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 田舎へ移住した失敗例としてよく挙げられるのが、近所付き合いの濃密さに馴染めないことである。確かに一般的に都市部と比較して農村においての人間関係は狭いコミュニティの中で繰り広げられるものであり、それも数百年も続くような古いコミュニティの場合、時にはあまりにも非合理的な因習が蔓延っていて、それが移住者に疎外感を与えるだけでなく、元々の出身者にも息苦しさを与えて人口が流出してしまっているケースもある。

 では、周囲を農地に囲まれた限界分譲地の場合はどうか。これは場所にもよると思うが、たとえば僕の住む八街市の町会は、少なくとも農村の因習が地域に渦巻いているということはまったくない。むしろ行政としては、古くから農業を営む旧来の住民と、近年開発された分譲地の住民との間の交流が乏しいことを問題のひとつとして挙げており、実際、僕自身も地域の農家さんと交流する機会がなにもない。

 我が家が加入している町内会の加入率は50%程度で、町内にアパートは数えるほどしかない戸建メインの地域としては相当に低い方であると思われる。理由は、僕の家の近所は売家が多く、安いものはしばしば貸家として転用されるので、戸建中心の住宅街としては住民の流出入が頻繁に起こるためだ。自宅のある分譲地は戸数20戸程度の小規模な分譲地であるが、僕が知る限りここだけで貸家が4戸、貸家が売家となり買い手がついたものが1戸と、かなりの割合であり、正確な数は解らないが、世帯数1100世帯のこの町内には相当な数の貸家があると思われる。
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 こんな状態なので、地域の因習など根付くはずもなく、むしろ今となっては、いまだ町内に広大な畑を所有する旧来の農家の方が数の上では少数派となってしまっている。しかもこの地域は戦後になって広く開墾された地域で歴史が浅いため町内に寺社がなく、氏子や檀家の繋がりもないので尚更だ。

 ただ、八街市南部の、分譲地が所々に点在している程度の町会では、まだまだ農家の方が多数派で、この地域のゴミ集積所には「町会未加入の方の利用禁止」なんて書かれていたりもするので、それなりに田舎的ではあろう。

 と言うことで、そこの町会が田舎的体質であるかどうかは、町会の世帯数に占める分譲住宅の割合で何となく推し量れると思う。限界ニュータウンであろうと、元々そこに地縁のない人達が新しく住み着いていることには変わりなく、要は旧来の住民と新規の住民のどちらが多数派であるかということであって、分譲地の多い地域は、基本的には一般の郊外住宅地と大差はないはずだ。我が家のある町会が全体で行う行事は、夏の盆踊りと年末の餅つきしかなく、あくまで主役は子供であって、別に参加しなくても波風ひとつ立たない。

 もちろん、郊外住宅地や新しいミニ分譲地においても、町内会とはまた別の近所付き合いというものはつきまとうものであり、それは時に煩わしい関係となるリスクを孕んでいるのは八街も同様だ。ただ、よく同年代の世帯が一斉に入居した住宅地において、ママ友同士の確執が面白おかしく語られたりするが、うちの近所を見る限り、もはやそんな問題も起こり得ない状況に陥っている。先にも書いたように、住民の流出入が多すぎるためだ。20171213_144724
 八街は、そもそも人口が急増したバブル期当初から、周辺地域と比較して安価で戸建が買える町として分譲が展開されてきた。その中には、本来ならば高額の住宅ローンの支払いを継続できる経済力のなかった人も大勢おり、一時は競売物件数が全国1位になるほど市内で住宅の差し押さえが多く発生し、また交通の便の悪さや砂嵐の激しさなどから住宅を手放す人も多く、今日においても八街は近隣市町村と比較して、人口規模の割には売家の数が多い。そして地価も安いため貸家の転用も自然と多くなる。僕の住む家も、築後26年の間に2度も差し押さえが行われている文字通りの事故物件だ。

 安価な中古物件、特に貸家の場合は、当初にそこで住宅を購入した世帯よりも若い年代の世帯が移入するのが一般的で、そうなると1つの分譲地に、異なる世代の世帯が混在することになり、八街はここ20年以上、市内全域でそうした住民の混住が発生してきた。そのため八街では、それでなくとも小規模開発の宅地が多いことも加わり、局地的に高齢化した住宅地が少ない。これは別に八街固有の現象でもなく、スプロール化現象の著しい都市ほど混住が進み、高齢化問題が発生しにくいというのは一般的にも認知されている。だから、僕は分かりやすい言葉として「限界○○」という表現をよく使うが、「限界集落」という言葉の本来の意味は高齢化率が著しく高い集落のことであって、それと八街の分譲地は少し状況が異なるのだ。

 考えてみれば、ある新興住宅地の住民の高齢化が進んでいるということは、見方を変えれば、そこは住環境も良く住民の経済基盤も安定していて、世帯の移動が少ない落ち着いた町とも言えるのだ。八街の分譲地みたいに、微妙な立地に微妙なローンを組んだ人が多く集まった分譲地ほど人の流動性が高いというのは何とも皮肉な話である。高齢化を食い止める手段がスプロールというのでは、一体どちらが街としてあるべき姿なのかわからなくなってしまう。20170714_065619
 ただ、郊外全般で地価の下落が起こっている今日であるが、八街の場合は特に、それこそ変な奴にブログのネタにされてしまうほど中古物件の価格が暴落しているため、かつてバブル期に超が付くほど高値掴みをしてしまった人の中には、近年、バーゲン価格で住宅をゲットした新住民に対して複雑な感情を抱いていることもあるらしい。ちなみに現在、八街市内の新築建売住宅は1400万程度からあり、2000万出せば宅地面積は100坪前後の広さになる(駅や商業エリア近くだと少し宅地は狭くなる)。宅地や中古物件市場の惨状はすでにこのブログで書いた通りであるが、こんな八街でもバブル期は宅地面積40坪弱の土地にギリギリ建てられた住宅が3000万~4000万程度の価格だったそうである。これでは確かに「時代の流れ」として自分を納得させることが出来ない人がいてもおかしくない。

 であるので、普通の田舎と違って、よそ者でもあまり気兼ねなく住み着くことができるのが八街の限界ニュータウンのメリットの1つとも言えるが、あまりその安さを声高に言い回るのは避けた方がよいかもしれない。それに恐らく、何も言わなくとも、その地価の安さに惹かれて越してきたということは、近所の方も分かっているはずだ。それと、これはあまり言いたくないことだけど、地価が安いということは、ほとんどの住民は普通の方だが、中には、うーん、と首を傾げたくなる変わった人も、確かにいなくもないし、こうして色々分譲地を見て回ってると、どう見てもまともじゃないコンディションの家屋もまれに見る。まあ僕自身も、人のことをとやかく言えた立場じゃないけどね。