ガンダムを作った三人の男と言えば、富野由悠季、安彦良和、大河原邦夫だ(順に、監督、アニメーションディレクター、メカデザイナー)。
さらに4人目を選ぶとしたら、個人的にはチーフライターの星山博之氏を推す。

氏の遺稿となった『星山博之のアニメシナリオ教室』という本があるのだが、
その中には『再会、母よ・・・』の完成稿シナリオ(完成した脚本)が収録されている。
録音台本は、当時のサンライズから出版されていたが、完成稿シナリオが表に出る事は珍しく、資料的価値が高い。
ここでは、ラストのアムロと母親の別れの部分のみを引用してみたい。
本放送とはかなり印象が異なり、脚本に修正が入っている事が判る。
ちなみに、脚本段階でのタイトルは『アムロ、母との再会』である。

『アムロ、母との再会』ラスト
避難民キャンプ・丘(日没寸前)
冷たい風が吹き抜けていく。
向かい合っているアムロと母親。
アムロ「じゃ、ずっとここへ残るのかい」
母親「私がよそへ行ったら、お前や父さんが戻ってきた時迎える人がいないじゃないか」
アムロ「母さん」
母親「ん?」
アムロ「親のいない子の面倒見るって大変なことかい」
母親「お前?……(パッと)いいんだよ。お前がその気ならずっとここにいたって」
アムロ「僕だって初めてだったんだ!目の前で人を殺したのは」
母親「今は戦争、判っているよ母さんだって」

二人の向うからブライト来て、
ブライト「お母さん!」
母親、一礼する。
ブライト「(パッと)お母さん、アムロは立派な戦士です。見事敵の前線基地を叩きつぶしましたよ」
アムロ「(ムッと)違う、そんなんじゃない!」
ブライト「アムロ?」

アムロ、ブライトが来た方へ歩き出す。
迫った母親が、廻り込んで、
母親「いくんだね……」
アムロ、振り切る。
母親「母さん、止めないよ……」
アムロの足が止まる。
母親「でも、忘れないでおくれ。どんな時でも……これで遊んでいた頃の自分を」
ロボット人形を手の中に握らす。

アムロ、自分を見ている視線に気付く。
近づいてくる笑顔のフラウ・ボゥたち。
「アムロ!」
アムロ、ダッと駆け抜け、着地しているホワイト・ベースに走る。
ブライト「(明るく)それでこそ戦士だ。さァ、行こう!」
一同が、ホワイト・ベースに向かう。
取り残される母親。
風がネッカチーフを吹き飛ばす。
母親「いつでも帰っておいで……」
涙が頬に伝わる。
飛び立つホワイト・ベースを見送って。

どうだろうか?
(それにしても、このブライトノリノリである。
「それでこそ戦士だ。さァ、行こう!」はやり過ぎ。)

実際には、どのような内容だったが覚えていない人も多いと思うので、
比較用に、実際にオンエアーされた録音用の台本も引用しておく。
但し、カメラアングルの指示は割愛させてもらった。


『再会、母よ…』ラスト
砂丘に立つアムロと母
アムロ「……」
母「いやなのかい?」
アムロ「いやとかじゃないんだ……あそこには仲間がいるんだ」

ブライト来る
ブライト「お母様でいらっしゃいますね」
母「アムロがおせわになっております」
ブライト「我々こそ、アムロ君のおかげで命拾いをさせてもありってます」
母「そ、そんな……」
ブライト「いやー事実です。今日の彼のかつやくもめざましいものでした」
母「そ、そうでうすか?」
ブライト「アムロ君、どうするね……我々は出発するが?」
アムロ「は?はい!」
アムロ敬礼する
アムロ「こ、これからも……おたっしゃで。お母さん!」
ブライト「失礼します。お子様をお預かりします」

アムロ、ブライト、フラウ行く
フラウ、ふりむく。膝を折る母
母「ウッウッ……ウッ…」
母「……!アムロ……」
上昇して行くWベース

アムロと母の台詞が短くなり、ブライトとフラウの台詞が増えるなど、
かなり修正されている事が分かる。

シナリオの段階では、アムロと母の人間関係がウェットで甘ったるい印象だった。
これにブライトという第三者の視点が入ることで、場が一気に引き締まった。
ブライトはパイロットとして優秀なアムロを連れ戻したいだけで、
母を気に掛けるのが同性のフラウのみ、というのも良い。

星山氏の名誉の為に書いておくが、ラスト以外は部分は殆ど修正されていない。
ガンダムの無意味な合体シーンが足されたのと、
アムロが撃ったジオン兵が死ななかった事ぐらいだ。
(脚本ではハヤトがガンダムに乗って来て、アムロが乗り換える。またジオン兵は死ぬ。)

『再会、母よ……』は1stガンダムの中で一番好きな話だ。
親子の親離れ、子離れが短い時間の中で、しっかりと描かれている。
この回が面白いのは、星山氏の功績だと思う。

だが、一つだけ許せない点がある。
この回は演出のレベルが低い。
カットの際にイマジナリーライン(想定線)が守られていない事が多い。
脚本が良いだけにそれが残念だ。
富野監督は演出のチェックを流した回なのだろう。
但し、ラストの部分でピンポイントの修正を行う事で、
富野監督の作家性を出そうとしたのではないだろうか?

ラストを変えられるのは脚本家にとって嫌な事だとは思うが、
富野監督らしさ、ガンダムらしさを出すことでクオリティを上げる事に成功していると思う。