

昨日は義兄の講演を聞きに文化センター会議室へ、江戸漢詩から読み解く「大崩海岸と焼津グルメ」の話でした。お天気はちょっとですが大勢の皆さんにおいでいただきました。この手の講演でこんなに集まるとは驚きでした。江戸後期から明治初期にかけて志太地域の文化人は活発に交流していたようで、歴史に名を残す方も立ち寄っていたようです。当時の文化の中心は江戸、京、そこではさらに中国、西方を意識した独自の文化がはぐくまれてきました。地方ではその文化を吸収して行こうとの思いが強かったようです。そして師弟関係を結び交流していたようです。中央の文人が志太地域に来ればそこの有力者(財力者)が接待し、詩画グルメを楽しむ。中にはパトロンになってた有力者もいたようです。
今回の中心テーマ大崩海岸ですが、多くの漢詩が残されているようで、その絶景を赤壁にたとえたり、高草山を泰山にたとえたり、多分本物は見ていないでしょうから想像力豊かに考え遊んだんでしょう。
大崩八景なんてのも作ったようで、富士暮雪、久能山夕照、石部帰帆、大磯秋月、霧降橋晴嵐、小浜落雁、女夫巌夜雨、当目山晩鐘 だそうです。
当時のグルメもバラエティーは今と同じようですが、魚は鰹、太刀魚、クロダイなんかが好まれたようです。マグロは近海ではなかなか脂ののったものは取れないせいか、庶民の食べ物だったようです。こんな漢詩も紹介されました。(横書きですみません)
他山簡柳津巻田生 (平尾他山)
駭緑風光醒懶眠
草山如染翠娟々
慿君試問松魚信
昨夜一聲聞杜鵑
(意訳) 焼津の巻田君に手紙を出す、
萌出ような若葉の良き季節 、うたたねから醒めればもう我慢ができない、
「巻田君 初鰹はまだか」と尋ねる、 なぜなら昨夜ホトトギスが鳴いたから初鰹が釣れただろう。
大崩海岸は富士の絶景とともに焼津の大きな財産です。もっと磨けば観光に貢献できます。

