TV見ない人なので24話をやっとニコ動で見たんですが。

 アニメのアイマスが1つの見解を示して、それに対して皆がそれぞれに思うってのは、つまり皆のアイマス観がバラバラだってことで、それを突きつけることなく角が立たないようにってのがそれまでのアイマス民の穏健な平衡感覚としてあったんだろうなと。アニメが1つの見解を示すのは当たり前であって、それぞれのアイマス観でいいんですよ、みたいな話はそもそも作りようがない。また、Pが誰かとくっつく、というエンディングも作りようがない。

 ただ、明瞭に言葉で語られない部分の多い話だった。それは言葉で語ってしまったら負けなのかも知れないし、アニメは本来子供が見るもんなんだから、そこまできっちり説明するのが当たり前なんじゃないの? という気もするし、言葉で説明されないと困るように感じるのは演出力が低いってことじゃないの、という評価もあるかもしれないけれど。

 個人的には、そういうシナリオ力とか演出力に期待して見るようなアニメではなかったので、そういう話は私はしない。ただ、自分の言葉で書ける事は書いておく。
 春香さんについて。アニメが始まってしばらくの頃は、春香さんの主役回というものはないだろうと思っていた。ED的には実際、はるちはの回が春香回であったわけで。

 春香さんの回があるとしたら彼女は何をして、そして何によって前に進むのか。彼女に特別なアイドルの才能があるか。あるかもしれないが、そういう見せ場というものは、アニマスでは出せないだろう。だって、他のアイドルに特別な才能がないみたいになってしまう。キャプテン翼とは違うのだ。

 春香さんにできることがあるとしたら、それは全員を陰から支えるということであろう。それは陰からなので、表に出ることはない。765プロは皆良い子で普通に仲良く助け合っているのだから、その中で特別に春香さんの助けが必要だ、なんてシチュエーションは、彼女は天才でも魔法が使えるわけでもないから無理だ。

 また、そんな彼女が報われるとしたら、ドジっ子で地味な彼女が、それでも春香が必要である、そこに彼女がいてくれてよかった、そう皆が自覚することである。が、アイドルとして対等な立場にある彼女達がそれぞれに成長していくならば、そこで春香さんが特別に感謝されるような局面もまた、ありえない。彼女は友達思いのいい子だ。それだけのこと。

 だから、春香回というものは作りようがないだろうと思っていた。

 あるとしたら、それは友達同士の助け合い、というレベルではどうにもならないような、ただの仲間づきあいではすまないような、そんな尋常ならざる事態が起きないといけない。アイマスをアニメにするにあたって、そんな原作にない危機を作り出すようなことをスタッフがわざわざするだろうか、そしてそうなったら、春香さんにどうにかできるだろうか。そういう非常に難しい局面を、アニマスは20話で乗り越えたのである。

 しかしその意味を、千早は気づいたけれども、765の他のアイドル達は気づいていなかった。いなかった、ということは、実は24話で初めてわかったことで。

 仲間で助け合うのは当然だ。私だって千早を助けたかった。だから助けられてよかった。そういう風にしか理解されていなかったということ。

 仲間ってなんなのか。アイドル達はライバル同士なんじゃないのか。そんなことは大きなお世話なんじゃないか。20話で春香さんはそういう問題につきあたって、Pに後押しされて初めて乗り越えた。春香さんが千早を助けるために、そうやって乗り越えなければいけない山があったことを、皆は知らなかったということ。

 仲間だから千早を救えたんじゃない。あえて跳び込んで千早を仲間に引き戻したこと。それは春香さんにしか、できなかったこと。

 ということは春香さんとPがいなかったら、同様のことが起きたときに、千早を除く彼女達には、やはりどうにもできないのである。

 23・24話というのは、そのことを示すために春香とPを排除する、そのためだけの話だったのだと思う。春香さんがどうやって立ち直るかを示すことは、最優先ではなくて。

 そして、春香さん自身、自分が何をできたのか気づいていなかった。あの時、彼女にはPがいたからだ。美希と千早が達した答えに、当の本人が気付くため。そのために「みんないっしょ」であることを求める彼女をあえて1人にすること。立ち直ることを見せるのではなくて、彼女は1人でそれができること。示さなければならなかったのは、そのことだ。仲間に依存して天海春香があるのではない。彼女もまた、自分の意志でアイドルをやっている。しかし、そのことに気付けないのが春香さんで、彼女に足りないものは才能ではなくて、自信だ。

 千早は、本来は誰か1人のために皆を動かすという事とは最も遠い人間だ。たまたま、今回は文脈の連鎖があって、Pの助けもあって、彼女が動いた。彼女が家族を語ることの意味、それがライブの成功のために全員で練習するという以上に重い事。そのことによって、春香さんの気持ちは皆に伝わったと思うけれど。大事なのはそこではなくて。

 大事なのはもっと根本的に、誰かに助けられて動くのが仲間だということではなくて、誰かを助けるためには自分がまず、乗り越えなければならないことがあるということ。

 765プロの「みんな」は、誰かに守られてそこにあるのではなくて、自分が守ることで成り立つのだということ。

 それが春香さんがしてきたことであり、本当の意味では、まだ彼女達には伝わっていないかもしれない。24話で春香以外のアイドル達がTVを通して春香に呼びかけるシーンは、その回を締めるケジメであって、あのシーンがなかったとしても、物語の流れは変わらない。あの時点で春香はもう立ち直っているのだから。彼女達がこの日のことをどう理解していくのか。それはこれからのことだと思う。

 ただ、この回の物語を視聴者の側が受け止めて理解することは、できるのではないか。

 一方で、結局それは春香の、あるいは千早の我が儘であって、なにも765プロがみんないっしょであり続けることは、必要ではないんじゃないか、という考え方もあるだろう。それはそうかもしれない。だから、大事なのは、みんなで団結して未来へ向かっていくこと、それ自体ではない。そういう視野をもつことで、自分自身が前へ進むこと、より広く世界を見れるようになること。冬馬が少し登場するけれど、何も彼は今更思いやりや仲間が大事だと言いたかったわけではないだろう。自分の見ていた世界が狭かった、そう気付いたということなのだ。

 以上。