うつな私の散歩日記

毎日の状況記録といいましょうか 鬱病もちの 再就職探し日記を

ご無沙汰しております。

今年も
まともな定職に就けず、レギュラーの仕事が終了しました。

明日から
また、日雇いのバイト生活になります。

相変わらず、対人恐怖症と申しますか
酷い鬱と申しますか

まともな人間関係の構築が出来ません。

明日から仕事が無いのに
やる気は全く出ません。

布団の中で亀になりたいです。
なりそうです。

お金がないです。

学費が払えなく
免除の申請をしております。

市民税とか税金も払っていません。
免除の申請しております。

生活保護は全く働かない訳ではないのと
かみさんが、パートでの収入がある為
認めてもらえませんでした。
一応10万円だけですが
絶対に使わないで、
どうしようもなくなった為の定期預金が
あるのですが、子供たちの為にも今まだ使えません
これも、生活保護の壁になりました。

年越しできるかなぁ

まともに仕事して
普通の人と
同じぐらいのことしたいなぁ

この前仕事場の近くにあるスーパーで
おにぎり、55円で売っていました。
凄く助かり、毎日同じおにぎりで生活してました

仕事が無くなったので
買いに行けません

明日から更なる節約生活

この先
子供たちの進学など
真っ暗闇です。

子供たちだけでも、まともな生活をしてもらいたいです。

ある投稿を読み
すごいな!
そう感じたので

自分なんか
やっぱり、ダメ男だと
悲しくなりました



《 あずさからのメッセージ 》

十数年前、障がいのある子がいじめに遭い、
多数の子から殴ったり蹴られたりして、
亡くなるという痛ましい事件が起きました。
それを知った時、私は障がい児を持った親として、
また一人の教員として、
伝えていかなくてはならないことがあると強く感じました。

そして平成十四年に、
担任する小学五年生の学級で、
初めて行ったのが「あずさからのメッセージ」という授業です。

梓は私の第三子でダウン症児として生まれました。
梓が大きくなっていくまでの過程を、
子供たちへの質問も交えながら話していったところ、
ぜひ自分たちにも見せてほしいと、
保護者から授業参観の要望がありました。
以降、他の学級や学校などにもどんどん広まっていき、
現在までに福岡市内六十校以上で、
出前授業や講演会をする機会をいただきました。
梓が生まれたのは平成八年のことです。
私たち夫婦はもともと障がい児施設で、
ボランティアをしていたことから、
我が子がダウン症であるという現実も、
割に早く受け止めることができました。

迷ったのは上の二人の子たちに、
どう知らせるかということです。

私は梓と息子、娘と四人でお風呂に入りながら、
「梓はダウン症で、これから先もずっと自分の名前も書けないかもしれない」
と伝えました。
息子は黙って梓の顔を見つめていましたが、
しばらくしてこんなことを言いました。

「さあ、なんと言ったでしょう?」
という私の質問に、
子供たちは、
「僕が代わりに書いてあげる」
「私が教えてあげるから大丈夫」
と口々に答えます。

この問いかけによって、一人ひとりの持つ優しさが、
グッと引き出されるように感じます。

実際に息子が言ったのは次の言葉でした。

「こんなに可愛いっちゃもん。
いてくれるだけでいいやん。なんもできんでいい」

この言葉を紹介した瞬間、
子供たちの障がいに対する認識が、
少し変化するように思います。

自分が何かをしてあげなくちゃ、
と考えていたのが、
いやここにいてくれるだけでいいのだと、
価値観が揺さぶられるのでしょう。

さて次は上の娘の話です。
彼女が、
「将来はたくさんの子供が欲しい。
もしかすると私も障がいのある子を産むかもしれないね」
と言ってきたことがありました。
私は、「もしそうだとしたらどうする?」
と尋ねました。

ここで再び子供たちに質問です。
「さて娘はなんと答えたでしょう?」
「どうしよう……私に育てられるかなぁ。お母さん助けてね」
子供たちの不安はどれも深刻です。
しかし当の娘が言ったのは、
思いも掛けない言葉でした。

「そうだとしたら面白いね。
だっていろいろな子がいたほうが楽しいから」

子供たちは一瞬「えっ?」と、
息を呑むような表情を見せます。
そうか、障がい児って面白いんだ――。

いままでマイナスにばかり捉えていたものを、
プラスの存在として見られるようになるのです。
逆に私自身が子供たちから、
教わることもたくさんあります。
授業の中で、梓が成長していくことに伴う、
「親としての喜びと不安」には、
どんなものがあるかを挙げてもらうくだりがあります。

黒板を上下半分に分けて横線を引き、
上半分に喜びを、
下半分に不安に思われることを書き出していきます。

・中学生になれば勉強が分からなくなって困るのではないか。
・やんちゃな子たちからいじめられるのではないか……。

将来に対する不安が次々と挙げられる中、
こんなことを口にした子がいました。

「先生、真ん中の線はいらないんじゃない?」

理由を尋ねると、
「だって勉強が分からなくても周りの人に教えてもらい、
分かるようになればそれが喜びになる。
意地悪をされても、その人の優しい面に触れれば喜びに変わるから」

これまで二つの感情を分けて考えていたことは、
果たしてよかったのだろうかと、
自分自身の教育観を大きく揺さぶられた出来事でした。

子供たちのほうでも授業を通して、
それぞれに何かを感じてくれているようです。

「もし将来僕に障がいのある子が生まれたら、
きょうの授業を思い出してしっかり育てていきます」
と言った子。
「町で障がいのある人に出会ったら、
自分にできることはないか考えてみたい」
と言う子。

「私の妹は実は障がい児学級に通っています。
凄くわがままな妹で、喧嘩ばかりしていました。
でもきょう家に帰ったら一緒に遊ぼうと思います」
と打ち明けてくれた子。

その日の晩、ご家族の方から学校へ電話がありました。
「 “ お母さん、なんでこの子を産んだの?” と
私はいつも責められてばかりでした。でもきょう、
“ 梓ちゃんの授業を聞いて気持ちが変わったけん、
ちょっとは優しくできるかもしれんよ ” と、
あの子が言ってくれたんです……」

涙ながらに話してくださるお母さんの声を聞きながら、
私も思わず胸がいっぱいになりました。

授業の最後に、私は決まって次の自作の詩を朗読します。

「あなたの息子は
あなたの娘は、
あなたの子どもになりたくて生まれてきました。
生意気な僕を
しっかり叱ってくれるから
無視した私を
諭してくれるから
泣いている僕を
じっと待っていてくれるから
怒っている私の話を
最後まで聞いてくれるから
失敗したって
平気、平気と笑ってくれるから
そして一緒に泣いてくれるから
一緒に笑ってくれるから
おかあさん
ぼくのおかあさんになる準備をしてくれていたんだね
私のおかあさんになることがきまっていたんだね
だから、ぼくは、私は、
あなたの子どもになりたくて生まれてきました。」
上の娘から夫との馴初めを尋ねられ、
お互いに学生時代、障がい児施設でボランティアをしていたからと答えたところ、

「あぁ、お母さんはずっと梓のお母さんになる準備をしていたんだね」

と言ってくれたことがきっかけで生まれた詩でした。
昨年より私は特別支援学級の担任となりましたが、
梓を育ててくる中で得た多くの学びが、
いままさにここで生かされているように思います。

「お母さん、準備をしていたんだね」

という娘の言葉が、より深く私の心に響いてきます。

ー 是松いづみ(福岡市立百道浜小学校特別支援学級教諭)
『致知』2013年2月号「致知随想」より ー

大変お久しぶりです
この数ヶ月、自殺願望が酷く
病院通いが続いており
仕事も出来ず
暗い部屋にずっと篭る日々でした。

半月前から落ち着き始め
今日、久しぶりにパソコンを開き
blogを思い出し
書いております。

体調も良くない状態で、
免疫力低下から
帯状疱疹になり
体半分ぶつぶつが、いっぱい
鬱の薬だけでも8種類も飲んでいるのに

更に、4種類も

これだけで
お腹いっぱいです

生活が、ギリギリになって来ました

皆様に教えて頂きました
障害者認定や生活保護
その他もろもろ
NPOの援助団体通じて、申請に動いております
こちらは、進捗があれば
また書きます

目の前は
身体を立て直さないと

皆様宜しければ
ご支援お願い致します

ずいぶん空いてしまいました

皆様如何お過ごしでしょうか

この1か月住み込みで、工場の派遣で仕事をしておりました。

ゴールデンウィークのあたりから、
それまでやっていた仕事が入らなくなり
収入に困っていたところ
派遣会社から、来たのが

住み込みの仕事でした

おととい帰ってきました。

3交代制の現場で、3食付いて、住むところもあり、
水光熱も持ってくれて
なかなかの条件でした。

仕事は、建築部材の製造、結構ハードでした

明日からは、また、自動販売機の補充の仕事が
入りましたので、そちらになります。

住み込み中は、何ももっていかなかったので、
現場と、宿舎の往復だけ
無駄遣いもなく。とりあえず当面暮らせそうです。

それでも、一向に病気はよくなりません。

まだまだ、人付き合いなどできません。

何かにつけては、落ち込む毎日

安定しない精神状態。

安定した仕事に戻りたいで

若いころは、バリバリ仕事していた気がします。

それでも、今の状態になれたのでしょうか

なんだか、普通に感じてしまうところも、ちらほら

でも、朝の満員電車なんか乗ると、暴れだしてしまうのでしょう

まともに、外に出れない自分が悲しい

また、明日から頑張って、働きます。

では

大変ご無沙汰しております。

1か月に一回、土曜日 病院です。
先生が、2週一回しか、出勤しないので
土曜日限定になってます。

日雇いの仕事を続けています。

今は、自動販売機のジュースの補充の横乗りです。
駐禁対策とも言いますが、
結構、やることあるのです。
ドライバーさんが、補充に行っている間に、
次の準備をしておきます。

朝8時ぐらいから、夕方6時ぐらいまで

仕事は、現場が有るか無いかで決まるので

無い日は、倉庫作業をやっています。

イベント用の、テントや、ブースの材料を
企画ごとに積み込む仕事です。
これが結構ハード

そんなこんなで

何とかお金を得ながらくらいしています。

どちらの仕事も、多くの人と、接することがないので
精神的に何とか耐えられる仕事です。

このくらいしか、できないのですね

収入は、月に10万ぐらいでしょうか

もっと少ないかな?

家賃、水光熱費、学費でなくなります。

あとはかみさんの、パートで何とか賄う

貯金ゼロ、

今こんな状態です。

皆様も早くお元気になりますように

久しぶりに、病院でした。

同じような方がいっぱい

もう慣れましたが、

はじめは、どうしたらよいかわかりませんでした。

初診の方もいらっしょいましたが

だいぶ、緊張していた様子です

自分は、どうだったのか

もう何年、病院通いをしているのでしょうか

良くなったり、悪くなったり、

今はどっちかなぁ

IMG_0240


これ増えた

障害年金など、申請はしていません。

チャレンジしなければならないのですが、

一時的に体調も少しですが良くなり

仕事についたりしていたので、

何とかなるかぁなどと思いそのままです。

さてはて、このままでよいのか

久しぶりに、朝から起き上がることができたので

パソコン開いてみました。

いろいろ、お言葉ありがとうございます。



今日は、何をしたらよいのか

早く起きても、何をしてよいのかわかりません。

何をすればよいのか


求人票でも見てみようか




起きても、頭痛が止まらず

ひどい肩こり

めまい、吐き気


それでも、家族のために、働かなければ

夜勤の仕事も、一人で行う倉庫作業

それも今は、週2回

ほかにも、何かしないと


一人仕事があればよいのですが




ご無沙汰をしております。

7月初旬以来の、更新です。

この期間、ほとんど寝たきりの状態の毎日

少し、調子が良くなった時でも

パソコンを開くほど、元気はでない毎日。

明るいニュースなど、明るい遊び声など聴くと

自分が何なのか、むなしくなり、寂しくなり

つらくなり。

それがこの1週間ぐらい少しづつ良くなってきて

本日こうして、パソコンを開くことが出来ました。

知らない間も、遊びに来てくれていた方が大勢いたことに、

びっくりしております。

感謝です。

とても、勇気づけられました。

このまま、良い方向に進めばと期待しております。

収入が激減しております。

約2か月、週2日の夜勤勤務がやっと

運送会社の、仕分け作業です。

夜勤なので、時給はよいですが、

めまいがするくらい、忙しく

関東地区は、相変わらず熱帯夜続き

募集は出しているようですが、

問い合わせは、外国人ばかり、

伝票を読めないと、作業ができないので

面接のときの、外国人の方向け、読み取りテストで

ほとんど撃沈してます。

そのため、人が入りません。

この数日は、夜は涼しくなってきたのですが、

その分、昼間寝ることができないため(暑くて)

体力だいぶ持っていかれました

8月後半は、雨の直撃もあり、作業が大変な日が多かったです。

大手のトラックベースのように、コンベアなどなく

10泥肇薀奪から、荷下ろし、そして4泥肇薀奪への

積み替えし、ボロボロになっています。

昼間の仕事は、なかなかハードルが高く

採用されないし、たとえ採用されても,

人間関係で、無理があるのでしょうし

工場作業とかで、時給の良いところは、狭き門

あ、ちなみに、夜勤でも、日焼けするんですよ

タンクトップに、短パン、首にタオル巻いて作業してますが、

完全に作業焼けしてます。見た目はかなり健康的な人に見えます。

中身は、かなりおかしな人ですが。

今日は仕事なし、明日は仕事、時間調整しないと、今日は夜更かしです。

それでは、また、頑張って書きます。

目の前に、学費がのしかかってきます

大学、高校

いっぺんに、のしかかります。

胃が痛いです

自分のように、学歴もなく、しっかり勉強もしていなかった人間には

なってほしくないので、何とか、大学は、出してやりたいです。

それでも、お金はありません。

家賃削るために、駅からかなり離れた場所へ移り

日々、食費、光熱費を削り、

この先何が待っているのか

良い方向に向かってくれることを望んで

前向きに 気持ちをもって

皆様おはようございます

大変ご無沙汰しております。

かれこれ、何カ月ぶりでしょうか?

鬱と生活苦は全く変わっておりません

安定して仕事も出来ず

収入も、不安定

何も、やる気が出ない状態

それでも、なんとか仕事をして

お金を稼がないと

そう思いながら

周りの目や、不安感と戦いながら

我慢しております

鬱病は、しょせん

怠け病としか、見られていない

まだまだ、言い訳の材料

こんな感じでしょうか

鬱病で悩む人達は、決して少なく有りません

理解を求めても、鬱病が治る訳では有りません

自分で、居場所を見つけて、生活出来れば良いのですが

健常者と一緒に働くしか、今の社会は方法が有りません

どうしても、差別は有ります

それが、また精神的に追い込んできます

迷宮です

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