Augenblicke

主にニコニコ動画のアイドルマスターMADについてのよしなしごと。

2014年11月

楽園追放

 このblogに書くに当たって虚淵とアイマスってどっかで繋がりなかったっけとか、考えてしまいましたが、あっても困るか。というわけで、かかわりは釘宮さんがメインヒロインってだけですね。

 映画見終わってから予告編見ましたが、多分、何も知らないで見たほうがずっと面白い。これは例えですが、映画を見ていて序盤で、ある人物が死んでしまった、しかし予告編にあったその人物のシーンをまだ見ていないとなれば、ああ、死んでなかったってことね、と先のことがわかってしまいますよね。逆に言えば、ある程度の情報があれば、どういう話かわかってしまう単純な物語。それだけに序盤でわかるはずの世界観を先に知ってしまうとあれです。

 ただ、「楽園追放」ってタイトルは私は好きじゃなくて、駆け落ちというかラブストーリーみたいじゃない? 実際には、メインヒロインであるアンジェラが後半でどういう選択をするかという問題と関わっても困るというか、電脳世界と人類、という大きな枠組みからはみだす要素はあまりないです。でもこのタイトルだと、駆け落ちと原罪と……みたいな世界観を想像してしまうよなあと、まあ予告編見る分には全然そうじゃないとわかるんだけども。

 そんな私は、かりふらさんの感想記事だけ見て映画見たんですが、思い返して結構笑えたというか。映画感想って、記事読んだら映画見終わったような気分にさせたら負けというのがセオリーとしてあるんだけども。それはそれとして、言うべきことは全部言っているように見えるのに、肝心のことは語ってない、という風に思わせることができるとしたら、それはセオリーではなくて技ってものです。この映画から、あれだけ抑制された感想が出てくるってのは、まあ実際つまんないと思ったのかもしれないけど、面白いなーと思う。

 登場人物が少ない、説明ナレーションも使われない、というわけで、メインキャラクターが能動的にどんどん動いて喋って、なんにでも突っ込んでいく性格でなければ物語がどこへ向かっているのかわかりません。なので主人公のアンジェラはそういうキャラクターであり、そういうキャラクターのCVに釘宮さんというのは、まあそうなるわなという感じで、とても分かり易いです。いっぽうでパートナーになるディンゴはそれなりに奥行きのある人物なんですが、にも関わらずに説明不足には感じないところがシナリオ上、よく練られています、逆に言えば、伝えなければならないことから逆算して作り上げた必要最低限の人物とシナリオという印象で、よくも悪くも明快で、遊びがない。映画だからね、そこは仕方ないかも。

 で、映画の尺を目一杯使い切ってます、無駄シーンなし。説明しなくてはならないことをきっちり説明したら後は怒涛のクライマックスまで一直線。虚淵氏は脚本担当だけみたいですが、後半の加速感は全盛期のニトロプラスってこうだったよなと久々に心が震えました。

 あえて言うならですね、後半に怒涛の戦闘シーンという場合、理想としてあるのは「七人の侍」だったり「プライベートライアン」だったりするのですが、どちらも群像劇だからこその構成の良さというものがある。それは、劣勢をいかに覆すかという作戦立案と、それが果たして成功するかというスリル、そして個々のキャラクターがどういう戦闘スタイルをもっていて、それらがどう噛みあって最終戦闘を盛り上げるか、そして、どういう風に敗れて散っていくか、という醍醐味なわけです。楽園追放はメインキャラが少ないので、構成というか見せ方もそんなにあれこれ引っ張ると無理があるなあと。まあ無理とわかっていて突っ走るというのもロマンですが、ある程度、戦闘パターンが予想できてしまうと、どういう風に追い詰められて、それをどう脱出するかというのも予想できてしまうので、そこでこう来るのはご都合主義だなあという部分も見えてしまうです。群像劇だと、ここでこう勝ち抜けると思ったら、意外な伏兵があったり予想外の不運で負けてしまう、みたいなことが描き易い、何故なら、その結果死んでしまうのもありだから。残機に余裕があるわけで。

 まあそんなわけで、尺を使い切って見せるもの見せてきっちり終わります。某映画みたいにさんざん謎めいて、全く解決しないまま、いつ続編が完成するのかわからない、みたいな方が、商業的には有利なのかもしれませんが、これはそういう映画ではない。というわけで大変面白かったので、虚淵氏には、また新作映画作って欲しいです。

そもそも

 某氏が↓について「歴史は繰り返される」って言ったんですよ。もっと当事者に寄り添った気持ちであれば、そういう散文的な言い方は、あんまりしないと思うんですが、でも、私も、歴史は繰り返すんだなあ、という感想しか出てこなかったので。あえていうなら、アイマスも大きくなったんだなあと。昔なら考えられない言論を見かけるようになったなあと。でも、それはいつあったとしても、別におかしくはなくて、このくらいが普通なんだろうなと思う。

「クレシェンドブルーについて、一志保Pの至った結論」

 この記事では、ミリマスのクレッシェンドブルーにおける志保の扱いのみならず、アイマス2前のいわゆる9.18や、更にはSPでのプロジェクトフェアリーにまで遡って言及している。で、私としては、同様の文脈で以前も言及したネタを引っ張り出そうかなと。

 要は箱○のアイマスについて。

 いわゆる箱○の無印アイドルマスターって、1人のアイドルを1周終えたら、何事もなかったように最初の週にもどる仕様になっています。それを一種のタイムスリップとか、あるいは記憶喪失とかのSFネタにした二次創作がたくさんある。すなわち、↑の記事でいうところの

「どうして受け手側が、ここまで書き手の意図を都合よく解釈して補足するという労力を払って、受け入れる『努力』をしないといけないんだろう」

 そういうものだったわけです。私個人としては、単にゲームの仕様なんだから、そこまでしなくてもと思ってましたが、そこまでする人達がいたと。

 でもって。その最初に戻るに至る繋ぎとして、「トップアイドルは育てたが、自分がしなくてはいけないことは、これからも新たなアイドルを育て続けることだ」という旨の短いテキストが入ります。たったそれだけの説明で、765プロのアイドル達が全員記憶喪失になったかのように次から第1週が始まると。

 ↑しかもこれ、プレイヤーがさんざんやりこんで好成績を積み上げた結果出てくるようになるテキストでありまして、ゲームを始めてやっとこ最初の1人をトップアイドルにしたくらいの新米プレイヤーでは、違います。

 その場合は、「不満足な結果に終ったが、この経験を糧としてこれからも新たなアイドルのプロデュースをがんばろう」という旨のテキストになる。トゥルーエンドであるドーム成功エンドを迎えた後であっても、それが出るんです。台無しというか、不具合と言ってもいい。しかし改善されたなんて話は聞いたことないので、今でもそのままなんじゃないか。

 話はそれだけには終わりません。トゥルーエンドを迎えた後であっても、ということは。

 あずささんと結婚した後であっても。

 律子と組んで新たな会社の社長になった後であっても。

 同じように「不満足な結果だったがこれからもがんばってプロデュースを続ける」んです。

 極めつけは千早です。千早はトゥルーエンドでは、海外デビューしたいから、共に来て欲しいと言う。Pはそれを快諾します。そして、ラストのメールでは「準備は万全です。いつでも連れて行ってください、プロデューサー」とあります。

 それでも、です。私は初めてトゥルーEDを迎えたアイドルが千早でした。そのメールの後、「不満足な結果に終ったが、この経験を糧としてこれからも新たなアイドルのプロデュースをがんばろう」というPのコメントを見ました。

 実際にプレイしたアイマスPには既知のことなので、当時、特に騒いだりはしませんでしたが。今こうして蒸し返している程度にはショックだったという。

 アイマスってそんなゲームなんですよね。