翌朝目覚めると小雨が降っていました。

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宿の部屋の窓から撮った、高台の移転地の風景です。
山には雲が掛っていました。
左側の山を削ってこの移転地を造成した様に見えます。

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宿の反対側は我妻渓谷なので、近くに人家はありません。

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9時ごろから運よく晴れて来たので、ダム展望台を訪れました。

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500mほど先では盛んにクレーンが動いています。

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工事現場を望遠で撮りました。

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今日訪れた最初の温泉は宿泊した川原湯温泉から車で40分ほど走った嬬恋高原にある日帰り温泉施設『つつじの湯』です。

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公営かと思わせる程のなかなか立派な建物です。

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広い内湯は源泉がかけ流されていますが、湯気がもうもうと立ち上がり、綺麗な写真が撮れません。

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岩で囲まれた露天風呂は良い雰囲気なのですが、源泉そのままらしく、温くて入れませんでした。
この施設は田舎には珍しく岩盤浴とサウナを備えていて、600円の入館料はお得感があります。私は同行者から100円引きのクーポンを戴き、500円で済みました。(謝)

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つつじの湯で昼食を済ませ、次に向かった先は『鹿沢温泉紅葉館』です。
この宿は昔登山で宿泊した山岳部員達が作った『雪山賛歌』発祥の宿とされています。

1927年昭和2年)1月、京都帝國大学山岳部の仲間たちと群馬県吾妻郡嬬恋村鹿沢温泉に来ていた西堀榮三郎(のち第一次南極観測越冬隊隊長)が、冬場の雪で足留めを食らった際に、退屈を紛らわせるために仲間たちと「山岳部の歌を作ろう」を話し合い、詩を書いた。それが雪山賛歌である。
メロディは『いとしのクレメンタイン』ですね。

宿は最近建て直されて綺麗になっていました。

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日帰りの受付は宿の下にある古い建物の蕎麦屋に入り、入浴料は店のレジで支払います。


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蕎麦屋の席を通り越して、狭い廊下を案内に従い湯殿に向かいます。

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最後に階段を降りた左側が湯殿です。宿の宿泊者は向い側の階段から降りてきます。


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いよいよあこがれの『雲居乃湯』です。


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大昔から利用されている古ぼけた浴槽ににごり湯がかけ流されています。
洗い場も1か所しかありませんが、こういう風呂を温泉マニアは好むのです。(笑)


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コテコテに堆積した岩の下からお湯がかけ流されています。

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炎を囲んで男女が踊っている怪しげな壁のレリーフが独特のムードを醸しています。
こんなレリーフを眺めながら薄明りの中一人身を沈めれば、極楽気分に浸れるのでは?と思うのは私だけでしょうか!(爆)

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脱衣所に英語の入浴説明書が掲げられていました。
私でも理解できる簡潔な文章です。(笑) (クリックで拡大できます。)

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宿を出ると、源泉槽らしきものがあります。
このお湯は下流の『新鹿沢温泉』に運ばれるのでしょう!

59ホテル鹿沢真田屋

一旦山を下り、今度は鹿沢温泉『ホテル真田屋』さんで日帰り入浴です。
新鹿沢温泉にあって、鹿沢温泉を名乗るのは何故でしょうか?

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広すぎる浴室に適度な大きさの浴槽がありました。

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ここでは鹿沢温泉『雲居乃湯』の源泉分析表を掲げていますが、細かい湯の花は確認できますが、何故かお湯は本家と違い透明と化していましたが、お湯は新鮮でなかなか良かったです。

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玄関先に大きなモミジの木が真っ赤に紅葉していて、思わずシャッターを切りました。
ここから帰路につき、地蔵峠を越えて長野県に入り小諸インターより高速を経由して大宮を目指しました。