Augenblicke

主にニコニコ動画のアイドルマスターMADについてのよしなしごと。

2012年07月

substitute

 お前20選はどうしたんだと。今のところできる気がしません。

 私は「すり替え」というものが嫌いなんだけど、世の中は代用品で溢れている。この文章は別に何かの代わりじゃなくて、久しぶりに時間ができたので。



 この曲は「恋のピンチヒッター」というよくわからない邦題なのだが、辞書で原題を調べると「代用品」。彼女にとって俺は間に合わせの代用品、実は俺にとっての彼女も・・・。みたいな、まあ、実際の歌詞は夢も希望もなくて間に合わせの偽物であふれた人生、理想は遠く現実はツギハギとハリボテ、みたいなこと。この曲が歌われる時代は、実際そんな感じで、1970年代には、本物が欲しくたって金がなくて買えない、若い衆にとってはそれが当たり前だった。今は皆がもってるのに、うちは貧しくて買えない、みたいなことはある時代だけど、昔は逆で、買えないのが当たり前な中に、スネオ君だけ家が金持ちだから持っている、それを皆はうらやましくて見ている、そんな感じでした。

 すり替えの性質の悪さは、すり替えた人間の行為は問題であっても、すり替えられた代用品には罪がないこと。美希が竜宮小町に入りたいと思うのは、どこが無理があって破綻しているかも知れない。しかし、あずささんが急遽休んだので律っちゃんがステージに立つよ、という時には彼女を責めるわけにはいかない。Fakeには悪意が伴うが、substituteは身も蓋もないものである。

 MADPVはそんなわけでツギハギのハリボテが当たり前なのですが。ストーリー系PVと呼ばれるものは、代用ではなくで、抜粋の性質を持っている。つまり、それ自体が完結していないことまで仕様ということで。

 ただ、ニコマスにおけるストーリー系PVの主流と言うものがあるとしたら、それは ありすえPだったり、メイPだったり(この2人の動画をP名タグで検索すると、今となってはピンと来ないかもですが)、赤ペンPだったり、更には七夕Pや1発屋P(及びその派生垢)、つばめPを含めてもいいと思うのだけど、それらに対して、完結していない、という印象は、ない。

 何がそれを可能にしているのかなと思ったが、曲だろうなと思う。

 曲の構成、あるいは歌の内容と映像が有機的に噛み合うことによって、それらは抜粋を超えて、1曲の終わりと共に完結するのであろうなと。

 そう考えて、ストーリー系、という言葉で括れるニコマス動画を考えていった時に、反対に、音楽が単にBGMとしてのみ機能するストーリー系動画というのもあるなあと。


 歌と映像は、リンクしているのかもしれないけれど、明確にではなく、劇的にでもない。映像自身も、全てを説明してはいない。

 まあ、私の記憶では、そういう類のいちばん古いものはwhoPだと思う。今では氏の動画の大半は見ることができないが。

 今も見れるこの動画は、正しくアイドルマスターの抜粋であり、プロモーションであり、そして代用品だ。この系統には時雨Pが徐々に接近していくし、他に音Pがいる。普通のPVも作るけれど、ストーリーを絡める時には、可能な限り原典に沿うよう構成する人たち。

 ただ、こういう話をしていくと、BGMがついた物語であればいいのか、つまりサウンドノベルとの比較を考えていかないといけなくなるし、その究極である「3A07」を初め、幾つかの作品に触れないといけなくなる。

 そこでまあ、そういう物語動画としての目指すべき完成形、というものがあるなら、例えばリンPなり、**Pなりが作るものは、最初から壊れていることに意味があるんだろうなと。しかし、壊れている、というと語弊がある。そこでつらつら考えて、本来見せるべきものの、代用品を、私達は見せられているんだろうなと、そう思ったりしたのです。

 コロP。

 **P。

 リンP。

 これらの、映像素材は本来の文脈から切り離されて、新たな物語を紡ぐようになる。しかしそうやって伝えられるものは切り貼りのハリボテであって、通してみれば意味がわかるように完成しているとは、限らない。普通そういうものをコラージュと呼ぶような気がしますが。引っ掛かるのは、原典つまり元の物語とは何の関係もないかというと、そうでもないというところ。

 さっきまで見ていた夢を形にしようとがんばっても、断片しか出てこなくて全体がなかなか見えずにもどかしい思いだけが募るような。そういう空気がこれらの動画にはつきまとうような気がします。掴み取ろうとした指の間から零れ落ちるもの。本来なら形にならないものの、代わりとして形作られたもの。ストーリーはあるけれど、ゆえにストーリー系PVと呼ばれるけれど、多分、見せたいものはストーリーそれ自体ではないんだろうなと思ったりする。

 この文章はここで終わりますが、幾つか確信犯的に言及を避けたようなことは、なかったと思うんだけど、まあ、あとは任せる。
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memo

 この6/18日の動画を今日見たんだけど。新着のチェックが今そのくらいってことで。ええ、20選とか絶対間に合わないね。まあそのくらいが今のニコマスとの距離ってことで。


 3:12のここが印象に残ったなあと。ここはカットインからダンスが繋がるんです。ここから、
bee0714

 こうなって、
bee0714b

 こう繋がる。
bee0714c

 モーション的にはそんな綺麗な繋ぎではないけれども、タイミングピッタリで、体がビートに乗かって浮いて沈む動きになってるんです。

 それがなんで印象に残るかって言うと、この前半・後半6回ずつのモノクロカットインは基本的に前後のダンスと繋がってはいないんだけども、ここだけ、カットインからそのまま続けて踊っているかのように綺麗に繋がってると。私は最初、序盤で静止画から踊り出してたように、ここでもそのまま色がついたんじゃないかと思って、でも見直したらそんなことはなくて、単に繋いだカットだったんだけど。

 このカットインは、何度も繰り返すから凄く目立つんですよね。最初のうちはいいけれども、段々苦しくなってくる。誰かが、蜂Pの構成は実際には踊れないと言ってて、概ねそうなんだけども、いつでもそうだってこともない。リピートというか、天丼な構成であっても、一応踊れそうな構成になってることもあります。その場合には、逆に熱量がだんだん積み上がってって、いわゆる反復の快感というものが生まれてくる。でも、このカットインは、あくまでその都度流れを分断する構成になっているので、モーションやリズムとしては的確なんだけれども、熱量的にはだんだん下がっていくんで。

 だから、ここの春香さんだけピタっと繋がるのが溜飲が下がる。多分、これ偶然そうなったんじゃないかと思うんだけども。

 それだけ。