Augenblicke

主にニコニコ動画のアイドルマスターMADについてのよしなしごと。

2014年03月

これもチャットでのネタですが、

 アニマスTV23-24話の展開と映画の展開はどこらが同じでどこらに違いがあるのかと。そこで結構大上段に振りかぶった挙げ句特に突っ込みもなく流されて終わったんでw。ログを見て、うんこれはダメだなと思ってつらつらと考えたことを書き殴ってみました。まあ私は医学や哲学の引用したりできないんで、24話については推測に過ぎない話をどこまで語るかというね。あまり読み手に訴えない話しかできないですけども。

 春香さんはアニマスでは仲間依存で、無印ではP依存だというそこは本当で、ただ理由はあります。

 彼女は将来なりたいアイドル像をしっかり持っている。一方で、そこに至る計画性がありません。ここは彼女の特性として大事なところなんですが、そもそも計画性ってのは、今日これだけできたから、明日はこれだけできるだろう、すると長期間積み上げればでこれだけできるだろう、という段階を踏んで立てるものです。しかし世の中にはその正反対の人種というものがいる。春香さん、愛ちゃん、矢吹ちゃんは全員そちら側。つまり、今日こんなに失敗してしまった、でも明日はがんばろう、というものです。できなくても諦めるわけにはいかないと、しゃにむに頑張ってたらいつの間にかできるようになった、そういう人は計画なんて立てられないんですよ。未来にどんな明確なビジョンがあっても足下が真っ暗なんです。春香さんが何かと漠然としていて具体的にどうこう言えないのは、こうすればできる、という実感と無縁な人間だからだと思います。積み上げてきた「できる」が、存在しないんです。すなわち客観的にはノウハウの欠如として現れます。伊織なら、ここはこう行動するところでしょ、なんで春香は何もしないの!? と思うところでも春香さんは、こうしたらいいんじゃない、と私なんかが言ってその子が失敗したらどうしよう、と思ってしまう人なのです。

 「できた」はあるんです。でも、なぜできたのかわからない。「できた」はあるけど「できる」がないんです。

 今日踏み出す1歩で転ぶかもしれない。毎日をそういう足下が暗いままで始めるのが天海春香という子なんです。

 だから、そういう人にとっては「できる子」というのがまぶしい存在であり希望になる。矢吹ちゃんには春香さんがそう見えていたけど、春香さんには765の仲間がそうだった。伊織や美希のような子から、「今日を頑張る自信」を分けてもらって、雪歩ややよいとは、できなくても1人じゃないんだと励まし合う。

 そういう春香さんは、だから、あなたは私とは違う、とか、真似しないであなたのしたいようにすれば? と言われるとかなりグラつくはずです。そこは彼女の弱点で、甘えと言われても仕方ない。

 だから、アニマス24話で彼女は誰かに助けてもらうわけにはいかなかった。

 映画でもだから、再三、彼女が自分でどうしたいか、を問われることになります。

 仲間が大事なのはわかった。でもそれだけじゃ、彼女はいつか行き詰まることになる。それを765の皆はわかっているから、彼女に1人でやるんだよと優しく背中を押していくという。

 24話で、765プロ全体で春香の望みを叶えてあげて、それでいつまで春香の我が儘につきあうつもりなの? という指摘をする人は多いです。しかし、その答えはとうに示されているんですよ。

 ただ、わかって欲しいのは、そう言われた時に彼女は「だって私1人で幾らがんばっても、周りに迷惑かけるだけで少しもできるようにならないじゃない!!」という叫びをぐっとこらえているということです。

 実際には彼女には積み上げてきた努力と、最終的にこうなるべきだという明確なビジョンがある。修羅場を潜った者だけが持つ、逆境を切り抜ける才能というものをアドバンテージとして持っている。そして、大事だからこそ、仲間のことがよく見えている。

 それが彼女のリーダーとしての資質。一方で、その力量を元に他人に指示を出す能力というのは欠落していて、そこは弱点になります。

 24話を考える上では,当時の765メンバーの状況というのが1つ。それに対する春香さんの抱く未来のビジョンというのが2つ。そして、そのビジョンを実現する能力という3つのポイントがあります。

 あの時点で765メンバーは仕事が増えて、アイドルという立場に自覚的になる。つまりは仕事をするのが楽しくて仕方がない頃だったと思います。だから現状に満足していて不満などなかった。一方でライブの練習ができないのはよくないとは思っていたけれど、自分だけが特別忙しいんじゃなくてアイドルならそれは普通のことなんだから、なんとか解決できるだろう、という認識だったと思う。その楽観の基盤にあるのは、今日が楽しいのだから明日も楽しいに違いないという実感だと思います。

 春香さんがそういう考え方の人ではないことは既に述べました。彼女は目指すべきゴールが遠くにあって、そこに辿り着くための今日の足場がない、今日を重ねていけば明日も大丈夫だ、という楽観が存在しない人です。毎日楽しいけれど、それで今後も大丈夫かという不安が彼女にはある。

 ライブが失敗すれば全員が困ります。ただ羽根Pまで含めて失敗するという予測がない。そもそも失敗と言ったけど、それはなんだろう。前評判があればチケットは売れるでしょう。ゲームじゃ普通にライブの失敗が判定されますが、どうなったら失敗なんでしょうか。ちゃんとチケットが売れて、全員が出演して、練習不足の出来の悪いライブをやったら、さあ、どの程度出来が悪ければ、これは失敗だと判定されるんでしょうか。

 「いいライブとはどんなライブなんだろう」あの時点でそこをしっかりと見据えることができたのは、春香さんだけだということです。

 しかしながら事実として、いつもいてくれる仲間がいない、というのは既に述べたように彼女には辛いことなんです。彼女が個人的に辛いということと、ライブが失敗したら困るという公的な話が春香さんの中でぐちゃぐちゃに混ざっている。

 春香さん自身が皆で楽しく練習できて、その結果、良いライブができればそれがいちばんいい。そうかも知れないけれど、その結果、春香さん自身、他の仕事を犠牲にしようとしていたし、同じ事を他の子にも要求するの? それは虫がいいんじゃないかなと、美希は多分、練習とか、オールスターライブとか、そんな重視しない子なんで、そっちの方が気になったってことですね。

 例えば舞台で主演女優になって成功することと、オールスターライブが成功することと,どちらが大事なのか。そんな比較はできないでしょうが、はっきり言えるのは、個人がどれほど優れていても、それだけでオールスターライブは成功しないということ。ここは劇場版と重なってくる部分。一方で、765プロが帰る場所であって欲しいという千早の説明は、劇場版と直接重なるわけではない。そこはTVと劇場版は違います。劇場版ではダンサー組はその後再びバラバラになる。そこが違うので、劇場版の春香さんの演説とTV24話の千早の説明とはニュアンスが異なります。しかしライブに関する春香さんのビジョンというものは、共通しています。

 でもって24話の肝心な点は、春香さんが正しいにしたって、現状どうにもならんだろう、という。

 ここで千早が淡々と事態を解決に持って行きましたが。千早は基本的には他人に干渉しない子ですが、それが必要であれば厳しさをもって他人に要求できる人です。彼女は単に春香さんを代弁したというだけではなくて、彼女以外の誰にもできなかったであろうことを、した。どうにもならんだろう、をどうにかしてしまったわけです。

 ただ、伊織は竜宮小町で忙しくて春香との関わりが薄かったのでなければ、彼女にも何とかできたかもしれない。ここでの彼女の後悔が、劇場版での伊織の陰のリーダーっぷりに繋がっているように思えて、仕方ないです私は。

 そんなわけで、TV24話と劇場版は結論こそ異なるニュアンスだけども、春香さんの行動は一貫していると。劇場版では、矢吹ちゃんの問題を解決する上での実行面は伊織が指揮していると言っていいでしょう。千早と美希は、春香さん自身の問題に寄り添っているように思います。では春香さんに何があるかというと、ライブという1つのイベントを成功させることの意味、を背負っている。

 北沢志保の話をすると、彼女は根本的には、無断欠席を放置してたら指揮が下がるだろうという、言ってることはそれだけなんですよね。そこはTV23話の美希とは違う。だから、矢吹ちゃんの気持ちとか言われてもさっぱりわからない。志保と春香さんは違う話をしている。最終的に志保が春香さんの話の全部をわかったとは思えないけれども、はっきりしているのは、彼女は春香さんに対していろんな誤解を積み上げていたので、そこは謝らないといけないな、ということでしょうね。春香さんがただの優柔不断ではなくて、本気で矢吹ちゃん込みでライブを成功させる意志があるんだと、そのくらいは伝わったんじゃないでしょうか。そして自分にはそれはできないなと。

 あまり明示されてませんが、TV版の続きとしての、こうして活動のスケールが大きくなって、関わる人数が増えていけば、ますます「みんないっしょ」は難しくなる。劇場版はそういう話でもあります。ライブが終わればダンサー組とはお別れだし、羽根Pも研修に行ってしまう。ずっといっしょなんて無理だよと、春香さんもそこは認めないといけない。

 それに対して、答えはあったんでしょうか。TV版との最大の違いはそこだと思います。彼女は言いました「今を駆け抜けたい」と。私の全部で。TV23話に端を発した問題は、こういう〆になったんだと思います。

 ということで。

これは↓のチャットから派生した問答だったんですが

324d




324z

3/22/22:00からチャットやります。

 やよい誕生祭の前にやっておきたいということで、ほんとは告知から日を置いた方がいいんでしょうが、22日の晩に、春香さんの誕生祝いを主題にチャットをやろうと思います。

 いえ、人が集まるかどうかはわかんないんですが。

 下にチャットルームだけ作っておきますので、時間ない方は、春香さん誕生日おめでとうの一言でも投げて行ってください。寄せ書きみたいになったら、それはそれでいいなと。
http://chat.kanichat.com/chat?roomid=nonowa

 以下詳細。

1.チャットルームは下の方に「入室」とあるのをクリックして参加。パスワードを聞かれるので春香さんの生まれた月と日をそれぞれ2桁(0を使います)、計4桁の数字を入力してください。

2.誰も来なかったら、それまでです、特にアポは取っていません(笑)。なので、春香派でなくてもかまいません。

3.それなりに人が来てかっこうがついたら、ログを上げる予定です。ログを上げることになったら、その時は匿名化するつもりです、わた春香さん1号2号V3みたくするつもりです。まあ、人が集まったらの話ですけども。

4.内容的には、春香さんへのメッセージ、春香さんの魅力について、私と春香さんの関係について。

5.春香さんは嫁ですか。

 以上、お気楽なご参加も大真面目なご参加もお待ちしております。
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 チャットは無事終了しました。アポもなしにわざわざ参加してくださった皆様、ありがとうございました。格好がついたのでログは公開します、うちの伝統としてgdgdのままノーカットで。

 ただ、チャットルームはしばらく置いておきますので、不参加の方でも春香さんに一言メッセージを残していただければ幸いです。


劇マスについては

 前に書いたように、基本的には映画の感想というのは個人の体験で、例えば自分はこれこれこういう内容を期待してたのにそうじゃなかったのでつまんなかったとか、徹夜明けで見たので何だかよく分からなかったとかそういう個人の事情に対してそれじゃ映画を本来の格好で見たことにはならんだろと言ったって仕方ないと思っています。ただまあ、バンナムがこの先のアイマスを展開する上で、映画が受けなかったら都合悪かろうなという一蓮托生な都合でもって、多少はどういう反応だったのか気になるという、それだけのことだったので突っ込みすぎるのはあれだよなと思っているんですが。

 が、思いのほか、その映画が複雑な代物で、いろんな人がいろんな突っ込み方をしているのが興味深いなと、まあ私がこれ以上何か面白いことを言うということではないんですけどこのblogのものすげー長い感想が面白かったなと。

■アイドルマスター劇場版 感想4 鏡演出〜後編 距離と視線で春香の成長を見る その1(千早編) - 玖足手帖-アニメ&創作-

 この"感想4の後編のその1"とかいう時点で読む前からくじけそうになるし実際長いんですけど。私は4の前編から後編の最後まで読んだだけですけども、それでも春香さんの立場についての考察は納得いく部分が多かったですし、興味深かったのは上に貼った千早についての部分ですね。

 私は映画での千早について、物語の構成上、要所で都合のいい手助けをしてくれる、つまり映画の千早は春香の補助役に徹してるんだなと、つまり作り手の駒として動いてるだけという風に見えていたんですが。15日に特典目当てで5回目の鑑賞をして、そこで初めて、だったら本来の千早はこの状況でどう動くのが自然なんだろうと考えながら見まして。で、千早は別に都合のいいところで出てくるんじゃなくて、彼女として自然に行動して自然に発言して、映画はそれを上手に切り取っているだけなんじゃないかという認識に至って、自分は間違ってたんだなと思いまして。
 上の記事を読んだのはその後なんですが、千早が映画でどういう立場だったのかを考察していて、物語上フィーチャーされない間にも自分なりに考えて悩んで、春香さんが苦しんでいる時に何もできなくていいのかと突き詰めた上で、自分から春香さんに歩み寄ってそれで雨の喫茶店のあのシーンになるんだと。そうなる以前には、春香さんがダンサー組と意思疎通を図ろうとしていた間、ぽつねんと離れて春香と距離ができてしまって困っている如月千早がいたんだと。まあ記事自体は濃密かつユーモラスに進行して様々に解釈可能な気がしますが、事実関係はきちんと押さえられていて1本筋が通っていると思います。

 つまるところ、この映画では個々の人物が少しずつ出番を与えられて巧妙にパズルのように組み上げられた作品ではあるけれども、同時にそれぞれの個別の物語が平行していて、その気になれば別ルートに分岐できるADVのような構造になっているんだなと。我々はその中の1つのルート、春香さんのルートを提示されたに過ぎないのだなと。

 例えば私は、ダンサー組は全然目立たなくて可哀想だし、がっかりだなと初回の鑑賞で思って、実際にはダンサー組にもそれぞれの役割も見せ場も与えられていて、少ない出番で彼女たちはちゃんと演技してたんだと気づいたのは2回目の時なんですけど。すごろくさんの最近のblog記事によると初回で気づいてて凄いと思ったりしたんですが。そのダンサー組がミニライブの失敗から喧嘩になりかけて、あずささんが割って入って止まる。それが後、ほんの5秒遅れていたら、致命的に喧嘩になったと思います。いえ実際には5秒もいらない。ただ、彼女たちがにらみ合う構図の絵を1枚挿入すればいい。それで、あずささんがその場を収めることができたとしても、これはダンサー組の決裂場面として決定してしまいます。実際はそうじゃなくて、肝心の瞬間は音声のみの表現になっていて印象を弱めています。

 それで決裂してどうなるかというと、視聴者にはダンサー組だって765に陰に隠れているだけじゃなくて、一生懸命悩んで苦しんで頑張っているんだと伝わって、状況がずっとわかり易くなるんじゃないかと思う。

 でも、そうなれば、そこで物語はダンサー組メインの世界線へと分岐します。志保が春香さんに文句を言う前にまず彼女達が揉めて春香さんは後ろでまあまあと言う立場になるでしょう。それを収めるのも春香さんの器と思われないので、伊織なり、真なり、律子なりが場を収めることになって春香さんの気持ちがどうこうというより立場なくなってしまう気がする。

 したがって彼女たちは自分たちで悩んで乗り越えて和解しなければいけないし矢吹ちゃんの問題も内輪で解決しようとするでしょう。本来、それが自然な流れだし、一度喧嘩してしまったら仲直りするにはそれなりの尺と物語がなくてはいけないし、その中で矢吹ちゃんの問題も乗り越えなければ仲直りなんて無理だからです。

 そしたら、春香さんメインの話ではなくなって別の映画になってしまいます(^^;)。だからあくまで、そういうルートもありえたんだよ、という分岐の入り口を見せるだけに留まっている。結果、志保と他のダンサー組は決定的な亀裂には至らない。そのおかげで、志保と春香さんの対立だけが浮き上がって、あくまで春香さんがメインなんだという構造になります。そして春香さんの演説の後、志保だけがまだダンサー組から浮いた存在でありながら、別に皆と仲直りしなきゃ、なんて動きは(直接は)見せないで、春香さんだけに謝るんです。そうならないと春香さんの話として締まらないから。

 同様に、少し話の焦点をずらせば千早と春香の仲が後輩の登場で揺らぐ話になったかも知れないし、雪歩がどうやったら自分の気持ちを悩める後輩達に伝えられるだろうと焦る物語になったかも知れないし、伊織と志保の物語になったかもしれない。

 そんな風に春香さんが主役の話というだけでなく、それぞれが自分の物語を内包する形で映画に登場しながら、でも春香さんが中心になるように、さまざまな箇所でバイアスが掛けられている。今はそういう風にこの映画を理解しています。

 以上、ツイッターでやるにはそれなりに長くなったので。

LTP11

 よくも悪くも面白い出来。悪くもってなんなんだというと。いわゆるダンサブルな内容を期待したいじゃないですかメンツ的にも、こう重心の低い、渋いR&Bとかでやってくれないかなと。

 いやまあ、LTPでそういうのが可能とは思ってなかったですけどね。ただ、ドラマの内容とかでセクシー勝負とかやってるんですよ。そら真はセクシーというよりはダンディかもしれないけれども、でも「エージェント夜を往く」が持ち歌でもある真なんですから、そういう方向をストレートに出せば、負けはないだろうと思うわけで。しかし、全然そういう曲じゃない、と。LTP11全体としてもセクシーでダンスでもない。そこはがっかりするしかないです。

 しかし、そういう先入観を離れてしまえば、真の歌にしたって、これまでいろんな可能性を探って来た彼女の新たな方向性として、これはこれで面白い曲なわけです。

 というか、この11は蓋を開けてみれば亜美真美に食われてたりしててw。真が3番手でトリが真美であることを考えても。まあオチは真なんですけど。そういう意味でも混乱してる、んだがしかし。そもそもLTPというのは、必ずしも無印メンバーは前面に出ていません。05の伊織なんかはドラマの中心にいますけど、10の貴音とか02の春香さんなんかは、脇役に徹してます。でも、この11では真と亜美真美が前面に出て話を引っ張っていて屈指のネタ回と評価できるw。無印メンバーがこれだけ色濃く出ているLTPは初めてなんじゃないかと。そういう意味では傑作回と言えるんです。

 また曲の方も真含めて一風変わった曲が多い。先述のことも含めて合わない人も多いかもしれません。でもなんというか、ダンサブルな曲とか難しいんでいろいろいじくって遊んでしまいました的なわけわかんなさが、これはこれで面白いなと。私はそういう何か間違ってる的な音楽は嫌いじゃないです(^^;)。

 唯一、普通に聞こえる舞浜ちゃんの曲は、ヒップホップなんでしょうけど、原型は多分レゲエで。で、そういう元ネタなんてどーでもよくなるくらい90sのJPOP的などっかで聞いた感に溢れておりまして、そういうパチもん臭さがまた、舞浜ちゃんらしいという、文脈的にはねじくれまくってる曲で。

 エレナの曲も2重3重に間違ってて(^^;)。彼女の好きなサンバというのは、基本的には明るいお祭り音楽です。ですが、ブラジルは明るい音楽だけではなくて、サウダージという暗く切ない叙情性を持った側面も知られている。ただ、そういうものが日本に紹介される時に、リズムは明るいサンバなのに、歌メロはサウダージつまり切ないという、折衷した曲が作られて、それがブラジルのイメージになってしまってるんですね、実際にはそういう併せ技としてのブラジル音楽は、あまり聞きません。ですが、日本では、よく聞く。
 
 サンバというと、

 間違い。こんな感じです↓。

 で、サウダージはこう↓。これは「黒いオルフェ」という映画の主題歌ですが、映画のシーンからインストで始まって最後に歌が入ります。

 で、これが、日本だとこうなっちゃうんです。


 エレナの曲は、この和製ブラジル音楽を、さらに打ち込みでひねったもの。ここまで来るとむしろおもしろいw。歌も音程的についていけてないのがまた(^^;)。

 そして、真のおまけのように思っていた真美の曲が。亜美の「YOU往MY進」と松田ちゃん「チョー↑元気show☆アイドルch@ng!」と白坂小梅「小さな恋の密室事件」を足して割ったような曲なんですが、小梅曲からしてそうなんですが、短い歌の中にミステリ要素を盛り込むのって凄く難しいと思うんですけど、この曲は前半の恋のドタバタ感からサビのミステリ調になった時の空気の変わりようが凄くかっこいい。それに合っている歌詞も素晴らしくて、神曲だと思う。是非ともフルで聞いて、早口で何言ってるのかわかんない部分wまで歌詞カードで確認してみてくれれば凄さがわかると思います。まあダンスもセクシーも何の関係もないんだけど。

 LTPは10も自由でしたし、このままラストまでP不在のやりたい放題でいくんでしょうかw。12は雪歩で、シリアスみたいな触れ込みですけど。今更シリアスに戻れるのか? という意味で期待しておこうと思います(^^;)。