主観によるニコマス史の話が出ているんだけども。某氏からのリクエストもあったので、前のblogを消した時の話をしておこうと思う。

 ニコマスは二次創作でMADなので。どの道黒いんだからそこにモラルとか要求するのはおかしくね? という話があって。ヤクザの仁義とか一般市民から見ると滑稽だよというか、端的に言うと「空き巣が強盗に説教する」ようなことはどうなのかと。

 ただ、二次創作全般はその通りであっても、ニコマスはそういうものとは違った、もっと特別なものではないか、という認識はあった。あったが、それはどっかの時点で上の認識によってハシゴを外された格好になる。何人かにとっては、それがニコマスの終わりだ。そういう意味では、自分のニコマスは08年のネタ☆MADによって終わった。(念のために言っておくと、私はオーキドPは大好きである。)

 モラルとか政治的な(つまりは世論による線引き)統率を度外視した、ただ「ネタならなんでもいい」という免罪符を振りかざすためだけの祭り。それまでも、質が駄目でも数で圧倒することで何らかの権威足りうる、という発想はあった。あったが、その多くは自滅した。その自滅具合が明らかになったのも、同じ08年の8月〜9月。以後、質の伴わないタグ祭りはPVにおいては冷たいネガコメを伴う、もはや祭りというより睨み合いのような状況を生み出していく。タグ祭りはそんなわけで、洋楽については根強く残っていくのだけれど、それは逆に視聴者の洋楽MADPV離れを促進はしても改善はしないものであり、他のタグ祭りもどんどん視聴者と無関係な場所になっていく。

 話を戻すと、その一方で、暴力的な量を伴いつつも、一部の良質な作品と熱狂的な評価をもって迎えられたのが「ネタ☆MAD」であり、PVタグ祭りの事情と相まって、PVの時代は終わってテキスト系の時代が来ることが確定的になった。同時に、モラルの保たれる一線を超えて、もはや自浄作用など求めるべくもない、それが今のニコマスだという認識を生み出した。以後、どんなに目を覆うような動画があっても、荒れるどころか嫌な奴は見るなで済まされる時代が来る。

 コミュニティにおける問題提起というものが、もはや成立せず、荒らしがまとわりつくだけというそんな時代。常識を語るものが排斥され、賢明な者は沈黙することを選ぶ。そんな未来を語ってどうなる。私のハシゴはこの時外れたと言える。

 その少し後である08年の10月には、優れたPV動画も多数生まれているのだけれども、その意味するところは、七夕革命がようやくその成果を発揮しだしたのがその時期であると言うことであり、すなわちダンスPVの終焉を意味する。

 以後、どれほど優れたダンスシンクロの動画が投稿されても、第2の「Princess Bride」が生まれることはない。その認識は、アイマス2になってダンスPVの復権が謳われる現在も変わっていない。単純な話、凄いシンクロ動画があっても、それを見て、コメントをつける視聴者がいない。そういう視聴者は今は生放送に行っているだろう。

 私は今もブロガーを名乗っているけれども、以前のblogは、そんな未来を意図して作ったものではなかった。簡単に言えば、著作権の問題が改善されるような、そんな奇跡を期待して運用していたものだ。それが非現実だということはわかっていたし、だからスタート地点から、どこで幕を引くかは考えていた。ただ、何もしないであきらめるのは嫌だったから。それだけの理由で動いていたものだ。

 今は「ニコマスは」と言ってしまうと語弊がある。「俺のニコマスは」と言わないといけない。新着を追わずに好きなPや生主をウォッチリストに入れたりツイッターを参考にする方が適切な動画の追い方。全体がどうなっているかなど、考えても仕方がないと思っている。

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 全体と言えば、昨今では新着がアニマス以前の倍に増えたといっていいと思う。PS3版が出たすぐでもあるから、一時的にはもっと増えるだろう、その先はわかんないけど。しかしその大半は継続してノーマルPVを上げ続ける人たちと、荒らしまがいの釣り動画を大量に上げる輩と、アニマスから入ってきた、とりあえず動画作ってみました的な大量の新人さんで、ぶっちゃけ、これはと思うような動画は以前の半分くらいに減ったという印象があるし、それを探し当てるのも大変だという状況である。

 それでも。それが悪いとは思わない。二次創作の場としてはそれで十分活発な状態であり。マイリスする動画の数は少ない方が見る側の負担も少ない。そういう少数精鋭の場になることを、自分はずっと昔からイメージしてきて、やっと現実が追いついたと言える。