多古町中心部 (1)
 香取郡の多古町は、成田空港の東側にある、人口およそ15000人の小規模な自治体だ。町域は広く、千葉県内の町村では2位の広さを誇る。千葉は稲作が盛んだが、東北産に比べると千葉産の米は、茨城産と同様、関東ではスーパーなどにおける安売り米というイメージが強い中、多古町は皇室への献上米としての「多古米」(コシヒカリ)のブランド化に成功している。

 成田空港も近いので、空港やその周辺の会社へ勤務する町民も多いが、多古町には鉄道駅がない。京成の東成田駅から芝山鉄道が開通し、最寄り駅が成田空港駅から芝山千代田駅となったものの、多古中心部から徒歩や自転車で気軽に利用できる距離ではないことに変わりはなく、元々実現性が疑問視される芝山鉄道の延伸計画にも多古町は含まれていない。町の規模から考えても今日では鉄道駅の新設はほぼ絶望的な状況にある。
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成田空港第2ターミナルの13番バス乗場。千葉交通の空港シャトルバス多古線はここから発着する。

 そのため、多古町は昔も今も公共交通としてバスが重要な位置を占めている。もちろん、多くの地方都市同様、自家用車が普及した昨今ではその利用率も減少し、沿線自治体が運行経費を補填するなど厳しい状況に置かれているものの、町内には今もジェイアールバス関東と千葉交通の、2つの路線バス会社の営業所が存在し、町営のコミュニティバスも運行されている。ただでさえ不便な総武本線にアクセスする路線バスは、空港や都心方面とは真逆の方角に向かう横芝駅や八日市場駅行きのみだが、空港行きの路線バスはそれなりの本数が確保されている。
多古町中心部 (4)
多古町中心部 (3)
今なお昭和的な雰囲気を色濃く残す多古町の旧市街。
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旧市街にはジェイアールバス関東、千葉交通の路線バスの他に、町営のコミュニティバスも乗り入れる。多古町はバスの町だ。

 さて、そんな多古町では現在、旧市街地からほど近い高台の上に「マストシティ多古アトリエヒルズ(多古台)」という名の住宅団地の建設事業が行われている。『広報たこ』2013年2月号によれば、事業の計画自体は70年代から存在していたようだが、当初の開発業者が事業の継続を中止してしまい、造成もされないままの未利用地として長く放置された状態が続いていた。その後2006年になって、町当局が開発業者から土地を譲渡され、事業再開に向けていくつもの別の開発業者に打診してみたものの、当初はその交通の便の悪さから事業者の参入には難航したようだが、空港行きのバス便が増便されたことが幸いしてか最終的に積和不動産と土地譲渡契約を締結し、民間業者によって住宅団地開発が再開されたものである。

(参考資料:『広報たこ』2013年2月号 https://www.town.tako.chiba.jp/news_php/img/1302_p0809web.pdf

 多古町自体の立地や、今日の日本の住宅事情を考えれば、この住宅団地の将来はけっして楽観視できるものでもないが、僕はこの「アトリエヒルズ」を限界ニュータウンとして紹介する予定はない。と言うのも、このブログで紹介する限界ニュータウンはそのほとんどが利便性のかけらも見られず、自家用車がなければ兵糧攻めに近い状況に追い込まれる立地条件なのに対し、この多古台は前述のように旧来の中心市街地から近く、団地内や周辺には複数の商業施設や病院、保育施設などもあり、そして鉄道駅を持たない多古にとって、交通の拠点として重要な「多古台バスターミナル」も併設されている。道の駅からも比較的近く、もちろん都市部のような娯楽施設は乏しいが、一定の生活利便性は確保されているためだ。
 
 また、70年代に事業が停止されたことがかえって功を奏し、多古台は現代の住宅需要の縮小に対応して住宅の建築戸数を減らし、その分現代の生活様式に即した規格の車道や歩道、共有スペースが拡充され、住宅もバブル期のように狭い敷地にすし詰めにしたような配置ではなく日照性を考慮した配置がされている。
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積和不動産によって住宅販売が進むマストシティ多古アトリエヒルズ。
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住宅団地に併設された多古台バスターミナル。

 以前、僕は東金市内で現在も住宅建設が進む「東金レイクサイドヒルズ八坂台」を槍玉にあげて、こんな大規模かつ時代錯誤な住宅開発をしているのは東金だけだと書いた。見方によってはこの多古台の住宅団地もそんな住宅団地の1つと言えなくもないが、相も変わらず利便性とは無縁な立地に、狭苦しく住宅を建ち並べる東金のそれに対し、こちらの多古台は過去の乱開発の反省を生かしてか、住環境や利便性にも考慮した開発と言うことで、好意的に見れば元々中心市街地の規模も小さい多古町における、昨今流行のコンパクトな町づくりと言えなくもない。
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自動運転バスの実現も早そうな、幅員の広い多古台の車道。

 実のところ、僕自身は個人的にはあまりお行儀の良い町と言うのは得意な性質ではないのだが、これはこれで都市機能がミニマムに集約されており、こうした町であれば、一般的に公平性を重視するあまりルートが複雑化しやすいコミュニティバスの運行も単純化しやすい。郊外型の大型スーパー前のバス停ではコミュニティバスに乗り込む買い物帰りのお年寄りの姿も見られ、現代的な郊外風景の1つだ。街路も広く直線道路が多いので、近い将来、自動運転バスの実現に向けての実証実験地としても相応しいかもしれない。ここは開発が再開されてからまだ日も浅いので、現時点でその歴史的評価を下すのは早計であろう。だが、こうした一見華やかな再開発の事業の裏側では、よく知られる地方都市のシャッター商店街のように、人知れずその存在意義が薄れていく地域が発生するということは忘れてはならない。

 
 五宝つつじヶ丘住宅は、そんな明るい日差しが降り注ぐ多古の中心部から、狭苦しく曲がりくねった県道を北西におよそ7㎞。県道を車である程度のスピードを出していたら、その看板に気づいた時にはもはやとても曲がり切れない、自動運転バスも見落としそうな非常にわかりにくい横丁の先にある。もはや成田空港の方が近い、町域のはずれにある住宅街だ。

 ちなみに団地の案内看板は、多古の市街地ではなく、成田空港方面に向けても掲げられており、成田からこの分譲地に向かう分には進入路はわかりやすい。このことからもお分かりの通り、ここも70年代、空港の開港を見越して開発された分譲地の1つだが、多古台の分譲地が70年代の時点で事業が凍結されたことが、結果的には吉と出たのに対し、こちらは開発が決行されてしまったばかりに、当時の住宅難の時代の名残をそのまま21世紀の今日まで伝えてしまっている。
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多古中心部ではなく、成田空港方面に見やすいように掲げられた住宅団地の案内看板。中心部方面からは、手前の垣根に隠れて車からはほとんどわからない。
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五宝つつじヶ丘住宅の案内看板。無記名の区画が多いが、実際にはこれよりもう少し建物が多い。


 利便性とは無縁の立地、わかりにくい進入路、中途半端な造成工事の産物である統一性のない狭い街路、排水能力に劣る細いU字溝、駐車場の拡充を阻む無駄な擁壁、そして日照性に難のある狭い宅地の区画割りなど、どれをとっても70年代クオリティで、住宅の狭間に残された狭い空き地からは、終わることのないババ抜きのババの引き手を待ち続ける不在地主の慟哭が聞こえてくる。追い打ちをかけるように、団地の南側は太陽光パネルの発電基地に転用されていて、良好だったはずの南側の区画の眺望までもが、パネルが立ち並ぶ殺風景なものに変質してしまっている。常々思うのだが、家屋の南側に隣接して太陽光パネルを並べる事業者は、住民に何か恨みでもあるのだろうか。

 ちなみに団地名も、いかにも昭和な〇〇ヶ丘系ニュータウンだが、この分譲地のある地区の小字は「五辻」であるので、団地名はおそらくこの小字をもじったものではないだろうか。
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擁壁や側溝など、典型的な古い分譲地の規格であるつつじヶ丘住宅。
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団地の南側に建ち並ぶ太陽光パネル。

 団地の模様は、バブル期ごろの建築と思われる家屋の合間に空き地がポツポツと点在する、このブログではおなじみの光景で、一見するとさして特色のない限界ニュータウンに見える。時折、分譲当初からのものと思われる70年代頃の古い家屋も見受けられ、そのうちのいくつかは空き家であった。つつじヶ丘住宅のバブル期の家屋の中古物件はたまに不動産物件サイトでも目にするが、元々多古町自体、中古物件の供給数は豊富ではなく、八街や東金のように売り逃げの最終戦争は発生していないのであまり安くない(売出価格500万~600万くらい)。
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団地内に点在する空き家。

 空き家なのか留守なのか判然としない家屋もいくつかあり、空き地は空き地でモノが散乱していたり、さしたる価値もないのにご丁寧にも鉄条網で封鎖してあったりと(おそらく無断駐車対策と思われる)、全体的に風景が寒々しい。街路が狭いのに宅地との段差があるためか道路も暗いところが多く、つつじも枯れてしまいそうだ。他の空地も畑にされたり廃屋が残されていたり、駐車場になったり笹薮が茂っていたりと、全く何の統一性もない。

 どんな商品でも、古くて性能の悪いものは敬遠され、やがて忘れられていく運命にある今の時代だが、わが国では不動産もれっきとした「商品」であるのだと実感せざるを得ない。ただ日用品や自動車などは、その性能の悪い古い商品をあえて好むマニアもおり、不動産市場においても、一部には築100年以上の古民家をこよなく愛する方もいるが、残念ながら現状では、こうした古い分譲地が積極的に注目される兆しはまったく表れていない。
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なおも領有権を主張されている空き地。
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空地の利用方法に何の統一性もなく、住環境の破壊が進む。

 メディアで扱われる「限界ニュータウン」はいつも、多摩ニュータウンのような、北総とは比較にならぬ人口規模の郊外団地ばかりだ。もちろん、多摩ニュータウンには多摩ニュータウンで問題を多く抱えているのは承知しているが、ああした団地は問題を抱える一方で、その地域の再生に取り組む住民団体も一定数存在している。一方、北総の限界ニュータウンはそんな活動の兆しもなく、ただ殺風景な住宅地が散在しているばかりだ。

 僕が声を大にして指摘したいのは、北総の分譲地の現状そのものよりも、放置すればより悪化することは明白なこの現状を改善しようとする動きが、行政を含めた地域社会に全く見られない点である。それはあまりに小間切れにされすぎてしまった土地だからこその問題かもしれないが、その点において北総の限界ニュータウンは、昔ながらの山村風景の保全に努める農村よりもさらに大きく後れを取っている。北総の自治体はどこも、新しい住宅地の建設や、企業の誘致、そして臭いものに蓋をしたまま新規の移住者を呼び込むことばかりに躍起で、その思想はバブル期のそれと変わらない。


 北総の現状を見るにつけ、住所の移転や相続など、登記情報が更新されていない、ロクな草刈りも行われない土地などは、たとえ所有者であっても優先的な利用権を失う、くらいの荒療治が必要なのではないか、と最近は思い始めている(お前がタダで使いたいだけじゃないのか、と感じた方はご名答である)。いくら坪数千円の土地でも、それを所有するリスクが大きくて、結果として空き地の再利用のみならず、登記情報の更新すら進まないのが実情なのだ。誰も使っていない空き地なんか、勝手に使ってしまっていいんじゃないのかと思わざるを得ないし、実はあまり大きな声では言えないが、北総の限界分譲地は、既に他人の土地の無断利用が進み始めている。所有者に連絡が取れないのだから、もうどうにもならないのだ。

 今、必要なのは、そうした不明土地の「無断使用」に対する法的なお墨付きと、そうした行為に対する、住環境を保護するためのルールの明文化である。現状では結局グレーな行為だからこそ、ときに住宅地の一角がゴミ捨て場にされたりするのだ。これをしなければもはや限界分譲地の荒廃をとどめることはできない。
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現状は各所有者の意向によって利用方法がバラバラで、環境の改善など望むべくもない。
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空き家の隣の売地など、そのままで売れる訳がないのだから、セットで処分・再利用できるような仕組みが欲しい。
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所有者が顔を見せず、管理もされない土地は、不法投棄者の格好の餌食となる。たとえ住宅街であってもだ。
 

 さて話を戻すが、それよりこのつつじヶ丘住宅の一番の特徴は、賃貸アパートの多さである。アパートといっても、昨今よく見る大東建託やレオパレスのサブリース一括借り上げアパートではなく、建築年はそれよりずっと前、やはりバブル期前後の建築と思われる築30年前後のアパートだ。その数を正確に数えたわけではないが、少なくとも10棟以上のアパートが、この団地には存在している。いくつかは2DK程度の部屋もあるが大半はワンルームアパートだ。そして、おそらくご想像の通り、そのほとんどが多くの空室を抱えている。
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つつじヶ丘住宅には多くの賃貸アパートがある。
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団地には10棟以上のアパートがあるが、満室のアパートは皆無に近い。

 成田空港は、空港の西側に成田ニュータウンや、富里の分譲地を始めとした、空港関連勤務者の住宅街が広がり、空港の南部や東部は、空港業務に関連した工場や倉庫、運送会社などが多い。こうした現場労働は勤務時間が不規則になりがちで、単身者への依存度が高いので、多古町にもそんな空港施設勤務者用としてバブル期前後に建てられた多くの単身者向けアパートがある。

 しかし、北総の限界分譲地のほとんどは、元々地価高騰の時代に、利便性を度外視してでも戸建て住宅を確保したかった人たちを中心に居住が進んだもので、その立地や環境から見ても、単身者向けとはとても言えない。賃料には建築費用や建物の維持費の割合が占める部分が少なくなく、北総の地価の安さも賃料にはそこまで反映されない。そして住んだことがある人ならお分かりだと思うが、古いワンルームのアパートはキッチン回りが狭くて設備も貧弱で、自炊派には使いにくいものが多い。近隣にコンビニすらない限界ニュータウンで、貧弱なキッチンの狭いアパートなんて、そもそもコンセプトが大きく矛盾しているのだ。実際、この手の限界分譲地は普通ならアパートなどほとんどないのだが、このつつじヶ丘住宅は多くのアパートが建てられてしまっている。
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バブル期の典型的なアパートだが、さすがに古さは隠せなくなってきている。

 今日は、成田や富里の市街地、周辺に商業施設が多数あるエリアでもお手軽な賃貸アパートを見つけることは容易く、多古方面の賃貸アパートは苦戦を強いられている。これは不動産サイトをよく見ると分かる。アットホームは、物件情報の掲載期限が切れて更新されると、更新した月日が情報登録日として掲載されるので、その物件が最初にいつ広告に出されたのかわからないのだが、これがホームズやヤフー不動産になると、最初に情報が登録された月日がそのまま更新されても掲載され続けるので、どの物件がどれだけ売れ残っているか、どの物件がいつから入居者を募集しているかが一目で分かる。

 これを参考にすると、このつつじヶ丘住宅のあるアパートは、少なくとも2年近く、入居者を募集し続けているところがある。2年間空室と言うのは、賃貸業を経営する人にとってはまさに非常事態であると言えるだろう。ちなみに多古のワンルームアパートは、つつじヶ丘住宅ではないが家賃15000円からあり、この2年間空室のアパートも家賃は月額2万円だ。2DKでも3万円台前半からある。もちろん都会にあるような風呂なしトイレ共同アパートではない。シェアハウスでもないし事故物件でもない。それでも入居者が決まらないのだ。
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物件サイト「ホームズ」に掲載されている多古町のアパート情報。賃料相場は暴落の一途をたどっている。
つつじヶ丘住宅アパート
赤枠内の日付を見ると、登録日は2016年4月。既に登録から2年近く経過している。
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物件情報サイトに掲載され続けている問題の賃貸アパート。満室にしてようやく月額12万円の賃料。これは厳しい。

 そんなアパートの中に、道路から見て、カーテンがどの部屋にもかけられておらず、居住感の感じられないアパートが1棟あった。敷地に入って、各部屋の電気メーターを見てみたが、全てメーターは停止しており、入居者が1人もいなかった。募集の看板こそ出ていなかったが管理会社の不動産業者の看板は出されている。さすがに入居者が1人もいないアパートはそこだけであったが、多くのアパートには必ず雨戸が閉ざされ、物干し竿も取り付けられていない部屋があり、空室率は相当深刻なものと思われる。そのためだろうか、あまり適切なメンテナンスが行き届いているとは言えないアパートもいくつもあり、外廊下の錆び穴から漏れ出した雪水が凍って、つららのようになっているアパートもあった。
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全て空室の賃貸アパート。
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どの部屋も電気メーターが回っておらず、無住であった。
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外廊下の錆び穴から漏れた水が凍り、下階の部屋の給湯器まで凍り付いている。

 こんなアパートが町内各地に墓標のように点在している多古町では、さすがの大東建託やレオパレスも二の足を踏んだのか、それともこれらバブル期のアパートが反面教師として地域の地主に印象付けられているのか、多古町には近年のサブリースアパートはまったく見られない。しかし、多古町の賃貸アパートの現状は、近年田畑が次々とアパートに転用されてしまった多くの地方都市にとって他人ごとではいられない。実需を度外視、あるいはほんの一時的な需要を元に建築されたアパートは、築年数が経過し、設備が陳腐化すれば、行き着く先はこんな有様なのだ。五宝つつじヶ丘住宅はただでさえ再利用において不利な条件下にあるうえに、こんな空室だらけのアパートも団地内に抱え込んでいて、いったいどこへ向かっていくのか。多古町は、積和不動産の進出に喜んでばかりはいられない。
五宝つつじヶ丘住宅 (33)
空室を抱えたアパートの増加は多古町のみならず、多くの地方都市に共通する課題だ。
 


五宝つつじヶ丘住宅へのアクセス



香取郡多古町飯笹
・東関東自動車道大栄インターより車で19分
・多古台バスターミナルより多古町循環バス「多古ルート」 「中五辻」バス停下車 徒歩2分
(多古台バスターミナルへは成田駅、および成田空港第2ターミナルよりジェイアールバス関東、千葉交通の路線バスあり)