光が丘タウン (4)
 光が丘タウンは、八街駅から国道409号線を南下することおよそ4㎞。総区画数200~300程度の、市内では中規模程度の分譲地である。ここは集中井戸、集中浄化槽を備えた分譲地で、僕は八街で貸家を探す際、ここの団地の貸家も紹介されたのだが、家賃の他に、共有設備の使用料を含めた管理費が別途月1万円掛かると言われて、辞退したことがある。

 浄化槽は個別浄化槽でもそれなりに管理費や汲み取り代は必要になるが、井戸がデフォであり、公営水道も地下水の汲み上げで賄っている八街でこの管理費は個人的にはちょっと受け入れられなかった。しかしながら、街路の幅員には余裕があるためか、空き地もそれなりにあるものの、新築に近い家屋も目に付き、荒んだ印象はない。ここに至るまでの道のりを見てしまえば確かにこの団地も「限界ニュータウン」的ではあるのだが、画像を見てもお分かりの通り、団地内はいたって普通の住宅街だ。
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駅からは遠いが、宅地としての規格が一定レベルの水準にあるため、今でも住宅建築が進む光が丘タウン。

 団地の中央には小高い丘があり、その丘の上に児童遊園があるが、実はこれは住宅造成が行われるはるか昔から存在した「小間子牧野馬捕込跡(おまごまきのまとりこめあと)」というれっきとした史跡だ。八街の大地が開拓される前の江戸時代、この辺りは「小間子牧」と呼ばれた幕府直轄の野馬の放牧地で、この捕込跡に野馬を追い込み、軍用馬や農耕馬として取引するために設けられた土手である。
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団地の中心部に江戸時代の史跡が残る。

 捕込跡の入口には八街市教育委員会が設置した史跡案内の看板があり「この捕込跡は、地権者や地元の人たちが、長い間守り続けてきた貴重な文化財です。土手に上ると遺跡が壊れてしまいますので、土手には絶対に立ち入らないでください」との注意書きが添えられているが、だったら何故そんな貴重な文化財の周囲を分譲住宅地にして、更にその内部に遊具まで設置してしまったのか。八街の住宅開発のデタラメぶりは今更この程度で驚くほどのレベルでもないが、せめて周辺も、実際に野馬が追い込まれる情景を思い起こせるような景観を保全すべきであった。今、光が丘タウンを歩いていても、そこに野馬が駆け回る情景に思いを馳せるのは難しい。

 ただ、一口に史跡といっても、千葉には元々古墳や貝塚も多く、高度成長期における首都圏への人口流入の勢いは、その全てを保存していられる状況でもなかったので、既に開発も行われてしまった以上、子供たちがこの公園で遊ぶことによって、どこかで地域史に関心を持つ機会になれば、それはそれで良いことなのかもしれない。
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教育委員会が設置した解説板。
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土手の中に遊具が設置され、周囲を家屋に囲まれ、もはや当時の面影を伝えるものはない。

 さて光が丘タウン自体は別段どうということのない住宅街なので紹介はこの程度にとどめておくとして、今回の主題となる分譲地は、そんな光が丘タウンに隣接している小さな分譲地である。分譲地自体は光が丘タウンの街路に面しているが、そこの一角だけは舗装すらされておらず排水路も見当たらず、明らかに別の時期に造成された別の分譲地であることがわかる(国土地理院の航空写真を見る限り、造成時期は光が丘タウンより古い)。分譲地内は、北総ではおなじみの草刈り業者「ニチエイ建設(日栄不動産)」「千葉緑化管理」「両総管理」の3社の看板が立ち並んでいる。しかし家屋は1棟しかなく、しかも空き家だ。他はすべて更地である。
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光が丘タウンの街路からの進入口。
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比較的高水準な光が丘タウンの街路に対し、こちらはただ重機で押し広げただけの未舗装の街路だ。

 ここの土地の一画は現在でも日栄不動産のサイトで販売が続けられていて、2018年2月現在、46坪の更地が45万円で販売されている。坪単価9500円。これが売出価格であるとなると実勢価格はもう少し安くなるはず。前面道路が未舗装であることを差し引いても、八街の分譲地としてはどうも安い。この坪単価は松尾や横芝光の海岸方面、八街よりもさらに都心から離れたエリアの水準だ。だがよく見ると、物件情報には「建築不可ですので、家庭菜園・資材置き場に適しています」との一文がある。

 重箱の隅をつつく様な物言いになってしまうが、その土地が家庭菜園や資材置き場に適しているかどうかは、建築確認が下りるかどうかなど一切関係ないどころか、どんな利用法でも建築確認が下りるに越したことはない筈で、売却依頼を受けてしまった日栄不動産の担当者の苦悩が滲み出るような一文だ。ちなみに北総の不動産市場において、「家庭菜園」と「資材置き場」は、この手の格安土地を取り扱う仲介業者が、限りなく資産価値が低くて活用方法が皆無に近い土地の広告を出す時に切り札として使える非常に便利な単語であり、この2つの活用方法も取れないような土地(山林など)は、「秘密の場所に」などと、いよいよ苦し紛れな思い付き感が隠せなくなってくる。
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実際に家庭菜園や資材置き場として活用されている区画は今のところない。
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家庭菜園よりも、不法投棄に適しているようで、分譲地内はゴミが目立つ。

 そんな無駄話はいいとして、しかし建築不可とはどういうことなのか。分譲地は区画によって土留めされていたり整地されていたり、あるいは雑草で覆われていたりと状況はバラバラで、区画割りされていることは一目で分かる。実は北総には、ここに限らず、一見すると他の分譲地と変わらないような簡素な造成工事が行われているにもかかわらず、建築許可が下りない分譲地と言うのは各所にあり別段珍しいものでもない。中には古い家屋が建てられているものの、現在では再建築不可となっている中古住宅も見る。再建築不可物件は都市部の古い裏路地や市街化調整区域内だけの話ではない。
光が丘タウン建築不可
日栄不動産の物件広告。建築不可と明記されている。(不動産物件サイト「不動産☆連合隊」より転載)
光が丘タウン (22)
看板の立つ区画が問題の売地。分譲された形跡はあるが、建築不可であるとのこと。
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奥に見える白い家屋はこの分譲地唯一の建築物だが空家だ。

 都市計画区域に指定されているものの線引きがされていない八街のような未線引き自治体において建築許可が下りない理由は、要はこの分譲地の街路が建築基準法上の道路として認められていないということで、場合によっては一見すると街路だが実は単一の所有者のもので、各区画の所有者の共有持分として登記されておらずそもそも街路としての機能を果たしていないこともあるが、僕自身も、この手の法知識に関してはブログ上で人様に披露できるほど通じているわけではないので、この分譲地の街路について簡単にお話を伺うために、八街市役所の都市計画課に赴いてみた。

 住宅建築の確認申請を行った方なら目にした方もいらっしゃると思うが、都市計画課は、既に建築基準法の道路をペンで種別ごとに色分けしたゼンリンの住宅地図を用意していて話は早かった。この分譲地の街路は何も色付けされておらず、建築基準法の道路として認められていない。「道路の形状をしていても、必ずしもそれが道路として認められているわけではないのです」と職員の方は言っていたが、そこで、建築基準法の道路として認められない理由にはどんなものがありますか? と聞いてみたところ、職員の方の回答は、開口一番「違反造成です」であった。なるほどいかにも八街的な明快な回答である。
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建築基準法の道路として認められていない分譲地の街路。分譲地の利用方法の根幹を揺るがす、これ以上あり得ないくらいの瑕疵と言える。

 しかし前述のようにこの分譲地には1棟、空き家であるが家屋が残されている。都市計画課の職員の方は「それはおそらく建築確認を取らずに建てられた家であると思います」とサラッと言っていたが、建築確認申請とはそんな杜撰な制度なのだろうか。建物は一見しただけでバブル期ごろの建築と分かるものだが、総二階の単純な構造で、建売住宅には見えない(建売住宅は見てくれを重視して複雑な構造をしていることが多い)。僕はその時代は子供だったのでよく知らないのだが、どうもバブル期は注文住宅でも確認申請も取らないまま未接道の敷地に建築されてしまうことは少なくなかったらしい。そこで、この家屋はどのような経緯で建築され、現在は誰が所有しているのか、登記情報を見てみることにした。
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未接道の土地に建てられている空き家。

 登記情報によれば、この家屋は1988年、県内のある男性が池袋の信販会社より1600万円を借入して建築した家屋で、2005年に、おそらくその方の奥様と思われる女性に相続されている。その女性も既に八街から転出し、2011年、県内の建設会社に売却されているが、2016年4月5日付で、千葉西税務署に差し押さえされていることが判明してしまった。

 いや、俺は単にこの空き家の所有者や築年月が知りたかっただけで、別に差押とか、そっちの方まで話を広げるつもりはないんだけど…。八街はかつて、競売物件数が全国一位になるという不名誉な経歴があるが、たまたま目についた空き家の登記情報を取っただけで差し押さえ物件を発見してしまうところに、八街が抱える深い闇を垣間見た気がする。
光が丘タウン違反建築
空き家の登記情報の一部。差押中であった。

 僕は八街の物件は、通常の不動産業者の広告だけでなく、市の空き家バンクから、競売物件や公売物件まですべてくまなくチェックしてきているつもりだが、今のところこの家屋が公売に出されていた記憶はない。何にせよ、再建築不可物件であることはほぼ間違いない筈なので、おそらく相当安値の基準価格が設定されることであろう。しかし、新築当時は、一般の土地に建てられた家屋と変わらない費用がかけられているわけで、これはとんでもないババを引かされてしまっていると言わざるを得ない。

 今の時代、建築不可の土地であることを隠して販売するなど、よほど悪質な業者でもない限りやらないとは思うが(この手の分譲地に、そんなリスクを背負ってまで売るほどの価値はない)、北総の分譲地には、もはや原野に戻す以外に使い道のない分譲地もあるので、一応そんな土地もあるのだということは頭の片隅に置いておきたい。

 しかし、建築可能な宅地でも既に投げ売り状態にあるこの北総で、建築不可の分譲地など、果たしていくらで売れるというのだろうか。それこそ携帯電話みたいに「今この土地の所有権を移転登記していただいた方は、2年分の固定資産税を旧所有者が負担します!」なんてキャンペーンでもやらなければ、もはや引き取り手は現れないのではないのかと思う。いや、やっても厳しいかもな。

 一つの案として、もしこの分譲地のすべての区画を行政や第三者が一旦収用ないし買収して一筆の土地に戻すことが可能であれば、建築基準法の道路に接道した広い土地になるはずなので、こうした無意味な分筆を解消できる法整備が、これからの時代は望まれるのではないだろうか。まあ、日本の住宅事情の先行きを考えたら、この分譲地はそのまま山林化するのが一番良いのかもしれないが。
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管理不全を助長させるだけの、何の生産性もない無意味な分筆など、すべて白紙に戻してしまうべきだ。



光が丘タウンと建築不可の分譲地へのアクセス



八街市八街へ
・東関東自動車道佐倉インターより車で20分
・千葉東金道路山田インターより車で11分
・総武本線八街駅より八街市ふれあいバス「南コース」 「光ヶ丘入口」バス停下車 徒歩2分
・総武本線八街駅より九十九里鉄道バス「八街線」  「笹引」バス停下車 徒歩3分