【青森】岩手県に一戸、二戸、青森県に入ってからは三、五、六、七戸と続き、そこから南下して八戸、そして岩手に戻って九戸。岩手県北から青森県南にかけ、数字の後に「戸(へ)」が続く地名が並ぶ。この「戸」とは一体何だろう。追ってみた。【喜浦遊】

 今に残る戸がつく自治体は▽一戸町(岩手県)▽二戸市(同)▽三戸町(青森県)▽五戸町(同)▽六戸町(同)▽七戸町(同)▽八戸市(同)▽九戸村(岩手県)--の8市町村。なぜか「四戸」が見当たらないが、かつては八戸市の櫛引八幡宮付近にあったとされる。

 戸の由来について定説はなく、八戸市は問い合わせがあると、よく知られた2説を紹介している。一つは「馬の木戸」説。各市町村の近くにはかつて軍馬を育てる牧場があり、その木の戸(扉)に番号を振った名残というのだ。

 もう一つは「柵戸(きのへ)」説。8~9世紀、蝦夷征伐のために中央軍が柵戸と呼ばれる柵(さく)で囲った基地を作り、番号をつけたとする説だ。県外からの問い合わせが多く、市政策推進課は「住んでいると当たり前すぎて考えないが、県外の人には面白いようだ」と話す。

 旧南郷村(現八戸市)の歴史をまとめた「南郷村誌」(95年刊行)によると、戸の地名は鎌倉時代以降の文献に登場する。「源平盛衰記」には、源氏と平氏の合戦で武将が乗った馬が「七戸立(産)」や「三戸立」であったことが記されている。この一帯は、名馬の産地として有名だったのだ。

 村誌をまとめた八戸市観光課の古舘光治課長は、当時の馬の飼育について「野生の馬から筋のいいものを選んで捕まえ、教育していた。牧場ができるのはもっと後の時代」といい、木戸説に疑問を呈する。

 古舘課長は川との関係に着目。例えば、六戸は奥入瀬川流域、七戸は小川原湖に注ぐ高瀬川流域、八戸は馬渕川と新井田川の河口に位置する。村誌では、「戸」が家を数える時に使われる言葉であることを指摘した上で、一帯を支配していた権力者が、馬の産地を把握するために便宜上、川周辺にあった大きな集落を交通の便のいい方から1、2、3……と付けていったのではないかと推察している。

 ただ、実際の起源は「分からないことの方が多い」と古舘課長。「東北新幹線が延伸し、盛岡以北に『二戸』『八戸』『七戸十和田』と戸がついた駅名が続く。戸やこの地域の歴史について考える面白い機会になるのではないか」と話す。

 新駅「七戸十和田」ができる七戸町では、菓子店「御菓子のみやきん」が、一戸~九戸で取れる農作物を一品ずつ使った菓子「戸(のへ)」を販売中。開発のきっかけは、同店の宮沢一史部長(34)が新幹線に乗っていた道中、連続する「戸」の地名に興味を持ったことだ。「よそにはない珍しい地名。新幹線延伸をきっかけに、戸の地域が一丸となって盛り上がっていけたらいい」と話している。

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