「わたしも一緒にいく!」
結月は精一杯の声をあげた。

「ついてくるな、なぜお前がこんなとこにいる。カミハルムイにいろといったはずだ。」

戦乱がはじまってまもなく拓武は一つの誓いをたてた。『結月を必ず元の世界に返すこと。』
そのため、戦闘に不向きな結月を戦争から遠ざけるために旧来の知人である王都カミハルムイの学者ハネツキに結月を託したのだ。

「ハ、ハネツキ博士に頼まれたの。この書簡をツスクルの巫女様に届けてほしいって。」
結月は胸元から書簡を取り出し元親に見せた。

封がされているため中を見ることは出来ないが、確かにハネツキの名が書かれている。

「わざわざお前に頼むとは思えないな、カミハルムイの兵に頼めば済む話だろ。」と感情なく元親はその書簡を結月に突き返した。

「それはその...」口ごもる結月。大方自分から志願したのだろう。ただ、匿うように頼んだ結月を衛兵もつけず旅立たせるだろうか。

「何か裏があるのかもしれないな。」結月にも気づかれないほどの小声で元親はつぶやいた。

「ついてくるのは勝手だが邪魔はするなよ。あと俺はツスクルへは行かない、自分の身は自分で守るんだな。」
結月が立ち上がるのも待たず足早に歩き出す元親。

先ほどの野盗はこの書簡を狙って結月を襲ったのだろうか、ただの金目目的か。へんじもできないただの屍に答えるすべはない。

キリカ草原へ差し掛かったところ、怯えたような声で結月が問いかけた。
「拓武はなぜあんなに簡単に人が斬れるの...?」

「おれを拓武と呼ぶな元親と呼べ。」「人?あいつらはNPCだ人ではないプログラムだ。」

「でもハネツキさんやニコロイ王だってちゃんと自分の意思をもってる!さっきのドワーフだって!!」結月は目に涙を浮かべ訴えかけた。

「おれは自分が気に入らないものは斬る。それがNPCでも人でもだ。」元親は淡々と答えた。


元親の狂気すら孕む好戦的な部分は拓武の本質ではない。信じられないことかもしれないが拓武の想像した元親という架空の人格に拓武本来の人格が蝕まれはじめていた。

この世界が代理戦争の舞台となったと同時に大規模なアップデートが行われ、それまで決まった答えしかもたなかったNPCたちに自我とも呼べるものが芽生えたのだ。この世界に確かに生きているといっても過言ではない、他のプレイヤー達と違うのはただ現実に肉体が無いといった一点のみ。

元親も肉体を失っている今となっては、先ほど切り捨てたドワーフと大差がない。

元親の中で拓武としての存在をつなぎ止めているのは、何者でもないここにいる結月だ。
結月が元親に対し拓武として接するかぎり、拓武として存在し得る。その繋ぎ止める鎖がなくなれば、拓武は元親に全てを明け渡すことになるのだと直感で感じていたし、それで構わないと思っている。

ただ拓武としての自我が失われる前に、なんとしても結月を元の世界に戻してやりたい...それが拓武の唯一つの願いだ。

強くありたいと願う元親、幼馴染を救いたいと願う拓武。両方の願いがケンブリッジ・元親を突き動かしている。


知恵の社

ここには世界中から集まった数多くの文献や書物が納められている。元親がもとめているものがここにあるかは定かではないが、一縷の望みをかけて社に踏み入った。