Abstellraum

音楽とかオーディオとかのチラ裏的な覚え書き。

 音楽とかオーディオとかに関する、ツイッターなんかでつぶやいて流れていってしまうような小ネタをためておくためのblogです。

 主にハイレゾ音源に関する系統立ってない有象無象を書いていきます。 

 「RADIOACTIVITY」という曲の歌詞に「Fukushima」の文字が追加されたのは日本のNO NUKES 2012 でのこと。

 ここに詳しくまとめられている。
〔歌詞〕
Tschernobyl
Harrisburgh
Sellafield
Hiroshima

Tschernobyl
Harrisburgh
Sellafield
Fukushima

日本でも 放射能 Nihondemo Houshanou

今日も いつまでも kyoumo Itsumademo

福島 放射能 Fukushima Houshanou

空気 水、全て Kuuki Mizu,Subete

今でも 放射能 Imademo Houshanou

今すぐ 止めろ Imasugu Yamero

 この歌詞で歌われている Tschernobyl Harrisburgh Sellafield Hiroshima は原曲にはなく、後から追加されたものだ。

 原曲は1975年。

 チェルノブイリ原発の事故は1986年。

 ハリスバーグのスリーマイル島原発事故は1979年。

 これらと、セラフィールド再処理場と広島の語はwikiによると1980年代末のライブから追加されたもののようで、1991年発売の「The MIX」に収録されている。
  
 クラフトワークというバンドはその「The MIX」以降は開店休業のような存在で、時折思い出したようにライブ活動を行なって、再結成バンドのような扱いでノスタルジーとして受け止められているのではないかと思っている、いや、いた。

 だから、「チェルノブイリ」という単語が加わった時も、バーション・アップしたんだねという印象しかなかった。

 2012年に「Fukushima」という単語が加わったときには衝撃だった。が、その時も、反原発をテーマにした日本でのライブに参加するために気合を入れてくれたのだと、そのくらいに受け止めていた。

 今、2017年の当時のライブ音源が発売されたものを聞いていると。5年経ってしまったのだなという、何ともやるせない気分になる。5年経って、どう変わったのか。何も変わっていないような気がするからだ。

 しかし、「チェルノブイリ」という、当時は忘れようもない単語だったものが、既に30年経過して、恐らくは、この曲を初めて聞いた日本人には意味不明に流れていく外国語の1つとして受け止められていくのではないかと思うと、ここに歌詞として残っていることの重要さを思う。かつてそれは、ただの歌詞ではなかったのだ。

 「Fukushima」という単語は、日本のために追加されたその時だけの演出ではなかったのだなと、今にして思う。

 「広島」や「チェルノブイリ」と共に、これからも歌われていく"歌詞"になったのだなと。

 自分の中で彼らはノスタルジーではなくなった。そう思う。




 私のツイッターTLでは誉めてる人ばかりだと思ってたら、こういう辛らつな評が挙がってたので面白がって見に行きました。で、大変面白かったし、批判されている部分も理解できたと思います。それは私がひねくれ者で、この映画はひねくれてるなあと思ったからですね。

 ジャズを知らないほうが感動できるとの話でしたが、むしろこれ、ジャズ批判映画であり、ジャズが嫌いな人の方が感動できるんじゃないでしょうか。

 タイトルのLa La Landって現実から遊離した浮かれた、みたいな意味があるそうですが、それだけ聴くと夢のようなお話、という印象を持ちますが、「未来世紀ブラジル」を比較に挙げた評もあり、そうなると意味が逆転します(^^;)。そして自分で見た印象でも、見事にその両面を持った映画だと思いました。

 つまりエンタメとしてのミュージカルシーンが、ストレスのたまる現実の裏返しとして機能してるんですね。そういう意味ではビョークの「ダンサー・イン・ザ・ダーク」と同じ。夢から醒めれば辛い現実しかない。

 冒頭の渋滞でのダンスシーンが全てを象徴してます。渋滞に溜まりかねて皆が突然踊り出す。パワフルで壮大ですが、でも何の解決もなく渋滞に戻っていくんです。

 主人公であるセブのジャズ好きも同様で、モダンジャズが好きらしく、衰退したジャズを救いたい、由緒あるジャズハウスだった店が軽薄な音楽しかやらなくなってしまったので自分で買い取りたいという。それで、この椅子は有名なジャズミュージシャンが座った椅子だからと譲り受けて自宅に大事に置いているとか、なんというかマニアックで理想論に過ぎるというか。

 そしてその店でバイトをするけど、自由に選曲させてもらえず、とある冬の晩にクリスマスソングばかり演奏させられるのがいやで、自分の即興を弾いたところ、店主に見つかってクビになる。ところがそれをたまたま通りがかったヒロインのミアが聞いて感動して、という話なのですが。

 そのセブの弾いた曲というのが、全然モダンジャズらしくなくて、ショパン的なイージーリスニングというかニューエイジ・ミュージックというか。要するに、自分だって軽薄じゃないかと、コアなジャズファンなら言いたくなるようなセンス。

 それに惚れるミアもジャズは嫌いだと言ったり、セブの演奏が気に入ったんじゃなかったのかという。

 そういうところがジャズファンにとっては意味のわからない物語に見えるということらしいです。映画全体も実際にジャズのライブシーンがあることを除けばミュージカル風ではあるけど、モダンジャズとは無関係で、セブの"ジャズ愛"というものがどうにも空疎に響きます。

 私も先にサントラだけ試聴していて、後から主人公はモダンジャズを愛好していると聞いてちょっと驚きました。そんな曲あったっけと(^^;)。スイングジャズならわかるんですが。

 でも、映画全体を見ていくと、そんな疑問でもなくなります。ミアがジャズが嫌いと言ったのはジャズをよく知らなくて退屈なインストくらいにしか思ってなかったからだし、セブはジャズピアノのレコードの同じ小節ばかりを繰り返しコピーすることにこだわり、いつまでも楽曲全体を練習しないままでいる。

 つまりシナリオが未熟なのではなくて、2人とも本当にジャズがわかっていないんですねこれ。

 別の言い方をすれば、セブはジャズとは異なるセンスにおいて、それなりの才能を持っているし、ミアもジャズではなくて、そんなセブの音楽を普段聞いているポップスの延長として好きになったのではないか。

 なのに2人をジャズが結び付けたというのは、観客の勘違いであり、本人達も勘違いしているので、誰もそれを指摘しないままになってしまう、そういう映画になっている。 

 あたかも「スクール・オブ・ロック」のジャック・ブラックです。彼は音楽に純粋な情熱を持っているけれど空回ってこだわりが強すぎるヲタクでしかない。が、ある意味では才能はある。あるけどねじれている。

 そんな主人公のねじれが、この映画の夢と現実の表裏一体をリンクさせる役割を果たしているのだと思います。

 チャップリンの「街の灯」では、ヒロインの花売り娘は盲目のため、主人公がいつも花を買ってくれるので育ちの良い金持ちの青年だと誤解する。この誤解が本当は乞食である主人公との恋物語を成立させる重要な鍵となっています。

 そういう構造の悲喜劇であることを、どうやら観客が気付かないことが「La La Land」のキモなのかも知れません。

 この「根本的なズレ」が、LAという街の華やかさと辛い現実を繋ぐ核として、ラストに向けて緩やかに正体を表していくのですが、随所で派手なミュージカルシーンが挿入されることで、ストーリーがどう進んでいるのかよくわからないまま、観客は押し流されてしまいます。それはラストを予想させないための囮としても機能しているのではないか。

 だからそれはストーリーがない、というのとは違うのではないかと思っています。

 セブは生活が苦しく、姉から真面目に働け結婚しろ、とせっつかれています。だから、そうではなくて自分のことを理解してくれる女性を求める、というこれが伏線になっている。

 ミアは芸能界でチャンスをつかもうとコネ作りに汲々とするのが嫌になっていて、自分が本当に必要としているのは、コネではなくて、自分の夢を理解してくれる人ではないかと、これもちゃんと描かれています。

 2人の関係が崩れるのは、お互い媚びたりせずに本音を言える相手だと思っていたのに、ミアが母親と電話していて、セブの仕事や生活状況のことを細かく聞かれているのを本人が知ってしまったときからですね。セブは彼女(の母親)に認められるには金がいると思って、好きでもないバンドのメンバーになる。

 セブはその時から、よく言えば視野が広がり、悪く言えば自分を見失う。この辺りが説明は一切されないのでわかり難いですが。彼は売れるバンドでの仕事に納得いっていないけど、同時に自分のこだわりにしがみつくのも違うのではないかと思っていたのではないか。でもその複雑な気持ちをミアには説明できない。自信家であり、ミアにも自信を持つように言ってきたからこそ、自分らしさにこだわるのもよくない、とは言えないでしょうね。

 ストーリー上、そこからミアのサクセスストーリーになっていくので観客も物語を見失いますが。

 そうやってラストの展開に向けて煙幕を張る一方で、ではどうなっているのかというと、セブという人間のいびつさ、不器用さこそ、この映画の核心なのだと私は思っています。

 本当はジャズを知らないし自分の音楽なんて持っていない。にも拘わらず不器用で未熟な自分を曝け出して表現に向かうということ。彼にとってのジャズとはそういうことだったのではないか。その純粋さがミアを引きつけたのではないか。

 この不器用さというのが映画で重要なのではないかと思うのは、実は音響とカメラワークと、各ミュージカルシーンを見た印象によるものです。

 ハリウッド映画のロケの撮影シーンに象徴される、撮影スタジオの様子とかオーディションの様子とか、リアルで生々しくて、同時に、身も蓋もない、そういうカットが多用される。それに加えて、変にズレたカメラワークだなと感じる時がありました。ダンスに関してもジャズのライブシーンに関しても、かっこいい見せ方をしようと考えていないような雑な見せ方をしているなという気がします。

 単に下手というよりも、ミュージカルという"夢を見せる"娯楽に対して、意図的に制作側の手の内を見せて夢じゃないんだ現実なんだ、という空気を出そうという、すなわちアンチテーゼではないか。

 私が最初に気付いたのは「音」で。ミュージカルの音楽って、音を華やかに加工するもので、同じ管弦楽であっても、ジャズやクラッシックとは違う音質になっています。ところが、この映画ではオーディションのシーンの簡素な音の延長のように、ミュージカルのシーンでも部屋で歌う音をそのまま録音したような簡素な音響になっています。そういう現実感のある音質は、ミュージカルなら避けたいはずなんですよ、夢を見せたいのだから。

 さて問題のラスト。昔に戻ったようなピアノを弾き始めて、二人の時間が一気に巻き戻り、出会いからハッピーエンドまでがミュージカルとなって展開する圧巻のクライマックスとなります。

 しかし、それは一瞬の走馬灯であり、実際には再びセブのピアノ演奏をミアが見ているだけのシーンに戻ります。

 2人の立場は変わり時間は戻らない。セブのピアノは気が付くとジャズというのは程遠い、それどころか、かつてミアを感動させた演奏でもない、陰鬱なものになっていた。それは作中で何度か登場したバラードの変奏のようにも聞こえます。その頃は、そこに愛の唄が加わって二人の幸福な未来を語る音楽でした。もうそうではない、むしろ悲痛な響きとなり、他の観客達も何が起きているのか分からない。

 これはセブの途方にくれた本心が表現されたと言ってよいと思うのですが、この映画の音楽の中で、つまりは派手な夢を見せるための音楽なのに、あちこち雑な作りで現実との境界が壊れているそれらの中で、もっとも真に迫った音楽だと私は感じました。

 彼はジャズを救うようなことはできなかったかもしれないけれど、彼女への愛は本当だったし、彼の音楽も、今ここに響く空疎さこそに真実がある。

 音楽ファンなら、そしてジャズファンなら、成長した彼が素晴らしいジャズのライブを行うシーンがクライマックスであって欲しかったと思うし、ジャズが救われる未来が見たかったと思うのです。そういう人達にとっては、このラストは認められないだろうなと、思います(^^;)。

 でもそれは行きあたりバッタリでこうなってのではなくて、そういう居心地の悪さことが意図されたものではないのかなと。

 そういう意味で斬新だし、とても面白かったと思います。


 私は擬似ハイレゾをして「ニセレゾ」って言い方を基本、しません。何故なら「本物のハイレゾ」という概念が未だ確立していないと思うからです。少なくとも聞き分けられないなら本物も偽物もないでしょう。

 周波数特性のグラフを見て、本物か偽物か判断するという人もいるかもしれませんが、現実として、可聴帯域を超えて音が入っていたとして、それが楽器の音なのかただのノイズなのかを判別することは難しいと思います。

 ある意味、私はハイレゾとは、CDではカットされるノイズがそのまま鳴っているもの、と考えています。逆に言えば可聴帯域を超える20KHz以上の音が収録されていなくても、だから偽物だとは言えないのではないか、と。

 綺麗に40KHzまで音が伸びている周波数特性を持つハイレゾも見かけることはあるんですが、あれは何の音が伸びているのだろうと逆に不思議になることもあります。

 ハイレゾとは超音波を収録した音源だと思っている人は今でも多いので、少し考えてみて欲しいと思います。あれは何の音が鳴っているのかと。
バードランド
 例えばこれ。超音波が80KHzを超えて鳴っているから本物のハイレゾですか? まさか。こんな音を出す楽器なんてありません。超音波の部分は全部量子化ノイズだと思います。

 意外と知られていませんが大抵の楽器は可聴帯域を超える音は出ていません。ただ、楽器本来の音色を超えた高音である倍音成分というものが存在するのですが、多くの場合、それはグラフに表れるような明確なものではないのです。

 電気楽器の場合、高い周波数まで出ているものもありますが、ハイレゾで録音するためには、全ての機器がその超高音まで扱えるものでないといけないので、シンセやエレキ・ギターなら必ず超高音まで録音されているとは限りません。

 そのため、一枚のアルバムの中で、超音波まで鳴っている曲もあれば、20KHz以下までしか鳴ってない場合もある。それは楽曲によって使用楽器や録音法が異なるため、そういう結果になるのだと思います。

 以前の記事で貼ったグラフでは、同じアルバムの中に可聴帯域を超える音は鳴っていない曲と、40KHzまで届いている曲が混在していました。
ワタシドリ2
if_you
 1曲のグラフだけを見て、このアルバムはハイレゾ96KHzでは収録されていないと言い切る事はできないということです。

 ましてや、96KHzでレコーディングを行なっても、楽器の音に可聴帯域を超えて鳴るものが全くない場合もあるでしょう。それは偽物なのでしょうか。

 以下に、基本的な楽器の周波数特性を示せるようなグラフを貼っていきます。

The King's Singers「Alma redemptoris mater」(96KHz/24bit)
(無伴奏の合唱曲)
kingssingers
ラルフ・タウナー「ピルグリム」(96KHz/24bit)
(アコースティック・ギターのソロ演奏)
ラルフタウナー
オッタヴィアーノ・クリストーフォリ 「ラプソディア」(192KHz/24bit)
(トランペットのソロ演奏)
稲妻-ラプソディア
工藤重典「無伴奏フルート・ソナタ イ短調 Wq.132 Ⅰ. Poco Adagio」(192KHz/24bit)
(フルートのソロ演奏)
フルート無伴奏曲
溝口肇「Song of Birds」(96KHz/24bit)
(チェロのソロ演奏のライブ録音)
溝口肇チェロ独奏
櫻井哲夫「ムーン・リヴァー」(96KHz/24bit)
(エレキ・ベースのソロ演奏)
櫻井哲夫ムーンリバー
Steve Reich「Electric Counterpoint: I. Fast」(96KHz/24bit)
(エレキ・ギターの多重録音による作品)
エレクトリックカウンダーポイント1
究極のオーディオチェックCD2016~ハイレゾバージョン~「ピアノ・ソロⅣ」(192KHz/24bit)
ピアノソロ1
 〃 「ベース・ソロⅡ」(192KHz/24bit)
(ウッド・ベースのソロ演奏)
ベースソロ1
 〃 「ドラム・ソロ」(192KHz/24bit)
ドラムソロ1
漆原啓子「ソナタ第1番 ト短調 BWV1001 Adagio」(96KHz/24bit)
(ヴァイオリンのソロ演奏)
漆原啓子
 以上です。注目したいのは、ピアノやトランペットが15KHz程度、フルートが20KHz程度なのに対して、チェロが25KHz、ウッド・ベースとドラムが30KHzまで伸びていることです。

 これが倍音であろうと思われます。ピアノのような純粋な音色(サイン波に近い単純な波形)では倍音は少なく、ノイジーで複雑な音色の楽器ほど、倍音成分が多く出ています。倍音は文字通り本来の楽器の音よりも高い音として出ますので、可聴域を超えた超音波成分になるわけです(全ての倍音が20KHzを超えるわけではありませんが)。

 ということは、高く澄んだ音が鳴っているからと言って、ハイレゾで可聴帯域を超えた音が録音されるというわけではなくて、澄んだ音は逆に低く、歪み成分の方にこそ、超音波が多く含まれるということ。これは知っておいてよいのではないかと思われます。

 ハイレゾでいう「空気感」とは純粋な楽器の音ではなく、混じってしまった余計な音であり、つまりはノイズだという、最初の話に戻ります。昔はそれはカットしなくてはいけない音だったし、実際にミキサーの判断でカットされれば、それはハイレゾで録音されていても、可聴帯域までしか音は収録されていないことになります。

 ならば、本物のハイレゾとは何か。それが確立していないのであれば、ニセレゾなどと言っても仕方ないと言うのが私の考えです。


 尚、16bitから24bitに増えたダイナミックレンジとか、エイリアシングノイズの問題こそハイレゾの本質である等の論点については、ここでは置いておきます。どちらにせよ、それが本質であるならば、聞いて区別できるはずです。

 あまり数字やグラフに頼って、何の話をしているのかわからないようなハイレゾ論が巷には多いので、少し頭の体操をしていただければと思いました。この記事については以上です。

 ではでは。

 「マスタリング・エンジニアが教える 音楽の聴き方と作り方 (CD-EXTRA付き) 」小泉 由香 (著) 

 この本の感想、というより、私が重要だなと思った箇所について、メモしておきたいというのがこの記事の趣旨です。

 筆者の小泉由香氏については、以下の記事も参考になります。

   インタビュー劇場 小泉由香(オレンジ) その一 |日本製のみの市  

 ハイレゾ版『First Love/宇多田ヒカル』徹底研究 〈前編〉~マスタリング・エンジニアと探る、テッド・ジェンセン氏のハイレゾ・リマスター 

 この本の趣旨は、マスタリングとは何か、ということですが、専門用語や機材の説明のようなとっつきにくい薀蓄のようなものはなく、平易で分かり易い本になっています。

 が、音の奥行き、位相、音圧等の言葉は、抽象的なのでハードル高いかも知れません。かと言って核心となる部分なので省くわけにもいきません。そこで付属のCDでマスタリングの異なるトラックを聞き比べることで、同じ曲だが奥行きのあるトラックとないトラック等の聞き比べができるようになっています。個人的には、このCDを聞くのはとても面白かったです。

 話を戻すと、そういう主軸となるマスタリング作業の話と別に、マスタリング現場の雰囲気、ミュージシャンとのやりとりなどについての対談などが大変興味深く、昨今の音楽業界の闇をさりげなく伝えていて重要だと思いました。

 決して声高に批判するようなことはしていないし、したところで自身に跳ね返ってくることもよくご存知でしょう。そもそも、音質という抽象的で形のないものにおいては、自分の考える「良い音」、そして「音をよくする方法」が、絶対ということは誰にもできません。そのため、この本では筆者の問題意識はさりげない言葉の端々に間接的に示されるに留まっています。

 この記事でそういう断片的な言葉を拾っていきたいと思います。では以下に。


(1)「録音スタジオで仕事をする人達はコントロール・ルームでもヘッドホンで仕事をしているという誤ったイメージを持っている人がたまにいます」

 筆者はスピーカーでモニターを行なう理由を3つ挙げています。

 1.部屋の空気の振動も音楽を構成する重要な要素である。「どういう風に聞こえるか」をモニターしているわけですから、部屋の残響まで含めてチェックしないといけないということです。

 2.ヘッドホンは周波数帯域が十分でない。これはハイレゾの話でも重要ですが、仮に数字の上で十分なスペックがあっても、ヘッドホンでは音が耳の周辺にこもるため実用的な意味でのワイドレンジにはならないと思います。

 3.スピーカーは前方に距離を置いて聞くものです。それに合わせて定位を考えるのだから、耳の真横から音が出るヘッドホンでは定位が大きく崩れてしまいます。(これもハイレゾを聞く時に重要な問題の1つです)


(2)「自分のシステムの限界点を知っておく」

 意味は、自分の使っているステレオの音場の広さの限界をいろんな音楽を聞いて覚えておこうということですが。逆に言えば、使っているリスニング装置によって音場の広さは違う、更に、聞いている音楽によって形成される音場が異なる。

 この音場を形成する2つの要素が混ざり合って聞こえるわけですので、今聞いてる音場が、どこまで装置によるもので、どこから楽曲によるものかを知るためには、使っている装置の音場の広さの限界というものをあらかじめ知っておく必要があるということです。


(3)「マスキング効果」

 前後に楽器が配置されていると、後ろの楽器の音は聞こえない、というようなことです。

 MP3やAACはこの効果によって「聞こえない音はなくてもよい」という判断で音を削っています。

 「MP3は圧縮するので音が悪い」と言われていますが、なぜ音が悪いのかを知っておく事は大事で、全体になんとなく削っているのではなくて、特定の「聞こえない音」を抽出して削るという高度なことを行なっているのです。知っていましたか?


(4)「あなたは視覚派? 体感派?」

 マスタリング技師は実際には、人によって仕事の方法論が異なります。なのでマスタリング技師が皆、筆者と同じ作業をしているわけでもなければ、同じ考え方をしているわけではありません。

 世の中には「音楽家は」とか「マスタリングエンジニアは」とか、主語を大きくして、皆が同じだという決め付けを行なう人が多数います。ジョークなら許されるかもしれませんが、これは書籍なのでそういう態度では無責任になります。

 「視覚派」は目の前のスピーカーを基準に音場にどう楽器が展開するかを聞いてバランスを調整するという仕事をする人であり、「体感派」とは自分の「耳」にどう聞こえるかという印象、要は音色を基準に調整する人を指します。結果、マスタリングと言っても全く違う作業をしていることになりますが、仕事を依頼する人がその結果に満足するなら、方法論は問わないわけです。

 筆者は自分の方が正しい仕事のやり方であるとは主張していませんし、読者に自分のやり方が唯一だと押し付ける気もないので、異なるやり方を選んでも良いのだということです。


(5)「レコードの時代は何をするにしても、”レベルは自分で調整する”のが当たり前だったのです」

 音圧競争の話。「音量の差」というのは普段はあまり気にしないかもしれませんが、気にしないからこそ、プレイリストで曲を連続再生していると、あからさまな音量の差にハッと驚いたりします。

 リスナーとしては、BGMに気を取られることなく、同じ気分、静かな気分だったりノリノリにテンションを上げていたりしたいので、音量を上げ下げしなきゃというのは、白ける行為になってしまう。それくらい、音楽を聴くのに手間がかからないのが当たり前な時代になってしまったということです。

 昔は異なるアルバムの楽曲の音量が違ったら、自分で録音するときに調整していたのでそんな問題にならなかった。今は適当に楽曲データを選択してリストに並べるだけですし、音量を調整する機能自体ありません(昨今ではそういう機能をつけている機器も登場しているようです)。

 これが音圧競争の最大の理由であって、迫力を出したいとかは本質ではない、と述べています。

 音量を調節しないで並べているなら、音のでかい楽曲が目立つ。良い音に聞こえる、ということですね。


(6)「私の知っているマスタリング・エンジニアで、ノーマライズやマキシマイズを使っている人は1人もいません」

 「最近海外では、「ミックスでマキシマイズを使うより、アーティストとよくコミュニケーションをとって、マキシマイズしなくても大丈夫だよと、しっかり説明することが重要だ」ということが話題になっています」とのことです。

 アーティストが、トラックダウンが終った仮CDを再生して、他のCDと音量を比べてしまうのだそうです。トラックダウン後というのはマスタリング前なので、まだ音量調整が済んでいません。すると、完成品として世に出ているCDより音が小さいということになります。そのためマスタリング前のミックスの段階で音を大きくしてくれと要望が出て、もはやマスタリング段階では手の施しようがない、ということが起きるのだそうで。

 マスタリングでも、もちろん音量は小さく出来ますが、ミックスバランスがめちゃくちゃになったら、それは戻りません。ミックスで音量を上げて音が団子になったら、後から音を小さくしても団子のままだということです。

 これを海外の話として紹介しているのが、心憎いですね。


(7)「ミックスの上がりをクライアントさんに渡すときに、「ちゃんとCDプレーヤーで聞いてくださいね」みたいな念押しはする?」

 対談中の発言。CDで渡したのに、iTunesでmp3にリッピングして聞くミュージシャンがいるみたいですよ。それで、感想を言ってくるわけですね、もっとこうして欲しいと。


(8)「バウンスしたファイルは聞いて確認しないといけないですね」

 バウンス(オーディオファイルの書き出し)で音が変わるとのこと。PCの負荷によるのではないかと考えておられます。作業量が大きいと変化が大きい、PCを再起動してから行なうと違いが出る等々。何回もバウンスして聞き比べたりもするとのこと。

 レンダリングも同じ意味で使われます(エフェクト等をかけた結果を書き出して反映する)が、某マスタリング技師は音が劣化するのでレンダリングを極力しないそうです。


(9)「一時期、バウンスで「プツン」というノイズが入ることがかなりあったのね、それでエンジニアさんに確認してみると、やはりプレイバックしていなかったって」

 プチノイズが入ってたらリスナーなら「音割れ」と思うでしょうね。まさか、制作側が聞いてない、知らない、なんてことがあるとは思いませんでした。

 それ以前にバウンスでプチノイズが混入する、なんてことが、ありうるということが、そもそも現場でさえも知られていないのでしょうね。デジタルだから変わらないと思ってるでしょうし。

 ちなみに、このようなバウンス段階での問題に気付かないままレコーディングやミックスが既に終了してしまったらやり直しできないため、マスタリング技師は四苦八苦するようです。


(10)「DAWを導入したのは、録音よりもマスタリングの方が先でした」

 アナログマスターの音をPCに読み込んでデジタル化すると、ノイズを取るのに大いに役立ったそうです。ノイズの電気的な逆相を作り出して打ち消すとかできたそうな。

 確かに一時期「デジタルリマスター」という言葉がよく売りとして宣伝されました。「デジタル録音」と別に「アナログのデジタルリマスター」という文化が育って、それが粗悪なリマスターの濫造という歴史に繋がったのかな、とか思います。


(11)「各トラックで気になるピークをコントロールしてあるものや、いやなピークが立たないように録音時から工夫されているものは、あまり問題なく自然とレベルの大きい上がりになっていきます」

 マスタリングで何とかするだろう、ではなくて、録音、ミックス段階で工夫をされていれば、最終的な音圧感も出せるということ。

 海苔波形は限界まで音量が上がって見えますが、問題はトータルの音量の大きさではなくて、何の音量が上がったかでしょう。

 無駄にピークの多いミックスでトータルの音量を上げればクリップが増加して聞くに堪えないことになるでしょうし、ミックスに奥行きがなければ、目立たせたい楽器の音を前に出すこともできず、迫力が出ません。真の音圧は最終波形の見た目ではなくて、録音、ミックス段階で決まるということです。


(12)「"自分の適性ボリューム感"を持ちましょう」

 音量を上げると音は潰れて行きます。耳も麻痺します。何よりも、音が大きいと良い音に聞こえる、これが判断ミスに繋がる。大音量なら細かい音も聞こえる、ではなくて、自分の耳で細部がよく聞こえる適正音量があるとのこと。

 ちなみに筆者はオーディオメーカーの鈴木氏との対談時にも「作業時のモニターの音が小さくて驚いた」と言われています。


(13)「聴感レベルはマスタリングの基本」

 これは複数の曲の音量を揃えるというときに、数字ではなく、自分の耳で音量感を揃えることができないといけない、ということです。自分の耳だけでやるということは、誰も正解を保証してはくれないということですから、耳とセンスが全てということになります。なるほど、これができないようでは、話にならないということでしょう。

 音量感というのは、ミックスやイコライザで変わる、つまり定位や周波数特性で変わってきます。逆に言えば、数字の上で同じ音量になっていても聴感では違って聞こえるので、聴感の方に合わせないといけないということ。

 敷衍して言うなら、音圧感の出せるミックスなら、やたら物理的な音量を上げる必要はないということですね。


(14)「オレンジでは音の補正についてはアナログで行い、DAWに録り込んだ後は一切いじらないようにしています」

 「オレンジ」は筆者のマスタリングスタジオ。デジタルで補正をすると書き出したときにどんな変化が起きるのか予測がつかないから、ということらしいです。

 そのため、デジタル録音された音源であっても、一旦アナログで出して、デジタルに戻したらもういじらない。とのこと。実質、アナログ・マスタリングだということですね。

 但し、ADコンバーターは2種類あって、両方で書き出して、アーティストに聞いてもらってどちらにするかを決めてもらうそうです。

 デジタル録音だったらアナログに劣化させなくても、と私も思いましたが、逆にここまで徹底していると、「デジタルだから変わらない」と盲信しないという意味では信頼できるなと思いました。

 アナログ機器による変化というのは予測がしやすいです。だからこそ対策も立て易い。

 デジタルの変化はどうなるかわからない、というのが真実です。建前上は変わらないはずですから、音が変わっているとなっても理由とか想像しようもない。だからデジタルは使いたくないというのは理解できます。


(15)「本当は僕らも突っ込みたくはないっていうか……。奥行きとかで聞かせたいんですけど、結局、いまの若者の好みに合わせるとそうせざるを得ないっていう現状なんですよね」


 「残響レコード」の河野さんの発言。私の知る限り、音楽家がレベルを突っ込む理由は、プロデューサーに言われたとかマスタリングが下手とかではなくて、自分が好きか、あるいはリスナーが求めると言うかのどちらかですね。

 では音楽家に対して音圧競争を話題にしているのは誰かと言うと、評論家と、マスタリング技師ですね。

 ユーザーが音圧競争を問題視している、なんて話は、彼らの耳から聞いたことがありません。どうも音質を気にするリスナーというのは、存在しないことになっているようです。


(16)「やっぱり奥行きって、奥行き感が分かる人とじゃないと話ができないし……。」

 これは筆者。業界にいる人が、自分が仕事上いちばん重視している点について「話ができない」と感じることがあるんだなあと。


(17)「遠いって感覚も、単に「ぬるい」とか言われちゃうと困ってしまう。「いや、それは奥行きなんだけど」って……。本当は奥行きって普通にあるものなんだけど、それが分かってもらえなかったりしますもんね」

 「奥行き」は普通にあるもの。どうでしょうか、普通にあるものだと思いますか。恐らくは、この小泉さんの感覚は、イヤホンで聞く多くのリスナーには通用しないのではないでしょうか。彼女の抱く絶望感がじんわりと伝わってくる気がします。


(18)「奥行きがあると、削られてもまだあるよっていう」

 「残響レコード」の川面氏。筆者との対談の中で、mp3で圧縮されるとレンジ感も奥行き感も削られる。だからと言って狭い範囲に音をまとめるのではなくて、逆に奥行きがある方が、圧縮されても削られないという話へのリアクション。レベルも上げすぎると劣化が激しいそうです。

 つまり、音圧競争は、実はmp3に向いているようで実際には反対である、と。

 mp3で聞くのは、音数が少なく音場に余裕がある方が良いというのは、私の経験でもそう思います。mp3で聞くと、音場が広くても小さくまとまってしまいますが、音場が小さくまとまった曲だと、もっと小さい音場になります。


(19)「僕がよくバンドに言っているのは、「自分が鳴らしている音ではなく、スタジオのスピーカーから聞こえるものを自分が鳴らしている音だと思え」ということ。」

 河野氏。理屈ではわかっていても、これがわからない人は音楽家に限らず多いのではないかと思います。つまり、音質なんて環境が変われば変わってしまうものだということ。

 自分で楽器を録音すると当然、生音より劣化します。それを他人に聞かせるときに、「本当はもっと良い音なんだよ」と思ったところで、相手にはわからない。

 自分の記憶には生音が存在しているから、劣化した音を聞いても良い方に補正がかかります。相手にはそんなことは起きないんだと言う事は、なかなか思いやれないことではないでしょうか。


(20)「いまはすごくコンプをかけたものが持ち込まれるんですけど、そういうものをここで聴くと、なんか小さいんですよ」

 音に強弱があった方が、平均では大きな音ではなくても聴感として大音量に感じる、という話。


(21)「日本のロックって音像がスピーカーにべったりしてるんですよ」

 オーディオメーカーの鈴木氏。洋楽は空間が広くて、その方が音量も大きく聞こえるという話。


(22)「96KHzもやっぱりPCMだなっていう感じはありましたね」

 ここでいうPCMとはCDの音の延長、という意味です。「ハイレゾはアナログに近い」なんてことは筆者は言わないということ。


(23)「CDの方が全然良いじゃんっていうものになりかねない危険性がありますよね。奇麗なだけで終ってしまっては、ここに残らないですから」

 ハイレゾ話。ガッツがないんだそうです。ただ、音質重視の方に行って欲しい気持ちはあるから、ハイレゾもマスタリングするし、CDの方がいいとは言われたくないという気持ちはあるそうな。


(24)「歌にピッチ補正ソフトをかけた途端に、ミックスをしていると全然前に出てこなくなる」

 エンジニアの山田氏。歌が前に出てこなくなる、存在感がなくなって、結局いろんなエフェクトで音をいじることになるので困るそうな。また、子供の合唱って、複数のずれた声が混ざるのがいいのに、(歌唱力をごまかすために)必ず補正ソフトをかけるから、音が被って歪んで気持ち悪いそうです。


(25)「「いやぁ、これってどうなの??」なんて言っても、それはもう成り立たないし、そんなことを言っていられない事情もたくさんある」

 山田氏のピッチ補正ソフトの話の続き。つまり自分が嫌でも周囲が気にしないし、反対したくても仕切れない、と。


(26)「歌のうまい人なんかは、マイクとの距離を自分で調整するから、コンプレッサーなんて要らないですし」


 ミキサーの山内氏。この方は歌が小さいと思ったら音量を上げるのではなくて、「大きな声で歌って」と要望するのだそうです。そりゃ、音をいじらないで人間の方が合わせる方が音は良くなりますよね。

 この山内氏であっても、ピッチ補正には抗い切れないそうです、かと言って使ったらオケに馴染まなくて困ると。根深い問題みたいですね。

 尚、音圧競争については、「小さければ、ボリュームを上げれば良いじゃんっていうね。」だそうです。



  以上。  
 
 このようにまとめていくとデジタルレコーディング及び、音圧競争、ピッチ補正と様々な問題提起がされている本だとわかるのではないでしょうか。

 本としてのテーマはあくまでマスタリングのやり方の説明で、ページの大部分はそのために割かれています。が、昨今の音圧競争を初めとする、マスタリングの問題に興味のある人にとっては大変読み応えのある本ではないかと思い、こうしてまとめさせていただきました。ここまで読んでくださった方にとって少しでも引っ掛かりがあれば幸いです。

 ではでは。

 

こういうグラフ、CDの上限辺りで垂直落下式に落ちる周波数特性の楽曲があるんですけど。
ワタシドリ2

 普通は高音域をフィルタでカットされたとしても、すこしずつ山裾のように減衰していくので、ちょっとおかしいんですけど、他に答を思いつかなかったので、それ以上考えずに放置してたんですけど。その解釈だと、ちょっとおかしくなる波形を最近見かけました。
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 これ、CD用に高音カットされた音源をアプコンしたらノイズが乗った、にしては、ちょっと高音域が綺麗にでてるんじゃないか? とね。それにこれは原由美さんのシングル曲で、彼女の音源は96/24で録音していると聞いているので、アプコンじゃなくて、元からこういう音なんじゃないか

 これも同じ原さんのシングル曲から。
if_you
 これも、ちょっと高周波ノイズが太いとか、たまたま減衰が綺麗な形にならなくて凸凹してこうなったんじゃないか、と思えないこともない。

 しかし、ここまで来れば、フィルターでカットされたのではなくて、録音された音が22KHzでガクンと落ちる、こういう特性になる音源なのだという気がしてきます。つまり、最初に貼ったグラフも、カットされてああなったのではない、と。

 ということは、フィルタでカットされなくても、崖のようにスパっと落ちる音が出ているということです。

 というかこの場合、難しいのはむしろ22KHzまでほとんど減衰してないということです。そんな楽器、普通はないんですよ。

 22KHzまで減衰せずフラットな音を出し、以後、唐突に減衰する音を出す楽器とは。

 電子楽器しかありません。恐らくシンセでしょう。というわけで、動画の作り方がよくわからないので、リニアタイムで動くグラフから静止画で切り取ったものを貼りますが。

 これがシンセの鳴るイントロ部分でのグラフ。audacityで表示されるグラフと同じ崖が見えます。
moonlightst1

 こちらが、シンセが止まって他の楽器が鳴っているときのグラフ。
moonlightst2
 崖ではなく、なだらかな下り坂になっていますね。

 このことから次のような結論が導き出されます。

 1.一見、フィルタでカットされた後にアプコンでノイズを加えた擬似ハイレゾに見えたけれども、これはあくまで録音された楽器の音の周波数特性であって、擬似ハイレゾではない

 2.例え96KHzで録音されていても、楽器の音に超高音が入っていなくては、グラフには現れない(最初のグラフのように22KHzで唐突に切れる)。

 すなわち、ハイレゾで録音されていても、実際には30KHzまで伸びるような楽器が使われていなければ(ボーカルと電気楽器のみならそれが普通です)、そうは見えないので、これは偽物だろう、と言われてしまうということです。


 では、少し考えてください。

 最初に、CD用音源では22KHz以上をフィルターでカットすると言いました。

 22KHz以上の超高音の出る楽器が使われていないなら、何故、フィルターを使うのでしょうか。何をカットするのでしょうか。

 それは楽器の音でなく「折り返し(エイリアシング)ノイズ」をカットするのです。

 では、なぜハイレゾではノイズをカットしないのか。ハイレゾでは、「折り返しノイズ」を減らしたり、更に超高音域に追い出したりできるからです。

 必要ないのであれば、フィルタは使わない方が音の純度が上がって高音質になります

 
 私は技術屋ではないので、この辺りの話は必ずしもちゃんとわかっていませんが、周波数特性のグラフの見方として、「22KHz以上の音が出ていない=偽物である」とは必ずしも言えないということはご理解いただきたいと思います。

 ではでは。







*クラッシック・管弦楽・声楽

 クラッシックも多くの新規参入のレーベルがあり面白い1年でした。オペラや合唱について興味深い作品が多かったのですが、数を絞ったらここに残らなくなってしまったので記しておきます(^^;)。


クラウディオ・アバド , ロンドン交響楽団 /ストラヴィンスキー:春の祭典、火の鳥、カルタ遊び
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 録音が1975年2月(春の祭典)、1972年11月(火の鳥)、1974年10月(カルタ遊び)だそうですが、鮮やかな音で古さは全く感じません。私はクラッシックには疎いですが、そんな昔の録音をわざわざハイレゾにするだけあって演奏も素晴らしいと思います。現状、我が家で最もダイナミックレンジの広い音源ではないかと思います。カーステだと音量は幾らでも上げられるわけですが、これまで試したこともない音量まで上げないとピアニッシモが聞こえませんでした(^^;)。そこから盛り上がった果てのフォルテッシモもまた雷の如しで、音割れなど一切ない空間を切り裂くような音で鳴ってくれます。(ハイレゾ192KHz/24bit)
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 うちにギドン・クレメールがアルヴォ・ペルトを演奏したCDがたまたまありまして、その鮮烈な演奏に衝撃を受けたのですが、何せこっちの音楽には疎いもので、そのままになってたんですが(^^;)、私が好きな数少ないクラッシックの1つである「バッハの無伴奏ヴァイオリン」をクレメールが演奏して、しかもハイレゾと来れば聞くしかありません。音も良いですし言うことなしです。(ハイレゾ192KHz/24bit)


Forestare , Dave Pilon /Forestare Baroque
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 高音質レーベル2xHDより。バロック曲と言ってもよくあるバイオリンや、オルガン、チェンバロではないようで、どういう楽器編成なんだろうと思ったら「12 guitars, 2 double basses and the occasional percussion」とのことで、つまり主要楽器はクラッシック・ギターなんですね、しかも12本のラージ・アンサンブル。これは分離の良い録音をするのは極めて難しい部類だと思います。

 というか、12本のクラッシック・ギター合奏がどんな音を奏でるのか、生演奏で聞いたことのない人もたくさんいるでしょう。マンドリン、あるいは日本の琴や三味線も、あまり大勢で合奏するイメージはないかも知れませんが、それらプレクトラム楽器(弦を弾いて音を出す楽器)が一斉に音を出したときの繊細かつ硬質なダイナミズムは筆舌に尽くし難いものがあり、生楽器演奏の究極の姿ではないかと個人的には思っています。

 旋律が線ではなく点でしか鳴らないプレクトラム楽器の合奏は、点の集まりが瞬間でのみ合わさり、響き合いほぐれていくわけで、そのような音のありようを録音することもまた難しいです。何ともチャレンジングで、高音質レーベルのプライドを感じましたので、DSDで買いました。そんな難しいアンサンブルを見事に描き出している作品で、ちょっと類のない音が聞けると思います。(DSD5.6MHz)


Cammerata , Joaquin Riquelme /Cammerata - Brotons, Haendel & Tchaikovsky
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 この音源はMQAという新しい圧縮フォーマットの入門として買いまして、結果的にはflac192KHzも買って聞き比べて、大変興味深かったです。 MQAはbit数を音の立ち上がりの再現に振って、それ以外を圧縮してしまうので、ハイレゾ本来の高音域の伸びは聞けません。しかし普通のハイレゾよりダイナミックな音になるのも本当で、圧縮率の高さ(flacがWAVの半分くらいで、MQAはflacの更に半分以下です)を考えれば十分に選択肢に入って来るでしょう。

 全体的な録音の質としてもゴリゴリとした男性的な音で、厚みのある弦の音が迫ってくるかっこいい音です。具体的な編成はわかりませんが、選曲からしても小編成のアンサンブルで、それにしては攻撃的な演奏で良いのではないでしょうか。(ハイレゾflac、DSD、MQA各種フォーマット)



 以上ですが、ハイレゾの全般的な質は昨年よりも今年の方が確実に上がっていると思います。一方で、リスナーの多くはハイレゾ商法の醜悪さにうんざりして、背を向ける人が増えているような印象がありますね。ただ、昨年はアニソンしか売れてないように見えてた売り上げランキングに、普通にクラッシックや洋楽、邦楽のメジャーどころが食い込んでくるようになってきていて、やはり良い物は売れているんだなあと言う感慨もあります。

 何度か言ってますが、私は今のあり方、好きなだけ試聴をして、気に入ったら知らないアーティストでも直感で買う、というのが性に合っています。これはe-onkyoやototoyのような、まともな試聴音源のあるサイトでないとできませんので、これからも付き合っていくと思います。今回紹介した音源も多くは詳しい情報がわかりません。が、音を聞く上で困ることはありませんので(^^;)。



*ジャズ・インスト

 今年度はe-onkyoに様々な新規参入のレーベルがあり、ジャズ方面も賑やかでした。小編成で加工の少ない録音、という意味でもジャズは高音質なものが多く、数を絞るのも大変でした(^^;)。


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 このハイレゾは、2016年1月1日の発売でした。一斉に→Pia-no-jaC←のアルバムがハイレゾ化した中から、個人的に一番だと推せるのがこれ。これは48/24で、恐らくはマスタリングのノウハウの問題で、96/24で出ているアルバムよりも、こちらの方が良い音だと感じられます。難しいものですね、いえお前の主観だろうという人もいると思うので、実際にどれを買うかはお任せしますが。ともあれ、バッキングの激しいビートに乗ったピアノのタッチが力強く、音もキラキラしていて気持ちのよい作品になってます。(ハイレゾ48KHz/24bit)

 
ダラー・ブランド /African Piano[Live]
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 アフリカのキース・ジャレット的なピアニストらしいのですが、調べたら1973年SJ誌ジャズ・ディスク大賞銀賞受賞作だそうで昔のライブ盤ということになります。そういう意味でも音質はさほどではありませんが、演奏が素晴らしくて一発で気に入りました。よくある上品なピアノでもなければ、いわゆるスイングでもない独特のグルーヴ感のあるソロピアノ即興です。他のアルバムも南アフリカという自分の出身を活かした独特の視点の音楽が多く、ジャズという枠組みから奇妙にはみ出しているのが魅力だと思います。(ハイレゾ96KHz/24bit)



 イタリアンジャズのSMOOTHNOTEレーベルより、太い音を出すエレキ・ギタリスト。ブルースギターが本領のようですがこのアルバムではジャズで太い音のギターをうならせるという珍しい存在になってます。ハイレゾでエレキギターを聞くときの私のリファレンスにしているアルバムで、適当な機器だとうるさいだけで、このアルバムで聞けるギターの艶やかなディストーションを響かせることができません。(ハイレゾ96KHz/24bit)


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 この方もギタリストすが、一般には馴染みのないギターの音というか、と言っても個性的な音という意味ではありません。むしろ、ギターというのは本当はこういう音なんだよ、という裸の音を出す人です。アコギが得意だけども、エレキでもセミアコで、アコギのような鳴らし方をする。

 このアルバムはハイレゾではないんですが、ハイレゾで聞きたくなるような、目の前でマイクもアンプも通さずにギターを弾いている音が聞こえてくるような空気感に溢れていて(もちろん実際には使ってるでしょうけど)、懐かしい気持ちになりました。ロックバンドが出す尖った音でも、ジャズギターの名手がリバーブで響かせたアコギの音でもない、四畳半の和室で聞いているようなギターの音。ギターは木でできているので、素の音からは木の響きがします。だから和室がイメージされるんです。楽曲は思いつきをそのまま曲にしたような、やはり自然体という雰囲気で、だからこの音質なんだなと腑に落ちます。(WAV44.1KHz/16bit)



 Balafonというアフリカの木琴を演奏するパーカッショニストで、ジャンルはジャズでいいようです。ファンキーなアフリカのビートとジャズのスイングの中間点にあるような独特な音楽ですが、確かなリズム感で連打されるBalafonの音に伸び伸びと響く管楽器が合わさり、ライブさながらの熱い演奏を聞かせてくれます。音質的にも加工のない素の音が鳴っている感じで聞いてて疲れません。(ハイレゾ44.1KHz/24bit)


ニック・ベルチュ “ローニン” /Live
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 ライブ演奏ならではの骨太なリズム隊と、ECMならではの空間的な演奏が両立してステージ上に小さな宇宙を生み出していただろう、そんなライブ音源です。Nik Bartsch's Roninはスタジオ版では現代音楽とジャズの境界線のようなミニマルで静謐な音楽をやってますが、ライブ盤ならではの力強い演奏が聞けるこのアルバムを推します。(ハイレゾ44.1KHz/24bit)



 メタルパーカッション大好きな私が気に入らないわけがない、エッフェル塔を叩いて作った音楽集。実際には生演奏ではなくてサンプリングしてから打ち込みで作られてますが。どこを取ってもトントンカンカンな金属音で構成されていて、気持ちいいです(^^;)。シンプルな打ち込み音楽なので音質もクリアでダイナミック。(ハイレゾ88.2KHz/24bit)


Malene Mortensen /Date With A Dream
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 Stunt Recordsというデンマークのジャズ・レーベルより。女性ボーカルですが、レーベルの方針により、消え入るような低音圧でマスタリングされており、音量を合わせてやるとふわりとしたバッキングにたおやかな歌声が乗る空気感の表現が素晴らしいです。低音圧の場合、ドラムやトランペット等の髙音圧に加工されるのが常である楽器の音がどう表現されるかも聞き所ですが、同レーベルの中では普通のボーカルアルバムであり、サンプリング周波数もハイレゾとしては44.1KHzという凡庸なものでしかないこの作品の"普通じゃない"仕上がりこそまずは感じて欲しいと思います。もっとも、音量が小さいため再生機器にも相応の性能が要求されますので、その意味でも私の試聴リファレンスの1つになっています。(ハイレゾ44.1KHz/24bit)


CASIOPEA/same
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 カシオペアの一挙ハイレゾ化から1枚。PCMとDSDの2種類同時配信だったのですが、アナログマスターはマスターからDSD化→PCM変換となり、デジタルマスターはPCMアップコンバート→DSD変換となっていて、過程が異なります。なので、どちらを選ぶというなら、アナログマスターのものはDSDを買った方が良いし、デジタルマスターのものはPCMを買った方が良いと思います。

 DSDの方が音が良いと考えがちですが、実際には音源は様々な過程を経ており単純にはいきません。DSDで録音されていないものは、必ずしもDSDにすることが良いとは言えません。

 この1stはアナログからDSD化された音源で、CDよりもソリッドで奥行きのある音質になっており、レコードともCDとも異なる世界だなと実感できたものです。(念のため言っておきますが録音はDSDではないためDSDの音、というものともまた違います)。(DSD2.8MHz)


Takuya Kuroda /Zigzagger
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 海外で活動する日本人トランペッターとのことですが、単純に、ジャズ・フュージョン古今東西を眺めてもここまで複雑なグルーブの楽曲をやっている例はそうそうないだろうと思います(^^;)。菊地成孔か黒田卓也か、という感じです。こんなのライブで演奏できるのかと思ってしまうけど、やってるみたいですね。一方でトランペットの演奏自体はアクの強さとか技巧の複雑さなどは感じさせない滑らかで端正なもので、複雑なアンサンブルをすり抜けるかのようにしなやかです。こういう風に吹くのはむしろ難しいのではないか。これも長い時間かけて聞き込まないと全貌を理解するのは難しいだろう、そういう作品。(ハイレゾ48KHz/24bit)


伊藤志宏/ヴィジオネール 
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 ピアノソロの一発録音。ジャンルがわからなかったのですがジャズでいいようです。分りやすいメロディーですし、聞いてる分にはどこまでが作曲かわからないので、クラッシック畑のオリジナル楽曲の演奏かなと思ったりしてました。ホールでの録音で残響がたっぷりと含まれているのですが、それに負けて籠もってしまわないくらいピアノの1音1音の勢いがあり、両手の音がきちんと分離して聞こえる録音ということもあり引き込まれました。ピアノで高音質というと右手のメロディー部分の透明感が重視される感があり、左手の音は団子で構わないようなイメージがあります。この作品のように両手のパワーから発される音がホールの壁に反響して返ってくるような、空間全部でピアノの音として表現されるような録音はあまり聞けないのではないでしょうか。(ハイレゾ96KHz/24bit)



*洋楽

 洋楽と邦楽における私の認識の違いというものがあって(^^;)。邦楽は元々音は悪いものが多いので、ハイレゾにしたからってどうにもならないという諦念が前提にあります。洋楽に関しては逆に、あんなに音の良いアルバムになんて酷いリマスターをしてくれたんだという怒りがありまして、昨年は絶望することが多かったのですが、今年になって、良い音の洋楽ハイレゾも見かけるようにはなりました。

 録音からハイレゾマスターのものが増えたこともあるし、詐欺的なアプコンをしないで、マスターの44.1KHz/24bitという素のままの状態を率直に提示するケースが増えたこともあります。実際、44.1KHz/24bitのハイレゾは音の良いものが多いです。マスターがその状態なら正直にその状態で出すという、作り手の誠意のようなものが根底にあるからではないかと思っています。


Day of the Dead/V.A.
DoDead

 グレイトフルデッドのカバー集でCD5枚組の大作です。詳しくは以前に記事にしたのでそちらをどうぞ。濃い内容で最初から最後まで退屈することなく5CDを楽しめる内容でした。


simo

 太いエレキギターがうなりを挙げる濃密なブルースロックで、「フィジカルグラフィティ」の頃のもっとも泥臭かったZEPが現代に甦ったようなサウンドです。今年の上半期は延々と聞いてました。(ハイレゾ44.1KHz/24bit)


bobbysRS

 「2011年1月7日に93歳でこの世を去ったニューヨークの名物プロデューサー、ボビー・ロビンソンが主宰していたフューリー、ファイア等のレーベルのカタログのなかから、ピーター・バラカンがお気に入りのブルーズ/R&Bナンバーをコンパイル!」した音源とのこと。軽快なR&Bや聞き易いブルーズ曲ばかりで、ウォークマンに入れてランダム再生で聞いてました。知名度が高い曲や歴史的意義云々、ではなくて単純に良い曲を集めたこういうコンピはありがたいです。昔の録音とは思えないほどマスタリングもしっかりしてます。(WAV44.1/16bit)


GCampbell

 カントリー歌手だそうです、という程度にしか知りませんが、アナログマスターから作られたこのハイレゾ音源は、ハイレゾでイメージするような透明でソリッドな奥行きのある音、というものとは異なります。まるでカフェラテのように甘くこってりした味わい深い音で、ポピュラー音楽の全盛期にはこんなに芳醇な音が鳴っていたんだということを気付かされる1枚です。(ハイレゾ192KHz/24bit)


DB71-83

 これは110曲入りのBOXSETのハイレゾ化なのですが、moraが値段を付け間違えて3000円程度で売ってたのを買いました。今は192KHz12345円となってますが、リンク先のe-onkyoでは96KHzが9260円であります。

 ハイレゾは配信サイトによって値段が違ったりフォーマットで値段を変えたりと複雑なため時折そういう妙なことも起こります(^^;)。特にBOXは何かを間違えたような低価格で売られることも頻繁にあるので狙い目でしょう。音質も洋楽ハイレゾとしては一級品の素晴らしいものです。(ハイレゾ192KHz/24bit)


blackup

 これは2011年6月に出たCDのハイレゾ化で、ダークヘヴィなヒップホップですが私は普段、ヒップホップは全く聞きません。全く知らないアーティストを試聴だけで購入するというのが、e-onkyoと私の楽しい関係だったりします。ヒップホップのハイレゾもたくさんありますが、ほとんどドンシャリで耳障りなものですね。これは音場が広く重低音がブンブンと鳴ってて、そこらのヒップホップとはまるで毛色が違う作品なので気に入っています。(ハイレゾ44.1KHz/24bit)


gojiramagma

 フランスのプログレッシブデスメタル、とのことです。フランスにはそもそもMAGMAというプログレバンドがあるので、思い出してしまいますが(このバンドはGojiraでMagmaはアルバム名です念のため)、あのバンドも重低音ベースがバリバリなのに録音はクリアで軽いのですが、このバンドもデスメタルのイメージである団子でグシャグシャな音、というものとは異なり、シャープでハードエッジな高音質メタルサウンドを鳴らしていて、44.1KHzのハイレゾとは思えません。音場も広く、良い装置で聞くとディストーションギターが部屋一杯に鳴り響くと思います。音楽性、音質どちらをとっても異色のバンドだと言えるでしょう。(ハイレゾ44.1KHz/24bit)


sbestcd75dx

 15曲の大半はアコギ弾き語りでシンガーソングライターのアルバムとして聞けるのですが、5曲ほどバンドアレンジの曲が入っていて、それがラップ、サイケ、ハードロックと多様な音楽性の混合物となっていて刺激的。シンプルさと静けさのアコースティック側とダイナミズムと折衷性のロック側、トータルで自由な空気を感じさせるアルバムで、聞き込む毎に発見のある不思議な魅力を持っています。(ハイレゾ44.1KHz/24bit)


staples

 Epitaphはパンクのレーベルというイメージでしたが、どう見てもブルース弾き語りなジャケットで、内容も実際にそうだったので驚きました、しかも昔の音源の復刻などではなく最近のアルバム。Staple Singersのファミリーの長である親父さんが晩年にこつこつと録音していたものを遺作として出した音源だそうで、これが素晴らしい。シンプルでスカスカなのに、グルーブ感溢れるバッキングと、それを縫うような繊細なギター。滋味のある穏やかな歌声。R&Bの神髄という気がします。まさにタイトル通り"これを捨てるなんてできない"音源でしょう。世に出て良かったと思います。(ハイレゾ44.1KHz/24bit)


loureed

 148曲というBOXSETのハイレゾ化。なぜ今頃と思ったら、ただの企画ものではなく、ルー・リードが生前にこつこつとリマスタしていたものだそうです。彼が生きていればもっと早く出ていたのでしょう。死後に会社が勝手に企画したものなら興味はありませんが、音質にとことんこだわっていたルー自身がリマスタしたとなれば話は別です。こうして聞き直すと名作「ニューヨーク」以前の評価の低いアルバムも、バンドとしての演奏と録音の質は高かったことがよくわかります。また2枚のライブ盤の音が生々しくて素晴らしいです。(ハイレゾ96KHz/24bit)


salisbury

 ユーライアヒープは3rd「対自核」が代表作ですが、初期5枚くらいまでは、どれも充実した内容の傑作です。これは2ndアルバムで1stよりも実験性が強くプログレ色の感じられる内容になっています。ボーナスとして別ミックス版があるので、聞き比べるとリマスタの効果の程がわかると思います。別ミックスの方が団子状の高音圧で、そちらの方が太くて好きな人がいるかもしれません。特筆すべきはラストのライブ音源で、オーケストラ付きのライブとなっています、しかも16分1曲の大作であるタイトル曲。これが実にかっこいいので、これ1曲だけ買ってもいいかもしれません。(ハイレゾ44.1KHz/24bit)



*アニソン関連

 個人的には、アニソンのハイレゾは出来の浮き沈みが激しかった印象です。元々アニソンはタイトルによって手がけるスタッフも使うスタジオも違うだろうから個別に音が違っても不思議はないんですけど。昨年はもう、ダメなレーベルは一律にだめ、という印象だったんですが、今年は個別に音が違うというあるべき本来の状態になったなという気がします。特にランティスは出すアルバム個々に違いがあって興味深かったと思います。

 
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 これはブシロードから出ていて、ブシロードと言うのは、アニソンのハイレゾでは音が悪い代表みたいな存在だったんですが、試聴して驚いたのは、音がとても小さかったことですね。実際に購入して波形見て更に驚きましたが、音圧が低く、とても綺麗な波形でした。バンドリは、録音の音質自体は少しずつ向上して、その意味でも良い意味でブシロードらしくなくなっていきますが、音圧はこれが圧倒的に低く、それゆえに伸び伸びとした音です。この音圧のまま録音の質も向上してくれたら、アニソンハイレゾの最高峰になれたと思います。声優のユニットと言っても打ち込みじゃなく、リズム隊含め全員が楽器を演奏していることも好感度高いです。(ハイレゾ48KHz/24bit)


WoG

 5bpはアニソンのレーベルとしては、大して音は良くないんですが、今井麻美の今作と前作の2枚のアルバムだけは別格の高音質です。同じ今井さんでも過去作からシングルまで全部音が良いというわけでもないので、大人の世界はいろいろあるんだろうなあと思いますが、声優のハイレゾアルバムとして、これが最高の1枚であることに変わりはありません。圧倒的な音場の広さはイヤホンよりも、むしろ低音の出るスピーカーで本領を発揮すると思います。(ハイレゾ96KHz/24bit)


wawwl

 fhanaはランティスで、シングルはハイレゾでも音悪いですけど、アルバムになってそれなりに向上しています。かなりコンプがかかってますが、まっとうな再生装置なら十分に高音域も伸びますし音割れもありません。なんだかんだでそこかしこにアイデアの詰め込まれた楽曲と、RPG的な、ファンタジックな感性と知的なゲーム感覚とがせめぎ合うようなスケールの大きい歌詞が好きです。(ハイレゾ96KHz/24bit)


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