Augenblicke

主にニコニコ動画のアイドルマスターMADについてのよしなしごと。

2015年04月

これ言ってしまわないと

 春香さんのMA3聞く気にならないんでサッとやっつけます。例によって音質まわりの愚痴です。

 THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS ANIMATION PROJECT略してAPと呼びますが、ニュージェネの07がいちばん音がいいです。というか、私の知る限り、なぜかアイマスのCDはシリーズの最初がいちばん音が悪くて最後が音がいいです。1つのシリーズの最後のCDよりも、後から出る次のシリーズの最初のCDの方が音が悪いという、例外もあるかもですが、大体そういう傾向があります。
 音が良くなる理由はわかります、ノウハウが溜まっていくんでしょうね。でも、シリーズ変わると音が悪くなるってのは、何が変わってそうなるのか。アイマスの音を背負ってるコロンビアの柏谷さんに質問してみたいです。もっともランティスもLTPの後にLTH01が出た時に音がガクンと悪くなったので、もしかしたら業界の共通した何かあるのかもですが。予算とか、納期とかね。
 ただややこしいのは、コロンビアの場合、お金はかかっている。でなきゃ「隣に」とか「こいかぜ」とか「眠り姫」とか、あんな壮大なアレンジできないだろうと。
 じゃあ納期だろうかとか、まあわかりませんけど。

 ともあれ、APの最後の3枚の「夕映えプレゼント」を聞き比べてみて欲しい。順に、音が小さくなっています。ニュージェネの07がいちばん音が小さくてそっけない淡白な音になっていると思います。なんでしたら、ラブライカの02の「夕映え」と比べてみましょう。02は物凄く分厚く深い残響のかかった音になっていますから。
 言うまでもなく、録音し直したりしてないでしょう。ミックスが違うだけです。そして、ミックスというのはバランス変更ですから、普通はトータルの音量まで変える事は意味しません。トータルの音量まで変化するのはマスタリングの段階です。
 つまり、ニュージェネの音が良いのは、おおまかに言うとマスタリングが違うからです。

 音が小さいと音がよくなる、という話ですが、では音が大きいと音が悪くなるのか? そうです、音が大きいと悪くなるんです。

 もっと細かい話をするなら、扱うデータ量が大きいと、音量的に大した差に思えなくても、実質的に大きい音、ということになります。私達は、ピアノ1台の音と、同じ演奏を2台と2人で行なっても、聴感上は大差なく聞こえるんじゃないでしょうか。でも、物理的には2台なら2倍ですよね。厳密に言うと同一の場所から鳴っているのではないのでもっと複雑な話になりますが。

 もっと言うと、一台のヴァイオリンなりの楽器を残響のない部屋で録音するよりも、音がわんわんと反響する音で録音した方が、データ量としては増えます。残響も音ですので、ヴァイオリン本体の音に、残響音は加算されることになるのです。

 何が言いたいかというと、管弦楽というのは、聴感として感じるよりも、残響まで含めた大きな音だということです。機材に直結して録音するキーボードやリズムマシンの方が少ないデータ量でもクリアーで迫力のある音質が得られ易い。

 結果として、AP01「Star!!」は音がでか過ぎて音割れを起こしています。しかも高音をカットできるCDよりも、あるいはCDのマスタリングには、然るべきノウハウの積み上げがあるのでしょう、BDの方が、より音割れが酷くなっています。

 言うまでもなくBDがついてるのは、より高音質で再生できるという理由からです。しかし、同じPS3でCDとBDを再生して、明らかにCDの方が完成度が高いです。いえ、音の分離と高音域の張り出しはBDが上、つまり基礎体力としての音質は、理屈通りにBDの方が上なんですけど、音割れしてるようなマスタリングじゃ話になりません。
 まあ、以前のインタビューではコロンビアのスタッフは、ハイレゾは設備の問題もあって二の足を踏むが、5.1chサラウンドは興味深いのでチャレンジしがいがある、という旨の発言がありました。BDのメインは5.1chであって、私が音悪いなと思っているステレオ音源ではないのかもしれない。うちには5.1chを聞く環境はないので。
 ハイレゾと言えばアイマスは「初恋組曲」がありますが、あれはオーケストラじゃなくて小編成のアンサンブルですからね、事情が違うのでしょう。

 CDの「Star!!」なり、次のラブライカの02でもわかるんですが、録音された音自体は、先述の「こいかぜ」なんかよりも奥行きが広い、つまりは高音質です。02の「夕映え」は、音の傾向が「Star!!」とそっくりで、音割れしていないのは、単に「Star!!」よりは音数が少ないから(デュオだし)だと思います。しかし高音域がぼんやりと濁っていて蘭子の03も含めて、曲調と考えればもっとくっきりとシャープな音で聞きたいと思うところです。

 デジタルデータというのは高周波になるほどデーターの量が増えて扱い難くなる、だからこそ、高音域を制限してカットしている。元々CDで綺麗な高音を出すのは難しいです。ましてや音圧を上げれば迫力と引き換えに音の細かい強弱が失われて輪郭がぼける。そして、上げ過ぎれば音割れする。

 プロがそんなこと知らないはずはないんですが。実際には目先の迫力を得るために普通に行なわれていることです。普通のクラッシックのオーケストラ楽曲のCDを聞いたことのない人がいたら、一度聞いてみてください。あまりの音量の小ささに驚かれると思います。これは、楽曲の1番大きく鳴り響く、いわゆるフォルテッシモの状況でも音割れなど起こさないように、そしてその状態でも高音域の細やかさが損なわれないように、全体の音量を決定しているからです。オーケストラというのは、本来そういう風にデリケートに扱われるものなんですね。まあ、ここまで来ると何が本来なのかわかりませんが。
 ちなみにイージーリスニングの管弦楽は、その点、メロディーさえ聞こえれば良いとばかりに、コンプレッサでペラペラに音を潰した上で、輪郭をはっきりさせるために高音域を強調して、という風に全く視点の違う仕上げがされているので、同じ管弦楽として語ることはできません。

 それで、アイマスでクラッシックと同じように管弦楽をミックスすると、音が小さくなってしまって困るわけです。なので、イージーリスニング側によった処理、つまり、音質は犠牲にする方向でこれまでは扱われて来た。「Star!!」ではそこを冒険して、音質も向上させようと無理をした結果、不可抗力的に音がつぶれるところまで行ってしまったということになります。実際、CDではギリギリ音割れに気づかないくらいの処理がされていますからね、なんとかなると思ったのかもしれません。BD(のステレオミックス)までは気が回らなかったのか、あるいは気ではなく物理的に手が回らなかったのか、何にせよ、聞けばわかるんですから、知らなかった、ってことはないと思うんですが。

 さて。AP05の凸レーション「LET’S GO HAPPY!!」はIOSYSなので、多分オケもそちら製でしょう。明らかにそれ以前とは違う音になっています。「夕映え」の方は音的にそんなに変わっていません。これが、次のアスタリスクの「夕映え」で変わります。理由はわかりません。IOSYSの仕事ぶりに感化されたのか、音楽的にガラッと変わってロック調になるから、これまでと同じじゃダメだろうということでテコ入れされた結果、「夕映え」も合わせて見直されたのか。

 そしてAP07のニュージェネで、もう全然違う音になった。アスタリスクの「夕映え」が、少しバランス変えたな? くらいだったのに対して、違う曲かというくらい違います。「できたてEvo! Revo! Generation!」が、アレンジこそエネルギッシュだけどもメロディー的には「おねシン」のバリエーションなので、楽曲としては最初に作られたんじゃないかという気がするんですが、もしもレコーディングも最初だったりして、発売が最後になったのが単にアニメのストーリーの都合だけだったとしたら、このCDは最後に出ることになって幸運だったと思う。全部想像でしかないのであれですけど。
 凸レーションを境に元気勢になるので、音も見直された、そういうことかもしれないです。実際、使われている楽器類も単純明快になって録音的な意味でも難しいことをしなくても良くなっていると思う。ただ。蘭子やキャンディアイランドの曲は、複雑なアレンジで録音もハードル高かったと思うけれど、ラブライカ「Memories」は明快なアレンジで、「Star!!」と同じ音作りにする必然性はなかったというのが私の考えです。あれは単に惰性でああなったとしか思えません。

 さて終わりに。なんで今更愚痴をつらつら書く気になったのかと言うと、AP08「GOIN’!!!」にBDが付くからです。果たして「Star!!」の悪夢再現になるのか。リベンジを果たしてくれるのか。BDがつく曲として、同じ時期に既に作り終えられてる場合には、あかんでしょうね。試聴した感じでは、それを覆すような印象はなかった。

 あえていうなら、BDオーディオは普通、PS3なんかじゃなくて、もっと高価な装置での再生を前提にしていると思うので、もっと良い装置なら、印象も変わるかもしれません。しかし一方で、これまでハイレゾ音源をうちでいろいろ聞いて来てますからね。やはり、ハイレゾじゃないフォーマットの楽曲で音が割れてるものは、ハイレゾで聞いても割れてるし、当然、割れてないものは割れてないです。理由もはっきりしてる。音圧が高い音源に限って音割れが起きます。以下参考。

価格.com:『最近のJ-POPって歪んでますよね…?』 の クチコミ掲示板


追記

 あまり言葉にしても意味はないんだけど、拾っておきたいことが1点。

 アニデレがパズルのようである、というのは私もそう思う。で、パズルが見たいわけではなくて、その完成した絵がしっかりと示されることが大事なんだと。まあそういう指摘もある。

 私は、残念ながら、そういう絵にはならないと思っている。確かに理想はそうだが。

 私は10話で、あの錯綜したパズルから見えた絵があったから、そう思う。

 その絵はとても大きくて、多分完成することはない。だから、それがパズルであることを示して、その輪郭がギザギザしたままであることを、このパズルのピースはまだ埋まっていなくて、外側にどこまでも広がっていく大きな絵になるのだと、そう語って終わるのではないか、そう言うと打ち切りみたいだけども。
 だからこそ、その中央に集まったピースがきっちりと組まれていることを示す必要があるのだ。決して手を抜いたから絵が完成しなかったんじゃないんだよと、そういう形で終わるのではないかと思う。

 幸いにしてと言うか偶然にと言うかミリマスが呼応するかのように、1つの大きな、雲をつかむような、そう、ゲームをプレイしている人なら知っているだろう。それは社長の妄言だ。

 765シアターを、彼は海に浮かぶ1つの島として新築しようと言っている。なので、誰もまともには相手にしていない。

 彼にも、見えているのだ。

 その巨大なステージに、50人のアイドルが立っている姿が。

 劇マスでは、アリーナに13人とダンサー7人、全員が立つステージ。その絵が天海春香さんには見えていた。しかし、多くの観客はそれは春香さんの物語であって、あるいは先輩と後輩の物語であって、最後に示されたステージという 絵 は、その物語とは乖離したものであると理解されたようである。

 そこはアニマスが始まった時から抱える問題であり、要するに、春香さんのPは春香さんが活躍すればそれでいいし、千早のPは千早さんがちゃんと描かれればそれでいい。しかし全てのアイドルにそれぞれ支持するPがいるのなら、スタッフは最終的にどこを目指せばいいのか。アイドルマスターをアニメ化するに当たっての最初の論点が、未だに引きずられているということになるんだろう。

 アニデレが最終的に誰を中心に据えて物語を終わろうとも、だ。私に見えた絵はそれではない、私には10話の段階で、総勢200名に及ぼうかというデレマスアイドル全員が立つステージが見えた。だからその絵を完成させようと言っても妄言にしかならないと思う。残念ながら、そうなる。CPの14人を通して最終的に1本の太い脈が通った物語が立ち上がってくるかと言えば、そうはならないと思う。

アニデレの13話も終わりまして

 アニメスタッフの皆さん、ひとまずお疲れ様でした。これまでアニメの考察を様々に上げてくれたユーザーの皆さんにも感謝です。

 以前も書きましたが今はリアルがぐちゃぐちゃできちんと検証できるような状況ではないので、あまり実のあることは書けません。ただの落書きですので、だったら書くなよという方は回れ右をお薦めします。

 私はコンテクストの人ですので、何よりもまず世界観とシナリオの整合感が気になります。そしてそういう意味でのアニデレは凄いとしか言いようがないです。シナリオが無茶苦茶でも絵ががんばって動きや画面構成で見せようとするアニメが多い(アニメの本分はアニメーションなので、それは正しいとは思う)中で、徹底的に設定と筋書きというものを詰めてあるアニデレには最後まで感心させられました。

 ただ、いろいろ感想も上がってくる中で思うのは、やはり1クール終盤は制作苦しかっただろうなという事で。この先、スタッフがぶっ倒れるんじゃないかという不安がなきにしもあらず。あれだけアーニャと意思疎通して2人で不安を乗り越えてきたはずの新田さんも倒れちまったわけで、思えば新田さんが苦しいときには常にアーニャが支えてきたわけで、逆はなかったなあと。アーニャいないと新田さんはもっと早い時期に倒れてたのかも知れないなとか思ったり。あれです、最近たまたま2013年の安彦良和・板野一郎・氷川竜介の対談記事というのを読んだんですが、1stガンダムの終盤で安彦さんが倒れちまって大変だったそうで。いやはや現場すさまじいな、みたいな。

 4話だっけ、きらりがパーッと飴をばらまく無駄な技術カットとか見てるわけじゃないですか(^^;)。それが9話とかあって、あれはね、かな子作監を置こうとかツイッターで言ってたんですけど私、そういうのを経て12話。
 12話から13話って、シナリオの流れは美しいんです。で、何がそんなに引っかかるのかと言うと、絵が平板なんですよね。だって劇マス見てて、意識するような要素がいろいろあったわけですから。まあ、同じにしてもしょうがないので、ごちそうとか透けブラとかお風呂とかないといけないとは思わないけど、トレーナーいなくてPも用事で、新田さんリーダーだから自主練ね、て346って765より貧乏なんかよ、というのは否めない。まあ、予算で考えるなら、貧乏と言うよりも、新人だからという理屈はつくなと思いつつも、やっぱ民宿のおじさんおばさんとか登場しないとか、手間かかるから端折ったんだろうなと思わざるを得ませんし。
 いやね、あの運動会でリレーとか二人三脚とか動画は大変だと思います。もちろん13話だってダンスシーンの動画が大変だったと思います。だからこそ、レイアウトつまりコンテ面で無理のない楽な絵作りを心がけたんじゃないか、と思う。劇マスの合宿シーンで印象に残るシーンって幾つかありますが、まあ大体「ラムネ色青春」です。あの歌のシーンは、遊んでるカットばかりで、遊んでる=合宿所の外、でした。それは階段を駆け降りるカットだったり、川で魚と遊ぶカットであったり、崖から飛び降りたり海辺で風に吹かれたり、合宿所は練習するところ、という概念をひっくり返して、あちらこちらへと出かけている765メンバーの、それも主に背中、あるいは俯瞰、あるいは抜けるような空。人間をまっすぐ写した絵とかない、何故なら彼女達は常にカメラの届かないところへ、つまりは外へ外へと動いていく存在だったからです。
 アニデレの運動会を考えると、逆にバラバラだった14人がいかに接近していくか、をテーマに動かしているわけで、765メンバーがてんでバラバラに遊びに出かけているのに、曲の終わりには自然に同じところに集まってくるのと同じに考える事はできない。その違いは興味深いし、それで、多人数を一画面の中に常に描いてないといけないので、絵にするだけで精一杯だったろうなとは思う。あとテンポ的にも忙しかったなあと。
 ところで飴食い競争とか尻相撲とかいらんだろという意見も見かけましたが、運動会だったらCIの3人が不利です。島村さんも運動苦手ですし。かな子に飴食い競争、杏に水鉄砲サバゲーで活躍する場が用意されているということで、蘭子は二人三脚、智恵理は縄跳びで、"できない組"の心情を代表する立場になっている。すると島村さんなら尻相撲でしょう。トップを争う立場にある凛、未央、美波それぞれにも、凛は目標がはっきり見えないと本気を出せない、未央は一度負けたらリベンジせずにはいられない、美波は勝てる力量があっても二人三脚では勝ち負けよりも蘭子のフォローに務める等、それぞれに小さなドラマがある。シナリオ的にはあくまでも緻密です。
 逆に、劇マスの"楽しい合宿"というイメージは物語後半になって、それで良かったのか?という疑問を突きつけられることになるし、映画全体の中でも最終的には違和感として残ります。絵がシナリオに優先してしまった結果と言えないこともない。一方でアニデレが、その緻密さから「ラムネ色青春」のような解放感へと13話で至ることができたか? と言えば。
 3話で見れたような、心の動きがそのまま音と光に連動したような絵作りとカメラワークは、13話では人数が増えた分、難しくなっていたと思います。
 アニマスは、人数の多さ、その全員が立っているステージの広さを表現するために、アイマスのゲーム画面のようにカメラをスクロールさせていて、それをCGじゃなくてアニメーションで表現したことで視聴者に衝撃を与えたんじゃないかと思ってます。 アニデレは13話で、今見直したけど、一応やってはいます。「GOIN'!!!」のサビのところで、全員をなめるようにカメラが横に動いている。そこへ至る流れでも少しずつカメラの動きが増していくという計算もちゃんとありますね。でもまあ、それでステージの広さを感じたかと言うと、私は感じませんでした。逆に、コンテが作画の負担を減らすように気を使って描かれているなと、そういう風に感じた。
 野外フェスを企画するメリットって、イベントのスケールの大きさの割にお金が掛からないことだと思います。知名度が今ひとつなアーティストやバンドを広く知らしめるにはうってつけなので、346のような多数のアイドルを抱える事務所なら有効に活用できるでしょう。
 でもまあ、アイドルに野外は普通ないです。音質的にも照明的にもホールよりも不利ですから、ミュージシャンとしての実力が問われます。実力あるなら野外もいいですけどね。
 というかまあ、終わってみれば雨降らせる気満々だったんだなと(^^;)。そのための野外かと。企画側としては、真っ先に天候の心配をするものだと思います。雨降ったときの対応も綿密に打ち合わせるものじゃないでしょうか。そういうリアリティを棚上げして、視聴者の意表を突くために、そういう面を描写しなかったのか、単にシナリオにそこまで詰め込めなかったのか。どっちにしても、13話という話の流れは、あまり余裕なかったなと。
 結果として残る印象は、12話〜13話は、自然の中での合宿から、野外フェスという流れだったのに、大自然の雄大さも野外フェスのスケール感も感じられないまま、緊密な人間ドラマを進行していた、というものになります。満足はしたけれど、違和感は残りました。
 振り返れば、1〜3話には、そういうせせこましさは感じなかった。緊密な人間ドラマをやっていたのは同じですが、ドラマの外にある世界がちゃんと息づいていたと思います。だから、終盤においては、制作側に余裕がなかったんだろうなあと。

 えーと。新田さんの代わりに蘭子が出たラブ蘭子ですが、そういうシナリオにした意図がよく飲み込めなかったという某氏からの意見がありました。見直すと、蘭子とアーニャ、振り付けが多少ずれてますね。一応うまくいった体で描写はされておりますが、実際問題としては、うまくいったのかどうかは明示されていない、というのが私の解釈です。
 ニュージェネがしっかり盛り上がったのを見せる必要があるのに比べると、ラブ蘭子が盛り上がり過ぎても困るわけですが、じゃあ、なんで出したのかと。そこいらも歯切れが悪いというのも確かに言える。凸レーションの10話でPが警察に連れて行かれる瞬間を(その時、アイドルとどのくらい離れていて、その事態をPがどう考えたのか)描写しなかったのと同じで、はっきり描いてしまうといろいろ齟齬が出てくるのでごまかしてしまってるわけです。
 そういう綱渡りな感じが10話では緊迫感に繋がっていたわけですが、13話では、忙しいなという感覚になってしまってる気がします。
 フェス終了後の描写も、ライブをあれだけ急いで進行しておいて終了後をじっくり描くのが、ある意味凄いと思うけど、でもこれ、13話で1クールが終わりだからこうせざるを得なかったんですよね(^^;)。ファンレターの件、確かにライブ会場でファンから贈られた物は配布されるでしょうけど、ステージで休んでるアイドル達のところへPが運んでくるというのは、ちょっとないだろうと思うんですけど。でも控え室に運んでおいて、各々が家に持ち帰ってからゆっくり見返すとかでは、あのラストシーンの場が作れない。そういう都合かなと。
 そんなこんななので、ここまでアニデレについて考察して来た猛者の人であれば、これだけ中身が濃く詰まった13話でも、容易に分解して消化吸収できるでしょうけれど、見ようによってはいろいろ引っ掛かりがあるのは確かで、どこか一箇所でも引っかかったら、そのままずるずると違和感が解消されない内に終わってしまった、という人も出てくるだろうなあと。

 何でも、地方局で放映されたアニデレと、TOKYO MX及びバンダイチャンネルとでは、中身が違うそうで、地方局に出した分の方が納期の問題で完成度が上げられなかったようで。消されるかもですが比較版も上がってるんですね。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm26013823
http://www.nicovideo.jp/watch/sm26014402
 こういうの見ると現場の壮絶さを感じるので。私としては、スタッフの方にはご自愛くださいという気持ちではあるんです。

 歯切れが悪いですが、自分としては、この歯切れの悪さを覚えておきたいと思います。デレマスは、後味が悪くてもいいというか、私の知っているモバマスはそういうゲームなので。

ミリオン2nd

 ミリマスはいつもいろいろあるし、今回もいろいろあったし、これからもいろいろあるんだろうと思うけど。私もリアルが職場変わったりして、今gdgdで、ふらふらな状態でLV会場に行ったら、徳島のLV見てきた中でも最悪の音質で、なんだかもうよくわからない感じだったんだけども。
 でも、見てよかったと思ったので、それだけでも書いておきます。あれですよ、自分は成長したもちょとか見たくないんじゃないか、なんてことも考えたわけです。
 結論から言うと、もちょも成長してましたが、成長しても、もちょはもちょでした。りえしょんも成長してたけど、やっぱり、りえしょんでしたね。うん、変わるものもある、変わらないものもある。

 以下、ひたすらだらだら書いて無編集のまま上げます。

 嬉しかったのは、天さんと木戸ちゃんですね。この2人は、見事でした。

 天さんのLTH「絵本」はCD原曲だと未完成な印象がある。ドラマチックな展開の割にはシンプルな歌詞で、シンプル過ぎて、言いたいことを伝えきれない内に終ってしまう印象でした。歌詞が短いので、短い中でももっと細やかな感情の変化を伝えないといけない曲だと思うんですが、アレンジが派手にどんどん盛り上がるので、そういう細やかさが感じられない楽曲になってしまってるように思ってた。でも、今回のライブで、天さんがCDよりもずっと細やかに歌詞に感情を乗せているのがよくわかりました。あれが本当の「絵本」だと思う。「ライアー・ルージュ」の表現も深みが出ていました、LVが良い音で聞けたらもっと聞き込めたんじゃないかと思うけれど、私は今回の「ライアー・ルージュ」が今まで聞いた中では最高だったと思う。

 木戸ちゃんはね、アイマスというか矢吹ちゃんになると化けるね、ほんとそう思うので、某氏が、あれは矢吹ちゃんとして歌うとああなるんだろうか、と言ってたけど、キャラクターとしては、いつもの木戸衣吹だと思います。ただ、アイマスのことを凄く大事にしてくれてるんだと思う。天さんもそうだけど、いろいろ活動してて忙しそうなのにね、これだけ気合入ったステージ見せてくれるというのがグッと来るです。

 みっくや、ゆいとん見てて思うのは、1stの時は、ミリマスは中心部は熟練度高いけど端にいくと錬度が低くて、アンバランスなのが問題だと、そう思ってて、もっとレギュラー陣として安心できる層を作るのが課題と言ってたんです、デレマスで言えば、ニュージェネだけじゃなくて、CPで動かせるように、ってことで、それがミリマスだと誰かなあと言う話をしてた。ので、2ndになって、それが見えてきたのが嬉しいですね。ぶっちゃけ、天さんと木戸ちゃんが今回もいるのかどうか、当時は悲観的だったですし。1stの時は、困った時はmachico氏、という感じだったですが、今回は、中心にラジオの3人+machico、ゆいとん、みっく、というのが固まった感がある。
 ゆきよさんや、なんすも、成長したなあと思いましたけど、ポジション的には、天さんや木戸ちゃん同様に遊撃隊だと思っています。何せ今回細かい事が頭に入ってませんが、最終ブロックの頭という、地味では困るし勢いだけでも困るというめんどくさい位置を務めたのが、やはりこういう時に頼りになるmachico氏であったということ。同様に、最終ブロックの怒涛のユニット曲連打の後にソロに戻るという、そんな恐ろしい位置が任せられるとしたら、ころあず、天さんくらいしかおらんでしょ、と思ってたら、年少組のみっくであるという、ね。しかも、2日とも、同じ位置ですねmachico氏も、みっくも。それで、1日目2日目で違う曲を堂々と歌いきる、こんなめんどくさい位置を全く問題なく務めて見せられるというのは、やはり別格だと思うわけです。
 そして、ゆいとん。今回は、ぴょん吉さんが担ってきたソロの切り込み隊長になって、違う曲調で2回とも務め上げて、それでも、大丈夫かなと全く心配にならないというか、皆さんわかってると思うんだけど、この人、本来は「Pretty Dreamer」組なんですよ。なのに自分のユニット曲を歌っていないという、なんか「Pretty Dreamer」という曲はぴょん吉+2人のゲストという感じになってしまってますが(^^;)、それでも、CD組がいないユニット曲よりもましですけども。しかし、いるのに自分のユニットで歌わないというのも、凄いわ。なんというかですね、今回「HOME, SWEET FRIENDSHIP」で、ああ、ゆいとんが自分のユニット曲にいるじゃないかと妙な感慨がありました。

 1stでも、ゆいとんも、みっくも、難しいポジションをこなしてたんですけど(みっくはころあずの助っ人もやってたし)、2ndでは2日参加であることも含め、偶然じゃなくてガチに要所担当だというのが今回ではっきりしたなというところです。

 ガチと言えば、2ndではユニット曲を2人だけ、しかも初参加の人も含めて、という恐いことをやってて、まあトロッコに乗ってる分、パフォーマンス的には楽だという計算も働いてるんでしょうが、それでも「星屑シンフォニア」も「STANDING ALIVE」も、どっちも初参加の2人だけというのはよーやるわというか。
 こういうのも前回で、誰もCDメンバーがいない曲を歌うとか、セットリストの重要な位置に高校生だったみっくを放り込むとか、恐い事をやってしまってることで、皆、鍛えられたんだろうなと思います。
 とは言え、初参加の人達も実に危なげない立派なステージだったなと思います。欲を言うなら高橋未奈美さんのソロも、正面ステージで見たかったですけど。
 大体、1日目にリスキーな人選で、2日目に安泰な人選ですけど(今回は選曲的には1日目が安定な感じで、そこはバランス良かったかもですが)、だからこそ1日目の近藤唯さんが、可憐そのままのキャラクターで可愛かったり、まさかの天空橋さんの「maria trap」をステージに再現した小岩井ことりさんの存在感は強烈でした。何せLVは音が悪くて、人によっては「アカペラと変わらん」という評もあるくらいなので、「maria trap」という複雑な曲は、正直、どんな曲だかわからん人がたくさんいたんじゃないかという感じですが、そこはBDに期待しましょう。ちなみに、バックスクリーンの歌詞表示が難しい語句や、副音声との掛け合いを表現してくれていて、曲を理解する上で見事な演出だったと思います。

 初参加の人が、1日目は5人、2日目は2人ですから、しかもその2人って、風花さんとこのみさんの中の人ですから、初参加組の中の、選曲的にも歌唱力的にも安定度の高い2人を選んで残りは1日目という明快な話で。個人的にはだから1日目の方がドキワクして好きなんです。今回2日目でどうしても見たいと言ったら「ライアー・ルージュ」と「未来飛行」くらい、だったんですが、みっくところあずが気になったというのもあった2日目で。というのは、1日目に「空想文学少女」と「Precious Grain」が来ると思ったら逆だったので。
 「空想文学少女」って大曲です、これを2日目にやるのかと。「透明なプロローグ」は前回は最終ブロックでしたし、他のどこで歌っても問題ないでしょう。なのにそっちが1日目かと。どんだけ、みっく信頼してるんかと。「catch my dream」は、難しい曲だけど、最上静香の成長を示す重要な曲なので、ころあずなら2日目に歌ってもやり切れるんじゃないか、いや、やり切って欲しい、と思ったんですね。まあ、インパクトと、過去の実績という意味で「Precious Grain」を選んで、「catch my dream」は1日目でも、ソロの最後という重要な位置に持ってくる、という意図はよくわかるんですが、ちょっと、考えてしまいまして。実際、天さんも2日目に「ライアー・ルージュ」で、最終ブロックの周囲を新曲に囲まれてる中で1人、LTPなんですよ。「絵本」も「catch my dream」も、キャラクター的には重要度の高い曲なんですが、2日目にもってくるにはリスキーだと判断されたってことなんかなと。まあ、セットリスト作る上で、新旧混ぜれば誰かが2日目にLTPから歌うことにはなるんですが、それが天さんところあずだったというのは、ちょっと腑に落ちないなあと。他には、もちょだけです両日参加で2日目にLTP。もちょの「夢色トレイン」は、いかにも1日目の序盤で景気づけにドーンと行くのが似合うでしょうからね、わかるんです。

 そんなこんなで2日目だったんですが、「Shooting Stars」はCDよりかっこいいし、(体調を心配されてた)りえしょん元気そうで何よりだし、愛美さん凄いし、末柄さんの安定感すさまじいし、「Pretty Dreamer」からのね、センチメンタル、ハロコン、マリオネット、と来て「Blue Symphony」のラスボス感。これが凄い。765に歌マスがあり、ジブリがあり、そういう意味ではミリオンは「Thank You!」や「Pretty Dreamer」でがんばって追っかけてるって感じかも知れないけれども、でもミリオンには「Blue Symphony」があるじゃないか、というね。
 で、ある曲について、すっかり忘れてしまってたまま最終ブロック。後で考えたら、その曲がどこに来るかというのを全然考えてなかったなあと。自信なさそうなので、早めにパパっと済ませるのかもなとか思ってたんですが、冷静に考えれば早めに済ませていい曲でもない。で、そのまま、登場しないことに違和感もなく存在を忘れてしまってました。頭の中は「ライアー・ルージュ」と「空想文学少女」と「Precious Grain」でいっぱいで。それに「SentimentalVenus」のオケ中断、P達と共にアカペラ大合唱で乗り切るという伝説的な事件もあったしで。いえ私、ボーっとしてたんで、その後に間があくまで、アカペラも演出かと思ってたんですけどね、それくらい、ボケてまして。

 で、「空想文学少女」が圧倒的で。もうここで終ってもいいくらい凄かった。いえ、緊張も見えましたけど、それでも凄かった。というかこの大曲を、この最終ブロックという局面で、堂々と歌いきった時点で負けます。
 そこからの「Precious Grain」は、やっぱり凄かったんですけどね。でも、1日目の、まだ歌いこなせていない感じだった「catch my dream」も、素晴らしかったと私は思ってるんです。以前書いたと思うけど、「catch my dream」はサビでいきなり爆発させる曲です。だから下手するとつんのめる。

 ♪ catch my dream! しん〜じーてっ! 

 で声が元に戻って来れずに引きずる。でも、ここを力抜いてスムーズに歌おうと思えば歌えるけれど、それじゃあ意味がないんですよ。起承転結として、この曲は前半はずっと抑えて歌うようになっているからです。ここで一気に爆発させなければ、この曲はただの甘ったるい夢になってしまう。で、それを急ブレーキしてスピンターンするように、コントロールして元のメロディーラインに着地しないといけない、爆発したまま歌をコントロールし切らないといけない曲。それはやっぱり難しくて、誰にでもできることではない。
 やはり以前書いたけど「ライアー・ルージュ」も同じ性質を持っていて、でも天さんは声が細いので、逆に爆発というには足りないまま、小さくコーナーを曲がってしまっているのが、この曲を歌い切れていないところだったんです。でも、今回のライブでは、そこを乗り越えていたと思います。彼女は成長した姿を見せてくれたと思う。まあ正面ステージで聞きたいとも思ったけど。
 で、田所あずさは、ずっと歌にエネルギーが込められるし、急ブレーキで曲がるだけの制御力もある。実際にライブで聞いて確信しました。この歌は彼女にしか歌えないなあと。だから、気持ちとしては、さすがの「Precious Grain」だったけど、「catch my dream」の完成形もいつか見せて欲しいと。

 そんなことを思っていて、1日目は、ころあずで終りだったので、それで終わりだと思ってたんです。ええ、忘れていた曲と言うのはそれで。

 いや、一瞬凍りました。この「空想文学少女」と「Precious Grain」が作り上げた壁を、ぶち破るように、ぴょん吉さんの「みんないくよーーーーーーっ!」という声が響き渡ったとき。

 ぴょん吉さん、あの曲は難しいみたいで不安そうだったし。今日は「Pretty Dreamer」で一瞬気が抜けてるような間があったんですよね。あれ多分、客席に「せーのっ」って投げるの忘れて、あれとなって次の歌い出しが一瞬遅れたみたいに見えたけど本当のところはわかりませんが。その、ぴょん吉さんがここで一世一代のハイテンションで突き抜けて来たというね。いや、ここぞというところで頼りになるミリオンのセンターではあっても、さすがに大トリは緊張の1つもするだろうと。だから私としては、大トリに来るとは想像してなかったんですよ「未来飛行」。来るとしても、どうにか歌いこなしてくれればいいな、くらいに思ってた。

 今日は良いライブでしたし、伝説と言ってもいいライブだったし、でも、何が伝説かって、あの「未来飛行」だと私は勝手に思ってます。

 というか、あれが春日未来なんだなと、そう思った。

 ミリオンのいろいろある「いろいろ」の1つとして、春日未来というのは、何なんだろうというのがある。あるんです。でも今日、ぴょん吉さんから出ているあの底知れない、あの楽しそうなパワーはどこから来るんだろうと思ったら、未来ちゃんならきっと、あんな風に歌うだろうと、そう思ったら腑に落ちた。いや、今までは、ずっと、山崎はるかさんだと思ってきたし、田所あずささんだし、伊藤美来さんだし木戸衣吹さんだと思ってるんですけども、でも今日は、木戸ちゃんのステージには矢吹ちゃんがいるし、天さんのステージには志保さんがいるし、みっくのステージには七尾ちゃんがいるし、そして、あの時、ステージにいたのは未来ちゃんなんだなと。

 そんな事を考えながら帰途に着きました。BDになるのが楽しみです。いや、センチメンタルの最後の方、あれはカットしないでくださいね、お願いですよ。

 でまあ、ころあずは、今でもころあずなんですけど。