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 北総、と言うより千葉の田舎は、幹線道路や高速道路のインターチェンジ付近にラブホテルをよく見かける。僕はラブホテルの業界事情には詳しくないのだが、自治体やエリアによってその頒布状況にはばらつきがある。例えば僕が暮らす八街市は、市街地から遠く離れた市南部エリア、東金市との市境辺りに数件のラブホテルが存在し、市境を超えた東金側も似たような状況であるのに対し、同じく隣接自治体である山武市にはラブホテルが存在しない(今のところ見たことがない)。ラブホテルは新規開業の許認可が難しいという話は聞いたことがあるので、もしかしたらホテルを見かけない町は規制が厳格なのかもしれない。

 いずれにせよ北総のラブホテルは、周囲に民家がほとんどない農村や工業地帯、山林の中にポツンと位置するものがほとんどである。僕は別にラブホテルという業種そのものについてこの場でとやかく言うつもりはまったくないし別段毛嫌いするものでもないが、やはりダイレクトに性行為を連想させる施設であることは疑いなく、周辺住民の反発も強いことは容易に想像できるし、人によっては入室するのに後ろめたさや気恥ずかしさもあるであろうから、この手のホテルは幹線道路に案内看板を立てて利用者を誘導し、人目を避けた立地に建てられていることが通常だ。仮に民家があったとしても、それは元々古くからそこに住んでいた農家のものである。

 さて八街市内にもそんなラブホテルが数件存在し、しかも例によって地価が安いため、中古住宅同様、その利用料は都市部から見るとかなり安い。場合によっては余計疲れる「休憩」であれば2~3時間で2000円~4000円程度の料金で、泊りでも5000円以下からある。設備はピンキリだが都内のラブホテルのような狭苦しさはない。そんな八街市内で、市街地にもよく看板を出している「ホテル1980」というホテルがある。

 このホテル、別に宣伝するわけではないが、その名前からも分かるように最も安い部屋の休憩が4時間1980円から利用可能とのことで、どなた様でもご利用いただける大変お値打ちな価格でお部屋をご提供しております。車庫から直接入室できる所謂「モーテル」であり、しかも看板に「お一人様・ビジネス利用も可」とある。お一人様も何も、そもそもラブホテルというものはカップルで利用するだけでなく、男が一人で入ってデリヘル嬢を呼び出す利用法もごく一般的で(この辺のラブホテルの近くには大抵電柱にデリヘルのビラが張り巡らされている)、どこのホテルも男一人で入室しても何も言われないと思うが、ここはビジネスユースも歓迎している。

 実は現在、八街は古くから駅近くで営業していたビジネスホテルが閉館してしまい、とてもじゃないが気軽に利用できない宿泊費のペットホテルやゴルフ場のホテルを除き、市内には路地裏に小さな旅館が一軒あるのみで、気軽に飛び込みで利用できる宿泊施設がほとんどない。八街は観光地でもないし企業も少ないので、ホテルの需要も限られるとは思うが、現状はこの手の連れ込み宿もビジネスホテルとして代用されている状況がある。

 ただそんなことよりこの「ホテル1980」、その看板がほかのラブホテルと違い、農村部ではなく市街地でよく見かけ、中には住宅街の路地裏に出されているものもある。場所は八街市東吉田。以前紹介した「イーストブルータウン八街」という空き地だらけの分譲地のすぐ近く。東吉田はまだ農地も多く残るもののかなり宅地の造成が進んでおり、家屋も多い。このラブホテルはそんな住宅街に立地するようだ。
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画像中央左の赤い看板の建物が、分譲地の一画に位置する「ホテル1980」。
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街路奥左側がホテルの進入口。当然のように分譲地の中にある。
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ホテル1980。

 看板の案内に沿って進むと、なるほど確かにそのホテルは分譲地の中にある。それも隣接なんていうレベルではなく、まるっきり分譲地の中、あたかも地域のコミュニティセンターであるかの如くシレッと収まっている。どういうことなのか。結論を先に言ってしまうと、実はこの分譲地は、八街の多くの分譲地と同様、70年代に造成されて土地の分譲が行われたもののしばらく建築が進まなかったところへ、まずこのホテルの建物(開業当時は「ホテル三幸」という名前)」が進出し、その後バブルの時代に入って、周辺の分譲地に家屋の建築が進んでいったという複雑な経過をたどっている。
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1983年のホテル三幸(当時)の上空写真。赤枠内が分譲地、矢印がホテルで、周囲に民家はほとんどない(国土地理院航空写真より一部加工の上引用)。
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1988年発行のゼンリン住宅地図より。八街に住宅建設ラッシュの波が押し寄せる時期には、既にホテルは開業していた。

 うーん…しかし…。1981年生まれの僕はバブルの時期はまだ子供であり、しかもこの頃僕の家族は住宅開発とは一切無縁な山村の古い集落で暮らしていたので、僕は当時の住宅建設ラッシュの熱気をこの目で見て感じたわけではなく、その感覚は分かりにくい。しかし私事になるが、僕が暮らしたその山村にもやはり近くにラブホテルがあり、そこの家には僕と同い年の女の子がいて、ともに他所からの移住者同士ということで僕の親とその家の両親に交流があった。幼いころはその子と遊んだ記憶もあるが、しかしやはり家業が家業だけにその家はあまり地域の集まりに参加することはなく、小学校までは同じ公立小学校であったが、中学になると、ご両親は学校でそれを理由にいじめられるのを心配し、その子は遠い別の私立中学校へ進学してしまった。

 ことほど左様にラブホテルというものは周辺地域と微妙な距離感を生み出してしまうものであり、それをわざわざラブホテルに近接して住宅建設を進めるというのは、やはりどうにも理解しにくい現象だ。当時はそれほど土地不足だったのか、と一瞬考えたくなるが、これまでこのブログで紹介してきたように北総には今なお家屋が建たない未利用宅地が星の数ほどあり、わざわざこの立地を選ぶ理由は、価格が他より更に安かった、ということ以外に考えられない。
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ホテルを取り囲むように住宅が並ぶ。
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隣接する家屋からはホテルの敷地内まで丸見えだ。

 別に住民が気にしないのであれば、こんな場末のブログで僕にとやかく言われる筋合いもないのだろうが、しかしどう考えてもこの立地は、住宅の資産性から見ても、またホテル側の営業面から見ても、互いにデメリットにしかならないのではないか。住宅の窓からはホテルへ進入する車両が丸見えであり、プライバシーもへったくれもなく明らかに利用者に余計な心理的負担を与えるだけでなく、分譲地の住環境面においても、ラブホテルが子供の教育に与える影響を云々する以前に、不特定多数の車両が住宅地の街路奥まで入り込んでくること自体、大きなマイナス要素である。

 利用が進まなかった分譲地がホテル用地として転用されるところまではまああり得る話だが、そこが住宅地として活用されてしまう点こそ、八街の野放図な都市計画の真髄があると言える。以前、墓地の隣に建築され十数年間売れ残っている建売住宅を紹介したが、どうもこの時代の八街は、住宅開発が過熱しすぎて頭に血が上ったのか、このような、自ら資産価値を下げていくスタイルと言うか、火中の栗を鷲掴みしたような物件をチラホラ見かける。

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ホテル周辺に残された空き地。

 ホテル周辺の分譲地は、今でも多数の空地が残る。既に北総の限界分譲地の地価は、利便性ではなく、売主の往生際で相場が左右される状況にある中、ここの空地はかなり不利な状況に置かれていると言える。ホテル開業後に建築された家屋の所有者は、ある意味自己責任の話になるが、当初の分譲地を購入した方は、ただ不運であったと言うほかない。北総の未線引き自治体の分譲地には、やはり時限爆弾が眠っているものもあるようだ。ラブホテルでなくとも、北総には、リサイクル工場や解体工場に隣接した分譲地もあるので、都市部に近い未線引き自治体とはえてしてこのような事態が起こり得るものだということは忘れないようにしたい。



ラブホテルを取り囲む分譲地へのアクセス 



八街市東吉田
・東関東自動車道佐倉インターより車で17分
・総武本線八街駅よりちばフラワーバス「八街循環線」 「稲荷神社」バス停下車 徒歩12分
・総武本線八街駅より八街市ふれあいバス「西コース」 「北富士見」バス停下車 徒歩15分