アニデレも終わりまして。シンデレラの舞踏会というより、まるで百鬼夜行だなと思ったりして。百鬼夜行に当たる西洋の祭りとして、「ヴァルプルギスの夜」というものがございまして。1夜限りの百鬼夜行のお祭り、という意味ではあの25話は「ヴァルプルギスの夜」と呼ぶ方がふさわしいものだったなと(^^;)。

 「ヴァルプルギスの夜」はケルト神話が元らしいですが、私がこの言葉を知ったのは「まどマギ」、ではなくて「ファウスト」第二部です。このblogについてググったことのある人ならわかることですが、ここは「Werde ich zum Augenblicke sagen: Verweile doch, du bist so schoen ! 」に元ネタを取っていて、これはファウスト博士の死に至る際の走馬灯状態で発される言葉。つまりこのblogは私の走馬灯です。とあるエロゲにおいて、自殺に及んだ主人公の走馬灯の中で全ての物語が展開される、というものがありまして、影響を受けていたりします。

 私の中では、アニデレに関する持論は言い尽くしたつもりでしたし、25話に予想を覆す部分もなかった。現在に至るための過去の物語、そういう理解でいいのだなと。

 ただ、過去の物語といえど、現在に与える影響はなかったことにはできなくて、これからのアイマスが「アニデレ以後」であり、以前には戻れないなということも感じています。

 24話は決定的だった。ニュージェネレーションズの存在は、ネバネバなり、ミツボシなり、そしてS(mile)ING!をなかったことにするかも知れなかった。その場合、アニメは平行世界だという解釈になる。

 アニデレは平行世界としてオリジナルの世界観を提示するのか、それともソシャゲであるシンデレラガールズの世界観とリンクするのか。ソシャゲには武内Pはいませんし常務もいません。CPもない。新田さんリーダーのCPが「GOIN'!!!」を歌う13話を見る限りにおいては、アニデレはオリジナルの世界観で進行するのかと思えた。

 アニメとしては、むしろそうなった方が良かったかもしれません。しかしまた、そこからどう1話のガラスの靴の伏線が回収されるのか、謎が残った。

 そう言ったややこしい話が、私の知らない多くの受け手の中でどう消化されるのかも気になったんですが、情弱なもので、そっちの事もよくわからない。25話が終った今、最後に引っかかっているのは、皆さん、美城常務にどうして欲しかったのかという点ですね。

 それで、幾つか見かける意見の中で回収されたのは、「僕の考える最強のアニデレ」という視点が、総括する上で必要なんだなということです。

 そこまで含めてアニデレとソシャゲであるシンデレラガールズとの関係性は総括されるんだなと。

 特に気になったのは、あの最終回で喜ぶのはCPのPだけだろうという意見。つまり、エンタメとしては失敗してたということですね。この論点は恐らくはずっと引きずっていくことになりそうです。

 Pと言えば、アイマス無印のPは1人ですが、その後そのややこしさをどうフォローするかという点で、赤羽根Pのように1人が(律ちゃんもいますけど)大勢のアイドルを手が回らない状態で必死にフォローしてるんだろうというPのあり様や、それを更に拡大する格好でミリマスもPは1人なんじゃないか説があります。で、デレマスにおいてはPがたくさんいて、それぞれのP同士が争う構図というのが、ユーザーの納得はともかく、一応は機能している。ニコマスを考えにいれても、それぞれのPがそれぞれのアイドルをプロデュースしているという認識になっていると思います。他のPが作った動画に、俺のアイドルは、あんなんじゃないとか言っても始まらないという価値観になっている。

 アニデレでは、Pが複数いるというのが前提になっていて、斬新でした。これまでは、それを断定する時に軋轢が起きても困るので断定し難かった。

 つまり、俺の好きなアイドルは登場してないけど、登場しないところで俺がプロデューしてるんだ、と解釈してもらえる分には良いのだけれど、俺の知らない奴が知らないところでプロデュースしてんのかよ、と解釈されると問題だし、そうではないと断定することは不可能だからです。実質上、CP以外のアイドルは、知らないところで知らないPが、プロデュースしてるとしか言いようがない。

 これまでにも、ニコマスなんかでさんざん見てきた、俺の方が良いプロデュースができるという意見。なぜ俺じゃないんだ論。

 そして、制作側の事情なんて知らない、俺の考える最強のアニデレを見せればいいんだ論。

 突然閃きました。

 ああ、美城常務じゃないかと。

 常務はプロデューサーなんだなと。主人公格のPに対抗する、口先では自分の方が優秀なプロデュースができる、俺の方が正しいPなんだと言うけれども、実際のところは今いちよくわからないライバルP。それが常務なんだなと。

 つまり端からゴチャゴチャ理想を述べるだけの俺らは常務なんだなと。

 そういうことでアニデレの世界観は完成するんだなと腑に落ちました。常務の方が、良いプロデュースが出来たかも知れない、その可能性は永遠に残るわけです。どこかの誰かP、無能なのか有能なのかわからない「その他P」がいるということの具体化として彼女がいる。これは武内Pのシンデレラガールズ。しかし、あなたの方が良いプロデュースができたかも知れません。でも私はあなたではないので、これが25話です。そういう結論になる。

 というわけで、開き直って私の考える最強のアニデレを、総括しようと思います。

 「Cast a spell on me! 」。覚えていますか。最初に作られたPVに登場したこの言葉くらい、シンデレラガールズをアニメ化するにあたって恐ろしい言葉はなかったです。

 だって、モバマスにはむしろ「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」の方が似つかわしかったからです。我々は、既に魔法はいつか解けるものと知っている。

 でも、彼女達はまだ知らない。その事が何を意味するものか。

 私は、CPは最終的に解散して、凜はトライアドプリムスになり、未央はソロになり、島村さんは引退するであろう、という仮説を立てていました。上記のことの他にも幾つか理由はあります。

 1つには、何より私が「S(mile)ING!」と「ミツボシ」を見たかったこと。しかしこれらはソロ曲で、ゲーム内での彼女達の立場を濃く反映する歌でもある。シンデレラプロジェクトには合わないし、常識的には彼女達には新曲も用意されるだろう。

 2つには、アニマスを考えれば、春香さんが最後に危機に陥るように、島村さんも危機に陥るというのがありそうなクライマックスであるし、凜がトライアドプリムスを結成するなら必然的にCPは、ガタガタにならざるを得ない。

 3つには、これがシンデレラを踏襲するなら、誰かがガラスの靴を持って島村さんを迎えにいかないといけない。すなわち必然的に魔法は解かれなければならない。

 何故迎えに行く相手が島村さんに限定されるのか? というと。渋谷凜にSRが用意され、ローソンのコラボイベント等、モバマスの顔としての地位を確立していくなかで、ガチャの新カードやイベント報酬になることもなく、最弱の2コストノーマルのまま放置されていたという、その状態から突然出世した正にシンデレラと呼ぶべき存在が彼女だったからです。

 もちろん、その次には同じく2コストNから本田未央がSRになるという道を辿るので、待たされたという意味では未央の方が不遇と言ってよいのですが。しかし、2コストNから出世するということがありえるのだと、島村さんが初めて示した。それによって、他の全ての放置状態のカードにも可能性が生まれた。そういう意味での希望の象徴としては、やはり島村さんなのです。

 4つには、CPに始まりCPで完結するアニメになれば綺麗に終わることはできるでしょうが、モバゲーの中でも過酷さで知られるモバマスを、アニデレを見て始めた人間がいた場合、期待を打ち砕くことになりかねないので(^^;)、できればそうならない方がいいし、既にモバマスPである人にとっても、何らかの希望の残る終わり方であって欲しい。

 というわけでしたが、いざアニメの1話が始まって、島村さんがあまりにも島村さんだったので。もういいや、この後どう展開しても許す、という気分になりました(^^;)。それと10話ですね、1話と10話作ったというだけで、アニデレは歴史に残っていいと思っています。みりあちゃんは歴史。

 14話にはがっかりしましたが、13話がギリギリだったことを考えれば製作側の体力もギリギリなのだろうと。2期については、そんな状況で無事に終れるのかと言う、それが何より気になっていたので、どこまでが計算でどこまでが大人の事情なのか、展開に対して見通しが付かなかったんですが。

 23話で遂に全くわからなくなってしまった。

 島村さんの強靭な耐久力を奪うためにシナリオが全力で回っているのはわかります。これまでだって、島村さん本人は自分に自信が持てるようなことは何もできていなかった。一方で周囲は島村さんだけは大丈夫と思っている。そしてCPはプロジェクト解散の危機があり、皆が自分の問題を抱えて精一杯、武内Pもプロジェクトの存続と、おまけに他の部署との連携も図らなくてはいけなくて走り回らなくてはいけない。
 
 この時点で私は13話を見た上で、CPは解散なんかしない方向だろうと思っていたし、だから島村さんが危機に陥るにしても、根本的なものではなくて、むしろ関係者が肥大してしまってCP+共演陣のまとまりができるか、という方向で尺を使うのだろうなと見ていました。ウサミン、なつきち等、人員が増えるのも、島村さんへの目が届き難くなるし、全体のまとまりが難しくなる、というそれだけのことだと思ってた。

 23話で、凜も未央も、良かれと思って、ここ大事です、良かれと思ってソロ活動をした。NGを捨てる気持ちはさらさらなかった。ところがバラバラになってしまったと知った。しかも、蓋を開けてみれば、島村さんだって悩んでいたんだと。

 島村さん"だって"と書きました。凜も、未央も、自分が輝ける場所に立てるのか、わからなかったから、ソロでそれを掴んでから、もう一度やり直そうと思っていたわけです。そして、掴めたと思ったからNGに戻れると思った。

 だったら、島村さんが、掴めないから戻れないんだと言ったら、戻って来いなんて言えるわけがない。逆に、だったら掴んで来いと送り出すことしかできない。

 魔法が解けたというより、ガラスの靴を履く資格がないと、そういう話になってしまっている。誰も迎えにいけない。何より、中核であるNGがバラバラのまま23話が終ってしまった。それで全体がどうまとまればいいのか。島村さんの復帰という話よりも、ストーリー展開がどういう落としどころに向かうのかがわからなくなった。

 それが24話で初めてバラバラだったパズルのピースが1つになるのを感じたと言う話は以前に書いた通りです。CPは解散しない、そういう前提でいたけれど、後半はちゃんと、CPがバラバラになる話だったじゃないかと、この時になって気づいた。CPのリーダーである新田さんも、NGのリーダーである未央もソロ活動を始めた。それぞれのユニットは部署の外側のアイドルと繋がった。皆が変わっていく中、かな子は逆に変わらないでいることの大事さを知った。そして島村さんは2コストNの姿になった。空っぽの☆を大事そうに持って。

 CPはばらけた。そしてその中心には空っぽの女の子が歌う「S(mile)ING!」。それは始まりの歌。

 これは未来に向かう物語ではなくて、始まりに向かう物語だったのだなと。12時=0時を境に、そのように反転するように作られた世界だったのだと。

 脱落した彼女は復帰するのではなくて、0が中心になるんだと。

 進んだ先には何もないかも知れない。そうじゃない。見えないだけで、星はそこにある。そう思って0に向かおう。

 25話が示しているのは、まだ見ぬ☆がそこにあること。物語に登場しないたくさんのアイドルと、やはりいるはずのたくさんのプロデューサー。願いの書かれていない空っぽの☆が、これからも誰かに手渡されるだろう。多くの願い星で埋まったボードには、新たな☆が貼られていくのだ。

 全てのアイドルを描くことはできなかった。リソースは限られている、それを選ばれたアイドルに注いで、ちゃんと見せ場を作ってあげよう。ちまちまと数だけ出して中途半端に描いたって大衆には届かない。25話に寄せられた感想を見れば、その考えの正しさは証明されている。それが美城常務の立場。彼女が登場している意味。

 だがそれでも、あの百鬼夜行こそシンデレラガールズであると認めてくれる受け手もいると、信じてそういう25話になったと。私はそれを是とします。