車ぶつけて警察となんやかんやして、家に帰ったらいきなりバンダイチャンネルで明日も仕事なんで、メモ書きだけ。

 23話で、凛と未央がそれぞれの道を進んでいて、卯月とは噛み合ってもわかり合ってもいないんだというのは、とても大事なんじゃないかと24話が始まる前に書いておきたかった(^^;)。ただ、そこからどう収拾つけるのかまでわからなかった。

 その収拾が、ついたな、と24話で思ったので、アニデレにはまだ魔法を使う力が残っていたんだなと。

 24話は、多分総力戦になるとは思っていた。卯月がわざわざ346に戻る、それも笑顔のないまま、という時点で、これはもうCP全員で卯月を迎えるしかないとは思った。

 でも、CPに何ができるだろう。実際、CPのメンバーはそれぞれに語ることは、バラバラだ。バラバラなのに、凛と未央は皆に頼み込んで☆のカードに願いを集めていく。それぞれが違う方向を見て、それぞれの願いが集まって、その先に何があるのだろう。

 多分、それはわからなくていい。代わりにわかってきたのは、それぞれのメンバーが新曲の譜面をもらっていて、未来を向いているということ。一方でニュージェネには新曲がなく、島村さんはレッスンも十分ではない、それでもステージに立つということだ。特に説明がなくても、衣装さえ着ないでステージに立った時点で、ぞわぞわ来た。

 時計の針が12=0になり、世界は反転する。終わりが始まりになり、彼女から始まったシンデレラガールズの世界が、今度は彼女を迎える。向こう側には何があるのだろう? ここが向こう側だよ。君を待っていた。

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どーでもいい追記:

 アガサ・クリスティに「ゼロ時間へ」という、ポワロもミス・マープルも登場しないミステリがあります。大掛かりなトリックなど登場しない地味な内容なのですが。重要なのはタイトルで示されている概念。

 殺人事件というのは、例えば人が殺されるところが起点、犯人が捕まるのが終点と考えることができます。しかし、犯罪者にとっては、目的の相手が死んだ時こそが終点かもしれません。起点はもっと前の、あの人を殺そうと思うに至る瞬間になるのかもしれない。

 ひとつの目的を持った流れが成就する「ゼロ時間」。それは誰かにとっての終わりが、別の誰かにとっての始まりかもしれない境界点です。

 このミステリは、地味に殺人事件が起きて、地味に犯人探しが始まって、地味に解決を迎えようとする。そこであることが起きて、探偵役に、突然疑問が沸き起こります。この事件のゼロはどこにあるのか。我々は勘違いをしているのではないか? 事件の終点に見えるここが、起点だとしたら?

 アニデレ後半を、私は「詰め将棋」と評して来ました。詰め将棋には、当然「詰み」がある。そこが終点。なので、23話で解決がなかった時に私は割と驚いていました。詰め将棋というのは、1手も無駄がないから詰め将棋なんですよ。多くの人が、だらだらと長い、薄いと評価した。それでは詰め将棋とは呼べない。

 だから24話を見て思いました。これは「ゼロ時間へ」だと。私はガラスの靴を失ったその先のことを、どうなんだろうと考えていた。そうではなくて、島村卯月はシンデレラではなかったのだと。彼女はたった1人で、シンデレラの物語世界にカウンターを打つために、その世界から脱落するんだなと。ここがゼロかと。そして時計の針を吹き飛ばしてしまったのだと。

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追記その2:

 いえ別にポエムを書きたいわけじゃなくて、細かいまっとうな解説は、他の誰かがやるだろうから、個人的なこだわりで小理屈をひねくり回したって読む人が困るだろうなと思った程度のことです。

 なので整理しときますと。23話で凛も未央もそれぞれに卯月を気遣ってるのに噛み合わない。そこは2人にそれぞれ負い目がある。信頼していた相手に泣かれてしまって、これも自分のせいかと思ってしまったら、強気に出られない。この噛み合わなさが気になっていました。誰かがガラスの靴に相当するものを提示して、卯月を回復させるとしたら、このシーンしかないだろうと思っていたし、そのために凜が何をするだろうと思ったら、何もしなかった。凜は自分に出来る精一杯をぶつけて島村さんの本音を引き出したけれど、それに対する答えは持っていなかった。

 じゃあ、何でわざわざ公園まで来たのか。シリーズ構成の都合上、短い尺にギチギチにシナリオ詰め込んできて、ここで無駄遣いとは。……これが無駄じゃないとしたら、3人はここで和解しないということに意味があるということになる。

 意味があるって、どんな意味があるんだろう。それが気になったということです。

 ガラスの靴に相当するエピソードをここで逃したら、もうないでしょう。確かに、世界観的に、ガラスの靴は必要ないんだ、というモチーフは登場する。しかし、だったら、島村さんは誰がどうやって、立ち直らせるのだろう。

 そして、それはシンデレラの物語とどう繋がるのだろう。

 24話でCP全員と島村さんが対峙するのは予測できた。しかし、CPがどう関われば島村さんが回復するのだろう、既に書いた通り、それがイメージできません。1つの見通しは、ニュージェネが救えないのであれば、CPにも救えないであろう、誰もガラスの靴を持って来てはくれない、そういう話になるのではないか。

 ただ、ここまでの時点で、答えがあるとしたらそれはステージに、つまりは7話で示されたように、観客の笑顔にあるだろう、そう考えたから武内Pはステージを用意したのだろう、そういう予測はある。だとしたら、武内Pも、自分がガラスの靴を持ってくる王子様になるつもりもないのだろう。島村さんは、自分の力でステージに上がり、自分で答えを見つけるしかないのだろう。

 だったら、1人で頑張るしかないんだよと、それだけ言うために23話後半、24話前半という長い尺を使ったのは無駄過ぎるんじゃないかと、何ともそこら辺が釈然としなかったという。

 誰も、凜でさえも、また一緒にステージに立とう、と言わない。見えないところで言ってたのかもしれないけど、それを見せないからには、見せない意図があるはず。皆は相談には乗るけど、誘いも強制もしない。武内Pをして、卯月が自分で選択するように言う。

 監督のセンスと言えばそれまでだけど、アニデレって打っても響かないですね。誰かが投げたボールを全力で打ち返して感動が成立するとか、気持ちがガチっと噛み合ってクライマックスが形成されるとか、あまりない。1話でも、凜が決断するのは島村さんの必殺の笑顔の直後ではなくて一晩かかります。16話では、みくにゃんのコールとガッチリ噛み合ってウサミンがメルヘンチェンジしたように見えますが、実は2人は噛み合ってなかったよね、という話は以前書きました。その都度オチはつくんですが、ビシっとではなくて、ふわっと着地する感があるというか。

 で、何かと起きるこのずれが、どこで収束するのだろう、というのがずっとね、常にね、ありまして。

 改めて言いますが、詰め将棋はどこかで詰みます。アニデレ2期は、あらゆることが布石となって、島村さんを追い詰めるように緻密に計算されてきた。その詰みはどこに来るのだろう。23話だと思っていました。なのに、24話になってもまだ、CPが全員でもズバッと解決することなく、引きずっている。

 なので、彼女がステージに制服で上がったとき、ああ、時計の針がここで、0になるんだなと。ここまでずっと、意図的に焦点を合わせないできたんだなと。そう思ったわけです。24話の最初から12時だったろうって? そうですね。あの時計は「12時=魔法の終り」を意味していたと思います。

 でも、凜や未央が皆から願いの☆を集めて皆で卯月の復活を待っているのに、本人はまだ迷っている。誰も彼女を励まさない。ただ待っている。何で彼女はここまで、1人で空っぽで裸足であることを強要されるのだろう。1話のホールは空っぽで、かつてのCPの部屋も空っぽで。新曲もなくてレッスンも足りなくて、もう時間がないのに、何でここまで島村さんは空っぽでなければいけないのだろう。

 それで、これは12じゃなくて0なんだなと。12は終りだけど、0は始まりなんだなと、そう思ったわけです。そこで世界は反転するんだと。

 NGのリーダーは未央で、CPのリーダーは新田さんです。島村さんはセンターなのに、居場所がありません。視界を反転させましょう。島村さんのいないNGはバラバラで噛み合いません、CPもバラバラで、噛み合いません。全員が、不在の中心を、0を待っているんです。

 誰かが、あるいは全員が、脱落してしまったメンバーを引っ張り上げる。それはアニマスや劇マスの構図。原石となる素材をプロデュースして輝かせる。それは常務の方法論。シンデレラの物語も、トップダウンであることに変わりはない。上に居るもの、先にいるものが、下にいるもの、遅れたものの手を引くんです。

 CPの誰も、島村さんの手を引かなかった。彼女はマイナスの位置にいるわけではない。全員が見守るステージの中心に自力で立つ彼女は、だから原点として、出発点として、センターとして、全体に対する個の象徴として、シンデレラストーリーへのカウンターとして、0になったんだなあと。

 全てを失ったと思っていた女の子は、世界の中心にいたということ。

 まあ、こんなややこしいことを言わなくてもアニデレの物語は成り立つので、これは私のこだわりです。