がわかってしまう、言わずもがなの借用地名なのだが、海岸までは10㎞以上あり全然湘南的な雰囲気もない上、そもそも神奈川の湘南自体、中国からの借用地名であり、つまりここは借用の借用、悪く言えば孫パクリだ。ただしこれは自治会名であり、住所はあくまで「山武市森」である(だったらとやかく言わないんじゃなかったのか)。
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画像が暗くて恐縮だが、高速インターのすぐ近くに立地する湘南台団地。
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団地周辺は谷津田が広がる田園地帯だ。

 団地周辺は谷津田が大きく広がる地帯で、作田川の流域に近い。総武本線の沿線上でもあり、ちょうど日向駅と成東駅の中間辺りに位置する。区画数は200~300程度でそこまで小規模でもなく、山武ではよくある分譲地の1つであるが、成東の市街地からもそれほど遠くないためか、空地はかなり目立つものの、それなりに家屋は建てられている。また、谷津田を挟んで南側にも、分譲地が展開されている。
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空き地も多いがインターの近くというのが強みか、居住者は少なくない。
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南側にも別の分譲地がある。
 
 一見するとどうということのない普通(?)の限界ニュータウンであるのだが、しかし団地内を歩いていて一つの疑念が沸く。団地は田んぼとは多少の高低差は設けられているものの、団地の周囲は鬱蒼とした森林を擁した小高い丘に囲まれており、巨大な擁壁がそびえている一画もある。明らかに周囲より低地に形成されている団地なのだが、団地名は前述の通り湘南「台」団地。はて、ここは果たして台地と呼べるような地形なのだろうか。
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団地の隅にそびえる巨大な擁壁。

 まあ結論から言ってしまえば、これはニュータウンあるあるネタの1つで、実際の土地の形状など関係なくただイメージだけを先行して名付けられた分譲地は日本中至るところで見掛けるのであるが、せっかくなので今日は、国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスを利用して、この湘南台団地における宅地造成の変遷を見ていくことにしよう。

(以下、航空写真および地図の画像はすべて国土地理院の地図・空中写真のダウンロードサービスを利用して、一部加工を施したうえ引用しております)


湘南台団地地理院地図
 上の地図は、湘南台団地周辺の地理院地図である。赤線の枠内にある住宅街の、北側の大きな分譲地が湘南台団地だ。よく見ると、団地の左側に「高浪」の文字が見える。これは字であり、今日でも湘南台団地の地番の表記は「山武市森字高浪○○番地」となる。

 しかし「高浪」とは何とも不穏な印象を与える字である。山武市は東日本大震災における千葉県内の津波の被災地の1つであるが、それは海岸近くのエリアの話で、津波が海岸から離れたこのエリアまで押し寄せた訳ではない。

 今日では住所を記載する際、公文書を除き小字の表記は省略されることが多く、土着の住民以外は小字を意識する機会は少ない。実際、今回の記事を書くに当たって、森近辺の字について山武市役所に問い合わせた際、当初対応した職員は小字を伝えてもその場所が特定できなかった。海も遠いこの地で、日常でこの字が意識される機会は多くないのかもしれない。

 しかし何事もなかった土地に、高浪などというストレートな字を付けるものなのだろうか。ちなみに枠線に隠れて見にくいが、左下の「古内」も字であり、「ふるうち」と読む。これが「こない」と読むのであれば疑念は更に深まるところであるが、別に地名学の勉強をしているわけではないので話を進めよう。

湘南台団地1970
 こちらの写真は1970年に撮影された湘南台団地付近の上空写真だ。すでに周囲にはゴルフ場が造成されていることが確認できるが、赤枠内、現在の団地付近はまだ緑の深い丘陵部であり宅地はまったく見当たらず、よく見ると丘陵部の中にも畑が切り開かれている。

湘南台団地1975
 その5年後、1975年の上空写真。湘南台団地の造成工事が行われている途上が撮影されている。木々は倒され、土砂を削り出している様子が伺える。

湘南台団地1983
 8年後の1983年の上空写真。丘陵部はすっかり削り出され、平坦な宅地が完成しているが、千葉の限界ニュータウンのセオリー通り、住宅建設は何も進んでいない。団地の南側もまだ田んぼのままで、家屋は見当たらない。

湘南台団地2010
 時は経過し、こちらが2010年撮影の上空写真。その間の上空写真がないので一気に年代が飛んでしまうが、ご覧の通り圏央道も開通し、団地には多数の家屋が建てられ、いつの間にか南側の田んぼも宅地に変わっている。よく見れば周囲には他にも、田んぼがそのまま宅地に変わっている場所がちらほら見受けられる。

 これらの上空写真から分かることは、かつて古の先人が、何かの理由で「高浪」と名付けた地域の丘陵は、宅地造成の過程で切り崩され、田んぼとほとんど同じ高さの低地の分譲地となり、一方でなぜか名前だけは台地の上の住宅地とされ、古い字は人々の記憶からゆっくりと消えていく、ということだ。これが、70年代に全国で行われた宅地開発の典型である。

 個人的には、安易な借用地名でイメージチェンジを図るのではなく、潔く「高浪団地」とすべきではなかったかと思わなくもない。

 
 と言うことで、湘南台団地を槍玉に挙げて宅地造成の過程を簡単に見てきたが、とりあえず国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスは誰でも無料で利用できるので、使ったことがない方は、あなたの住む町の過去の上空写真を見てみるのもよいかもしれない。出典を明示すれば引用も可能で、戦後、米軍が撮影したものから今日のものまで、全国各地、多数の上空写真が提供されている。