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ついの住まい探し

宮城県丸森町、クラインガルテン
探訪農ある2地域居住を実践してます!

 

宮城県丸森は祖父母の故郷である。小斎(こさい)という集落の地主だったが、四男坊だった祖父一作は上京して歯科医になった。子どものころ阿武隈川で泳いだ話を、よく孫の私にしてくれた。父滋も夏になると、親たちの故郷へ帰ったらしい。

そんなこともあってか、父は祖父を継いで歯科医になってからも、農への夢を捨て切れなかった。農と医が両立しないかと、鵠沼や浦和のあたりに、開業する土地を探しに連れて行かれたのを覚えている。それは実現せず、それらの土地もすっかり都会化してしまった。

近年、私はその父祖の地の近くを通ることがあり、小斎の本家がまだ残っているのを確認した。それは小高い丘の上に建ち、農地解放で土地はほとんど失ってからも、威風堂々とした面影を保っていた。それから、機会があってその家の近くを通るたび、ああ、まだある、とほっとするのだった。

何度目かにHさんという若く清々しい女性がそこに連れて行ってくれた。「私のうちも見て行きます?」と寄ったのは、丸森町がすすめている滞在型クラインガルテンである。上滝という地区にあって、上に十二戸、背後には広い林が広がる。下にはあと六戸と管理センターや野菜の販売所があるが、そのへんの物音はここまでは聞こえてこない。

クラインガルテン

畑が一五〇平米、驚いたのは「作業小屋」と称するものの立派さだ。地元の木をふんだんに使い、天井まで六メートル近く、吹き抜けのリビングが十畳ほど、寝室に使えそうなロフトが八畳ほど、そのほかキッチン、“窓のある”風呂トイレ、農具やジャガイモなどを貯蔵できそうな倉庫もある。サッシの窓も網戸もついているし、十分、一人なら住んでいけそうだ。

じつは東京の千駄木にほとんど同じ広さの仕事場を借りていた。四十五平米で十三万五千円、忙しくて月四日ほどしか使えず、娘に一泊三万円?とからかわれる始末。まるで資料置き場である。あれをすべてここに持ってきて、月のうち数日なら来られるのではないか。しかも月三万円。礼・敷金なしだ

七月の畑にはシソとジャガイモが生った。長い不在と雨でゴーヤもナスもいまひとつ元気がない。周りのよく手入れされた実り多い畑を見ると胸が痛む。でも、子どもの出来を競りあうようなことはするまい。農は競争ではない。楽しむことだ。

東京にいると見えないことが丸森では見える。“私たちの税金を田舎でばかり使って”という人がいるが、田舎にいるとどんなに仕事がないか、農業が大変でもうからない仕事か、がわかる。今年、私のタマネギは小さいのがやっと20個。ジャガイモは長雨で半分腐っていた。これが趣味でなく生業だったら、と思うとぞっとする。大切に残さずに食べるようになった。

自給率四〇%の食糧、地球環境を考えても、この森と水こそ日本の生命線なのだ。都会と農村の利害はけっして反しない。ゆっくり畑と、そして丸森とつきあっていこう。

(後略)

不動尊クラインガルテン

http://www.town.marumori.miyagi.jp/sightseeing/garden.html

クラインガルテンは、菜園と寝泊りできる小屋を備えた滞在型の市民農園のこと。丸森町には不動尊(18区画)、筆甫(ひっぽ)(8区画)の2つのクラインガルテンがある。年間利用料を支払うと300m2の区画が最長3年間利用できる。仙台から1時間半という距離から人気が高く、抽選になることが多い。別荘感覚でも利用できるが、野菜作りを指導してくれる地元農家などとの交流を通じて、地域に溶け込みやすいのも大きな特長。都市・農村の2地域居住や、農村への“お試し移住”にも向いている。丸森では、このクラインガルテンをきっかけに移住した人も数組登場している


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1. 丸森の自然  [ 宮城は自然が豊か明るく楽しく古里めぐり ]   2007年09月29日 15:42
宮城県の最南の町丸森は福島県境に位置する盆地の町です阿武隈川の水運の発展とともに栄えた町で、歴史を感じさせる落ち着いた中山間地です。阿武隈山地に近いこともあり自然の宝庫です、大張地区に行きますと日本の棚田100選に選ばれた「沢尻の棚田」を見ることが出来ま...
この記事へのコメント
1. 司馬どん   2007年09月19日 20:01
こんばんわ。良かったら私のブログも見てください。カレーのサイトについてアフィリエイトリンクを作り記事を書きました。よろしくお願いします。
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