タイトルで検索して来た人がいたらすいません、まったく関係ないエントリーです。

ざっくりと。こう意味のないことを世間話でもするかのように。某氏の影響を多少受けてますね、はい。


この動画は千早の目力とか、シルエットとレイアウトが一体になってて、それはどういうことかっていうと、これという振り付けをうまく見せたいときに、そのダンスの為に画面レイアウトを作ってしまう。当然、ダンスはどんどん変わっていくので画面レイアウトもまたどんどん変えていく、みたいな発想でやってるんじゃないかなと思ったり。まあ別の理由かも知れないけど、なんにせよ、画面に合わせて視線が誘導されていって、その視線の動きが曲の流れに乗るときが気持ちいいなと思ってこれもシンクロかなと思ったりした。

コメントでこの動画が匿名だったらと書いたのは私です。↑で抽象的なことを書いてるように、私にはこの動画は好奇心をそそられるものがあった。難解と言えば難解。だから、この動画に関して、時雨Pらしいか、らしくないか?という二択で語って終わらせるのはもったいないんじゃないかと思った。まあ動画コメントというのは、普通難しいことを考えながら書くものではないので、それを要求したところで誰もコメントできなくなるだけだと思う。だから見た人の心の中にちょっと引っ掛かりを残せたらな、くらいの気持ちで。


それでDie棟梁Pの動画を見てみたんだけど。やっぱりこの動画は凄いんで、今なら何か語れるかと思ってある程度、脳内に図は描けたけれど、止めたw。あの虎がだめだ。アイドルの踊る動画に"ネタでもなく"いきなり虎出して、そのインパクトに動画が負けないという時点で、なんなのこれとオーバーフローしてしまうw。虎と拮抗する千早凄いよね蒼い鳥と言うより猛禽だよねと話が明後日の方へ。逆に言えば、あそこを虎で通してしまった時点で、あと何しようと驚かないということで自由に演出できたんじゃないかと思ってしまう。そう考えてくるとシンクロの多重構造とか考えてても仕方がない気がして。もっと奔放に自由に発想して、それを着地点として音と同期させたらこうなった、みたいなことなのかも知れないなと。

まあそんな風にDie棟梁Pの動画は足し算構造になっていて、どんどん論点が頭の中に溜まっていってパンクするように出来ている気がする。別にこのPに限ったことではないんだけど、そういう動画を語るのは駄目です、いくら語っても終わらない気がする。そうなると宗教と化して考えるな感じるんだみたいなとこに行くので、ええ嫌いです。

だから時雨Pの動画が難解だと言っても。これは引き算の動画。解いていけばどんどん要素が減っていって、最終的にシンプルな数式がひとつだけ残りそうな。そんな風通しの良い美しさを持っている。そこがいいんだなと思う。時雨Pのかっこいいとこって、でも万人受けしないなって思えるとこってそこなんじゃないかと。

世間というのは、大盛りが好きなわけですよ。安くて大盛りのジャンクフード大量摂取が受ける。MADは素材が借り物で純度が低いために、受けるためには自然にそこに行くし、それで結果もついてくる。でも時雨Pの動画はどんどん純度が上がって素材が減ってカミソリのように研ぎ澄まされて薄くなっていくんです、ああ千早のPだなとここ笑うとこじゃないよ。

そこが愛して止まないというか黙って通り過ぎることができないところなんですね。