これまで、主に共有設備に焦点を当てて、旧下総町と旧大栄町の分譲地をいくつか紹介してきた。僕の暮らす八街の分譲地と違い、下総や大栄に作られた旧分譲地は、比較的区画数が多く共有設備を備え「住宅団地」を整えようとしたものがほとんどだ。実際には思うように居住は進まず空き地が目立つわけであるが、そんな下総町と大栄町にも、開発許可が不要な規模の小さな分譲地が点在している。もちろん団地インフラなどというものはなく、八街同様、井戸+浄化槽+プロパンガスのゴールデントリオだ。
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下総町・大栄町エリアにも小規模なミニ分譲地が点在する。

 どの分譲地もポツポツと家が建てられている程度で空地が多く、そして総じて管理状況が良くない。上の画像の分譲地は先に紹介した「パレスガーデン成田」の近くにある、旧大栄町の稲荷山(とうかやま)の分譲地だが、家屋が4棟あるうち、1棟は空き家、1棟は居住しているか不明、さらに別の1棟は、ちょっとお散らかり気味。普通に使用されている家屋は残る1棟のみで、区画の空地も、資材置き場と言えば聞こえはいいが、要はガラクタを散らばせてあるような、はっきり言ってゴミ捨て場に近い状態で、傍から見たら不法投棄と区別がつかない。
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空地に「資材」が置かれ、極めて管理状態の悪い分譲地。

 駐車場として利用されている空き地もあるが、その一方で、街路も普通に駐車場として利用されている。それがもはや路肩に幅寄せする意思も見られない、ひとかけらの遠慮も見られない駐車の仕方で、そこが奥の区画へ続く街路であるという意識もないようだ。で、その奥の区画と言えば、家屋が何もないのは言うに及ばず、街路自体も雑草に埋もれ、1区画だけ草刈り業者の看板が出ている他は、その境界も曖昧な状態になっている。
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空地が駐車場として利用されている。
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配慮のかけらもない路上駐車。
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奥の区画はこの状態なので、路上駐車で進路を塞がれても苦情を言う者はいない。

 その駐車車両の前にある家は空き家で、見たところ90年代前半ごろの、お決まりのバブル時代末期の家屋である。日当たりは良さそうではあるが、それはたまたま南側の区画が空地であるからというだけで、敷地が広いわけでもなく、駐車スペースも1台しかない。この分譲地は周辺こそ開けているもののその景色はひたすら平坦な地形に電線が伸びるだけの殺風景なもので、しかも工場に隣接しており圏央道からも近いのであまり田舎暮らし的な雰囲気もなく、かと言って利便性とは無縁であることはもはや言うに及ばず、家屋はそこまで傷んでいる様子もないが再利用は進まないかもしれない。
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分譲地内の空き家。

 
 次は、以前紹介した「外記林団地」の近くにある、成田市青山の小規模な放棄分譲地である。ここはおそらく建築許可は下りないと思われるが(調べていないので正確ではない)、今でも1区画のみ草刈り業者によって管理はされていて、そして1区画は畑として利用されているが、あとはすべて山林化した状態だ。分譲地に至る街路は舗装はされておらず、見た目は農道と変わらない。ただ畑の合間に、分譲地に向かって電線が伸びているのだけが目印だ。
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放棄分譲地に向かって伸びる電線。
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分譲地への進入路。画像奥右側の繁みが分譲地。

 分譲地の中は、正直言ってただ山林化しているだけで、逆にこれといってコメントしようもないただの雑木林なのであるが(分譲地だけど)、先述のように1区画のみ、なおも管理を続けて買い手を待ち続けている空き地もある。一応看板も出されてはいるが、この雑木林が分譲地であることを知っている人がどれだけいるのか。看板を出したところで、通りすがりに見掛けることはあり得ない立地であり、果たしてこれまでに問い合わせがあったのだろうか。
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分譲地内の街路。これでも管理はされている方だ。
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未管理の街路はこの状態。
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1区画のみ、草刈り業者の看板が立つ。

 もう一つ、草刈り業者のものではなく、所有者が自前で建てたものだろうか、所有者名を記した看板が立つ土地があった。その区画はすでに雑木林と化し、管理もまったくされていないが、看板自体はそこまで古いものでもなく、「神奈川県相模原市 田邊 所有地」とある。買ってしまった以上は所有権を主張しているのかもしれないが、その割に管理する意思はないようで持て余している感が半端ではなく、逆に何だか面倒くさそうだ。あくまで憶測だが、草刈り業者に管理を丸投げしている地主の方が、管理費が嵩んでいることもあり値段交渉は容易そうである。
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相模原の所有者名が明記された雑木林。
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看板は藪に埋もれ、分譲地の奥まで足を踏み入れなければ絶対にわからない。

 手前の空地や畑がある区画は、まだしも街路の草刈りも行われているが、奥の区画はもはや街路も管理されず足を踏み入れるのも困難である。そんな分譲地の最奥に、空き家が一軒残されていた。この空き家が、この分譲地の区画に建てられたものなのか、それとも元々この分譲地に隣接する敷地のものなのかは不明で、グーグルマップには一応この分譲地とは異なる進入路が描かれているが、いずれにしてもまともな街路ではなく、容易に近寄れる状態ではなくなっている。
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分譲地の最奥に残された空き家。
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藪漕ぎをしなければ空き家に近寄るのも難しい。
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電柱にも樹木が絡みつく。
 
 建物はおそらく70年代から80年代前半ごろのもので、築年数は経過しているが、周囲の敷地の状況の割には傷みが少ないように見える。この分譲地は工務店の広大な敷地に隣接するもので、先に紹介した稲荷山のミニ分譲地と同様、あまり本格的な田舎暮らしを保証するロケーションでもないのだが、とりあえずこの青山の放棄分譲地に建つ家屋はこの空き家一棟のみなので、興味があれば所有者を調べてみるのも手かもしれない(あまり期待はできないけれど…)。おそらく再建築不可だが。


 さて、これまで芙蓉邸街、パレスガーデン倉水、そして大栄町や下総町の分譲地のいくつかを紹介してきて、ようやく本題に入るが、北総の分譲地はこれまで紹介してきたように、未利用地や部分放棄された分譲地が多く、その共有設備の管理もおぼつかないものも見受けられる。先行きが不安になる分譲地も少なくないわけであるが、人口減少、住宅市場の縮小が叫ばれる昨今、北総の限界分譲地はどうなるのだろうか。

 北総の分譲地は、元々ほぼ無価値な山林を造成し、投機目的で分譲が開始されたものが多い。そのため今日においては、その立地条件の悪さが資産価値を限界まで押し下げてしまっているため、実は共有設備や管理状況の有無は、地価にほとんど影響を与えていない。高いか安いかは、あくまで売主次第である。ビバランド団地のように、管理組合への高額の納入金が災いして、かえって地価が下がってしまっている団地もあるが(ビバランドの宅地は坪数千円からあり、おそらく北総の分譲地で最も地価が安い)、基本的には、芙蓉邸街であれ、共有設備のないミニ分譲地であれ、坪単価はほとんど変わらない。

 であるなら、それこそ芙蓉邸街のように共有設備の管理状態が良好な分譲地が良いのでは、と考えるのが普通だが、僕の個人的な意見として、北総の住宅地は今後の住宅市場において「ベッドタウン」としての需要があるのか、その地位を確立できる条件にあるのか、という根本的な疑問がぬぐえない。そもそも最初からベッドタウンとしての開発に無理のある立地であったからこそ、地価狂乱の時代を経て今なお更地が多く残されているわけなのであり、そうなると、逆に芙蓉邸街のように、隙間なく家屋が立ち並ぶ住宅地が、場合によってはかえって不利になる局面もあるのではないかと考えている。なまじベッドタウンとしての機能が整ってしまっているばかりに、転用が難しくなっているのだ。
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住宅地としての機能は申し分なくとも、その機能を維持できるか。(リバティヒル500)
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住宅戸数を増やして共有設備を維持するか、空き地の柔軟な活用で新たな住環境の創成を模索するかが問われている。(外記林団地)

 それこそ、空き地だらけの分譲地の方が、隣接した空き地をうまく取得することが可能であれば、よほど柔軟な利用が出来るのではないかと思われる。そして何より、今の北総では、とにかく狭い敷地の宅地は売れない。1区画当たりの地積が狭い旧分譲地は、いくつかの区画をまとめて広い敷地が確保されていなければ、もはや坪単価がいくらであろうとも売るのは難しい気がする。空き家や、所有者が不明となった土地の取引や再利用を活発化させるには、現状では法整備を待たなければならない状態ではあるが、この問題さえクリアできれば、場合によっては、今はほとんど除却が進まない廃屋でも、その廃屋さえ除却すればより良い住環境が確保される宅地も出てくるのではないだろうか。現状は未管理の荒れた空地が多い北総の分譲地でも、その空き地が菜園や緑地として適切に管理されれば、画一的な都市部の住宅街にはない、魅力的な住空間の実現も可能なはずだ。

 ただし未利用地の多い分譲地は、今度は共有設備の維持が難しくなってくるわけで、いずれにせよ一定規模の分譲地は、空き地であれ共有設備であれ、その管理が明暗を分けてくる。地域での取り組みがより一層重要さを増してくるであろう。

 逆に共有設備もほとんどないミニ分譲地は、現状既にそうなりつつあるが、地域単位での取り組みや周辺の住環境への配慮などはあまり必要としない分、インフラも何もかも自己管理・自己責任が求められる。場合によっては自分の所有地でもない空き地の草刈りも必要かもしれない。どちらがいい悪いの問題ではない。これこそ個々人のライフスタイルによって選ぶべきものではないだろうか。

 そして、僕としても、地域の取捨選択などという手段は、人を切り捨てるような感覚であまり提案したくないのだが、北総には、上に挙げたような、ベッドタウン、緑地や菜園が配備された住宅地、そして自力インフラの分譲地、このいずれの活用方法も難しいような限界分譲地も、確かに存在するのは事実である。そんな分譲地はもう、自然に還す以外の選択肢はないだろう。山林に埋もれた空き家を活用したい、という方がもしいたとすれば、その方が自己責任で使えばいいだけだ。そういう方は、おそらく元からあまり公的事業によるサポートなど期待していないだろう。
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管理不全の分譲地は、個人が自己責任で自由に使う選択肢があってもいい。北総の場合、地価の安さと空き地の多さがそれを保証する。(にっぽり団地)

 北総の限界ニュータウンは、もはやニュータウンでも何でもない。星の数ほどニュータウンが存在する関東において、その市場性に勝ち目がないことは明らかだ。であるならば、むしろその状況を逆手にとって、住宅地の枠組みを超えた、次の時代の「再開拓地」としての地位を狙うのも、一つの手ではないだろうか。以前にも書いたが、地価が安い分、己の持つ力を最大限に生かすことを求められるのが、北総の分譲地である。


 と言うことで、何だか最終回みたいな書き方になってしまったが、実は下総町と大栄町の分譲地は、未紹介のものもまだいくつかあるとは言え、他の分譲地と比較してそれほど特異な点があるわけでもない。下総町と大栄町に関しては、放棄分譲地も含め、一通りは網羅したつもりである。しかし、北総の限界分譲地は、下総と大栄だけにあるのではない。否、北総だけでなく、東総、そして外房方面にも、まだ山のように存在する。

 これまで成田方面の紹介が多かった当ブログですが、今後は、成田より少し南に下ったエリア、山武、東金、成東、横芝、多古方面が主な調査エリアになっていきます(一部未調査の分譲地もあるので再訪予定があります)。ただ、下総町は個人的にとても好きなエリアなので、緑が多くなった季節になったら、またその模様も併せてお伝えしようかと考えています。今後ともよろしくお願いいたします。